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十三話 村の入り口で

「……いいんですか?」


 執拗にディアルの事を言ってくるユナに、アルヴは何も返さない。返さないことこそが答えだと謂わんばかりだ。

 だが、次の言葉は彼にとって看過できないものだった。


「アルヴさんの仲間なのに」

「お前なぁ……俺はアイツに助けられたわけじゃねぇし、アイツはふざけてるのかわざと間違った方向ばかりを教えるような奴だぞ? そんな奴を、俺は仲間だと認めたわけじゃねぇよ」

「そういう仲間のことじゃないです」


 その言葉に、アルヴは肩を落として答えた。


「……わかってるさ。別に同じ境遇を持ってるからって、俺は簡単に仲間と思ったりしないんだよ」

「じゃあ、アルヴさんにとって仲間の条件って何ですか?」

「俺にとって……」


 だが、その言葉は村から現れた数人の男たちによって遮られてしまう。アルヴは男たちの姿を見て、ニヤリと口角を吊り上げた。


「今までにないくらい手厚い歓迎だなぁ、あぁ?」


 男たちは皆、手に様々な農具を持ち、その先の鉄で出来た部分をアルヴとユナに向けてくる。顔は強張っており、しっかりと閉じられた口からは、意志のようなものを感じた。


「村には入れぬ」


 一人がそう言った。


「へぇ? どうして?」

「教える気はない。たとえ、お前が国王様だとしてもな」

「なんだそりゃ?」


 アルヴは肩を竦めながら彼らを観察する。農具を持ってはいるが、皆、それなりに戦闘がこなせる雰囲気を纏っていた。おそらく元は戦闘に携わっていたのだろう。もしくは、これまでの魔物との戦いでそれを身に付けたか。


――まぁ、関係ねぇな。


 どちらにせよ、アルヴが彼らに負けるはずがなかった。


 だから、少しだけ痛い目をみてもらおうと、戦闘態勢をつくった時。


「ダメです!!」


 ユナが駆け出し、アルヴと村人たちとの間に割って入った。


「……どけよユナ」

「どきません」

「そいつら、俺らに何向けてんのか分かってるのか? あぁ?」

「でも、アルヴさんには関係ないんでしょ?」

「関係あるね。大いにある。そいつらは弱者のくせに分かってねぇんだ。立場ってやつを」

「待ってください! 話し合えば、きっと解り合えます!」


 ユナは尚もそう言って譲らない。それにアルヴはため息。きっと彼女は、アルヴが村人を殺すとでも思っているのだろう。だが、実はそうではない。アルヴは村人を殺す気など一切なかった。


