90、それぞれのエルドラド侵攻前
「よ~し、今日はここまで。汗を流して着替えてから朝食に行けよ~風邪ひくからな~。」
ゼギアスによる早朝訓練が終わり、アルステーデとライナールはその場にへたり込む。
荒い息を整えるにも苦労するほど疲れている。
基礎体力に三十分、組み手に三十分の計一時間の早朝訓練が、毎朝空き地を見つけて行われてる。
たった一時間だが毎朝ヘトヘトにさせられる。
デーモンは魔法が得意で体術はどちらかと言えば苦手と言っても、二人は他のデーモンよりは訓練していた方で多少は自信があった。
だが、基礎体力を鍛えるために魔法を投射し続ける訓練などこれまでしたことはなく、実際にやってみるとこれがとにかく疲れる。
ゼギアスは”魔法を効率的に使えるようにもなるし、魔法を使い続けることで身体全体に負荷もかかるからいいんだ。俺もやってるんだぞ?”と言ってこの訓練を行わせる。
それが終わると五分休憩を挟んでゼギアス相手に体術の訓練。
時間がもったいないと二人同時に相手する。
ゼギアスは寸止めで二人に注意をする。
「ほら?隙ができてるぞ?」
「踏み込みが甘いから軽くいなされる。」
などと、ゼギアスの手や足が二人の身体に触れるか触れないかのところで止められては注意される。
そして汗一つかかせることもできずに、涼やかな表情で立ち去るゼギアスを見送る。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・さすがはゼギアス様だ。皆から化物と呼ばれるのも判るよな。」
地面に腰を下ろし両手をついたままライナールはアルステーデに言う。
「・・・・・・そうね。」
息を落ち着かせつつあるアルステーデはゼギアスが去った方を見ながらライナールに答える。
「・・・・・・姉さん・・・・・・何を考えてる?」
アルステーデの緑の瞳に何か通常じゃない感覚を感じてライナールは聞く。
「・・・・・・私、ゼギアス様の雌を・・・・・・妻を目指すわ。」
ぼそっとつぶやいたアルステーデの言葉に、ガバッと身体を起こしてライナールはアルステーデに向き合う。
「は?」
「だってそうでしょ?私は竜の巫女の血を引いているの。竜の巫女は最強の男に嫁ぐしきたりなのよ。」
「でも、ゼギアス様はデーモンでもキーラー族でもないよ?」
祖母フレデット母ティアーラそしてアルステーデは、竜の神殿で竜の身体に祈りを捧げる竜の巫女の家系。
確かに、一族で最強の男に竜の巫女は嫁ぎ子を為すしきたりになってる。
だが、それはキーラー族でのしきたりで、デュラン族のゼギアスは対象外の話だ。
「そうね。でもゼギアス様の強さを知ってしまったら、一族最強の男でも伴侶の相手には思えなくなってしまったのよ。」
弱肉強食の世界では、雌は強い雄を探して伴侶になろうと努める。
それはごく自然なことだからライナールにも姉の言うことは判る。
先日、たまには多少本気を出さなきゃ身体がなまると言って、カリウスと訓練戦闘したゼギアスの強さはこの世の者ではなかった。動きは見えないし、使用した魔法の威力も想像を軽く超えていた。相手のカリウスも化物だったがゼギアスの化物度はカリウスを大きく上回り、カリウスが疲れ訓練を終えた時もけろっとしていた。
この世界でゼギアス様に勝てる者など居ない。
ライナールはそう確信した。
だから姉がゼギアス様に惚れるのも無理は無いとは思う。
だが、相手は国王でライナール達は命を救って貰っただけの亡命者だ。
相手にされるとはライナールには思えない。
「でもそんなことできるのかい?」
「エルザ様って元は奴隷だったんですって・・・・・・ゼギアス様に忠誠を誓い建国時からゼギアス様を手伝い、ずっと慕ってらしたんですって。そして最近になってゼギアス様に受け入れて貰ったそうよ。だったら私だって・・・・・・。」
「いつの間にそんな話を・・・・・・。」
姉アルステーデは今エルザの付き人をやってるが、エルザはゼギアスと一緒に居る時間が長いし、その他の時間も仕事をこなしている。
思い出話をする時間なんかいつあったんだと不思議に感じている。
「それにゼギアス様はコーネストを必ず倒して下さる。私達家族と一族の長年の恨みをきっと晴らして下さる。だったらこの心と身体を捧げるくらい当然じゃないの?いえ、捧げなければならないわ。」
「おいおい・・・・・・。」
アルステーデはその目に幸福を感じてるかのような・・・・・・・でもちょっと危険な色を浮かべている。
「・・・・・・お母様だってそうよ。ゼギアス様が望まれるなら妻でも愛人でも喜んでなるわね。そしてゼギアス様の心と身体を慈しみ精一杯お慰めするに決まってる。ええ、お母様に負けていられないわ。」
「落ち着けよ。姉さん。」
確かにライナール達の母ティアーラは長命のデーモンらしく見た目はまだ若いし、自分の母親ながら言うのも何だが姉同様に美しい。
だが、母ティアーラをゼギアスが求めるだろうか?
