十話 新しい仲間?【アルヴ】
「そんなことするわけねーだろ」
アルヴが言ったその言葉に、ユナは心から安堵した。
現在は夕方。魔力暴走を起こしたアルヴは、たっぷり二時間ほど眠っていた。その間、アルヴの何ともない寝姿にドラゴンは安心し近くで眠ってしまう。彼の起床を待っていたディエルは、アルヴが起きるとともに、ユナに話した野望を彼にも話し、誘ったのだがアルヴはそれを意図も容易く断ってみせた。
「なっ! なぜだ!? お前ほどの力があれば国を制圧することも、滅ぼすことも可能だろう!?」
ディエルは取り乱し、両腕をブンブンと振りながら信じられないとでも言いたげな顔をしている。
「まず、可能かどうかだが……無理だ」
「むっ、無理?」
「あぁ。まず一つ」
そう言うとアルヴは人差し指を立ててみせた。
「国を制圧するには王様の座につかなきゃならねーが、俺にはその資格がない」
「何をバカな……ちょっとお前が脅せばそんなものどうにでも――」
「そんな簡単な話じゃねぇんだよ」
それから、アルヴは頭をグシャグシャと掻きながらディエルを眺めた。
「……お前、格好から察するに、もしかして冒険者でもしてたのか?」
「……あぁ、そうだが」
「ランクは?」
「Aだ。あと少しでSランクにもなれたのだが、この耳が隠しきれず辞めたんだ」
「……なんで胸を張ってんだよ。……まぁ、いいや。だからそういう考えなのか。言っとくが、人の上に立つのは簡単なことじゃねぇんだよ。ただ強けりゃ良いってもんでもない」
「何を言っている? 強さこそが全てだろ?」
「その馬鹿面……昔の俺みたいで嫌だな」
不思議そうなディアルに、アルヴは額に手を充てて悩ましげに呟いた。
「強さが大事なのは冒険者だけだ。だが、人の上に立つ奴は皆強いわけじゃねぇ。だから、王様だって強くはないだろ?」
「たっ、確かに。ならば、人の上に立つためには何が必要なんだ?」
ディエルの問いかけに、アルヴはしばらく思案していた。その様子は、どこか遠くに想いを馳せているかのようにも見えた。
「……この表現が合ってるのかは知らねーが、『馬鹿』かな?」
そう言ったアルヴが、どこに想いを馳せていたのかをユナは瞬時に理解した。彼が、よくとある人物のことを『馬鹿』呼ばわりしていたからだ。
「なるほど。馬鹿か。フッフッフッ……ということは私か」
「ディエルさん……それ自分で言うのは違うと思うんですけど」
何故か満足げに鼻息を鳴らしたディエルに、ユナは苦笑いをした。
「言っておくが、仲間の中で私は『ヤーン』と同じくらい馬鹿だと言われていたからな? 馬鹿に関しては自信があるぞ? どうだ? 恐れ入ったか?」
「恐れ入ったというか、なんか可哀想になってきました……」
「……ユナ。あんまりコイツの言ってることを信用するな。こいつは本物だ」
アルヴが、首を振ってため息を吐いた。その言葉にディアルは「本物だったら信用してもいいんじゃないか?」と首を傾げている。その様子にアルヴは再びため息二つ目。
――そういう意味じゃないんですよね……ディアルさん。
ユナはまたもや苦笑いをするしかない。
「……というか、『ヤーン』って誰ですか?」
「ムッ! そういえば言ってなかったな? 私やコイツと同じく施設から逃げた仲間のことだ」
「なんだよ……まだ、生きてたのか」
「お前こそ、よく生きていたな? 私たちの中ではとっくに死んだと思っていた」
「そうかよ」
「ヤーンは私と近い房にいた奴だ。埋め込まれた魔石は【白虎】。逃げたした十人の中では七番目の強さを誇っている」
「七番目……ディエルさんは?」
「私か? フッフッフッ、よくぞ聞いてくれた……と言いたいところだが、残念ながら私は八番目だ」
「強さってことは、戦ったんですか?」
「あぁ。そして、各々がその強さに適した場所で魔物集めをしている。魔物をたくさん集めて、いずれアスカレア王国に攻め込むのが目標だ」
「……そんなことをしたら」
ユナの不安そうな声音に、ディエルは煽るように笑って見せる。
「そうだ。人の世は終わりだ。だが、仕方ないだろう? それくらいのことを奴等はしてきたのだから」
「そいつは面白そうだな……で? お前の集めた魔物はどこだよ?」
「さっきお前たちが殺しただろう。あれで全部だ」
「あれでか?」
