十七話 無限スライム合体! ブラスパスライアント!
「さぁ、出来ました!!」
素早くその場に【合体】の魔法陣を描いたローブ野郎は、満足げに笑みを溢した。
そして叫ぶ。
「無限スライムたちよ! 合体するのですっ!!」
瞬間、その魔法陣に無限スライムたちがなだれ込む。
普通のスライムは、合体など出来ない。色つきスライムは、四体で魔法と呼ぶに相応しい現象を起こしてしまう。だが、無限スライムだけは、いくら合体しても質量を増やしていくだけで、何の変化もない。
それを逆手にとり、ローブ野郎は目の前の巨人にも負けないくらい大きなスライムをつくり出そうとしたのである。
それはまさに子供の発想。だが、無邪気な発想は、時に恐ろしい事態を引き起こしてしまうこともある。
そして無限スライムたちは、ローブ野郎の考えた通りの事をムクムクと現実にしていった。
「クックックッ……まだまだぁ!」
徐々に質量のみを大きくしていく無限スライムたち。その大きさはローブ野郎を越え、門を越え、どんどん膨れ上がっていく。
――やがて。
「クックックッ……圧巻ではありませんかっ!!」
無限スライムの大きさは、今や巨人の肩に届くまでになっていた。
それに驚いていたのは、巨人の上に立つ者、ガリムである。
「……なんなのだ、このスライムは」
ガリムは、配下のブラッディベアが死んだことを瞬時に理解した。彼とは【従属の契約】を血によって行っていたからである。
そして配下を殺された事実に怒り狂った。その怒りに任せ、彼は自身の行える最上級の【土魔法】を使用してのである。
それこそ【大地の王】。それは、土魔法を極めた者にしか扱うことの出来ぬ魔法。この世界に【土魔法】の化身を降臨させる最強の技。
それは、【ミノタウルス】という魔物の魔石を埋め込まれた彼にしか出来ない魔法だった。
にも関わらず、それを越えんとする目の前の巨大なスライム。配下がスライムに殺されたという事実はガリムに衝撃を与えたが、今まさに目の前で起こっている現象も、彼を驚愕させた。
やがて、スライムの巨大化が止まる。質量だけで言えば、大地の王と大差ないほどになっていた。
「クソッ! たかがスライム! 殺せっ!」
ガリムは大地の王に命令をする。大地の王は、それに従いスライムへと向かった。その瞬間、ものすごい量の魔力が体から奪われていくのを感じたが、気になどしていられなかった。
ジワジワと、自身の中の何かが蝕んでいくのを感じる。まだ人間の形を保つ左腕が、硬い皮膚の面積を広げていった。
紛れもなく魔物化。この十年でゆっくりと進行していたそれが、大地の王を召喚したことにより一気にその速度を増す。
……それでも、ガリムは大地の王を動かした。
彼の意識は、魔物化によって薄らぎ始める。そして、脳裏にはこれまでの事が走馬灯のように流れた。
彼は、人によってつくられた実験体だった。埋め込まれた魔石は【ミノタウルス】。ミノタウルスとは、ダンジョンの番人とも呼ばれ、圧倒的な防御力と攻撃的を誇る。その特性に洩れず、ガリムもまた強靭な肉体を我が物とした。そして、扱うことの出来た魔法は【土魔法】。
十年前、とある実験体の逃亡により、ガリムもまた逃亡することを可能とする。逃げた仲間は十人。その中の一人、【サンダードラゴン】の魔石を持つ、その時点で最強の仲間とははぐれてしまったが、九人で話し合い、いつか人の世を滅ぼさんと決意した。
その為に、まずはそれぞれが力を持つことを決めて、遠く離れたこの地で各々は散らばる。
その九人の中でも、上位五人は圧倒的な魔力を持ち、ガリムもその中の一人であった。
そして、【土魔法】にて自身の城をつくり、この地域を縄張りとしていたブラッディベアたちを配下とした。
配下にしたブラッディベアのリーダーは、自尊心と独占欲が強く、その後はなかなか勢力を広げられずにいたものの、それでもガリムにとってこの地で過ごした十年は、今までにないほどに充実した日々だった。
そして、とある事件が三年前に起こる。
この地で勢力拡大をしていた五人のうちの一人。【グリフォン】の魔石を埋め込まれた仲間が、【ヒュドラ】の魔石を埋め込まれた仲間の勢力に襲いかかったのである。
【グリフォン】を埋め込まれた者の名前は『バトライト』。
【ヒュドラ】を埋め込まれた者の名前は『ヘヴィン』。
バトライトは最強の【火魔法】、【火の化身】の使い手であり、ヘヴィンは最強の【水魔法】、【水の怪獣】の使い手だった。
火と水。その属性を考えれば、勝つのはヘヴィンかと思われたが、勝利したのはバトライトの方だった。彼は、ヘヴィンが拡大していた地を呑み込み、彼は、この地から離れることを余儀なくされた。
仲間割れ。何がバトライトにそれをさせたのか不明ではあったものの、この地に残るガリムは焦燥を感じざるを得なかった。
いつか人の世を滅ぼさんと決意した仲間たち。しかし、その関係性は、この十年で分かりやすく様変わりしてしまっていた。
その中でも、ガリムは配下の者たちと共に過ごす日々を幸せを感じていたのだ。
――なのに。
目の前のスライムは、それを一瞬にして壊した。それがとても憎かった。魔物化など、気にしていられないほどに。
「大地の王よ! 我が力を示せぇ!!」
大地の王は動きだす。それを破壊したスライムに向かって。
「……そろそろですか」
無限スライムの巨大化を見上げていたローブ野郎は、そう呟く。
そして、なんとそのスライムをよじ登り始めたのである。
「……クックックッ。私も……頭の……上に……」
彼の頭の中には、巨人スライムを上から指揮する自身の姿が思い浮かんでいた。ただ、それだけの為に、彼は巨大なスライムを上り始めたのである。
しかし、そう簡単にスライムの表面を上れるはずがなく、すぐに下へとずり落ちてしまう。
「……どうすれば」
その時だった。肩に乗っていた赤黒いスライムが、触手の如く硬い槍を伸ばし、ローブ野郎の腕を軽く傷つけたのである。
「なっ、なんですかいきなりっ!」
流れるローブ野郎の血。そして、スライムはその血と自身の体液を混ぜ合わせる。
瞬間、ローブ野郎の脳内にとある言葉が文字として形を成した。
――【従属契約】
「これはっ!?」
そして、息つく間もなく再びとある変化が起きた。
ニュププ。そんな音をさせながら、ローブ野郎の体が巨大スライムの体内に入り込んだのだ。
「……ななななっ!?」
抗う余地なく、ローブ野郎の体は、呆気なくスライムの中へと引きずり込まれてしまった。
――いっ、息が!?
