9、隠れた力
―― ゼギアスがヴァイスと出会う二月前ほどに戻る。
お金がない。
正確に言うと、人を雇うお金がない。
生活するだけなら、魔獣の皮や薬草を獲って売れば大丈夫。
だが、国造りをするとなると、いろいろと経費が発生、特に人件費が必要となる。
コンスタントな収入が必要だけど、まだ安全保障体制は未整備だし、公共サービス提供できずにいる中で税をくれだなんて言ったら暴動が起きるかもしれん。その上、貨幣経済の外にいる種族も居るから、やはり税収をあてにするのはまだ早いというか無理。
この辺りでとれる天然資源を利用して、高度な工業施設を必要としなくても作れる製品。なおかつ神聖皇国やジャムヒドゥンで売れそうなもの。
煉瓦やガラスに陶器、あとはセメントやコンクリートくらいか。
どれも自国でも使うモノだし、将来炭酸ナトリウムなどのソーダを作れるようになり、石鹸やガラスの食器や装飾品など作れるようになれば更にいい。
んー……将来的にはコークス炉が必要になるし、ガラス製造でも耐火煉瓦が必要だなぁ。とするとろう石、耐火粘土と雲母が必要か……この辺りで見つかるかな。
火山は西側にあるから、その周辺の地層を探せば見つかるかもしれない。
他の人は耐火粘土、ろう石や雲母と言われても判らないだろうから、この作業は当面俺がやるしかない。
ろう石と雲母はその特徴を活かして何かに利用してる種族や人がいれば産出地も判る。ろう石も雲母も特徴は子供でも判る。ろう石は筆記用で使ってる可能性があるし、雲母は薄く剥がれる白か黒の半透明の鉱物だし説明しやすい。
それに一つずつでもサンプルを用意できれば、協調や参画を頼むために各種族をまわる際、俺が居なくてもついでに聞いて回ることもできるだろう。
よし、あとは当面のお金だ。今のところどうしても給金が必要な者は居ないけど、マリオンや手伝ってくれてるエルフも、いつまでも無給でというわけにはいかないだろう。特にマリオンは危険。
給料はダーリンの身体で払って~といつ言い出さないか、とても、とても心配だ。
いや、いちゃつくのはいいんです。
マリオンが魅力的な……性格も身体もエロい女性なのは認めます。
毎日一緒に過ごして性格も悪くはないことも今は判ってる。
マリオンを愛人にしても特に問題になりそうなことは起こらないだろう。
ベアトリーチェもサラも、俺に第二夫人ができようと側室や愛人ができようと構わないと言ってる。もちろんベアトリーチェをこれまで同様に大事にし、平等に相手ができるという前提があるだろうが、それは俺もそうすべきだと思ってるから問題はない。
だが、暫くの間はダメだ。無理だ。
考えることもやらなきゃならないことも今の俺には多すぎる。
ベアトリーチェと過ごせる時間を捻出するのもこれから難しくなりそうなのに、マリオンのことまで考えて日々のスケジュールをたててこなすのは無理がある。
だから、給料なんて要らないと言ってくれるマリオンとエルフ達には感謝しているしこれまで甘えてきたが、やはりきちんとケジメはつけるべきだろう。
ということで、俺の考えを伝えて旅費用の貯蓄を切り崩したいとサラに相談した。
「そうねえ。お兄ちゃんから食料生産や特産品製造の展望を聞いて、先の見通しについては判った。だけど、当面必要なお金をどう工面するかと言えば、貯蓄を切り崩すしか無いのよね。でも三ヶ月程度しかもたないわよ? 」
それに俺が必要だと伝えた鉱物が見つかるとも限らないしと付け加えて、どうしようかとサラも悩み始めた。
鉱物等の資源に関しては、実はさほど心配していない。
グランダノン大陸は、地球のユーラシア大陸とアフリカ大陸を合わせたより広いし、将来的には俺が作る国に取り込む、もしくは友好関係を築く自治地域と見込んでる範囲はアフリカ大陸並に広い。
時間と労力をかけて丁寧に探索すれば、必要なモノは必ず見つかるとほぼ確信している。
だからとにかく時間が必要なんだが、うーん、やはり三ヶ月程度かあ……半年くらい支えれればと思ったんだが甘かったか。
俺が薬草取り頑張れば当面のお金は問題なくなるだろうけど、そうすると先を見越してやらなければならないことのための時間が俺に無くなるからダメだ。