「苦労したんだぞ? まずは群れに溶け込むため、何日も奴等と共に荒野を駆けた。奴等と同じ飯を食べ、奴等と同じ景色を眺めた。だが、冒険者として長く国に潜んでいた私にとっては、そんなこと造作もなかったな」
「……お前、さっき強さが大事だとか言ってなかったか?」
「もちろん、強さは大事だ」
「なら、力づくで仲間にしろよ」
「――あ」
たった今気づいたのか、驚愕の表現をするディエル。そんな彼女に、アルヴは何度目か分からないため息を吐きそうになり。
「お前は天才か!?」
「お前が残念なだけだろ!」
それをさせてもらうこともなく突っ込みを入れてしまう。どうやら、ディエルはアルヴが思っている以上に阿呆のようだった。
「あはは……」
ユナは尚も苦笑いを続けている。そんな彼女をチラ見し、アルヴは例えようのない苛立ちを覚えた。
「ユナ」
「……なんですか」
思っていた以上の強ばった声に、ユナだけでなく話しかけたアルヴ自身も驚く。
「……いや、なんでもない」
「へ?」
だから、それを掻き消すように首を振った。
ユナは訳が分からないという表情をする。だが、実はアルヴも同じだった。彼は自分が何を言おうとしたのか分からなかった。分からぬままに話しかけたのだ。ただ、その感情をそのまま口にすれば、おそらくユナは傷つくだろうということは予想できた。だから、彼は言葉を断ったのだ。
ユナはそんなアルヴを見、イライラしているのだろうと理解した。そして、その原因はディアルにあるのだろうと推察する。まさか、自分に対してイラついているのだとは毛ほども思わなかった。
「そういえば、お前たちは何のために旅をしている?」
そんな空気など気づくはずもないディエルが、思い出したように二人に問いかける。その鈍感さにアルヴは少しだけ感謝した。そして、それに答えたのはユナ。
「実は、お母さんの故郷に行く途中なんです」
「母親の故郷?」
「はい。私の体には魔物の力が宿っています。この力は、お母さんから受け継いだものなんですけど、今は使うことが出来なくなっていて……。それで、お母さんがいた故郷にいけば、同じ力を使うことが出来る人がいるかもしれないから」
「なるほど。つまりその人たちに会い、力の使い方を聞くということか」
「はい。そうなんです」
「魔物の力か……。どんな力なんだ?」
「力というよりは、魔法です。回復魔法」
「回復魔法? 使える者は冒険者にはたくさんいたが」
「私が使う回復魔法は、それとは違うらしいんです」
それから、ユナはデイアルに自分の使う回復魔法を説明した。冒険者たちが使っている回復魔法とは、外傷などを塞ぐ魔法であること。自分が使うのは、体に流れる魔力の流れを操り治癒能力を高める魔法であること。そして、その原理は魔力の『吸収』と『放出』を使い分ける【スキル】に近いものであること。
そして、そのスキルは魔物しか持ち得ない能力であること。また、自分は『吸収』しか使うことが出来ず、『放出』が出来ないこと、を。
「ふむふむ。さっぱり分からん!」
「……えぇ」
長々と丁寧に説明したにも関わらず、ディエルはそう言ってまとめてしまう。
「だが、その力のお陰で先程の魔力暴走は止まったのか」
「そうです。でも、放出が出来ないせいで私も魔力暴走に陥ってしまう副作用があるんです」
「そういうことか。だが、大丈夫じゃないか? 魔力暴走には体内の魔力量が増えるという利点がある。現に私がそうだったからな。そのうちアイツの暴力的なまでの魔力も受け止められるようにもなるはずだ」
そんな持論を展開し、ディエルはアルヴに向かい親指を立て、爽やかな笑みを浮かべて見せた。
「だから……彼女には一杯注ぎ込んでやるが良い! そのうち、お前無しでは生きられない体にしてやれっ!」
「如何わしい言い方してんじゃねーよ!」
こいつはダメだ。アルヴは本気でそう思う。しかし、彼女はそんなことを気にする様子もなく、はて? と考え込んでいる。
「……そういえば、ヤーンが前に同じような話をしていたことがあったな」
「無視かよ」
「たしか、山の奥に住んでいる奴等がいて、触れると魔力を吸収されたとか何とか……」
ディエルが何気なく言った発言が、二人の頭に入るまで数秒の時間を要した。既に阿呆の烙印を押されたディエルが、この旅においての重要な手がかりを持っているなど、思ってもみなかったからだ。
「……ディエルさん! それって」
「待て! 今思い出す」
