十六話 勢いだけが武器
怒濤の勢いで建物を目指すローブ野郎たちの前に、たくさんの魔物たちが現れ始めた。それは熊のような魔物で、毛色は仄かに赤く染まっている。
「ようやく知っている魔物が!! あれは【ブラッディベア】ではありませんかっ!」
ローブ野郎は叫んだ。それは、Aランクの魔物【ブラッディベア】であった。その体躯はどれも二メートル越えの重量級。しかし、彼にはランクよりも建物から魔物が現れたという事実のみに執着をする。
「ということは、やはりあれはダンジョンなのですね! ……クックックッ」
止まるどころか、尚も左腕にて建物を指し示すローブ野郎。スライムたちもそれに勢いづいて、スライム軍団は速度を上げた。
『グガァァァァ!!』
一体のブラッディベアが、くぐもった雄叫びを上げる。それに呼応するように、他のブラッディベアたちも雄叫びをあげ始めた。その数はざっと百を越える。もはや、両軍の衝突は避けられない。
「行くのですっ! 無限スライムたち!」
ローブ野郎の指揮によって、例のごとく無色透明の波が先行を駆ける。それに、ブラッディベアたちは各々にその鋭い爪で攻撃をするものの、圧倒的な数の前には太刀打ちできず、その殆どが無色の波に飲まれていく。
「発火ぁぁぁ!!」
ローブ野郎は右手で、色つきスライムの特攻を指示。それに待ってましたとばかりに赤、緑、青、茶色のスライムたちが四体合体をし、その透明の波にダイブしていった。
直後、透明の波から火柱とハリケーン。水柱と地鳴りがより戦場をもみくちゃにしていった。
「進むのですっ! クッークックッ!!」
あまりの衝撃音に、ローブ野郎は自分が何を叫んでいるのかわからなくなっていった。だが、テンションだけは鰻登りになっていたが為に、そんなことすらどうでも良くなっていた。
そんな姿に、弱小の印を押されているスライムたちは奮起する。
土煙と混乱だけが支配するそこで、スライムたちは勢いだけで進軍をした。
『……なんだこれは』
その様子を、建物の高台から見ていたそいつは、思わず呟いてしまう。
蛇のような魔物かと思っていたら、実はそれはスライムの軍団であり、圧倒的な力の差があるはずの自分たちの仲間が、次々と倒れていったからである。
『何が起こっている……?』
彼には、その現状を把握出来ないでいた。そして、それは他のブラッディベアも同じであり、その混乱こそが徐々にスライムたちの進軍を許していく。
『殺せぇ! 相手はたかがスライム!』
魔物である彼は叫ぶ。そして、魔物であるが故にそんな言葉しか叫べない。魔物とは強さが全て。強き者が生き残り、弱き者は死ぬしかない。それを常だと思って生きてきた彼にとっては、弱いはずのスライムに負けるという未来を想像することが出来なかったのだ。
そして、それこそが彼らに敗北の色を強めていく。
突然現れたスライム軍団に、ブラッディベアたちは為す術もなく確実に数を減らした。そして、その数が三分の一にまでなったときに初めて、彼らはスライムたちの脅威に気づいたのである。
『まさか……そのようなことが』
ソイツは膝をついた。まさか、自分たちがこうも簡単に殺られていくなどとは、思いもしなかったからである。
そして。
「ここが入り口ですか」
幾多のブラッディベアたちを葬り去り、ローブ野郎は無傷でそこにたどり着く。まるで、城門のごとき立派な建物に、彼は更なる興奮を露にした。
「一度ダンジョンには入ってみたかったのですよ……クックックッ」
そして、閉ざされた門を赤の連鎖にて爆破しようと指示をした所で、上から新たなブラッディベアが降ってきた。
『……ここより先は通さない』
現れたブラッディベアは、これまでのブラッディベアよりも一回りも大きかった。そして、なにより言葉を発していた。
「……なんと! 喋る魔物とはっ!」
ローブ野郎は感激した。喋る魔物とは自我の強い魔物であり、通常の魔物と比べても上位の存在。そして滅多に見ることの出来ない存在。それを見ることが出来て、ローブ野郎のテンションは天上を突き抜けていく。
「生け捕りですっ! 生け捕りにするのですっ!!」
ローブ野郎の意を受けとるように、無限スライムたちがブラッディベアに向かっていく。次々に体当たりを仕掛け、その動き自体を封じ込もうとする。
『スライムごときがぁぁぁ!!』
しかし、圧倒的な力でブラッディベアはスライムたちを振り払った。呆気なくその身を散らしていく無限スライムたち。だが、あまりにも多すぎるスライムに、やがてブラッディベアも太刀打ち出来なくなっていった。
そんな彼の前に、ローブ野郎は立つ。
「……クックックッ。ご機嫌如何ですか?」
『……お前はっ?』
「スライムの神です」
『スライムの神、だと?』
「えぇ。お願いですから、あなたの体を解剖させてはもらえませんか? クックックッ」
その瞬間、ブラッディベアは彼がスライムを率いているのだと理解した。見れば、なんの魔力も感じない弱い存在。そんな存在が、ここにいること自体、ブラッディベアには考えられないことだった。
「あなたのように喋る魔物は希少です。どうして言語を話せるのか? どうして通常の魔物よりも強いとされているのか? 私は知りたくて仕方ありません!」
『……お前は……人なのか?』
ブラッディベアの問いかけに、ローブ野郎は笑みを浮かべて答えた。
「言ったじゃありませんか。神だとっ!」
――ポヨンポヨンポヨンポヨン!!