姉の言う通り、母ティアーラもゼギアスが望むなら喜んでそばに居るだろう。
まだ生命力に溢れる若い母なのだからライナール達も反対などしない。
ゼギアスは強者で、母がその庇護下に入るなら望ましいくらいだ。
だけど、やはり想像できない。
「私は決めたの。何年かかろうと絶対にゼギアス様のおそばにいられるようになってみせるわ。」
「判った、判ったから、少し落ち着いてくれよ。」
妄想の中で暴走している姉を何とか落ち着かせようとライナールは少し声を大きくする。
「ううん、落ち着いてなんて居られない。身体を清めて食事に行かなきゃ。汚いままでゼギアス様のおそばには近寄れない。さあ、ライナール。行くわよ。」
行くわよと言いながら立ち上がり、ライナールを見もせずに赤く長い髪を風に揺らしながら簡易テントへアルステーデは向かう。
そして着替えを用意して、近くの川で身体を洗うのだろう。
もともと大人しい姉ではなかったが、惚れた雄ができるとこうまで暴走するのかと驚きライナールは姉を追いかける。
◇◇◇◇◇◇
エルドラド侵攻に向け、ダヤン達が作戦メンバーを選別している間、アーニャはジナイダと共に食事の用意をしていた。
小隊単位で食事するので、アーニャとジナイダはマルクの小隊用のスープを作っている。
ジナイダはどうして自分がアーニャに付くこととなったか判っているので、アーニャにいろいろと質問している。
それこそ一般家庭では一日に何度食事を採るのか、異性との接し方、衣服はどうしてるのかなど日常生活に関する基本的なことから、気になったことなどを一緒に作業しながら質問する。
アーニャも気になったことをジナイダに質問するので、二週間程度の短い期間の付き合いの割には二人はかなり親密になっている。
今も食事の用意をしながらガールズトークに花を咲かせている。
「・・・・・・じゃあ、イオニアスさんを狙ってるんですか?」
「そうそう、ちょっと危なげなところが放っておけないのよ。そばに居てちゃんと見ていてあげたいって思っちゃったのよねぇ。」
「確かに危なげな感じはしますね。」
キャンプ用のコンロのようなモノの上で火にかけられた鍋をオタマでアーニャはかき混ぜながらジナイダの言葉に頷く。
「今はそれどころじゃないから動けないけど、落ち着いたらモノにできるまで攻めるわよ~。・・・・・・アーニャは誰か気になる人は居るの?」
「いえ、今は誰のことも・・・・・・。」
「あ、そうか。アラードさんのことがまだ整理できていないんだったわね。」
「アラードさんは良い人でした。男性として好きな相手とは違ったんですけど、それでも私を逃がすために・・・・・・。ですから今はそんな気持ちになれないんですよ。」
アラードのことを思い出すとアーニャはまだ気持ちが凹む。
「そうねえ。でも逃がしてくれたんだからアーニャは生きることを楽しまなければならないわ。いつまでもアラードさんの死に囚われていては・・・・・・といってもしばらくは無理よね。私も同じ立場だったらきっと。」
今の時点ではまだちょっと言い過ぎになりそうと気づいたジナイダは言葉を濁した。
「でも大丈夫です。今はできることをやるだけで精一杯ですから・・・・・・そのうち素敵な男性見つけて幸せになりたいです。」
親が相手を探すのではないサロモン王国風のパートナー探しには慣れていないだろうに、アーニャがそれを口にした様子をジナイダは健気だなと感じながら見ている。
ジナイダに微笑んで、アーニャはコンロから鍋を下ろす。
食事が済んだら、エルドラド方面へ動く部隊と現在地より西にある村を占領する部隊に分かれて作戦が行われる。
アーニャとジナイダはそれらとは別にこれまでに占領したテンダールから北にある二つの村へ住民の不安解消のために戻る。
住民の多くはザンフレッディアに対して良い感情を持っていないから説得は楽だが生活環境が変わる不安を持っている者も少数居る。
なので、それらの人にも安心して生活して貰えるようアーニャとジナイダは説明と説得に動く。
