73、反乱の行方
戦闘神官第四位アイアヌスに率いられたリエンム神聖皇国軍は、皇都ハリエンスから一番近いノーダンの反乱から鎮圧を始めようとしていた。ノーダンは皇都に隣接していて神聖皇国第二の都市、そしてここを抑えるとスタフェッテとケアリズを分断できる。ノーダンさえ抑えれば、スタフェッテとケアリズは皇都へ攻め入るか南下して逃げるしか無い。皇都へ攻め入るほどの戦力があるはずもなく、南下するにしても住民を置いて逃げるしかなく、ノーダンさえ抑えてしまえば鎮圧は成功したも同じことになる。
アイアヌスは皇都の守りを戦闘神官第六位のヤハヌスと第八位ライノスに任せ、第十位のライガルトを連れ、三十万の軍勢でノーダン鎮圧に向かった・・・・・・いや、向かうはずだった。
「これはサロモン王国の仕業で間違いないだろう。」
憎々しげにライガルトが言う。
「そんなことは判ってる。問題は誰がやってるかではなく、これをどうしたら抑えられるかだ。これからどうするかだ。」
鎮圧軍は、バーミアンの嫌がらせによってノーダンまであと二日の地点で足踏みしていた。大きな破裂音と強い光を放つ塊が昼夜問わず不定期に転送され、食料や物資は燃やされるし兵士にも被害が出てる上に進軍も休憩もままならない状況が生じている。
いつ送られてくるか判らない状況で兵士は怯え、食料や物資を守るために結界を張り続けなければならず、魔法を使える者の疲労も馬鹿にはならない。これではノーダンに到着することができてもまともに戦える者は少ない。
軍を皇都に戻し、アイアヌスとライガルトだけでノーダンに向かうのは可能だ。
二人で反乱を鎮圧することは可能かもしれない。
だが、他にも鎮圧しなくてはならない地域があるのだからノーダンに常駐するわけにはいかない。鎮圧後にノーダンを支配するために必要な軍を残さなければならない。このままではどれほどの兵数をノーダンへ送ることができるのか計算できないのだ。
テントの中にはアイアヌスとライガルトの二人だけしか居ない。
「二人だけでノーダン鎮圧に行くのもいいが、もしアンドレイが居たらおしまいだぞ?」
深刻そうな表情でライガルトはアイアヌスに話す。アイアヌスとライガルト二人ではアンドレイに対して勝ち目がない。二人とアンドレイの間にはそれほどの力の差がある。
現在、鎮圧軍を苦境に陥れているのはサロモン王国で間違いないだろう。
だが、これはあくまで状況からの推測で事実と言い切れる証拠はない。
このような手の込んだことをしてるのだから、今のところサロモン王国が神聖皇国と正面からぶつかるつもりはないのは確かだ。ぶつかるつもりならば、こちらがまともに戦えそうもないこの状況に応じて攻めてくればいいはずだ。
だが、アンドレイは違うだろう。
いや、二人は違うと思っている。
神聖皇国とコムネスの双方に準備が整っていないから戦争になっていないだけで戦争状態だ。神聖皇国はコムネスの独立を公式に認めては居ないから、神聖皇国としてはコムネスはいまだに神聖皇国所属の都市・・・・・・神聖皇国の公式見解ではアンドレイは反乱軍の頭でコムネスは反乱都市のままだ。
アンドレイが一人ノーダンまで出てきて、神聖皇国軍に・・・・・・アイアヌスとライガルトに直接攻めてきても不思議ではないし、それをやられるのが今の神聖皇国軍にはもっとも痛い。
「・・・・・・コムネスが周辺都市の占領に動き出していないのだから、アンドレイが出てくるとは考えにくいが・・・・・・可能性は十分あるな。」
アイアヌスは腕を組んで難しい顔をする。
二人の顔を照らす灯りが二人の感情を表してるかのように揺らいでいる。
「・・・・・・なあ?アイアヌス。神聖皇国はもうダメなんじゃないか?」
言い難いことだが、もしそうならばこの戦いは無意味なのではないかとライガルトは考えている。表情にも苦悩が表れ、アイアヌスはライガルトの発言を責めることはできなかった。
「・・・・・・。」
アイアヌスもライガルトと同じことを考えているが口にはしない。