俺とサラの会話を聞いていたエルザークが、
「ゼギアス、お前は神の領域に踏み込んでると初めて会ったときに伝えたな」
「ああ、何のことかよく判ってないが」
いつもは黙って、話を聞いたり様子を眺めてるだけのエルザークが珍しく話に割り込んできた。
「先程からお前達の話を聞いてると、お前達がお前達が持つ力を理解し活用できれば簡単に済むことばかりなのじゃ」
「どういうことだろうか? 」
「例えば、お前が作ろうとしてる設備だったか……それはお前が転生を繰り返して来た中で得た知識なのだろう? 」
サラには転生や前世の話をしたことはなかったし、エルザークにも話したことはなない。
「何故それを? 」
「お前の記憶を読ませて貰った。お前の居た世界の神が気まぐれにお前に与えた転生の力と転生する時の特典。前の世界……地球と言ったか、そこでの最後にお前が願った願いがあちらの神を困らせ、こちらの世界にお前を厄介払いしたと気づいていないようだな」
「は? 」
「ククククク、地球の神はな、お前に与えた”死に際の願いを叶えて、さらに記憶を引き継いで輪廻転生する”力が何度も転生繰り返されるうちにお前から取り上げられなくなるほどお前という存在と一体になってしまうとは予想できなかったのだ」
苦笑しながらエルザークは話を続ける。
「それでお前が願った最後の願い”この世に神がいるなら、神に近い存在になりたい。”という願いを知り慌てたんじゃな。あちらの神は考えたのだろう。自分が支配する世界に自分に近い力を持つものが自分以外に存在されては困るとな。あちらの世界には神に近い力を持つ存在は過去にも居なかったし、今後もそのような存在を許すつもりは無いのだろう」
俺も自分でも知らないことが話されてるので真剣に聞いているが、サラもかなり真剣に聞いている。サラには近いうちに全て話すつもりで居たが、こんな形で知られることになろうとは思ってなかった。参ったな。いや、言い出すきっかけができたと考えるべきか。
「そこでじゃ、この世界にはデュラン族という神に近い力を持つ可能性を持つ存在がいることに目をつけ、お前をこちらの世界で転生させたのだ。かなり無理をしたじゃろうな。別の神が支配する別世界へ無断で干渉するなど神としても許されることではないからな。もし我がこのことを知り、怒ってあちらの世界に干渉したとしても文句は言えん。少し気に入らないことは確かだが、お前がこれから何をするのかとても興味があるから、今回はあちらに干渉などしないがな。だが、そういうリスクがあると判っていてもお前を厄介払いしたかったのじゃろう」
こちらの世界へ転生したことに文句を言うつもりはない。サロモンやサラと共に暮らしてきた日々はそれなりに幸せだったし、ベアトリーチェという素敵な嫁さんも貰えた。
だが、厄介払いされたと言われると俺も気に入らないな。
「そこまでは判った。だが、エルザークが言う俺の持つ力とは何だ? 」
「うむ、いくら神に近い力……潜在能力があるお前でも向こうの世界にとこちらの世界を自由に行き来することはできん。存在と虚無の理をたとえ理解しても生身の身体を持つ者には、世界の間にある広大な虚無空間を越えられん。我の予想を超え、自身の肉体さえも意識を保ちながら維持し、虚無空間を越えられるほどの存在に至れば別だがな。ま、とりあえず現在は確実に不可能じゃな」
俺にできないことは今はいいんだよ。
知りたいのは、俺にできるはずのことで俺がまだ気づいていないことだ。
「だが、あちらの世界にある命を持たぬモノであればこちらに持ってくることは可能だ。どんなものでもとはいかんがな。先程のお前の話から察すると、お前が今必要としてる資源や設備の多くは量子化と再構成で可能だろう。もっともそうまですることにはならぬだろうが……。それにその程度のことならあちらの神も見て見ぬフリするじゃろうよ」
うーん、必要な説明なんだろうけど、もっと簡単に言ってくれないものかな。
まあ、神はどこでもそういうものなのだろうけど。
「つまり? 」
「お前は、必要としてるモノがあちらの世界のどこにあるのか知ってるのだろ? 知らなくても知る術は知ってるのだろ?だったらあちらの世界から必要なモノや情報を調達すればいいのじゃよ。その為に必要な力をお前は持っていると言ってるのだ」