不安や勘違いが元で騒ぎが起き、結果罰せられる者が出るのを防ぐためだ。
「そうよね。一緒に幸せになりましょ。」
微笑み返して、ジナイダはアーニャと共に鍋を仲間のところへ運ぶ。
◇◇◇◇◇◇
皆と共に食事を終え、サラとカリウスに付き合って貰ってコーネストの憑依封じに有効ではないかと考えた技の説明を俺は始める。
「つまり、無属性龍気を纏わせて結界や防御障壁を魔法で作る・・・・・・そういうことでいいのね?」
サラが俺の案を確認する。
「そういうことだ。気が強い者には憑依できないらしいからな。コーネストの憑依は龍気を纏った魔法の結界や障壁を通過できないんじゃないかと考えた。まだ有効かどうかは判らないけど準備だけはしておきたい。」
サラとカリウスなら、俺が意図したことは簡単にできるだろう。
「コーネストを相手にしている間は、結界魔法と障壁魔法の全てに龍気を纏わせる。防御で使う時もコーネストを閉じ込める時もだ。二人にはそのつもりで居て貰いたい。」
多分、防御はサラが担当し、俺とカリウスはコーネストとその周辺の兵を相手にすることになるだろう。
コーネストをぼっち結界に閉じ込められ、この魔法が有効で周囲の誰にも憑依できないならそこで勝負は終わる。
俺とカリウスなら、敵兵に致命的な怪我を負わせずに敵を無力化することができる。
無力化された敵兵を作戦に参加した味方兵が捕縛しておしまいだ。
コーネストさえ恐れずに済む状況になれば、教会組織を一網打尽にするのも簡単。
とまあ、以上が俺の考えた案だ。
コーネストを隔離し、誰からも離してしまえば意思を操られる心配もない。
「お兄ちゃんの期待通り有効だといいわね。」
「ああ、面倒なのはコーネスト一人だからな。」
「ですが、意思を操作する技はどう防ぐおつもりですか?」
カリウスがこの場に居る者が気にしている点について聞いてきた。
そう、それについては一応の対策はとる。
「兵は四人ひと組で動き、基本的に四人で相互監視してもらう。誰か一人が操られたら他の三名でしばらく相手する。コーネストは同時に二人以上の意思を操ることはできないし、長時間は操れないようだからな。各自が気を抜かなければ操られることはないが、念のためにその体制で戦う予定だ。通常より動きは悪くなるけれど、これまで知った情報をもとに考えると、敵兵の質は高くないからうちの選抜隊なら十分に対処可能だろう。ダヤンも賛成してくれた。」
とにかく考えられることは何でも試してみるほかはないのだ。
俺達が通常敵に対して考える攻撃力だの防御力だの、戦術や戦略などとというモノについては今回は何の心配も要らない
問題はコーネストの持つ異能だけなのだ。
さて、当面練習すべきことは、魔法に纏わせる龍気の強度だ。
俺は指をパチンと鳴らして、俺の前に俺の身体を守れる程度の大きさの龍気を纏わせた障壁を出す。
俺を見るサラの青い瞳が”指なんか鳴らして格好つけちゃって・・・・・・。”と言いたげなジト目になってるが気にしないで置こう。
「この程度の気を持つ者にコーネストは憑依できない。だからこの気の強度を覚えて欲しいんだ。」
障壁を静かに観察してるサラとカリウスに言う。
俺が纏わせた気の量と強度は、サラにとってもカリウスにとってもたいしたモノではない。
だが、ある程度の時間・・・・・・コーネストの戦闘が終わるまで維持するとなると、結界や障壁の大きさによってはサラには負担になるだろう。俺とカリウスならば一日中張っていても問題は起きないだろうがサラは別だ。本来ならサラが参加しない方が俺としては望ましいんだけれど、気を自由に扱い魔法に纏わせられるレベルとなると、ここに居る三名しかいないから仕方がない。
まあ、当初の作戦ではサラはもちろんカリウスの出番も考えてはいない。
俺がコーネストの相手をし、他の味方は敵兵の相手をすることになってる。
だが、俺一人では対処しづらい状況もありうるから念のためにこうして準備している。
「判ったわ。」
「判りました。」