戦闘神官になるとき忠誠を誓ったのだから、リエンム神聖皇国がもうダメだとしてもその終わりまで忠義を尽くすべきではないかとアイアヌスは考えている。それに戦闘神官が持つ名誉と権力を手放すのは、アイアヌスにとって耐え難いものだった。
「皇都ハリエンスで力を蓄えてから周辺都市を支配下に置く・・・・・・やり直したほうがいいんじゃないか?」
「ケレブレア様が居なくなったのだから、それは無理だろう。戦闘神官はもう増えないからな。」
そう。リエンム神聖皇国の軍事力を支えてきた戦闘神官はもう増えることはない。才能のある者にケレブレアの血を飲ませ、生き残り、限界まで力を引き出すことが出来る者が戦闘神官になれる。だが、ケレブレアが居なくなったのだから戦闘神官はもう増えない。つまり現状の軍事力が最強であって、今、軍事的支配が不可能なら将来も不可能だとアイアヌスは考えている。
「アンドレイだって不死身ではない。アンドレイが居ない後は神聖皇国と同じ状態になるではないか?」
「ああ、アンドレイだけで見ればその通りだ。だがサロモン王国はどうする?ゼギアスが居なくなったとしても、あの国には魔法使える種族が多いぞ。」
アイアヌスはサロモン王国が領土拡大に乗り出してきた場合、戦闘神官の居ない神聖皇国に勝ち目は薄いと考えていた。
「サロモン王国か・・・・・・アイアヌス気づいてるか?あの国は侵攻して奴隷解放したが、カリネリア以外占領したことはないんだ。近隣自治体の属領化もしていない。領土拡大する気はないんじゃないか?」
「ゼギアスはそうかもしれない。だが将来も同じとは限らないだろう。」
「・・・・・・今の俺達は将来のことまで考えられる立場じゃないと思うんだがな。」
「この話はここまでだ。それよりも当面どうするかを決めよう。」
アイアヌスにも判っている。
この世に変わらないものはないのだから、リエンム神聖皇国にも変わらなければならない時が来ると。
忠誠を誓ったケレブレアが居なくなり、アイアヌスが忠誠を誓った神聖皇国の残り香は国にしかない。
その国が変わってしまったら、自分の忠誠はどうなるのかと。
忠誠に従って生きることで地位も名誉も権力も手に入れた。
アイアヌスには新たな生き方を見つけられないのに、国に変わられては困る。
いや、忠誠を捧げ、捧げた国の意思に沿って生きてきたアイアヌスこそリエンム神聖皇国だ。
自我を守ろうとする利己的な考えにアイアヌスは自ら埋没していった。
ライガルトの言う通り、ノーダンにアンドレイが出て来る可能性がある。
その場合、アイアヌスもライガルトも生きて戻れる可能性は低くなる。
アイアヌスが居なくなったらリエンム神聖皇国はそこで終わりだ。
生き残らねば・・・・・・生き残ってリエンム神聖皇国を再建しなくては・・・・・・。
”力を蓄えてから再び国を大きくする”という ライガルトの意見にアイアヌスは考えを変えて乗ることにした。
「皇都に一旦撤退する。」
◇◇◇◇◇◇
「・・・・・・な・・・・・・何を・・・・・・何をする!」
皇都に戻ったアイアヌスは、枢機卿達の暗殺を始めた。
枢機卿宅を個別に襲い、既に八名の枢機卿とその家族を殺害した。
そして最後の枢機卿がアイアヌスの凶行から逃れようと家の外へ走り出た。
「あなた方が教皇逃亡後にしたことをするのです。自らが行ったことですよ?リエンム神聖皇国が生き残るためです。その方針に殉じていただきましょう。」
家から出た枢機卿をアイアヌスは魔法の氷の刃で射抜き、その倒れる様を冷静な瞳で眺めてる。
「よし、遺体を他の遺体と一緒に棺桶に入れ、神殿跡に置いておけ。」
部下に命令したアイアヌスは、他の戦闘神官が待機している軍本部へ向かった。
軍本部内の戦闘神官が使用する会議室に入ると三名が集まっている。
円卓には十脚の椅子が並べられているが三脚しか埋まっていない。
昔は十脚全てが埋まっていたものだと戦闘神官が減った寂しさをアイアヌスに感じさせる。
入室してきたアイアヌスの顔を見ると、ヤハヌスが口を開く。
「こんな深夜の呼び出し・・・・・・反乱都市のどこかが攻めてきたのか?」
アイアヌスは”慌てるな”とヤハヌスの言葉を手で遮り議長席に座る。以前はカリウスかアンドレイが座っていた席だ。