「具体的に教えてくれよ。その力とは何だ?魔法ではないのだろう? 多分、龍気のことを言ってるとは思うが……」
「そうじゃ、しかし正確ではない。魔法の力も当然必要じゃ。お前は転移できただろう?お前の記憶にあったからな。だが、体力の消耗が激しくて、転移距離や回数などに制限があると考えとる。量子化と再構成を龍気のみで無意識で行ったのだからそれは仕方ない。だが、魔法で量子化と再構成する術があるのは知ってるじゃろ? 人間は転移や転送魔法と呼んでるがな。もちろん龍気でも同じことはできる。だが、龍気が体力に依存している力であることは知っとるな? 体力はその肉体に依存する。魔法も体力に多少は依存しているが、魔法はそのほとんどを魔法力に依存している。そして魔法力とは、この世に存在する様々な力が体内で魔法力という形に変換されたもので、個人個人でその変換能力も、利用できる力の上限も生まれた時にほぼ決まっている。それはほとんどの場合、神に近づくほどのレベルではない。だが、ゼギアス、魔法力に限ればそのような制限がお前にはまったくない。だから、魔法で転移・転送できるようになれば、距離も回数も無制限に近い。そしてそれだけならこの世界でしか利用できない力だ。そこで龍気の、それも万物を理解し利用できる力を持つ属性”森羅万象”を利用するのだ。森羅万象属性の龍気で、こちらとあちらの世界を繋げば、あとはお前の持つ無制限の魔法力で何とでもなる」
「エルザークの話を聞いてると、龍気でこちらとあちらを繋げ、俺自身が魔法で転移することができそうなんだが」
「今は無理じゃろ。森羅万象を使ってる間のお前の体力消耗はお前が考えるより相当多い。この力を持ったデュラン族初代はお前のような知識も体力も無かったので、様々なことに利用しようとは考えなかったが、それでもいろいろチャレンジしとったよ。でもな、些細なことにしか利用できなかった。体力が保たなかったんじゃ。お前は我と話す時無意識に使えてたようじゃが、初代は小一時間も話すと疲れ果てていたぞ。お前は皆が言うように化物レベルの体力と魔法力を持つが、それでも森羅万象を使うならそう多くの時間には耐えられないだろうよ。森羅万象での転移を思い出せばいい。この世界の中での転移ですら、龍気だけで行うとすぐ疲れたじゃろ?森羅万象の龍気とはそれほど負荷がかかるものなんじゃよ」
確かに、龍気での転移では俺一人でもそう遠くには転移できなかったし、同行する人が増えれば更にできないだろう。
「じゃあ、俺はまず何をすればいい? 」
「まず森羅万象の属性を使いこなせるようになれ。既に無意識で使ってるのだから、多少の訓練でできるようになるじゃろ。それは手伝ってやる。次に龍気と魔法の同時使用じゃが、それも”闇”属性龍気を魔法に混合させることが既にできるのじゃから問題ないじゃろ。ここまで出来るようになれば、あとはやってみるだけじゃ。試しながらどこまで何ができるのか理解すればいい」
あとは転移・転送魔法か、だがそれは原理も判ってるから訓練すればすぐ使える気がする。今のところ他のことばかりやってたから、取り掛かっていないだけで。
「判った。今日から早速森羅万象属性を自分の意思で使えるよう訓練する」
エルザークが俺の横で真剣に話を聞いていたサラに顔を向けた。
「そして、サラ、お前も今までの話とまったく無関係ではないのじゃ」
「え?どうしてですか? 」
「ゼギアスはお前も知っての通りの生身を持つ者としては化物じゃ。だが、ゼギアスが森羅万象の力を使い目的を果たすためにはお前の力が必要になる。お前には、ゼギアスとは違う種類じゃが、他の者には使えない力がある。お前は聖属性の龍気の力、通常使われる癒やし治す力以上のことに利用できる。制限はあるものの、創造する力と言っていいじゃろう。いや、原材料は必要だから製造の力のほうがより正しいか。情報と材料さえあれば何でも作り出せてしまうんじゃ。もちろんこれも龍気の力だから、体力に依存するので限界はある。だが、言い換えればお前の体力が持つ範囲であれば何でも作れるのじゃ」
