75、やっぱり歩く女難
「父上、どのようなおつもりで、あのような場所をお許しになったのですか?」
次男スオノが、執務机に座るケラヴノスに詰め寄っている。
「空いてる土地を有効に使ってくれると言うのでな。カンドラ王フリーゼンの紹介では断るわけにもいかぬし。」
たいしたことではないではないかと付け加えケラヴノスは平然としている。
「ですが、結界を張って兵も住民も入れませぬ。領内でそのような場所を許しても宜しいのですか?」
「我は入れるぞ?先日も中に入って状況を確認してきた。王が自ら確認できるのだ問題はあるまい?」
ムキになるスオノの表情を見て”他に問題があるのか?”と聞き返す。
何を言ってもスオノの言を聞かないと知って
「メサイア教による天罰が下りますぞ?」
そう言い捨ててスオノは荒っぽい足取りで執務室を出ていった。
「宗教でも何でもいいが、統治の道具にすべきモノに逆に道具にされるとは・・・・・・情けない奴め・・・・・・。」
スオノの後ろ姿を見送ったケラヴノスは残念そうにつぶやいた。
執務室の扉の前に、見覚えあるデーモンが姿を現した。
「何故、我々が活動できない場所を作ったのか?皇は怒ってらっしゃる。このままでは我らはお前の手助けなどできないが・・・・・・。」
「そちらから約定を破るというのか?我は領内でメサイア教の活動を許すと約束したし、それは守っておる。それに、あの地区の者がメサイア教の布教を邪魔でもしてるというのか?」
淡々と話すデーモンに対し、”何を怒ってるのか判らない”とケラヴノスは言う。
「だがあの地には入れないではないか?」
「ああ、我と一緒になら入れるぞ?用がある時は付き合うが?」
「・・・・・・舐めるなよ。お前の命などいつでも奪えるのだ・・・・・・皇の怒りがこれ以上になる前に態度を改めるのだな。」
するともう一体デーモンが姿を現し、先に現れたデーモンを射抜くような視線で捕らえ
「お前がザンフレッディアのデーモンか・・・・・・そろそろ現れるだろうとここで待っていた甲斐があった。」
後から現れたデーモンがゆっくりと・・・・・・先に現れたデーモンに近づく。
「フッ、ケラヴノス。これでお前の死は決まったぞ。」
先に現れたデーモンがケラヴノスに片手を向け、その手から赤く光る一筋の線を放った。・・・・・・だが、放った光はケラヴノスへ届くどころか、数センチも伸びずに見えない壁に当って弾かれている。
「・・・・・・愚かな・・・・・・デーモンでありながら自身が結界に包まれたことも判らないとは・・・・・・。ザンフレッディアのデーモンは随分と甘いようだな。」
後から現れたデーモンは、観察するような視線を向けつつ何かつぶやいている。
つぶやきの中に”ゼギアス様”という単語がケラヴノスに聞こえた。
次の瞬間、ケラヴノスにも見覚えのある男・・・・・・ゼギアスが突如何もなかった空間に現れた。
「ご苦労、リュリク。」
リュリクと呼ばれたデーモンは、ハッと返事してゼギアスの前に跪く。
「お前の名は?」
ゼギアスが結界に囚われているデーモンに真顔で問う。
「いや、口にしなくてもいい。・・・・・・エゴールか、判った。」
森羅万象を使いデーモンの意識に触れ、ゼギアスは名を探り出した。
それまでの無表情から驚愕した表情にエゴールは変わる。
「ああ、転移は無駄だ。その結界の外へは転移も転送もできないよ。」
目の前まで来たゼギアスが、エゴールに向けて手をかざすとエゴールは意識を失いしゃがみ込んだ。そしてエゴールの両手に腕輪をはめる。
「リュリク。エゴールを”ショーウィンドウ”の待機所まで連れていってくれ。後で俺が尋問するからさ。その後はまたケラヴノスの護衛を頼む。」