ユナの期待感溢れる言葉に、ディエルは分かりやすく手で制する。
ディエルは思い出してみる。ヤーンという仲間との会話を。それは、数年前の記憶。
ーーーーー
そこは、アスカレア王国からは遠く離れた森。そこに、ディエルは居て、ヤーンという仲間と会話をしていた。
「――でさでさ、そいつら魔力は大したことないのに、触れたら魔力を吸いとってくるせいで意外に手こずったんだよねー」
「そんな奴等がいるのか!?」
「うん。しかも、武器とか持ってなくて魔法も使えないくせに、肉弾戦だけで私と張り合おうとしたのさ。まぁ、確かにちょーっと苦戦しちゃったけど」
「でも勝ったのだろう?」
「あったり前じゃん! 私には『白虎』の魔石が埋め込まれてるんだよ? 人じゃ勝てるわけないじゃん」
「まぁ、そうだな。で? 仲間にしたのか?」
「はっ? あいつら人だよ? 仲間にするわけないじゃん」
「じゃあ、どうしたんだ?」
「もちろん。皆殺しにしてやったよ☆」
ーーーーー
「――エルさん? ディエルさん?」
「はっ! なっ、ななな何だ!?」
「何度呼んでも返事がなかったので……」
「あっ、いや、何でもない」
「何でもないって……それで、何か思い出しました?」
ユナの言葉に、ディエルは焦った。思い出すことには成功したのだが、会話の内容からユナとアルヴの目指す場所は恐らく無くなっていると理解したからだ。
「……ディエルさん? なんか、すごい汗かいてますけど……」
「おおかた知恵熱だろ。そいつが何かを思い出せるとは思えねぇな」
アルヴがそんな軽口を叩く。それに、ディエルはコクコクと頷いた。
「そっ、そうだ! 私はなーんにも思い出せない。思い出したと思ったが、それは夢幻だったようだ! そう! 夢幻!」
「……ディエルさん」
「お前、本当に頭大丈夫か?」
大袈裟な身振り手振りで記憶錯誤を表現するディエル。その姿はまるで狂った病人のようでもあった。
「大丈夫だっ! 残念なのは、私が何一つ、これっぽっちも思い出せないことだ!」
「……そうか。まぁ、残念なのはお前の頭で、期待はしてなかったけどな」
「そうだっ! 期待などしてはいけない! 期待すればするほどに裏切られた時の衝撃は凄いからなっ! そう! 例えば、目的地が既に無かったときのようにな!」
「なんだよ急に。別にお前にはそこまで期待してねぇって」
「そっ、そうか。それなら良いんだ」
「ディエルさん……それで良いんですか」
ディエルはふぅと息を吐いた。それから、くるりと向きを変えると、突然別れの言葉を切り出す。
「ふむふむふむ。そうかそうか……ということは、私とお前たちの目的は違うというわけだ。なるほど、残念無念! だが、これもまた運命なのだろう。さらばだ! 諸君!」
そうしてディエルは歩き出す。
彼女は、一刻も早く彼らと離れなければならないと感じていた。なぜなら、記憶違いでなければ、ユナとアルヴの目指す場所は既に無くなっていると理解したからだった。そして、それをそのまま告げれば、自分の身が危ういと感じたからだった。
ディエルにとって、アルヴは間違いなく同じ境遇を持つ同士だ。だが、それだけを取ってみてもアルヴとは分かりあえないだろうと無意識に思ってしまった。
なぜか。
それは、アルヴが魔力暴走を起こした時である。
彼女は、その圧倒的なまでの魔力に恐れおののき、動けなくなっていた。逃げることは愚か、生きることさえも叶わないと覚悟した。しかし、そんの中で彼の連れている変わった少女は、躊躇することなくアルヴに向かった。そして、あろうことか魔力暴走を起こしている彼に触れ、それを止めて見せたのだ。
もちろん、ユナにその能力があることは先程分かった。
だが、それを以てしても、自分があの時アルヴに向かえたかどうかは疑問しか残らない。むしろ、動けたなら逃げている想像しかできなかった。
会ったばかりのディエルにとって、二人の間にどんな関係があるのかは知らない。だが、あの時恐怖で立ち竦んだ中、果敢と呼ぶには不適切なユナの行動に、ディエルは理解してしまったのだ。
例え、同じ境遇というアドバンテージを持っていても、ユナには勝てぬだろうと。
もしも、ここでユナに事実を告げたとする。「お前のお母さんの故郷は私の仲間が滅ぼした」と。そしたら、きっとユナは悲しむだろう。そして、そんな彼女を見たアルヴはどうするだろうか?