サラとカリウスが障壁に纏った龍気の強度を確認し終えて返事する。
「じゃあ、すまないが、明日の作戦で二人の協力が必要な時は宜しく頼むよ。」
頷く二人と別れ、俺はダヤンが選別した仲間を確認しに行く。
こんな俺でも結構忙しいのだ。
◇◇◇◇◇◇
マルクはイオニアスを宥めていた。
気の強度が足りないという理由でエルドラド侵攻作戦からイオニアスは外され凹んでいた。
「もっと体術の訓練しとくんだったなぁ・・・・・・。」
イオニアスは草むらにしゃがみ込み、両膝抱えて子供のような姿でがっくりと肩を落としている。
その横に座り、イオニアスと同じ方向を見つめながらマルクは慰める。
「ザンフレッディアの大軍をイオニアス達だけで降伏まで追い込んだんだ。俺達にも活躍の場をくれよ。」
「そうなんだけどさ。確かに今回は満足できる戦いができたと俺も思ってる。敵の組織だった抵抗はこれでなくなるだろう。うちの連中も戦果をあげたし満足してる。・・・・・・でもなあ、コーネストをゼギアス様が倒す場に居たいんだよ。」
「・・・・・・だが万が一、お前が憑依されてしまったら皆に迷惑がかかる。それは納得してるんだろ?」
「ああ、よく判ってる。だから俺を外したダヤン司令の決定にも不満はない。・・・・・・でも・・・・・・それでもなあ・・・・・・。」
イオニアスが地面から石を拾い上げ投げ捨てる様子をマルクは苦笑して見ている。
「お前は十分に家族の仇を討ってると思うぞ。満足しろとは言わないが、そろそろその思いから離れても良い頃じゃないか?」
家族を悲惨な目に遭わせたザンフレッディアの兵をこれまで数十人は倒した。
また、今回の戦いで二万名の敵兵を為す術なく降伏に追い込んでザンフレッディアを崩壊に近づけた。
マルクの言うことはその通りだろうとイオニアスも思っている。
だが、感情と言う奴はやっかいで、戦果で納得して落ち着いてくれない。
「ゼギアス様からも言われたし、俺もそろそろ恨みや憎しみから離れなきゃと思ってるんだが・・・・・・。」
「まあ、お前の分も俺が敵を倒してくるよ。俺達はこれまでもそしてこれからもフェンニーカ大陸が落ち着くまで一緒に戦っていく仲間だ。任せてくれよ。」
「・・・・・・そうするしかないよな・・・・・・。」
気持ちを切り替えて立ち直ったとはまだ言えないが、それでも気持ちの落ち着きどころを見つけた様子のイオニアスの肩にマルクは手を置いた。
「俺達とゼギアス様に任せておけ。」
「・・・・・・ああ。」
イオニアスの気持ちも上向いてきたかなと感じ、じゃあ別の話でもとマルクはジナイダのことを口にしようとした。
ジナイダがイオニアスのことを気に入っているのはマルクの隊では周知のことだし、ジナイダ本人も高らかにイオニアスを落とす宣言していた。
「なあ、うちのジナイダのこと・・・・・・。」
そう話し始めたとき背後から、ジナイダ本人の声がする。
「私が何か?マルク隊長。」
ギクッとして振り返るといい顔で笑うジナイダがアーニャを連れて立っていた。
「・・・・・・居たのか。気配を消して近づいてこなくてもだな・・・・・・。いや、たいしたことをを話すつもりじゃなくてだな・・・・・・。」
慌てて立ち上がり、言い訳を口にしながらじりじりとジナイダから離れていき、”仕事を思い出した。”と言って、アーニャへの挨拶もそこそこにマルクは去って行った。マルクは冷や汗をかいていたかもしれない。
「で、落ち込んでるんだって?」
そう言ってイオニアスの隣、先ほどまでマルクが座っていたところににジナイダが座る。
アーニャもジナイダの隣に座って、二人の話を聞く体勢を作ってる。
イオニアスが作戦から外されて落ち込んでると聞いてジナイダも慰めてやろうと、イオニアスを探していた。
「まあね。でも、マルクと話してだいぶ吹っ切れたよ。」
「そう。ならいいの。でもこの程度で落ち込むなんて情けないわよ。アーニャを見習って今できることに集中しなさいな。」
そう言われてみると確かにそうだとイオニアスは気づいた。