「そんな力が私にあるとは思えませんが……」
サラは怪訝そうに答える。
そうだよな。そんな力をサラが使ってる所なんか俺も見たことがない。
「いや、あるのじゃ。お前も自覚しておらぬだろうが、お前は他人から依頼されたモノを作ることに苦労したことはないだろう? いくらセンスがあろうと、まだ幼く経験が少ないお前が何でも作れることに疑問を抱いたことは……まあ、せいぜい繕い物程度だから意識はしないで済んだのじゃろうな。だがな? お前は無意識のうちに力を一部発現させていたのじゃ」
ふむ、俺だけじゃなくサラの記憶も読んだのか。
しかし、他人の記憶を勝手に読まれるのは困るな。
サラは大丈夫だろうが、俺の場合、他人に知られたくないことも結構多いし……。
「それで私にそのような力があるのだとして、お兄ちゃんがすることに私が必要というのは? 」
「いくらゼギアスが化け物じみた体力と魔法力を持ってるとしても、異なる世界から持ってこれるモノは限られるじゃろ。だが、それでは必要なモノを手に入れられない可能性が生じる。そこでお前の出番じゃ。ゼギアスが向こうの世界から……知識や情報なら持ってくるのは確実に可能じゃ。その情報をもとにお前がこちらで製造するのじゃ。必要な材料はゼギアスにでも用意させればいい」
「では私はその製造の力を自分の意思で使えるようになれば良いと? 」
「そうじゃ、事情を知らぬ者にはゼギアスよりもお前のほうが神に見えるじゃろうな、ハッハッハ」
そりゃそうだろう。
目の前で材料が製造品に変わるところなど想像するだけで凄いことが起きてると感じるに決まってる。事情を知る俺だって現場を見たらビビる。
「お前達が兄弟として生まれたのは偶然じゃ。我も予想できなかったことが起きて楽しいな。この世は本当に面白い」
カッハッハッと大笑いするエルザークを横に、俺はサラのことを誰かに自慢したい気持ちになっていた。いや、これまでも自慢の妹だったから、機会があれば自慢はしていたけど、これまで以上にだ。
確かに、俺は異なる世界と繋がりを持てる力があるのだろう。この世界には無い情報や知識を持ってこれるのだろう。そんなことでエルザークが嘘を言うとも思えない。でも、知識や情報はとても重要だが、それを現実に実現し有効なものにすることができるのはやはり重要なことだろう。
それにしても……
「エルザーク、俺と初めて会ったときは、語尾に”じゃ”をあまり使わなかったのに、今日はほとんどが”じゃ”なのは何でだ? 」
「その方が老師とか偉い人はそんな感じじゃろ? お前の記憶の情報ではそうではないか?神龍の我としては人と話す時このほうが相応しいと判断したんじゃ」
くだらん情報を根拠に口調をわざわざ変えるなよ、子供か! と言いたかった。
そもそも偉い人だからって、”じゃ”を使うとは俺は思わなかったぞ。
単にエルザークが気に入っただけじゃないのかねぇ。
それにしても、神龍も”らしさ”なんかを気にするんだな。
一応気に留めておこう。
◇◇◇◇◇◇
俺とサラはこの日から龍気の訓練を始めた。
早朝の基礎体力訓練の時間を削って、あとは空いてる時間はずっと龍気と向き合った。
訓練を始めてから五日目で、サラは既に持ってる知識をもとに道具を製造して、製造の力を使えるようになっている。簡単な構造のモノならもう問題ないらしい。これからは複雑な構造のモノでも作れるよう訓練するのだという。
エルザークが言うには、もともと意識して使っていた聖属性の龍気を利用しているから、早く使えるのだという。あとは訓練を続けて複雑な構造のモノを作り続け、そしてサラ自身の今の限界を知る必要があるだろうとのこと。それが判った後はひたすら体力をつけろとサラに言っている。
体力トレーニングを続けていって、サラがムキムキの身体になったら嫌なんだが、サラが頑張ってるので俺は今のところ黙っている。
では俺はというと、毎日エルザークに怒られてばかりだ。
こんなに毎日怒鳴られるのは、サロモンに龍気の使い方を教えられた時以来だ。
あの時も、集中力が足りない、もっと落ち着け、自分が何をやってるのか常に意識しろと叱られまくった。
でもその経験のおかげか、今の状況は悪くないと感じている。