まさか……私を殺しはしないだろう。そうは思うのだが、何故だか、その考えを否定しきれない自分がいた。その答え合わせをする勇気は、彼女にはなかった。
だから、ディアルは彼らから去ることを選ぶ。
だが。
「待てよ」
アルヴの言葉でディエルは動きを止める。
「……なんだ?」
「お前、そのヤーンって奴の居場所は知ってるんだろ?」
「あぁ、もちろんだ。だが、それ以外のことは何一つ思い出せない」
ディエルは、会話を早く終わらせるためにそう言った。しかし、アルヴが何気なく口にした次の一言で、そう言ってしまったことを後悔する。
「なら、道案内しろよ」
「……へっ?」
「だから、道案内。俺たちは方角までは分かってるんだが、詳しい場所については知らないんだ」
「わっ、私も知らないぞ!」
「……いや、わかってるよ。だから、そのヤーンって奴のところまで案内してくれよ。そいつなら場所知ってるだろ」
「――あっ」
ディエルは、自分が墓穴を掘ってしまったことに気づく。それは言葉の例えなどではなく、本当の墓穴を掘ってしまったことに。
「確かに! お願いできますか? ディエルさん?」
ユナも名案とばかりに瞳を輝かせた。
「うっ……いや、だが、私には魔物を集めるという使命が……」
「そんなの行く途中にでも出来るだろ。それに、今のお前じゃ魔物は従わせられねぇよ」
「なっ、なんだと!? 何を根拠に!」
「だってそうだろ? 十年かけて集めた仲間がさっきの魔物たちだけって、お前どんだけ時間の浪費をしてんだよ」
「なら、お前は魔物を従わせられるのかっ!?」
「従わせる必要なかったしな? だが、わざわざ見逃してやったのについてこようとした奴等は山ほどいたな。まぁ、ウザイから全員殺したけど」
さも当然のように言い放つアルヴ。それは、ただ単に『魔物を殺した』というだけの話なのだが、その言い方に、ユナが少しだけ悲しい顔をした。
「だから旅の途中、俺がお前に魔物の従わせ方を教えてやるよ。別に悪い話じゃないだろ?」
それは、ディエルにとって嬉しいはずの提案。しかし、それでも彼女は難色を示す。
「しっ、しかし、私は」
そんな煮え切らないディエルの態度に、アルヴは深い深いため息を吐いた。そして最後には舌打ち。
「……せっかく人らしい話し合いをしてやろうと思ったのによぉ。んじゃあ、サービスで『魔物の従えさせ方』を見せてやるよ」
――バチっ。
そんな音が周囲に響いた。そして、ディエルは直後硬直する。
「――言われた通りにしろ」
それは、耳元から聞こえたアルヴの声。その声には感情の一切がなく、機械的にも思えた。さらに、ディエルの首にはアルヴの冷たい手のひらが添えられている。
一瞬で彼は、ディエルの背後に移動したのだ。そして、その過程がまるで彼女には見えなかった。
突如、視界が下がり、ディエルは自分が膝から崩れ落ちたのだと理解する。そして、その理解が完全に状況を把握する前に、彼女はその言葉をポロリと口にしていた。
――はい、と。
「……それでいい」
アルヴの高慢な言葉が上から降ってくる。
それは、一つの敗北だった。アルヴという存在に、ディエルが屈した瞬間だった。
だから、『本来ならば』悔しさが込み上げてこなければならないはず。
――なのに。
ディエルの内から込み上げてきたのは、それとは真逆の歓喜にも似た感情。恐怖に震えた体は、そのまま興奮の震えへと急激に移行していく。
「えへっ……えへへ」
気持ちの悪い笑いに、アルヴは表情をひきつらせる。
「……こいつ、マジでイッちまってんじゃねぇか?」
そんな罵倒にさえも、ディエルは沸き立つような震えを感じた。
事実だけを述べるならば、この時ディエルは本当にイッてしまっていた。……ナニガとはいえないが。
勿論そうなってしまったのは、彼女に魔物の血が流れているせいだ。彼女の魔物としての部分が、自分よりも強いアルヴにひれ伏したからだった。
そう……決して、彼女に変態の気質があったからではない……はず。
そして、この先アルヴは、ディエルという残念な者を従えさせてしまったことを、幾度となく……幾度となく、後悔するハメになるのだった。
「えへへへ……これ、癖になるかも」