たまたま自分は戦う手段を持ってるから作戦に参加できずに凹んでいたが、アーニャはその手段を持っていない。
ザンフレッディアへの怒りはアーニャも持っている。
コーネストの理不尽なやり様には腹も立っている。
だが、復讐などは考えずに、自分のように凹むこともなくサロモン王国へ協力している。
「そうだな。やれることに集中するしかないな。」
気持ちを切り替えようとしているイオニアスの様子を見て、ジナイダは胸のうずきを感じた。”やはり私はイオニアスに惚れてるのね”と自分の気持ちは再確認した。
「フフフ、隊長が私について言いそうだったことを教えてあげるわ。」
「ん?なんだい?」
「私はあなたが好きよ。だから覚悟しておいてね。あなたがあなたらしくないと感じたら、どんなにキツいことも遠慮なく言うつもりだからね。その代わり甘えたい時は甘えさせてあげるわ。」
「・・・・・・えーと・・・・・・。」
「今は返事を聞くつもりはないわ。あなたからそばに居て欲しいと言われるまで私は諦めないから。」
「・・・・・・お・・・・・・おう・・・・・・。」
二人の話を聞いてるアーニャが照れて赤い顔をしているのに、ジナイダは毅然として笑みを浮かべている。
首都エルの肉食獣達が出現したかのような、そんな感覚をイオニアスはジナイダに感じてたじろいでいた。
実際、ジナイダはイオニアスを必ず自分のモノにすると決めているし、その勢いは首都で独身男性を物色するラミア族よりも強くそして熱かった。
アマソナス等に鍛えられ締まった身体と魔族特有の青い肌から発せられる熱気に、笑みを浮かべて異様に光る赤い瞳。
ジナイダから感じる言い知れぬほど強大なプレッシャーに、
”なんか・・・・・・抵抗しても無駄な気がする・・・・・・。”
そう、イオニアスは既に負けている。
事実、数ヶ月後にはジナイダの手中にイオニアスは落ちるのだが、この時点でも肉食獣がいる檻に閉じ込められて逃げ場を失った子羊ちゃんだった。男女比三対七の過酷な競争環境下で獲物を争うサロモン王国独身女性の迫力に、イオニアスは耐えられなかった。
この様子をゼギアスが見たら、まあ、早めに諦めて賢いと思うよと無責任に言うだろう。
後にこのことを知ったゼギアスは似た様なことを言う。
「フフ・・・・・・落ちこんでる余裕なんか無いわよ?私は宣戦布告したんだから隙があれば襲うわよ?」
先ほどまでのプレッシャーが消えてるから、イオニアスの気持ちを楽にしようとでも考えた発言だろう。
「嬉しいような・・・・・・怖いような・・・・・・。」
イオニアスの言葉に”嬉しい”という単語を聞き、ジナイダは心中で”しめた!”と舌なめずりしていた。
少しでも嬉しいと感じてるなら押しまくれば勝ちだとジナイダは計算していた。
さあ、どうやって追い詰めようかとジナイダはサディスティックな喜びを感じている。
こうなると言い出すきっかけを作ってくれたマルクにジナイダは感謝している。
あとでお礼を言っておこうかしらとも考えていた。
ザンフレッディアとの戦いを終わらせて、早くイオニアス攻略の戦いに望みたいと気が逸っている。
でも、今日のところは落ち着かなければ。
明日に備えて気の緩みを引き締めておかなければ。
エルドラド戦に加わらないとは言え、ジナイダにはジナイダのすべきことがある。
「さあ、明日の準備に取りかかりましょう。イオニアス、あなたもあるでしょ?」
ジナイダは立ち上がり、まだ顔の赤いアーニャに手を貸して立ち上がらせる。
イオニアスも二人と一緒に立ち上がる。
「ああ、占領済みの村周辺の巡回もあるしな。」
いい顔をして笑うジナイダに照れ笑いしながらイオニアスは答えた。
そして三名揃ってテントが並ぶ方へ歩き出す。
◇◇◇◇◇◇
夕食後、ゼギアスとエルザはクリストファー達と談話していた。
明日に向けてするべきことは済み、今この時は気を楽にしておこうとゼギアス用の簡易テントで雑談をかわしていた。
そんな中、サラの付き人ルミーヌは興奮した熱い視線をエルザに送っていた。