エルザークはサロモンじゃない。でもサロモンと暮らしていた当時のような気持ちになり、なんか……少し嬉しい気持ちもあるな。
俺の状況は、まだ思わしくない。
転移のように、転移先が見えている、もしくは既に知っている転移先をイメージできる時は、森羅万象の属性を使える。だが、地図上で位置を示されただけだと転移できない。
理由は、龍気を使う時五感に左右されすぎているからだとエルザークはいう。
そんなこと言っても……と言うと、愚か者、お前には万物を把握する力があるんじゃ、見えなくても空間や距離を感じろ、それこそが森羅万象の基本だと怒られる。
目で見えないものを見ろという。
耳で聞こえないものを聞けという。
手で触れないものを触れという。
さっぱり判らん。
エルザークがたまに力を貸してくれる時がある。
その時はなんとかできる。
でも、導かれてる感覚があり、それが無くなるとまったくできずにいる。
頭で考えてるとさっぱり判らないのだが、感覚上では、目の前にある薄いベールを払いのけられればできそうな気はする。
だがどうしたら払いのけられるのかが掴めない。
サラはこんな状態の俺に、お兄ちゃんなら大丈夫よと言ってくれる。
ベアトリーチェに至っては、あなたにできないことなんかありませんと言う。
その期待や信頼が……重い……重いんだよぉぉぉぉぉぉぉぉと叫びたくなる。
ああ、布団にくるまってダンゴムシになりたい。
ダンゴムシはいいなぁ……。
あ、でも、子供に踏まれたり、不快害虫として駆除されるのは嫌だな。
俺の状況とダンゴムシ、どちらがいいかと言えば、今の俺だろう。
そんなことは判ってるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
・・・・・・
・・・
・
ひとしきり現実逃避もしたし、さあ、やるか・・・・・・と思ったが、もう遅いし、散歩でもと家の外へ出たら、泉の森と別のエルフとの話し合い、その後の状況を実家に報告しに行っていたベアトリーチェが戻ってきた。
「あなた、どちらへ? 」
「ああ、ちょっと煮詰まったから散歩でもしようかと」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
ベアトリーチェは最初から俺の力を信じてくれた。
それは今に至るまで変わらない。
それは何故なんだろうとずっと不思議だった。
「リーチェは、出会った時から俺を信じてくれたけど、それはどうして? 」
手をつないで、森の近くまで歩いたとき聞いてみた。
「あなたのそばに居ると安心したからです」
「安心? 」
「ええ、この人は私を傷つけない、心も身体も傷つけないと思えたんです。言われてみると不思議ですね」
フフフと俺を見て笑う。
サラから、俺の前世のことはベアトリーチェには早く伝えなければダメと言われて洗いざらい話したとき、俺の力をオーガ討伐で見た時敵にしちゃいけないと焦ったと言ってたよねと聞くと、
「ええ、泉の森エルフのリーダーアルフォンソの娘としては危機感を感じました。でも私個人があなたに傷つけられるとは思いませんでしたよ」
「今は? 」
「もちろんあなたが私を傷つけるようなことをするとは今も思いません。エルフを敵対視することも……私があなたの妻じゃなくてもしないと今は思ってますよ。もちろんエルフ側から敵対したならその場合は判りませんが、少なくともあなたから敵対するようなことは、害するようなことをすることなどないと信じてます。だってあなたは亜人狩りに来た兵士には容赦しませんでしたが、その後、あなたを敵視してきた兵士にはできるだけ死ぬことのないよう手加減してたでしょ? 」
「殺さずに済むならそのほうがいい」
「私は生存競争の激しいところで生まれ、成長しました。ですから、敵を殺すことにはさほど抵抗はありません。先を考えたら敵は殺すべきと考える者の方が多いでしょう。殺される方が弱く悪いのだと考えがちなのです。でもあなたはそう考えない。サラさんもできるだけ命を大切にされる方ですが、あなたはサラさんよりも命を重視する方です。それはきっとあなたの前世まで記憶や経験がそうさせるのだと思いますし、サラさんはあなたの考えや姿勢に影響されたのではと私は思っています」
