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十五話 進めスライム軍団

――ポポポポポポポ!


 草地を駆けるスライムな軍団、その上で優雅に指揮を取るローブ野郎は考えていた。


 どこに行けばスライムはたくさんいるのだろうか? と。


 スライムは、魔素の濃い場所で自然発生するものである。故に全てのスライムは天然モノであり、人工的につくることは不可能である。……いや、実は過去、この世界に一人だけスライムの養殖に成功している男がいた。彼はダンジョン内でスライムが発生する場所だけを囲い、スライムを飼っていたのだが、その事実は『冒険者ギルド』の沽券に関わると見なされ、隠匿されてしまったので誰も知ることがないだけである。まぁ、その例外を除けば真にスライムの製造に成功した者はいない。というか、そんなことをしようとした者すらいない。


 ローブ野郎は、今自分がどこにいるのか? なぜこのような場所に来てしまったのか? なぜ出くわす魔物は全て体長三メートルほどの大型ばかりなのか? よりも真剣にスライムについて考えていた。


「まずは魔素の濃い場所を探さなければなりませんね……クックックッ」


 彼は知らない。ローブ野郎の現在いる場所こそ、既に濃い魔素が充満している大陸であることに。


「……ですが、どうしたものですかねぇ」


 そんな事を考えていると、行く手に巨大な魔物が現れる。蜘蛛を連想させる気持ちの悪い魔物である。もちろん、大きさはローブ野郎の五倍ほど。

 しかし、ローブ野郎は臆した様子もなく右手を振り上げて前へと突きだした。その瞬間、ローブ野郎を運ぶスライムたちを追い抜いて、無限スライムが蜘蛛へと特攻を始める。


『キシュシュシュシュッ!!』


 蜘蛛は糸を吐き出して、無限スライムを牽制するも、その勢いに勝てず瞬く間に無限スライムまみれになってしまう。次にローブ野郎は突きだした。右手で人差し指だけを突きだした。その瞬間、ローブ野郎を運んでいた付近のスライムから、赤のスライムが四体大きく跳び跳ね、空中で合体をする。そのまま四体スライムは蜘蛛の魔物へと落ちていき、魔物はローブ野郎と接触を果たす前に大爆発によって朽ち果てた。


 それは、これまで数々の魔物を倒してきたスライムとローブ野郎が編み出した最も効率的な戦いかたである。


 ローブ野郎は左手でスライムたちの進行を指揮し、右手で攻撃を指揮した。彼が右手を突きだせば、最初に無限スライムたちが敵と接触し連鎖の準備を整える。それから、突きだした指の数によって、どの属性のスライムが合体するかを指示していた。


 一本ならば赤のスライム。

 二本ならば緑のスライム。

 三本ならば青のスライム。

 四本ならば茶色のスライム。


 そして、驚くべきことにスライムたちは『合体』にわざわざローブ野郎の魔術式を必要としなくなっていた。

 魔石の話をすらならば、魔石と魔石を繋げるのに魔術や魔法は必要ない。職人が魔石を少し熱して魔力の流れをつくるように繋げるというのが最も原始的な繋げかたである。それには、熟練されたスキルがいるのだが、もちろんローブ野郎にはそんなスキルなどあるわけがない。ただ、魔石と同等の存在であるスライムには『意識』があった。その意識が、どうすれば他のスライムと合体出来るのかを考えさせ、魔術式がなくとも合体できるようになってしまったのである。


 それは、戦いを経るごとに洗練されていき、ここ最近の戦いでは戦闘時間が三十秒にも満たない戦いばかりである。


 事実、先の戦いも戦闘時間は二十秒ほど。もはや、並み(・・)の魔物では、このスライムの進軍を止めることが出来なくなっていた。果たして、三メートルほどもある蜘蛛の魔物を、並みと呼ぶかどうかは、かなり疑わしいところではあったが。


「……どこに行けば」


 ブツブツと一人呟いているローブ野郎は、あっさりとその死体の横をスライムたちと共に通りすぎる。彼の頭の中は、『どうやってスライムを増やすか』ということで一杯なのである。


 そんな蜘蛛の死体に、最後尾をついていく色つきでも無限でもない普通スライムが群がっていく。爆発で焼かれていたとはいえ、蜘蛛のお腹はまだ無事であり、少しめくれた皮膚から体液が流れでていた。その体液に普通スライムたちが群がっていく。一体、また一体とスライムは傷口からお腹に浸入した。


 そして次の瞬間、お腹に入ったスライムの数よりも何倍もの数のスライムが内側から破って這い出てきた。


――ポポポポポポポ!


