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十八話 現れた女性【テプト】

 タロウとエンバーザを見送ってから数十分が経っていた。俺の見立ててでは、彼らが聖霊の住む水場を見つけるのはそう難しくないはず。


 だからだろう。


 待っている時間が何倍にも、何十倍にも感じられる。


 そんな時だった。


 森の奥から一つの影。どうやら、俺たちがこの場所に落ちてからずっと様子を伺っていたらしい者の一つ。


 驚きはしなかった。この森に立ち入ってから、ずっと複数の視線は感じている。襲ってこないのは、先程俺が使った聖霊魔法を知っているからだろう。


「危害を加えようってつもりなら容赦しない」


 視線はソカに向けたまま、近寄ってきたその影に忠告する。


 すぐに立ち去るかと思ったが、その影は少しの躊躇を見せ、ゆっくりと近づいてきた。

 そして現れたのは一人の女性だった。その瞳は碧眼で、どことなくユナを思わせる。


「……あなたは何者ですか?」


 女性は言った。彼女を一瞥してから答える。


「旅の者です」

「……悪いことは言いません。この森からは立ち去った方が良いでしょう」

「忠告ですか? だが、俺にはやらなきゃいけないことがあります」

「そう、ですか。私の見る限り、あなたならこの先でも十分やって行けるでしょう。問題はそちらの方です」


 そう言って、女性は至近距離まで来てソカの側に座る。変な動きがないか注視していると、女性は両手をソカの胸の前に置いた。その両手から微量の魔力の流れを感じる。


「それは……」

「私の一族に伝わる魔法です」


 その魔法を、俺は知っていた。


「内部の魔力の流れを操り治癒力を上げる」

「……えぇ。知っているのですね?」

「同じ系統の魔法を扱う人を知っています」


 そう言うと、女性は少し渋い表情をする。


「これは……門外不出の魔法です。もしもそれを扱う人がいるのなら、きっとその人は我が一族から追い出されたのでしょう」

「……そうですか。知っているのは、その子供です。本人は何年か前に亡くなったと聞きました」


 その人物とは、ユナのお母さんである。彼女は、幼かったユナが魔力暴走を起こした際に、ユナを救おうとして亡くなっていた。


「そうでしたか。その方は、幸せだったのでしょうか?」

「わかりません。ただ、不幸ではなかったと思いますよ」


 俺は、ユナや診療所の所長たちを思い浮かべる。彼らは、俺から見る限りとても前向きに生きていたように思う。そんな人たちに囲まれて生きていたのだ。不幸ではなかっただろう。


 女性は何も言わず、ソカに回復魔法をかけ続けてくれた。彼女が一体何者で、どうしてこんな場所にいるのか疑問に思ったが、あえてそれは聞かずにお礼を述べる。


「ありがとうございます」

「いえ。……この力はそういった事に使うべき力ですから」

「助かります」

「それで、先の話の続きですが、あなた方が何をしようとしてらっしゃるのか知りませんが、この方には少し荷が重いように思います」


 整然と告げられる言葉。そんなの、最初から分かっていたことだった。だが、俺は自分の力を過信するあまり考えないようにしていたのだ。


 無言で治療が続く。すると、ソカが辛そうな瞳を微かに開けた。


「……私はついていくから」

「聞いてたのか」

「覚悟なんて……とっくに出来てる。もうテプトと離れるのは嫌」


 それは痛みのせいなのか、それとも別の(・・)痛みなのか、辛そうな表情は俺の精神を蝕む。


「だが、これ以上―― 」


 ――傷つくソカを見たくない。


 そう、言おうとしたが、彼女の瞳が怒りに燃えているのに気づいて言葉が止まる。


「ねぇ、テプト。それって、本当に私のため?」


 ソカは俺にそう問いかける。


「本当に私の気持ちを考えて出した答え?」

「それは……」


 ソカの気持ち。それは、先程口にしたばかりだ。


 俺と離れたくない。頭の中で唱えると耳まで熱くなる。


「分かってるでしょ? そして、テプトがそう思う気持ちも私は理解してる」


 ソカは遠回しに言った。そうだ、そうなのだ。


 俺がソカの傷つく姿を見たくないのも、ソカが俺と離れたくないのも、俺とソカが同じ気持ちだからなのだ。


 それを、ソカは俺に言わせようとしている。遠回しに言うことで、俺からその言葉を引き出そうとしている。


 なぜなら、それこそが一番理解しあえる言葉だから。それを口にしたなら、きっと正しい答えが出てくるから。


 そうなのだ。俺とてソカとは離れたくないのだ。


 なぜか?


「俺が、お前のことを――」


 その時だった。



「カッーペッ!! なんですか? なんですか? 私のことをおいてけぼりで、二人の世界まっしぐらってやつですか?」


 突然、ソカを治療していた女性がそんな言葉を吐いた。その言動は、あまりにも様変わりしていて、そのことに面食らってしまう。


「なるほど。そういうわけですか。うら若き男女が、二人で危険な土地に行く事に多少の疑問がありましたが、今、理解しましたよ」


 女性は、それまでの雰囲気からガラリと変わり、なんとなく目付きが悪くなっていた。


「カケオチってやつですよね? お二人は、一緒になりたくてもなれない身の上。禁断の恋、許されぬ愛。お二人はそういう関係なんですねっ!」


 そんな変わり身を見せた女性に、俺もソカも呆然とする。


「私なんて……私なんて、一族の掟で好いた男と一緒になることなんてできないのにっ! でも、分かってますよ? あなたたちみたいにカケオチすれば良いってことくらい。……でも、そんな度胸もないんです……えぇ、わかってますよ」


 今度は突然落ち込み始める女性。


「あの……突然何を?」


 聞いた言葉に、女性はキッと俺を睨み付けた。……こわい。


「私はっ! あなたみたいに馬鹿な男が大嫌いなんですよっ! 脳内を愛というお花畑で埋め尽くすあまり、周りが見えなくて、好いた女性を危険に晒す、あなたのような馬鹿な男がっ!」

「……はぁ?」


 それに反応したのはソカだった。


「なんだか知らないけど、テプトのことを勝手に判断して馬鹿呼ばわりなんて聞き捨てならないわね?」


 そう言って、ソカは起き上がる。その動作の最中ずっと女性を睨み付けたまま。……おい、お前怪我はもう良いのか?