「枢機卿を全員排除してきた。」
三名を見渡したあと、アイアヌスはぼそりと静かに伝えた。
「「・・・・・・何故そんなことを・・・・・・?」」
ライノスとライガルトが立ち上がり、口を揃えて問う。
「神聖皇国を立て直すためだ。」
二人の非難するような視線を無視してアイアヌスは説明を始める。
反乱都市の背後にサロモン王国とアンドレイが居るのは確実。
アイアヌス等が軍を率いて反乱鎮圧しようとしても、邪魔が入り思うようにはいかない。無理を承知で反乱鎮圧できてもそれは一時的で長くは維持できそうもない。
ならば、兵力を温存して皇都ハリエンスとその領域の守備に活かした方が良い。
ハリエンスとその領域だけでリエンム神聖皇国の三分の一近くあるのだから、守備に必要な軍事力を無駄に損耗するのは愚かだ。
現状の体制では地方都市からの財と食料は不可欠。
これを変えない限り、反乱都市の鎮圧を求められる。
しかし鎮圧は無理なのだから、体制を変える必要がある。
ケレブレアを柱としたケレブレア教は、ケレブレアが居なくなったのだから存続できない。ケレブレアが居ないのに、ケレブレアが助けてくれると言っても誰も信用するわけはない。ケレブレアは何故居なくなったのか・・・・・・その理由を枢機卿達の政治に責任があるとする。そのための口封じを行ったとアイアヌスは口調も変えず淡々と説明した。
「現状のままではダメだから変えるというのはいい。だがどう変えるのだ?」
アイアヌスの説明に一定の理解を示しながらも、ヤハヌスの口調には不信がある。
体制を変えるということは既得権を持つ者達と戦うことだ。
その抵抗を跳ね除けられなかったから現状を変えられずに、地方は反乱を起こした。
「領内の貴族の領地は全て奪い、我らで管理する。」
「は?兵士等はその貴族達から徴兵してるのだが・・・・・・。」
「兵は全て国軍として統合する。」
つまり地方に分権されてた部分を廃止し、更なる中央集権化を目指す。
それは現在の貴族階級を無くすことを意味する。
「地方都市だけでなく、皇都の支配領域でも反乱が起きるぞ?」
治まってる地域に対してはサロモン王国もアンドレイも介入してこないが、反乱地域に対してはサポートする。皇都の支配領域内での反乱はサロモン王国等の介入を呼び込むだろう。ヤハヌスはその点を危惧した。
「これまでは反乱が起きてからの対応だった。だが今回は反乱を起こす力を先に奪う。まずは兵。次に金だ。」
「・・・・・・力づくで反乱を起こさせないというのは判った。だが、奪った貴族の領地をどう治める?これまで治めていた貴族を排除するのだからな・・・・・・。」
机の上で手を組んでアイアヌスの主張をじっと聞いていたライノスが口を開いた。
「別の領地を治めている貴族を配置する。そして数年置きにまた別の領地へ移動させる。」
「そんなことがうまくできると言うのか?」
「判らん。だが良い手が他に浮かばん。」
「「「・・・・・・。」」」
「統治の具体的な手段はこれから考えるしかない。」
「俺は反対だ。」
貴族出身のヤハヌスは机を叩き、アイアヌスを睨む。
「俺も納得できんな。アイアヌス・・・・・・お前のやろうとしてることは軍の私物化とクーデターだ。」
ヤハヌスほど怒りの表情は見せないが、ライノスもきっぱりと意思を示す。
「決められないな・・・・・・このままで良い訳はないから、何かを変えるのには賛成だ。だが、アイアヌスの方法ではうまくいきそうもないとも感じる。」
現行の体制を変えなければならない点は納得できても、強引で行き当たりばったりなアイアヌスの方針には賛同できないとライガルトも姿勢を明らかにできない。
「賛成してくれとは言わない。俺は一人でもやる。お前達には手を出さないでくれとだけ言いたい。」
「手を出したら?」
ヤハヌスはアイアヌスに敵意を向けて言う。
「・・・・・・その時はお前達とだろうと戦うまでだ。」