ゼギアスの指示を聞いたリュリクは頷き、エゴールの腕を掴んで消える。
「久しぶりだな、ケラヴノス国王。アンダールからあんたが心配してることは聞いた。だが人間種を見下すような亜人や魔族が居たらその時は俺が罰を下すから、そう心配して警戒するな。」
ホコリをはらうように両手をパンパンと叩いて振り向くゼギアス。
「何故我を助ける。」
「ここはアンダールの故郷だしな。不愉快な連中に好き勝手させておいちゃ可哀想だろ?他にも理由はあるけど、あんたが心配するような理由じゃあないよ。」
「アンダールの為だと申すか?」
そんな綺麗事など信用できないとケラヴノスは言いたそう。
「ああ、仲間が辛い思いをしていたら助けたくなるだろう?少なくとも俺はそうだ。信用できなくてもいいけど、邪魔はするなよ?」
ジッとゼギアスの顔を見ていたかと思うと、ケラヴノスは急に立ち上がり、ゼギアスに背を向け窓から外を眺める。
「・・・・・・命を救ってくれたこと・・・・・・礼を言う。」
ケラヴノスのつぶやいた言葉を聞いてニヤッと笑い素直なところもあるじゃんと思いながらゼギアスは
「あんたの息子と側室に付いてる虫はどうする?こちらで排除していいのか?」
ケラヴノスの正妻アマリアはメサイア教を単に信じてしまっただけだが、側室三名とスオノには虫・・・・・・情欲を満たす相手がメサイア教信者から送り込まれている。
高齢で側室の情欲を満たせないケラヴノスの隙を狙ったようだ。スオノは女色に溺れて自分の立場を忘れてしまったのだろう。
・・・・・・俺も気をつけよう。でも、うちの奥様達は政治に口出ししないから心配いらないけども・・・・・・。
「・・・・・・アマリアとスオノは残したい。スオノの虫は排除してくれ。側室達の処遇は任せる。」
後ろ姿しか見えないから判らないが、ケラヴノスの口調から苦々しく思ってることはゼギアスには判った。
「判った。まあ、スオノはどうなるか判らんが、アマリアさんは直に気づくさ。俺達が現実を見せるからな。」
ゼギアスはそう言い残して消えた。
◇◇◇◇◇◇
通称ショーウィンドウ。
サロモン王国から派遣されたメンバーが生活する、結界を張ったエドシルドの一地区をそう呼んでいる。
ショーウィンドウは、認識票を持つ者のみ出入りできる。地球の会社で入退室管理システムで利用しているカードリーダーの代りを結界が行ってるようなもの。
会社だと社内は外から隠されているが、ショーウィンドウと呼んでいるように、外からは丸見えだ。見えないようにすることも簡単にできるが、わざと見えるようにしている。見えてくれなければ目的を達成できず困るのだ。
結界内では、サロモン王国並の生活を送る。
その様子を他の住民に見せるのが目的だ。
衣食住にまったく困らない様子。
ショーウィンドウの外と異なる状況・・・・・・農産物の生産量や肥えた家畜、長時間働かなくても終わる仕事の様子などをショーウィンドウの外で生活する人達に見せる。
要は、苦しい生活を我慢しメサイア教による来世の救いなどを期待しなくても現世で十分幸せに生活できることを、これでもかというほど見せつけるのだ。
話に聞くだけじゃなく、隣人が豊かで楽しい生活を送っていれば気になるのが人情というもの。
頼ってくるなら医療などの面で助けることもできる。
メサイア教でできないことをこっちはやる。
あっちのミ~~ズは、に~~がいぞ~
こっちのミ~~ズは、あ~~まいぞ~
・・・・・・ほたるこい作戦。
作戦はヴァイスハイトが考え、作戦名は俺が考えた。
皆からは”作戦名などどうでもいいですよ”と冷たい反応が返ってきたが、俺はメゲない!
家に帰れば優しい奥様達が待ってる!