 そして、そんなユナに後ろから忍び寄る村人たち。そしてアルヴは、再びため息。


――奴等から痛い目みてもらおうと思ったが……。


 それを阻止するわけでもなく、ユナに警告するわけでもなく、ただアルヴは見守る。少し強引な手段(・・・・・)でなければユナは納得しないと考えたからだ。


 そして。


「キャッ!?」


 後ろから一人の村人がユナの体に太い腕を回して持ち上げた。途端に勝ち誇る男。ユナは何が起こったのか分からない様子で足をバタつかせている。


「おい! このガキを解放して欲しかったら、その場に荷物を全部置け! もちろん武器もな!」

「……へいへい」


 言いながらアルヴは、マントの下に荷物と武器を落としていく。それを見ていた村人たちの顔が、より一層汚く歪んだ。


「へへっ。盗賊みてぇな真似事して悪いな? だが、近づいてきたお嬢ちゃんが悪いんだぜ?」


 男は、片腕だけで持ち上げているユナに向かって言った。アルヴはそんな彼女へと視線を移す。おそらく、不安そうな表情をしていると思った。

 キリの良いところで助ければ、何も言えないだろうと思ってそのままにしたからだ。


 だが。


「卑劣です」

「ガッ!?」


 視線を移し終えた時に見えたユナは、鋭い目付きをしていて、その細腕を持ち上げ、男に裏拳をかましているところだった。


 顔を押さえてよろめく男。そして、その場に着々するユナ。彼女は、そのまましゃがみ男のふらついた足に向かって横から蹴りを入れる。


「……はっ?」


 そんな声をアルヴは上げてしまう。ユナの三倍はあろうかという男が、その場で側転したからである。


「がぁっ……あっ、足がぁぁぁ!!」


 男は地面に叩きつけられ、すぐにそう叫び自身の足を抱き寄せた。


 そんな光景を、アルヴと他の村人たちは呆然と眺めていた。


「私は、皆さんを助けようとしただけなのに……」


 ユナは苦しげに呟く。その言葉を聞いていたのはアルヴだけ。


「おいっ、ガキが調子乗るんじゃねぇ!」


 村人の一人が言いながら怒り丸出しの表情でユナに近寄る。そして、高く振り上げた手をユナの顔に向かって振り下ろした瞬間、ユナはその腕に予備動作なしで拳を打ち付けた。


 バキッ。周囲に聞こえたその音から、彼の腕が折れたのだと誰もが理解した。


「ああえぁぁぁ!! 腕がぁぁぁ!!」


 遅れて地面を転げる男。彼も足を蹴られた男同様にユナの足元で這いつくばる形となってしまう。


「……おい、なんなんだこのガキ」

「……ただのガキじゃねぇぞ」


 困惑する村人たちは、握っていた農具をより一層戦闘しやすいように構える。

 ただ、この中で一番困惑していたのはアルヴだった。


――どういうことだ? なんでユナにあんな力がある?


 ユナは人の子だ。そして少女でもある。そんな彼女が、いくらなんでも大人の男相手に、こんなにも圧倒的な戦いをするはずがなかった。



「おい! こいつ人の皮被った魔物じゃねぇのか?」

「そっ、そうだ! そうに違いない!」

「殺せ! きっと男も魔物だぞ!」


 何も知らない村人たちは、偶然にも現状からより近い真実を導き出してしまう。そして、一斉にユナへと農具を向けた。


――そろそろヤバイか。


 アルヴは我に返って戦闘態勢を取る。村人が一人でも動いたなら、容赦なく殺すつもりで。


 だが。


「させません」


 先に動いたのはなんとユナだった。彼女は華麗に村人へと詰めより、彼らがそれを認識する前に足蹴をかます。


「がぁっ!?」

「ぐっっ!?」

「ぎえっ!?」


 アルヴの目の前で、村人たちが一人一人倒れていく。それは、あまりにもあり得ない光景だった。


「うわぁぁぁ!」


 最後に残った村人が、動揺して農具を滅茶苦茶に振り回すも、ユナは意図も容易くそれを掻い潜って攻撃を入れる。


「……そうかユナ、お前」


 その動きは、戦闘スキルによるものなどではなかった。なぜなら、それはとても分かりやすく、とてもぎこちない動きだったからだ。かといって、魔法を使った形跡もない。

 単に、村人たちの動きを、反射を、動体視力を、ユナが凌駕しただけに過ぎなかった。


 なら、結論はすぐに出る。ユナの身体能力が彼らよりも高かっただけのこと。そして、身体能力とは種族によってほぼ決まっており変動するこはほとんどない。


 なのに、目の前のユナの身体能力は、人の範疇に収めるにはあまりにも突出し過ぎている。


 つまり。


「……進化してるんだな」


 人は進化などしない。修行によって魔法を覚えたり、スキルを身につけることで『強く』はなるが、それを『進化』とは呼ばない。

 進化するのは、この世界では魔物だけ。多くの存在を食らい、その血肉を我が物にする魔物だけが、肉体を変化させる。その変化を、人は『進化』と読んだ。


 


 ……気がつけば、そこにはうめき声を上げて這いずり回る村人たちと、その中心で静かに君臨するユナが立っているだけだった。


 その姿に、アルヴは何故だか不思議な心持ちを覚えてしまう。

 弱いと思っていた少女。……いや、アルヴに比べれば強くはないのだろうが、そこに立っているのは、確かに人々の心に恐怖を植え付けるナニカだった。そのナニカが分からなくて、アルヴは呆然とした。