「そこまで推し進めようとするのは何故だ。俺達はケレブレア様が居なくなった時点で、戦闘神官としての力は残っていても、力を行使する妥当な理由を失った。はっきり言おう。リエンム神聖皇国は終わってるのだ。俺達が軍を指揮する権利も失ってるのだ。そのくらい判ってるだろう?」
ライノスはケレブレアが居なくてもケレブレア教としての組織が命令するならば戦闘神官として従う気でいた。だが、アイアヌスが枢機卿達を殺し、瓦解しつつある教会組織を立て直すことも難しくなった今では、戦闘神官という地位も無くなったと考えている。またケレブレア教による支配が無理なら、それはリエンム神聖皇国ではないとも考えていた。アイアヌスが何を守り維持していこうと考えてるのかライノスには理解できずにいた。
「ライノス、お前はこのままリエンム神聖皇国が消えるのを受け入れるというのか?」
「俺達が滅ぼしてきたように国も滅ぶことがある。それだけだ。」
責めるように問いかけるアイアヌスに対してライノスは冷静に事実だけを答える。
「滅んでいるとして・・・・・・お前はどうする。」
「自分の気持ちに従って動くだけだ。アイアヌス、お前もそうなんだろう?・・・・・・だが、ケレブレア様が居ないリエンム神聖皇国の存続に拘る気持ちが俺には判らん。」
「・・・・・・判ってもらえなくてもいい・・・・・・だが、邪魔をするなら相手が誰であろうと戦う。」
アイアヌスは少し視線を落とし、つぶやくように決意を語る。
その様子に他の三名はアイアヌスの説得を諦める。
「お前と戦うつもりはない。だが協力もできんから家族と共に俺は野に下る。」
ヤハヌスは家族をアイアヌスのクーデターに巻き込みたくはないと言う。
”家族だけなら俺一人でも守れるだろうよ”と付け加えた。
ライノスも軍から離れると言う。ただ一人、ライガルトだけは
「俺には家族も居ないから、しばらくは付き合おう。だが、今回のような強引なことを続けるようなら俺も去る。それは覚えておいてくれ。」
アイアヌスのクーデターに付き合うと言って、
「争うようなことが起きなければいいな。」
ヤハヌスとライノスの二人が去るのを了承した。
”じゃあな””あまり無理をするなよ”と言葉を残してヤハヌスとライノスは会議室から立ち去った。アイアヌス等と袂を分かつのに、この場に残ると余計な情報を知ることになると二人は考えたのだ。
「・・・・・・すまんな・・・・・・。」
二人を見送った後、アイアヌスは残ったライガルトに呟いた。
◇◇◇◇◇◇
「慈善事業やってるんじゃない。戻って自立しろと言っといてくれ。」
リエンム神聖皇国で反乱を起こした地方都市の領主達から、アンドレイのところへ使者が毎日のようにやってくる。
”食料を支援してくれ”
”治安維持に力を貸してくれ”
”金を貸してくれ”
”娘を貰ってくれ”
・・・・・・・・・・・・。
ニカウアの住民を受け入れたのは、一時期荒れてコムネスの人口が減っていたため渡りに船だったからで、更に住民受け入れに必要な支援をサロモン王国がしてくれたという理由がある。
ニカウアの住民を受け入れ、コムネスで必要な労働力を確保した。
現在は、荒れた土地を再度開墾したりと領内の整備で忙しく、他の都市の面倒を見る余裕などアンドレイにはない。
急激に増えた人口を飢えさせないために必要な食料はサロモン王国の支援で賄っている。領内の治安維持にもまだまだ手が必要。
サロモン王国への移住が希望なら、受け入れるとゼギアスは言っているので仲介はできるし手伝いもするが、それ以上のことはできない。
だいたい・・・・・・リエンム神聖皇国からの鎮圧隊をサロモン王国が防いだのだし、リエンム神聖皇国へ食料や財を送らなくてよくなっているのだから、自分の領地くらい自分で何とかしろとアンドレイは言いたい。
リエンム神聖皇国もアイアヌスが武力で強引に国の体制を変え、皇都とその領地のみに縮小しているのだから、各都市も自分で維持できる体制を整えればいい。だが、今まで同様の体制のままで・・・・・・領主達の既得権を残したまま独立しようとするからできない。
要は、貴族達の我儘だ。
そんなものにアンドレイが何故手助けしなくてはいけないのだ。
考えれば考えるほどアンドレイは苛々してくる。