・・・・・・ま、少しはダンゴムシになるかもしれないが・・・・・・それは内緒にしておこう。
ケラヴノスの居る執務室から俺はショーウィンドウに戻り、スオノのところの虫退治と、側室達をサロモン王国へ拉致するよう指示してから連れてきたエゴールのところへ向かう。
空き倉庫の一つに連れてこられたエゴールは、二人の警備が見守る中、椅子に座ったまま腕輪を外そうとしている。そんなことをしても無駄なことを知ってる警備達は、エゴールの好きにさせていた。
俺が入ると警備員達は礼をしてきた。俺はエゴールを尋問するけど、このまま仕事を続けるよう伝え、壁際にある椅子を片手にエゴールの前まで進む。
椅子を置いて座り、俺はエゴールの顔を見る。
気づいたエゴールはビクッと身体を震わし、俺を恐れてるような表情。
「そんなに怖がらなくてもいい。別に殺すつもりは無い。」
俺は通常通りに話す。
脅したりする必要は俺にはない。
「・・・・・・。」
「お前が何も話さなくても、お前から知りたいことを俺が知ることができるのは判ってるよな?」
エゴールは黙って頷いた。
「お前が素直に答えてくれたほうが俺達の心証はいい。それも判るな?」
エゴールは再び頷いた。
「じゃあ、聞く。お前が皇と呼んでる奴の名は?」
「・・・・・・コーネスト様。」
躊躇いを見せながらもエゴールは答えた。
俺は知りたいことを次々と質問し、エゴールはそれに答える。
「・・・・・・つまり、コーネストはフェンニーカ大陸だけでなくグランダノン大陸も支配したいというわけか。こちらの大陸制服の橋頭堡としたいレイビスに攻め入るためにエドシルドを落とそうとしてると・・・・・・。」
エゴールの話から察すると、コーネストは地球か別の世界からの転生者のようだ。 この世界には無い知識を持ち、特殊な力も持っているらしい。
ここだけ聞くと、もう一人の俺みたいだ。
信者を増やした者が上の地位に就き、増やした信者から一定の財や食料を奪う。大勢の信者を増やすほど上位者が豊かになる・・・・・・って、ネズミ講かよ!!
・・・・・・ああ、なんとなく判ってきた。
フェンニーカ大陸の人口は有限だ。・・・・・・どこの大陸でも有限だが。
で、下位の信者が上位になるためには、信者候補が居なければならないが、フェンニーカ大陸では底を突いたか、候補の残りが少なくなったものだからグランダノン大陸の住民を信者にして上位にあがる機会を作ろうとしてるのだろう。そうしなければ下位の信者が不満を持つ。
・・・・・・そんなもん遠くないうちに破綻するだろうに・・・・・・。
いやフェンニーカ大陸では破綻しつつあるから、グランダノン大陸にまで手を伸ばしてるんだな。
「それでエゴールは何にそんなに怯えてるんだ?」
俺が来るまでもずっと腕輪を外そうとしていたらしいが、そんなの少し試せば無理だということくらい判るだろう。だが、止めない。エゴールを怯えさせる何かから逃げようとしているかのようだ。そして俺の顔を見てからずっと何かに怯えた様子が続いている。
「・・・・・・コーネスト様は恐ろしいお方だ。私が戻らなければ家族が生贄にされる・・・・・・。」
は?
配下の家族を人質にとってるってのか?