「……最初の人は、まさか折れるなんて思ってなかったので雑ですが、他の人はすぐに治療すれば元に戻るように折っておきました」


 村人たちを見下げて淡々と言ってのける。

 その時だった。


 コツン。突然翔んできた石が、ユナの頭に当たる。威力はなく、ユナは石が翔んできた方向に視線を移した。


 そこは村の入り口。そして、男たちよりも多い村人が静かにこちらを凝視していた。彼らは女子供で、男もいたが腰の曲がった老人ばかりだった。


「父ちゃん!!」


 そんな集団から一人の男の子が抜け出た。そして、這いずる男の一人に駆け寄る。二人は親子なのだろう。男の子は、痛みに耐える男を必死に庇いながら、ユナに立ちはだかった。きっと、石を投げたのも男の子だと想像できた。


「おっ、お前なんか……怖く……ないぞ。早く出てけ!」


 足が、声が、震えていた。そんな男の子にユナは静かに告げる。


「大丈夫。村には入らないから。……早く医者に看せてあげて」


 後ろ姿のせいで表情は分からなかったが、その声音から、ユナが酷く落胆しているのがアルヴには分かった。

 そして、ユナはくるりと向きを変えてアルヴの方へと歩いてくる。予想した通り、酷い顔をしていた。


「……いいのか?」


 近くまできたユナにそれだけ言うと、彼女はコクリと頷いただけ。言葉を発しなかったのは、発してしまえば別の何かをも出してしまいそうだったからだろう。小刻みに震えている肩が、それを強く主張していた。


「……わかった」


 アルヴは残念そうに答えた。本当に、残念だった。村が見えた時の、彼女のはしゃぎかたを目にしていたからだった。


 二人はそのまま村から立ち去ろうと歩き始め、後ろからの声で歩みを止める。


「いっ……いっ、医者なんていねんだよ!!」


 それは、先程の男の子の声。振り返ると、その顔は涙にまみれグチャグチャになっている。


「もうっ……このっ……村にはイジャなんでぇ……いねんだよぉ!」


「……どういうことですか?」


 振り返ったユナが聞き返す。それに男の子は一瞬泣き止んだが、再び泣きながら叫んだ。


「とっぐのムガジぃに……おイジャ様は死んだ! 何度もオウドにデガミ出しても……うっ……返ってこない。 グズリも全然来ないんだよ!」

「薬もない?」

「……うっ……うっ……」


 叫び尽くしたのか、男の子はグズリ始める。


 ユナは考えた。薬がないとはどういうことだろうか? と。確かに辺りは荒れ地だが、森や山に向かえば薬草はあるはず。そして、医者がいないとは?

 村や集落にいる医者というのは、大抵そこで育った者が家業としてやっていることが多い。現にユナの父も診療所の所長であり、その前の代も医者に分類される職業についていたらしい。

 だが、たまに医者のいなくなった村やっている集落が存在する。そこには、医学について学んだ者たちが王都より派遣される。


 だが、男の子の言葉からはそれすらないようだった。





――実は、これには深く明確な理由があった。


 それは、数ヶ月前に王都で起こった改革が原因である。その発起人でもあるアーサーという男が、次々に捕まえていった中に、そういった事を管理していた者もいたからだった。その者は、『魔術師ギルド』なる組織と裏で繋がり、怪しげな取引をしていたことが捕まる罪状となる。


 そして薬草が来ないのは、これまた改革により、王都の『冒険者ギルド』が壊滅したことこそが原因だった。薬草に使われるのは、魔力を多く含んだ草が大半である。そして、その付近には当然魔物もいた。故に、薬草採取は冒険者の仕事であり、それを集め取り扱っていたのも『冒険者ギルド』である。だが、『冒険者ギルド』は取り扱うだけであり、それを調合したりはしない。集めた薬草などの殆どは、これまた『魔術師ギルド』へと配送されポーションとして世の中に出回っていた。


 ポーションの材料は、薬草の他に魔力を含んだ水……魔水であるが、改革より以前、その魔水が極端に不足するという事態に陥る。それは、魔水をよく採取していたタウーレンで魔水が取れなくなってしまったのがそもそもの発端。ポーションは値上がりし、それが原因でポーションを調合していた『魔術師ギルド』は様々な組織と裏取引をするようになっていた。