それに、周りのスライムたちが動きだけで歓声を表した。
『神など……必要ない。この世界には、全ての種族を統べる王、ガリム様だけ』
「ガリム? 誰のことですか?」
『我が主にして、最強の魔物』
「そのガリムとは何処に?」
『城の中だ』
「ほうほう! ほうほうほうほう!! ダンジョンの中ですか!」
『お前ごときでは太刀打ち出来ぬ。ましてや……スライムなどには』
その瞬間、一体の無限スライムがブラッディベアの口に体当たりをした。
『ガッ……グッ……』
それを飲み込んで笑うブラッディベア。スライムなど取るに足らない。そう謂わんばかりである。
だが、次の瞬間、その顔は苦悶の表情へと変わった。
『……ガッ? ググッ……ああええあ!?』
「どっ、どうしたのですか!?」
突然の変化にローブ野郎も焦る。そして、そんなブラッディベアのお腹ご破け、いきなり血液が噴出した。
『……ガッ』
息絶えるブラッディベア。言葉を失うローブ野郎。そして、その血溜まりの中から、これまで見たことのないスライムが姿を表した。
――プルプルジャキッ! プルプルジャキッ!
そのスライムは、赤いというよりは赤黒い。そして、柔らかな液体から、時折鋭く尖った槍のような黒い塊を形にした。
「……お前は」
ローブ野郎は無意識のうちに理解していた。そのスライムは、先程ブラッディベアが飲み込んだ個体であると。そして、気づかぬうちに口の端を吊り上げていた。
新たな発見が、彼をそうさせたのだ。
「なるほど、スライムにはそんなことも出来たのですね……クックックッ」
その赤黒いスライムは、明らかに他のスライムとは違った。まるで、スライムの上位者であるかのような風格と雰囲気を身に纏っていた。
それまで、スライムには【属性付与】【合体】の機能しかないと思っていた概念が覆される。
まさにそれは、スライムの【進化】とも言える姿であった。
「食らうことによって魔物は進化しますが、スライムはその逆なのですね……クックックッ、良いではありませんかっ!」
ローブ野郎は歓喜した。そんなローブ野郎の前に、赤黒いスライムはポヨンポヨンと寄って、まるで肘まずくかのような動作を見せる。その動きはスライムであって、スライムではなく、一体の魔物を彷彿とさせた。
「やはり、お前は他のスライムとは違うのですね?」
ジャキッ! ジャキッ!
「クックックッ……これは嬉しい誤算」
そして、そのスライムをローブ野郎は抱き上げる。スライムは、その腕の中でブルブルと震えた後、門に向かって赤黒い槍を突きだした。
その瞬間、他のスライムたちがワッと門に押し寄せ、赤のスライムが四体合体をし、爆発によって簡単に門をこじ開けてしまう。
「……なんと。他のスライムの指揮までできるのですか」
驚いているローブ野郎を傍目に、スライムたちはその赤黒いスライムの指示で建物内へと押し入っていく。
そんなローブ野郎と赤黒いスライムの姿を、ジッと見つめる一体の茶色スライムがいた。だが、それにはローブ野郎も赤黒いスライムも気づかない。
こうして、ローブ野郎たちは苦戦することなく建物内へと入っていく。
中は彼の想像していたよりもずっと人工的な建物らしかった。まぁ、ダンジョンではないのだから当たり前なのだが。
そして、そんな建物の奥底から、不意に轟くような声がした。
『ムブォォォォォ!!!』
それは建物を震わせ、スライムたちの動きを止める。彼らは本能で察知したのだ。そこには、ブラッディベアなんかよりもずっと強い強者がいることに。
そして、綺麗に形作られていた建物は、揺れの後に急な瓦解を始めた。
「いっ、いけません! 一旦引くのです!」
ローブ野郎とスライムたちは急いで引き返す。そして、建物から出た時に、その瓦解から間一髪で逃れることができた。
「一体何が?」
そんなローブ野郎は、驚きの光景を目にする。
「……これはっ」
――それは、まるで巨人だった。
建物を、壊すほどに巨大な人形の存在。いつ、どこから現れたのか、その圧倒的な姿を、ローブ野郎とスライムたちの前に表したのだ。
『大地の王!!』
巨人が言ったのかと思ったがそうではない。その頭の上に、何者かが乗っていて、彼が言ったのだと遅れて理解する。
その巨人は、他の魔物と比べるにはあまりにもデタラメ過ぎた。体長など十メートルを越えている。
体は黒く、硬い鉱石のような物で出来ていて、顔はまさに鬼の如く。魔物というよりは、神の方が近しいようにも見える。
その姿に、さすがのスライムたちも唖然とする。どうやって太刀打ちするかなど考えもつかない。戦うことよりも、死せることを真っ先に想像させてしまう。
だが。
ローブ野郎は、そんな巨人を目にして体を震わせた。
その震えは恐れからくるものではなかった。むしろその逆。
「かっ……カッコいいじゃありませんかっ!」
ローブ野郎に恐怖という二文字はない。いや、あるのだろうが、それを悠に上回る興味があるだけだ。
そして、その興味こそが彼をこの地で生き残らせてきた根元でもあった。その根元を、今回においても遺憾なく発揮し始めるローブ野郎。
ローブ野郎にとって、勝ち負けや生き死になど関係なかった。ただ、目の前の不思議や疑問を知り尽くしたいという欲だけ。
その欲が、人を、魔物を、最弱とされるスライムまでをも巻き込んでいく。
「良い事を思い付きましたっ!」
ローブ野郎は叫んだ。その希望に満ちた叫びに、スライムたちは一筋の光を見出だす。
そして、あまりに圧倒的な巨人を前に勇ましく跳び跳ね始めた。
そして、ローブ野郎のローブ野郎によるローブ野郎のためだけの、スライムの逆襲が幕を開けた。