「ザンフレッディアからエドシルドへ派遣されてる者は皆人質を取られてるのか?」
今はエゴールだけしかエドシルドには派遣されていない。
エドシルドでの仕事は済んだから、他の派遣されていた者はエゴールを除きザンフレッディアへ戻ったとのこと。
エゴールはケラヴノスの監視のために残されていたらしい。
・・・・・・ということは、エゴールの家族を取り戻せば、俺達がエドシルドからメサイア教を排除することで被害を受ける者は居ないということになる。
「エゴール、お前の家族の居場所を思い浮かべろ。」
エゴールはともかく、俺達が介入したことでエゴールの家族が殺されるのは気持ちが良くない。俺はエゴールの家族をフェンニーカ大陸から連れ出すことにした。連れ出した後は、サロモン王国のデーモン達が済む居住地へ隠せばいいだろう。
エゴールの意識から家族の居場所を把握した俺は、エゴールを連れて転移した。
「エゴール。とりあえず家族を集めろ。戻ったら説明すればいい。今は連れ出すことが優先だ。」
俺はエゴールの家に転移し指示する。
エゴールは頷き、家中から家族を集め始めた。
妻と幼い子供が二人、それがエゴールの家族だった。
エゴールに指示する見覚えのない俺を不思議そうに眺めているが、今は説明する時間も惜しい。
妻と子供達はエゴールを抱きかかえるようにさせ、俺は全員を連れて、再びショーウィンドウに転移する。
「これでお前が怯える理由は無くなった・・・・・・そうだな?」
「はい。」
エゴールに確認すると、妻と子供達を抱きしめながら答えた。
”後で家族で住む場所まで連れて行くから大人しくしていてくれ”とエゴールに俺は伝え、近くに居る警備兵にリュリクを呼ぶよう伝える。
そして思念でカリネリアに居るリアトスに”エドシルド周囲の海をシーサーペントで守らせろ。不審な船は全て拿捕するように。”と伝えた。
次に、リュリクが来たので、
「エドシルド領内でザンフレッディアから派遣された者を見つけたら問答無用で結界に閉じ込めていい。そして必ず俺を呼べ。頼むぞ!」
その他の細かい指示をリュリクに伝えた。
頷き立ち去るリュリクを見送った後、俺はエゴール達のもとへ戻る。
「今から俺の国へお前達を連れて行くが心配するな。普通に生活する自由がお前達にはある。俺の名でそれを保証する。」
俺は、エゴール達を連れてサロモン王国まで転移した。
政務館前に転移し、エゴール達を連れて中へ入り、俺の専用室で厚生担当のバザディンを呼ぶ。
バザディンは元ラニエロの部下のデーモン。
移住者関係や労働環境等を担当している。
「そこの家族がこの国で普通に生活できるよう頼む。一人は捕縛腕輪をしているが、軟禁等することはない。家族と一緒に暮らせるようにしてやってくれ。」
「判りました。」
バザディンの返事を聞いて、俺はヴァイスハイトとズールを呼ぶよう近侍に頼む。
俺は怒っていた。
配下の家族を人質にする輩など許せん。
そんな国は許せない。
俺の正義の押し付け?
・・・・・・ああ、そうだ。
本来ならやりたくなんかないさ。面倒だしな。
だが、放っといたらどうなる?
いつまで経っても攻めてくるし、そうするしか向こうの国には手段がないはずだ。
こちらが防いでいる限り、後から信者になった者は上には上がれないんだ。
つまり収奪され続ける立場のままだ。
奴隷と何が変わらない?
俺はそんな立場の者が、人間であれ、亜人であれ、魔族であれ、俺と同じ空気を吸ってる状況に耐えられない。
この世で困っている者や弱者全てを救うことなんかできない。
そんなことは判っている。
だが目に入ったのなら可能な限り手を差し伸べたいと考えて何が悪い。
完璧にできないからと何もしないより、不完全でもできることをやった方がいい。
俺はそう思うし、そう動くんだ。
・・・・・・傲慢と呼ぶなら呼べ。
「何かありましたか?」
ヴァイスハイトとズールが入ってきた。
「俺はザンフレッディアという国が許せない。派遣した配下が裏切らないよう家族を人質にとる国など気に入らない・・・・・・ああ、とにかく気に入らないんだ。」
二人は、何かに当たりたいほど苛ついている俺を冷静に眺めている。
やがてズールが口を開いた。
「では、攻めますか?」
「ああ、準備ができ次第必ずな。だからそのための準備を二人には頼みたい。」
ネズミ講方式で国を運営しているのだから、必ずグランダノン大陸に攻めてくるだろう。だが、今のところ攻め手を向こうは欠いている。
コーネストという輩は、餌はまだあるぞと教えるだけでいい。
そして、餌を手に入れられるかどうかはお前ら次第だと言うのだ。
手に入れられないのはお前達の力不足だと言うに決まっている。
コーネストへの批判が集まらないようガス抜きにレイビスは利用されてるんだ。
サラが嫁ぐ国がそんなもののために利用されてるかと思うと、尚更腹が立ってきた。
こちらから攻めるつもりなど無かったが考えが変わった。
ザンフレッディアとやらを滅ぼしてやる!!