「そうか、俺はリーチェの期待を裏切らないように気をつけるよ」
「私の意見を気にする必要はありません。あなたがあなたのままで居てくださればそれでいいのです」
俺は少し開けた場所で腰を下ろした。
リーチェも俺の横に座る。
「今夜はいつもより明るく見える星がいくつかありますね」
この世界で見る星空には、俺の知る星座はない。地球で見た星と同じものはないのかもしれない。
だが、四季ごとに見える星が違うのはこの星でも一緒なはずで、ベアトリーチェが気づいたいつもより明るく見える星は、この季節の特徴的な星なのだろうと思った。
でも、そんなことはどうでも良い。
ベアトリーチェが気づいた星の明るさは、きっと彼女の喜びや驚きに繋がってる。
俺は理屈よりもそちらのほうが大事で貴重なものだと思えたし、彼女の思いをできるだけ共有したかった。
「そういえば、お父さん達はリーチェの報告聞いてどうだった? 」
「さも当然という態度でした。オーガの大軍を一人で倒す人の要望を無視するわけがありません。それに彼らにとっても良い話ですからね。敵が攻めてくるならあなたが前面に必ず立つから、その際は後方で支援するなり一時避難する。更にあなたが今行っている農法で成果が出たらその情報も教える。その代わり、あなたの作る国に協力する。その際に問題が生じたら多くの意見をすり合わせて、あなたお一人の独断で物事を決めない。この条件で協力を断るエルフは居ないと思っていましたが、やはりそうだったというだけです」
「そうか、良かったよ」
「大丈夫ですよ。きっとうまく行きます」
ベアトリーチェの言葉を聞いて一安心し、そうか、お父さん達も当然だと思ってくれたか……それじゃ今頃食後のお酒を楽しんでるころかな……と考えていたら、アルフォンソとリーゼ、そしてランベルトが食事を楽しんでる最中の様子が目の前に映った。目に映ったと感じたその情景があまりにもリアルだったので
「今日はブリジッタさんは家に居ないのかい? 」
「ええ、姉さんは最近結婚されたお友達に家へ行っているんです。でも姉さんの留守を何故判ったんですか? 」
「ごめん、ちょっと待って……」
俺は今感じた感覚を忘れたくない一心で、今度はサラの状況を……と集中した。するとサラとマリオンが食後の片付けしている情景が浮かんできた。まだ疑心暗鬼な俺は、じゃあ、俺達が元住んでいた家の今は? と集中した。
見える。
留守を預かってくれてるエルフ達が酒を飲んで騒いでる。
「やった。やったよ、リーチェ! 見える。目で見なくても、意識した場所が見える。あ、ちょっと待って……」
行ったことも見たこともない場所をと集中した。
とりあえず意識したのは昔ほんの数日だけ過ごした孤児院の跡地。
やはり見えた。今は誰かの家が建っている。家の中も意識を強めると見える。
おおおおおお、できた……と喜んでいたら、軽い疲れが襲ってきた。
なるほど、今の感覚が森羅万象の龍気か、そして体力消費が相当有るというのもよく判った。今程度でも疲れを感じるのだから確かに相当だ。
「森羅万象の龍気の使い方がやっと掴めたよ。リーチェ、君のおかげだ。ありがとう。君は素晴らしい最高の奥さんだ。いや、今までも素晴らしいと思っていたけどもね」
俺の喜び様を見て、ベアトリーチェは最初ちょっと驚いていたようだが、すぐにいつも通りの柔らかく優しい笑顔を浮かべて
「だからあなたにできないことなんかないと言ったでしょ? 私は疑ったことなどありません。今できたのだって私の力なんか関係ないですよ。あなたの力です」
俺はベアトリーチェに抱きつき、ありがとう、ありがとうと言い続けた。
このことではベアトリーチェが何を言おうと、ベアトリーチェのおかげだとしか俺には思えなかった。使いこなすにはまだまだだろうけど、それでもやっと入り口に辿り着けたことがとても嬉しかった。
俺が落ち着いたところを見計らって
「さあ、帰って夕食にしましょう。お腹空いたでしょ? 」
ああ、そうしよう。
そして今日の喜びに感謝して二人で乾杯しよう。
立ち上がり、再び手を繋いで俺達は家路についた。