しばらくその中でもがいていたローブ野郎。しかし、抵抗の甲斐なく息は持たず、スライムの体液が口から入り込む。その感覚に頭がカッと熱くなり、酸素を欲する手にも力が入る。
だが。
――あれ? 苦しくないっ!
スライムの体液で、溺れるかと思ったがそうではなかった。むしろ、その中は快適で、まるで水の中にいるかのよう。
――これならっ!
ローブ野郎は、上に向かって泳ぎ出す。スライムの中を、ただひたすら。
そして頂上まで泳いだとき、ローブ野郎は目の前の光景に驚いた。それは、まさに巨人と向かい合っている高さであったからだ。
そして、その巨人が動き出すのを目にする。その巨人が太い腕をスライムに振り抜いた瞬間、体内を衝撃の波が襲った。
――やはり大きくなってもスライム、というわけですか。
その波に襲われ、体内で回転するローブ野郎。そんなローブ野郎と一緒にいた赤黒いスライムが、急に赤黒い輝きを放った。
――今度はなんですかっ!?
次の瞬間、透明だった体液がそのスライムを起点に赤黒く染まり始める。やがて、それが全身に達したとき、ただの巨大なスライムは、赤黒いスライムへと変貌を遂げていた。
「っぷはっ!!」
視界が濁ったことにより、頭だけを頂点に出すローブ野郎。そして、このスライムの変貌に再び驚いた。
スライムはいくつもの尖った塊を体から突き出し、まるで蜘蛛の如き姿を成したのである。
その突起で器用に体を持ち上げ、巨人から距離を取るスライム。もはや、スライムというよりは、『巨大な赤黒い蜘蛛』と言った方が適切のようにも思える。
そんな姿に、ローブ野郎が驚愕したままでいるはずがない。
「クックックッ……クックックッ!! ……これこそ、スライムの究極進化! 名付けて! ブラッドスパイダースライムジャイアントッ! 略して! ブラスパスライアントッ!」
略しても長すぎるその名称を、声高らかに詠唱するローブ野郎。その言葉に呼応するようにブラスパスライアントは震えた。
そして、ローブ野郎は腕を振りかぶる。何故だか、このブラスパスライアントが、どう動き、どんな攻撃をするのか手に取るようにわかった。まさしくそれは【従属契約】にて、スライムと精神が通じあったからに他ならない。
「巨人よっ! 受けるが良いっっっ!!」
振りかぶった腕に反応するように、ブラスパスライアントは跳び跳ねて巨人から距離を取る。
「誇り高き血族の槍をぉぉぉ!!」
ローブ野郎は振りかぶった拳を思い切り巨人に向けて突き放す。その瞬間、一旦距離を取ったブラスパスライアントが、今度は巨人に向かって走り始めた。その速度は徐々に増していく。
「うおぉぉぉぉ!! 『血の雨』!!!」
ブラスパスライアントはその勢いのまま高く跳んだ。そして、その軌道の着地点には巨人。
それを見上げたガリムは、その巨体が上へと跳んだことに驚愕するしかない。
そして。
ブラスパスライアントは、何本もある尖った足を全て巨人に向けて、速度を保ったまま降下をする。
「うああああああああ!!」
ガリムは迫り来る赤黒い突起に叫ぶ。その速度は、いくら大地の王といえど無傷ではいられないと瞬時に悟ったからである。
しかし、動きの遅い大地の王が防御をする間もなく、赤黒い槍はそれを貫いた。
貫かれた大地の王の腰から上が、崩れていく。その上に乗っていたガリムもまた、下の地面へと叩きつけられる結果となった。
いくら強靭な体を持つ【ミノタウルス】の魔石を埋め込まれているとはいえ、十メートル以上もの高さから叩きつけられればひと溜まりもない。
ガリムは動かぬに苦笑しながら、自身の最期を感じた。そして、薄れ行く視界に捉えたのは、自分を見下ろす一体のスライム。そのスライムは茶色く、なんとガリムの口からその身を滑り込ませたのである。
鼓動が小さくなっていく。意識までもが、その存在を無くしていく時の狭間で、ガリムはそのスライムの声を聞いた気がした。
――自分もあの方の役に立つのだ、と。
そして、ガリムは息絶える。なんとも、呆気ない幕引きだった。もしもガリムの魔法属性が土でなければ、魔法によって生き残れたかもしれない。
【土魔法】は、土に触れていなければ使えない。それが、ガリムの最大の敗因だったのかもしれない。
……なんだよこの戦い