その後体制を変えた国を建てさせる。
体制を大きく変えさせるには占領するしかない。
本当はすぐにでも攻めたいが、占領軍を運ぶための船がまったく足りない。
俺が出向いて滅ぼしても、環境を整備しなければ体制を変えられない。
苛立たしいが、当面攻め込むのは無理だ。
・・・・・・だが、準備が整ったら必ず・・・・・・。
◇◇◇◇◇◇
家に帰り、ベランダに置いた、最近作った香りの良い木で作ったロッキングチェアに座る。背もたれと座部には皮でクッションが張られ気持ちよく座ることが出来るのでお気に入りだ。
リエラに淹れてもらった紅茶で気持ちを落ち着かせていると、ベアトリーチェが来た。俺の横に並んで置いてあるロッキングチェアにベアトリーチェは座り”何か有ったの?”と聞いてくる。
ザンフレッディアについて感じたことを話し”あの国のやり方がとにかく気に入らないんだ”とボソッと最後に言う。ここまでの間に怒り疲れていたのか、俺が感じたことをベアトリーチェに淡々と伝えることができた。
「難しいことは私には判りません。でも私はあなたが感じた怒りは間違っていないと感じます。ただ、正しいことをするのだとしても性急に事を進めると、私達もまた間違いを多く犯してしまうのではないかとも思うのです。きっとあなたはその辺りも判っている。私が言えるのは焦らないでということだけです。」
ああ、そうだな。
怒りに任せて動いちゃいけないな。
「うん、有難う。俺が頭に血が上ってるようだったら、また抑えてくれ。」
”はい”とだけ答えて、あとは俺を放置してくれるベアトリーチェの気持ちが嬉しかった。
俺は我儘だ。
一人で居るのは寂しくて嫌いで、だから好きな人には側にいて欲しいのに・・・・・・構われたくない時がある。
ベアトリーチェはそんな俺の我儘なところを判ってくれていると感じて感謝した。
ここに居るベアトリーチェも、他の奥様達も皆、俺を理解しようとしてくれる。
比較的自己主張の強いマリオンとセリーナも、俺の気持ちを優先しようとしてくれる。そのことを感じる時、とても有難くて・・・・・・とても幸せで・・・・・・とても申し訳ない。
「ここからは独り言、いや支離滅裂な愚痴みたいなものだから、・・・・・・。」
俺は日頃考えてることを話し出す。
「俺がこの世界でやろうとしてることは、前世で覚えたことや経験したことが元になってる。それはこの世界のこの時代では新しく斬新で、皆には馴染みもなく理解もし難いモノなんだろう。でも最後の前世では、当たり前で、陳腐で、多くの人にとってはつまらないものだ・・・・・・多分・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「でも、その当たり前で陳腐なつまらない状況は、今のこの世界よりは安心があった・・・・・・と思う。もちろん、不満も不安もこの世界とは違う形であったし、同じ形のモノもあった。地域間の争いもあったし、貧困で苦しんでる人もいた。
じゃあ、変える必要ないんじゃないかと思うこともあるよ。」
「・・・・・・。」
「俺自身、繰り返した転生の中で、戦争中に死んだり、飢えて盗みも殺しもやったことがある。人を騙したことも、裏切ったことも、その逆も何度も経験してきた。異なる生だとしても、同じ俺に違いはない。そんな俺が誰かを裁くなんておかしいとしばしば思う。」
「・・・・・・。」
「俺なりに深く考えると判らなくなるんだけど、ただ、前世の世界の歴史で知った過ちはこの世界で犯して欲しくないし、俺が犯した過ちは誰にも犯して欲しくない。それはきっと俺の傲慢なエゴだ。それは判っている。でも帰結が見えているものは正したくなってしまう。判っていてエゴを通してしまうんだ。自分自身、救われない奴だと思うよ。」