・・・・・・まあ、いい。
こちらが取り合わなければ良い話だ。
「エーリカ・アムゼン様がいらっしゃいました。」
執務室に近侍が入ってきて恭しい態度で来客の報告をする。
ニカウアからの移住者の受け入れが終わり、その報告と今後のことを相談するためエーリカが訪問する予定になっていた。
”やっとまともな話しができる相手が来た。”とアンドレイはホッとする。
近侍に執務室へ通すよう伝えて、執務用の机から離れ、ソファに座る。
「お久しぶりです。アンドレイ様。」
挨拶するエーリカをアンドレイの正面のソファに促す。
「ニカウアの住民を受け入れて下さり有難うございます。住民のほぼ九割が移住することになります。残った住民は一部の貴族とその領民で、およそ一万程度です。」
受け入れた住民は、コムネスに必要な労働力だから逆に感謝したいくらいだとアンドレイもまたエーリカに礼をする。
「エーリカ殿は今後どうなさるおつもりですか?」
「父を戻し・・・・・・私は元の仕事に戻るつもりです。」
「それは残念。エーリカ殿となら良い近隣関係を作れるのに・・・・・・。」
これはアンドレイの本音だった。
欲が深いヒルハイドなどより、サロモン王国が支援するエーリカの方が好ましい。
周囲がある程度豊かな方がコムネスも活気が出る。
「領主も大切な仕事ですが、私には子供達に教育する仕事のほうが合ってると感じましたので。それに・・・・・・ゼギアス様はサロモン王国の領土が今以上に広がることを嫌がっていますしね。」
エーリカにはサロモン王国から独立して自治体を統治するつもりは無い。
そのことがアンドレイにも判ったので、これ以上エーリカに領主に留まるよう薦めても無駄だと悟った。
「では、お父上を戻すのですか?」
「はい。今日は引き取りに参りました。今まで預かって頂いて申し訳ありませんでした。」
「いえ、大したことではありませんから。」
エーリカに頼まれてヒルハイドを部屋に軟禁していただけで、顔もロクに合わせていなかった。ヒルハイドが騒ぐので警備の兵には煩かったようだが、アンドレイは警備の兵をなだめた程度しかしていない。
しばらく雑談した後、エーリカは父が待つ部屋へ向かう。
アンドレイはエーリカを見送った後、
「ニカウアが復興するとは思えないし、他の都市もまだひと荒れはあるだろう。うちも過渡期でまだ大変だ。だが、時代の流れを感じられる。・・・・・・面白い時代に生まれたと言えるかもしれないな。」
戦場での戦いではなくとも、自国を栄えさせる戦い、守る戦いがある。
その戦いに身を置いてるアンドレイは、今だ経験したことのない不安と興奮に包まれていた。
◇◇◇◇◇◇
「ズール、今回は暇だったらしいな。」
「ええ、バーミアンがうまくやり過ぎて、戦闘になりませんでしたからね。」
リエンム神聖皇国軍が一旦は動いたものの、撤退以降は皇都領内から出てこなかった。サロモン王国の方針は、反乱都市へ鎮圧軍が動いた場合の対応と、避難民が出た場合は受け入れることの二つのみ。ニカウアへの対応もエーリカ・アムゼンに一任されたため、ズールはバーミアンとエーリカから報告を受け取るだけで他には何もすることがなかった。
「バーミアンからは、爆弾の種類を増やすよう要望が来ていたが、ズールはどう思う?」
今回、鎮圧軍への嫌がらせには花火を使った。
バーミアンからは、爆音を出すものだけでも敵軍を疲労させ撤退に追い込む効果ありと報告が来ていたし、その他にも強い光を放つ爆弾や刺激臭を放つ爆弾などもケースによっては効果が見込めるので爆弾の種類を増やして欲しいと要望があがっている。
「いいと思いますよ。精神的にプレッシャーをかけるためにいろんな種類の爆弾があればいいですし、死傷者を出さずに戦闘を有利に運ぶ道具になるでしょう。」
「それでニカウアはどうなりそうだ?」
「まだ判りませんが、多分、そう遠くないうちにヒルハイドはエーリカのコネを頼りにうちに泣きついてくると思いますよ。まあ、エーリカの性格を考えると、エーリカから話が来ることはないでしょうが。」
なるほどな。