 様々な要因が絡み合い、薬草、医者、ポーション等を欲していた村や集落には、それらの補給が途絶えてしまったのだ。


 だが、そんなことなど知るよしもない彼らは、ただどうすることも出来ず呆然とした。国の中で何が起こっているのかの情報さえも、殆ど途絶えたままだったからである。


 もちろん、ユナやアルヴでさえそんな細かいことまでは知らない。『医者がいないのか、なぜ薬がないのか』考えた所で答えなど出るはずがなかった。


 


 ただ、ユナはその答えがなくとも、やるべきことがあると思った。



 それを証明するかのように一歩、村の方へ歩く。


 そんな彼女に。


「……助けるのか?」


 アルヴは問いかける。ユナは動きを止めてからアルヴに振り返った。そこにあったのは落胆した表情ではなく、強い決意に満ちた表情。


「はい。……だって、私は医者の娘ですから」


 そして、ユナは駆け出した。村の入り口にいた者たちがそれに悲鳴を上げる。だが、そんなこと彼女は構いもしなかった。


 そして。


「医者ならここにいます! 私が治療するので皆さんは彼らを運んでください!」


 止まる悲鳴。そしてしばしの沈黙の後、男の子が言った。


「医者……? おっ、お前がか?」


 それに、ユナは頷く。


「さぁ、早く!!」


 一人の少女の言葉に、咳を切ったように村人たちが動き出した。きっと村人たちも何がなんだか分からなかったに違いない。

 ただ、医者がいるという希望と、有無を言わせぬユナの威圧感に、体が反応しただけ。


 途端に騒がしくなる村の入り口。ユナは、その中心で誰よりも堂々と支配者のように君臨していた。


 その光景を見ていたアルヴは、先程感じた不思議な気持ちの正体を知った。


――ふっ。そうか、俺は。


 彼は喜んでいたのだ。村人を呆気なく倒し、恐怖そのものとして君臨していたユナに、自分を重ねて喜んでいたのだ。


 だが、今とはなってはそれが間違いであったことを再度知る。


――そうだよなぁ。やっぱ、俺とお前は違うよなぁ。


 ユナはそのまま村へと入っていく。その後を担がれた者、肩を借りた者が追うようについていった。


 一人村の外で残されたアルヴは、ため息を吐いてその場に腰を据える。そのままユナについていく気にはなれなかった。なぜなら、村人たちの瞳に微かに宿る『期待』に、アルヴは応えられないからだ。


「……まぁ、これが当然だろ」


 アルヴは呟き、ドラゴンが飛んでいるはずの上空を見上げる。そこにドラゴンの姿は見当たらなかったが、気配はちゃんと感じられた。次に、そのアンテナをディアルが走り去った方向へと向けてみる。すると、彼女がなんとなくこちらを窺っているのが近くはない距離で分かった。


――馬鹿だなぁ。


 そう思ったが、すぐにその思いを掻き消す。


 

 一人ポツンと残された自分も、同じように馬鹿だと思ってしまったからだった。 



この作品を読んでくださっている皆様には不要かもしれませんが一応……。



『ギルドは本日も平和なり』から。


・魔水不足

タウーレン付近の魔池に住んでいた聖霊がいなくなったことが原因。ポーションが値上がりしたことにより、テプトはローブ野郎の発明である『魔血』『月光草』とテプト自身の考えた『依頼義務化』を掛けてギルド内での会議という名の闘いをすることになる。


また、ポーションの値上がりは町の診療所にも影響しており、それによって診療所の所長(ユナの父)とも事件を起こすキッカケともなった。


・魔術師ギルド

怪しい回復魔術を行っていたが、テプトとヒルが協力して潰した組織。その技術は、アルヴという実験体を作り出した『ラリエス』から引き継がれたもの。


・国の改革

テプトがアーサーという男に扮して行った。協力者はヒルの上司であった王子。だが、その事実を知る者はいない。


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