「・・・・・・。」
「皆が幸せな世界なんてものは、水に映った月のようなもので人の手では捕まえることのできないものなんだろう。でも捕まえたいと思ってしまうのは、進歩していった世界を知っているからなのかもしれない。」
「・・・・・・。」
「ああ、いつも俺はこうだ。世界に存在する不幸は形を変えるだけで減ることもなく結局無くならないのかもしれないとか考えてしまう。じゃあ、俺がやってることは無駄なことなのかとも考えてしまう。・・・・・・そして判らなくなって、苦しくなって、そこから逃げるようにフリダシに戻るんだ。俺がやってることがどういうことなのか考えずに感じたままに動くだけになるんだ。割り切ることもできず、自分なりの答えも見つけられずに動いてるだけなんだ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・ごめん。考えてもまとまらなくて、聞いていても俺が何が言いたいのか判らないよね。わだかまってる気持ちを吐き出してるだけだな・・・・・・・・・・・・ごめん。」
何を言いたいのかすらも判らない・・・・・・そんな自分の言葉を黙って聞いてくれるベアトリーチェに申し訳ないと俺は謝る。呆れられるかもしれないよな・・・・・・いや呆れて当然か。
「私は、あなたのように多くのことを知っていて、多くの経験を積んでいることは素晴らしいこととしか考えていませんでした。良いことも悪いことも複数の生の中で、同じ人格のまま多く経験したから混乱してしまう・・・・・・そういうことがあるのだと今判りました。あなたは過去の過ちを抱えて次の生を生きなければならなかった。だから良いことをしようとも、力を持とうとも、過去への後悔から離れられないでいるのですね。だから自信を持てずにいるのですね。」
「・・・・・・そうかもしれない。」
ベアトリーチェが立ち上がり、残されたロッキングチェアが空のまま揺れている。
「でもそのことを私に・・・・・・私達に教えてしまったのは失敗でしたね。」
”私、今わかったことを皆に教えちゃいますから”と微笑んで、俺の膝に座り、身体を捻って首に腕を回し
「私達は神様じゃありませんから、あなたの過去の罪を許しますなんて言えません。」
頬に軽く唇をあて
「でも、あなたの今・・・・・・後悔しながら迷いながら生きてるあなたを愛しいと感じない人はあなたの妻の中にはいませんよ?」
両手でベアトリーチェの胸に俺の顔を押し付け
「あなたは私達が居なければ辛いのでしょう?そのことが今まで以上に判りました。ええ、私達は自信をもってあなたに愛を求めることができる・・・・・・もっと愛して下さいと、もっと甘えて下さいと、もっと私達が必要なんでしょうと・・・・・・。」
俺の顔に顔を近づけたかと思うと唇を強く重ねたあと
「フフフ・・・・・・私は本当のあなたを見つけました。本当のあなたを感じました。なんて愛しくて・・・・・・嬉しい感触なのでしょう。あなたの過去も現在もそして未来も私のものです。・・・・・・クスッ、悩んでる暇なんてあげませんからね?」
俺の膝から降りて、
「・・・・・・さあ、そろそろ食事ですよ?ちゃんと食べて皆で笑いましょう。」
キョトンとしている俺の手を引っ張って、朗らかに笑って椅子から離す。
俺の腕に掴まり身体をすり寄せ、
「考えがまとまらないことでも、また話してくださいね?」
・・・・・・悩む時間も、後悔する時間も与えてくれないだなんて・・・・・・・。
なんて災難だ!
・・・・・・サラ・・・・・・やっぱり俺は歩く女難のままだよ。
俺は横で微笑むベアトリーチェを見ながら、この女難を手に入れる機会を与えてくれたサラに感謝した。
第一部はこれで終了です。
第二部も引き続きよろしくお願いいたします。