同じサラの付き人のクルールに”ずっと見ているのは失礼よ?”と止められても
「だってエルザ様よ?鷹人族の英雄なのよ?鷹人族の男はクルーグ様に憧れる。そして私達女はエルザ様に憧れて育ってきたの。こんなに近くに居られるのだもの・・・・・・鷹人族の女なら見ないで居られるわけはないのよ。」
エルザさまぁ~んと言いながらとろ~んとした瞳でルミーヌはエルザを見続けている。
その様子にゼギアスもサラも気づいてるが、微笑んでルミーヌの好きにさせている。
指揮官を倒して敵の組織的な部隊運用を阻止していたのはエルザとクルーグの狙撃だった。
爆弾が主力兵器となり敵の組織的な動きを阻止するのにエルザ達の力を必ずしも必要としなくなった。
だが、敵の将帥をピンポイントで叩けることは変わらず、味方の損害を最小化できる。
だから精巧な長距離狙撃を行う狙撃チームは今でも軍の中では尊敬されている。
鷹人族は遠視能力こそ他の種族より優れているが、魔法力はエルフやデーモンに及ばず、身体面では厳魔やアマソナスは言うに及ばず同じ獣人の中でも目立たない。だが長距離狙撃という鷹人族の特性を活かした任務で多くの実績をエルザとクルーグが残したおかげで、鷹人族は他の種族に引け目を感じることなくサロモン王国内で生活している。
エルザとクルーグの実績の話ではかなり誇張されたモノもあり、エルザとクルーグの二人は苦笑してしまうし目の前で離されていたら修正するのだが、鷹人族の多くはその話を信じそして修正されたとしても気にせずにエルザ達を敬っている。
鷹人族にとって、ゼギアスとサラは神にも等しい存在でエルザ達はその神を支えた英雄なのだ。
大人達から聞かされたエルザの話に幼い頃から憧れていたルミーヌが、エルザを前にして舞い上がり熱い視線を送り続けるのも無理はなかった。
そしてそのエルザが近づいてきてルミーヌの隣に座った。
心臓の拍動で身体が揺れてるのではないかと思うほど緊張し、その可愛らしい黒い瞳を大きく見開いてルミーヌは固まる。
「こんにちは、ルミーヌ。あなたのことはサラ様からもよく聞いているわ。よろしくね。」
「ひゃ・・・・・・ひゃい!」
優しそうな笑顔で握手を求めてきたエルザに背筋を伸ばして少し震える手を出してルミーヌは返事した。
”ひゃいって何よ。ああ、笑われてしまったわ。”と真っ赤になってルミーヌは俯いた。
「そんなに緊張しないで?同じ種族じゃない。」
「い・・・・・・いえ・・・・・・エルザ様にこんな間近で会ったと知ったら家族と友達全員から羨ましがられます。」
紅潮した頬の熱さを自分でも感じ、俯いたままエルザに手を預けて答える。
「ねえ、サラ様。ルミーヌって可愛いですね。」
「ええ、とっても可愛い私の妹分なの。とっちゃ嫌よ?」
明るい声でエルザがサラに話す。
サラの声も優しい。
ゼギアス達も照れているルミーヌに笑顔を向けている。
「今日明日は時間が無いから無理だけど、今度ゆっくりお話しましょうね。」
「は・・・・・・はい。是非。」
ルミーヌの返事を聞いてエルザは手を離し、ゼギアスの横へ戻っていく。
「良かったわね。」
耳元でクルールが囁き、ルミーヌは無言でコクリと頷いた。
サラと初めて会った時も緊張したが、サラはあまりに遠い人で畏れ多い気持ちばかりで近くに居ても舞い上がったりはしなかった。
その後カリウスやクルールと一緒に過ごすうちに、サラを敬う気持ちと共に本当の姉の様に慕う気持ちも生まれ、今では緊張することはなくなった。
エルザはルミーヌにとってサラは別の意味で特別なのだとこうして会って気づいた。
偉大な先輩であり、鷹人族の評価を高めた人への畏れはルミーヌ自身で考えていたより大きかった。
サラ様の付き人になれたことはとても光栄。
その上、エルザ様とも親しくなれそうだ。
家族や友達に自慢できるわ。
・・・・・・私は鷹人族で一番幸せだわ。
周囲で話してることも耳に入らず、今の幸せをルミーヌは噛みしめていた。