「ハッ! そんな馬鹿男の恋人なんて、やっぱり馬鹿女なのかしら? 脳内に魔力いってないんじゃないの? だから、こんなに早く治ったのかもしれませんねっ!」


 そうか、怪我は治ったのか。


「ありがとうございまぶべっ!!」


 お礼を言った瞬間、ソカに叩かれた。なんだ! 突然!


「なんで私を馬鹿にされてお礼言ってるのよ!」


 ……いや、なぜ怒られた?


「どういたしまして。ただ、頭の方は私の魔法では治せません。御愁傷様です」

「ちょっと。それどういう意味?」


 険悪なムード漂う女性とソカ。そんな二人の間に、俺は仕方なく割って入る。


「待て待て! 急にどうした!」


 そして、まずはソカから。


「ソカ。馬鹿にされたからって突っかかるなよ。俺はお前が馬鹿じゃないことをよく知ってる」

「テプト……」


「カッーペッ!」


 それから、ため息を吐いて女性に向き直る。彼女は、もはや最初の雰囲気などみる影もなく、あぐらをかいて、横柄な態度を見せていた。……なんなんだ、一体。


「あの、改めて彼女を治療してくれたことには感謝します。ただ、俺たちはカケオチをしているわけでもないし、誰かに迷惑をかけた覚えもありません」

「ケッ! じゃあ、この先に何しに行くんです? どうせ在りもしない二人だけの楽園を探しに行くんでしょう?」


 楽園って……。


「俺たちは、大切な人を助けに行くんです」

「大切な人?」


 それに俺は頷く。


「その人は俺の為にとある事件を起こし、この先にたった一人で転移してしまったかもしれないんです。その人を助けに行くんです」

「……分かってますか? この先は強大な魔物ばかりの土地ですよ?」

「知ってます」

「もしも転移していたとしたら、死んでいる可能性の方が高い」

「それでも可能性があるなら俺は行きます。彼は、俺にとってそれほどの存在なんです」


 そう言い切ると、彼女はしばらく唖然としていた。


 まぁ、改めて考えるとあり得ないよな。だが、それでも俺は行くと決めたのだ。


「さ……」


 女性は、しばらく開けていた口を動かす。さ?


「三角関係……ですか」

「……ん?」

「……なるほど。あなたは、そこの彼女ではなく、本当に好きな人は別にいて、その人を助けるために危険を犯し魔物ばかりがいる土地に向かうのですね。……そんなあなたに想いを寄せる彼女は、本当はその人が死んでいて欲しいと願ってる。……なんなんですかっ! その狂おしいほどの人間ドラマはっ!」


 この人、何を言ってるんだ? 


「そうですか……そうですか。揺れる想い、絶ちきれぬ感情。……あなたは、そんな青春の真っ只中に囚われた、痛いけな子犬なのですね……」

「……すいません、ちょっと言ってる意味が分からないんですけど?」

「馬鹿呼ばわりして申し訳ありません。まさか、そんな事情があったとは……。さっきのは私の勝手な妄想でした」


 いや……今もなんか、壮大に間違った妄想していると思うんですけど……。


「お詫びと言ってはなんですが、私の一族の元へ、お二人をお連れしましょう。そこには、この先の『魔大陸』のことを知っている者がいます」 

「……魔大陸?」

「この先の土地のことを、私たちはそう呼んでいます。強大な魔物ばかりが巣食う危険な大陸です」


 彼女の妄想のことはさておき、何かしらの情報が得られるのは有り難かった。なにせ、俺の持つエノールの記憶はあまりにも古いからだ。


「是非お願いします」

「あぁっ! その真っ直ぐな瞳っ! やはり、あなたの気持ちはまだ、その人にだけ向けられているのですねっ!」


 胸を撃ち抜かれたような仕草を見せる女性。もはや、それには苦笑いしか出来ない。


「では、すぐに案内しましょう。こちらへ」


 言って女性は立ち上がる。それに、俺とソカは従った。


『ねぇ、テプト。本当についていくの? この人なんか危なくない?』


 小声で話しかけてきたソカ。


『情報をくれると言うんだ。もしも有力な情報なら、この先きっと役に立つ』

『……まぁ、テプトがそう言うなら』


 その時、女性がくるりと振り返った。会話が聞こえたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「そういえば、申し遅れました。私の名前はタキ。滝のように流れ落ちる自然の(ことわり)を、常に持つようにとつけられた名前です」


 名前負けしてんなぁ……。流れ落ちるどころか、この人勝手に妄想して盛り上がっちゃってるもんなぁ……。


「……俺はテプト。こっちはソカです」

「それでは、哀れな恋の被害者テプトとソカ。その悲しき運命に抗う為の助力に、私がなれれば幸いです」


 ……今なんて?


「では、参りましょう」


 タキは、そう言って森の奥へと踏み入っていく。それについていくことに少しだけ迷いが生じたが、情報を得るため、仕方なくついていくことにした。


  

 

 






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