エーリカの名を使ってヒルハイドが泣きついてくる・・・・・・だが、エーリカ自身は関与しないってことか・・・・・・。
「じゃあ、エーリカには悪いが・・・・・・無視したいところだな。」
「ええ、エーリカにとってもその方がいいんじゃないですかね?」
”じゃあ無視ということで・・・・・・”と俺が言うと
「ニカウアは残った数も一万名と少ないですから、これから何が起きようと我が国への影響は小さいです。ですが、ノーダン、スタフェッテ、ケアリズの三都市の今後は多少注意が必要でしょうね。」
ズールがあげた三都市には、複数の選択肢がある。
各都市が単独自治体として活動する。
コムネスやリエンム神聖皇国と合併する。
各都市が他国と協定を結ぶ。
各都市が合併して新たな国を建国する。
・・・・・・などだ。
「軍事面でも経済面でも、うちの脅威になるとは思えないんだが・・・・・・。」
「ええ、脅威にはならないでしょうが、面倒は起こす可能性はあります。」
「というと?」
サロモン王国が介入する可能性がある以上、奴隷制での自治体運営はありえない。
奴隷制は、収穫から奴隷が生きるための必要分を除いた余りを主人が奪う制度だ。奴隷制に問題はいくつもあるが、一番問題になるのは”生きるための必要分”は主人が決めるという点だろう。奴隷が生きるために必要な量かどうかではなく、主人が奪えるだけ奪うことになる点だ。生かさず殺さずレベルの収奪ならまだマシで、奴隷など死んでもいいレベルの収奪が行われることもある。
奴隷に犠牲を強いて得た利益で貴族は生活していた。
リエンム神聖皇国から離れ、奴隷制の下で得ていた利益を貴族が奴隷制抜きで確保できるか?
この点、まず無理だろうとズールは考えている。
・・・・・・無理かもしれないな。
サロモン王国とその友好国では、肥料、土壌改良、害虫駆除などでこの世界には無い技術を利用しているし、独自に開発した魔法を使用している。だから、収穫量も多く、無理に奴隷制など敷かなくても領主は利益が得られる。俺がそう仕向けたのだから間違いない。
貴族が以前の生活レベルから落とした生活を送るようになるだろうか?
多少落とした生活なら我慢もするだろう。
だが、庶民と同じ程度まで落とした生活を送るのを良しとするだろうか?
貴族の性格で分かれるだろう。
ここに不確定要素があり、各都市住民が困窮する事態も考えられる。その場合は、各都市で暴動や内乱が起きるだろう。つまり、規模を縮小した形で、リエンム神聖皇国からの離脱・独立騒ぎと同じことが起きる可能性がある。
「ズールの言う面倒とは、その状況が起きた時、俺達はどうすべきか選択を迫られるということか?」
「ええ、そうです。他国の問題として切り捨てるか、それとも住民を助けるか・・・・・・。ゼギアス様なら放置しておけないのではないかと私は思ってるんですがね?」
ズールがニヤリと笑ってる。
・・・・・・うーん・・・・・・。
「・・・・・・もう一つ手段はあるぞ。」
「それは?」
「領主や貴族を叩く。」
収奪する者が居なくなれば暴動は収まるだろう。
大勢の亡命者や戦争被害などで各都市の人口は減っている。
必要とする食料は十分確保できるだけの土地はあるはずだ。
「その場合でも、地域の安全を守る手助けは必要になると思いますが?」
「・・・・・・それだけは助けてもいい・・・・・・んじゃないか・・・・・・な?」
魔獣や野盗だけならケルベロス、キマイラ、ガーゴイルに任せることもできる。
問題となるのはアイアヌスのリエンム神聖皇国が攻めてきた時だけだ。
・・・・・・しかし、ズールめ・・・・・・そんな”相変わらずアマアマですね”みたいな目で見なくてもいいと思うんだ。
クソォ・・・・・・何故だろう・・・・・・負けた気がしてしまうのは・・・・・。
”私は・・・私の成すべきことを成す!!!”
美しく格好良い毘沙門天サマも言っていたではないか!って地球のマンガでのセリフなんぞズールに言っても仕方ないんだけどさ。
「その程度で済めばいいですね?」
ズールのニヤニヤが止まらない。
チクショー!!