 新たに生まれたスライムたちは、再びスライム軍団へと加わっていく。そして、この光景は一度や二度ではない。ローブ野郎がスライムを指揮して魔物を倒す度に繰り返されてきたのである。

 しかし、そんなことなど露知らぬローブ野郎は頭を抱えていた。


「……このまま魔物ばかりを倒していては、スライムたちが減っていくばかり。何とかしなければ」


 そして、ローブ野郎はとある名案を考え付く。


「そうです! ダンジョンを探せば良いではありませんか!」


 だが、この大陸においてダンジョンなどあるわけがない。

 そもそも、ダンジョンとはその地域の魔素を抑え込むためのものなのだから。だが、そんなことも知らぬローブ野郎は、どこかにダンジョンらしき建物がないかを探した。


 草地を駆け、魔物を倒し、知らずのうちにスライムたちを増やしながら。


 そして。


「クックックッ。あれは……あれこそダンジョンに違いありませんっ!」


 彼が見つけたのは、遠くに建つ石の建物。それは、横に長く引き伸ばしたような長方形の建物。よく見れば、それがダンジョンではないことに気づきそうなものだが、ローブ野郎にはもうダンジョンにしか見えなくなっていた。


 ……なぜなら、彼はダンジョンのことしか考えられなくなっていたからである。


「クックックッ……スライムたちよ! あそこに向かうのです!」


 そして、何の躊躇もなくローブ野郎は左手でスライムたちを指揮する。それに、スライムたちも何の疑いもなく従った。


――ポポポポポポポ!


 砂嵐を巻き上げながら進むスライムの軍団。それは、遠くから見れば長く強大な蛇の姿にも見えた。




◆◇◆◇◆◇




 そこは、ローブ野郎が目指す建物の中。そこは全面大理石で出来た綺麗な四角い部屋。そこに、部屋には似つかわしくない『魔物』が現れる。


『……我が主よ。敵が現れた』


 その魔物は毛深く、手から鋭く伸びる爪を大理石に突き立てるようにして膝ま付く。あまりにもその部屋が大きすぎてそうは思えないが、その魔物も体長は悠に四メートルを超えていた。


 そんな魔物の前。部屋の真ん中にある椅子には、これまた強大な者が腰を据えている。


「……敵だと?」


 その者は、膝まずく魔物よりも小さい。故に、毛深い魔物は膝まずくも下を見下ろしながら喋らなければならなかった。


『……先程確認した。とても大きな蛇』

「蛇? ……ヘヴィンが裏切ったか?」

『いや、主の仲間とは思えない。ただ、ここ数日中に我らの配下に加えようとしていた名のある魔物たちが姿を消している。恐らく、その蛇が原因かと』


 それに、主と呼ばれた者は顎に手を当てて考える。


「……倒せるか?」


 問われた言葉に、魔物は頷く。


『我が【ブラッディベア】の軍勢にかかれば、倒せぬ魔物などいない』

「そうか。では、配下には?」

『やってみよう。だが、『ガリム』の配下は我が【ブラッディベア】だけで十分』


 それに、その者は笑いを噛み殺した。


「お前を最初に配下にしたのは間違いだったな? まさか、こんなにも忠誠心が厚く、こんなにも独占欲の強い奴だとは思いもしなかった。十年かけて(・・・・・)未だに私の配下が【ブラッディベア】だけというのは、お前のせいなのかもしれんなぁ?」

『……グッグッ。それもこれも主のせい。主はいずれ、魔物の王になる存在。そのお付きは我と我の倦族だけで十分』

「……そうか。ではその為に、私に歯向かおうとするその魔物を殺してこい」

『……御意』


 それから、魔物は巨大な体躯を優雅に動かして部屋を出ていく。残されたその者は、それを見送ってから再び笑いを噛み殺した。


「この地に来てから十年か。……最初は人に復讐を為すためだけに配下を集っていたというのに、いつの間にか仲間同士で勢力争いをすることとなってしまった。……まったく、おかしな話」


 そして、彼は自身の右腕を見る。その腕は、硬い皮に覆われ血の気など感じられない物となっている。対し、左腕はそういった部分が殆ど見られず、パッと見『人間』の腕だった。


「……時間もあまり残されてはおらぬしな」


 そうして彼は、背もたれに体を預ける。


 ゴツン。そんな音がした。それは、彼の頭から生える巨大な角が椅子と当たった音だった。


「フッフッフッ……もはや人への復讐など、この美しい大地を目にしていたら薄れてしまった」


 彼が目を向けた先には、ポッカリと穴が空いていて、そこからはどこまでも続く雄大な草原が広がっている。空は青く草地は緑。その景色は見る者の心を奪うに違いない。


「もはや人には礼を言わねばならぬな……。こんな景色が見れたのも、私の体に『魔石』を埋め込んでくれたお陰」


 そして、口の端を吊り上げた。


「私の体の中に、【ミノタウルス】の魔石があるお陰」


 そして、拳を強く握った。その瞬間、周りの大理石にヒビが入る。


「我が【大地の王(アースルーラー)】からは誰も逃れられん。この圧倒的力を以て、私は魔物の王に……いや、いずれはこの世界の王になろうぞ……フッフッフッフッ」


 その声は部屋に響く。不気味にゆっくりと、まるで、満ち足りた未来を既に手にしたかのような悦で。


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