69、ケレブレアの最後
カリウス・デュランは両親がデュラン族だったから、周囲の同じ年齢の子と自分とに違いがあることを不思議とは思わなかった。魔法の他に龍気も使えたから、ちょっと魔法を使える程度の大人ではカリウスの相手にならなかった。
両親が共にデュラン族だろうと必ず秀でた力を持つとは限らないが、カリウスの力は特に訓練などしなくても他を圧倒していた。野盗や魔獣が蔓延り、天候次第で飢饉も起き、苦しく貧しい住民の助けになることが、特異な力を持つカリウスの使命だと考えていた。
そんなカリウスにとって、戦闘力を活かした権力を持つ戦闘神官は自分が至るべき立場であった。
リエンム神聖皇国の絶対神ケレブレアを崇めるケレブレア教の教義は、その教義の下で住民を助ける戦闘神官にとっては守らねばならないものであった。カリウスが住民を守るためにケレブレア教の教義を守る・・・・・・ケレブレアの命令に従うの当然だった。
カリウスは賢かったため、ケレブレアによる洗脳がなければ、いずれ教義の欺瞞に気づき、そしてケレブレア教とケレブレア自身にも疑いの目を向けた可能性は小さくない。一介の神官から戦闘神官になるためのケレブレアの血を飲む儀式”ケレブレアの祝福”の際、ケレブレアがカリウスの潜在能力に気づき、カリウスがケレブレア教の真実に気づく前に洗脳が始められた。その結果、カリウスがケレブレアの人形となってしまったことはリエンム神聖皇国国民と彼にとってとても残念なことだろう。
仮定の話になるが、カリウスの能力を大きく上回るゼギアスが居ても、ケレブレアの洗脳がなければ、カリウスならば英雄として人々から崇められていただろう。だが、ケレブレアに洗脳されたカリウスは、力なき住民だろうとケレブレアの命令であれば虐殺する、絶大な力を奮う恐怖の存在でしかなかった。
カリウスを制御できるのはケレブレアしかおらず、もしケレブレアが居なくなったならカリウスがどのような動きを取るのか誰も判らない。その強大な力が無制御に使用されたならどれほどの被害を出すか判らない。
カリウスはもはやケレブレアと共に生きるしかない存在になったように見える。
ケレブレアは、ここ一年のカリウスの成長度合いの低さを成長限界に達したものと考えていた。それは龍王ディグレスを倒し、ケレブレアが龍王に進化するはずの時が来たことを意味していた。
多大な期待と一抹の不安を抱えながら、ケレブレアはついにカリウスによるディグレス打倒に踏み出した。
・・・・・・
・・・
・
「カリウスよ。我が願いを叶える時が来た。ここより北にあるエイスクトル大陸へ赴き、龍王ディグレスを倒すのだ。」
神殿の奥、近頃ではカリウスの他は来ない謁見の間、壇上の椅子に座りカリウスを見下ろす人化したままのケレブレアが、階下で跪くカリウスに命令する。
その表情は戦いを前にして高揚してるかのような笑顔。
跪いていたカリウスは立ち上がりケレブレアの命に恭しく頷く。
「ご命令に従い、龍王ディグレスを倒してみせましょう。ケレブレア様の御為、この身体が一塊の肉塊になろうとも、ご命令を果たすために働いてみせましょう。」
これまで鍛えてきた肉体と精神により・・・・・・溢れそうな力がカリウスの身体を大きく見せる。ケレブレアの命で動ける喜びがカリウスの恍惚とした表情に現れている。
「我もそなたと共に征く。我が目の前でカリウス、そなたの力を見せてみよ。」
ケレブレアはカリウスの目の前まで歩き、願いを叶えてくれるであろう期待を込めてカリウスの肩に手を置く。カリウスは恐縮しながらも、ケレブレアの期待の大きさを感じ、表情を引き締めている。
「では征くぞ。」
その声と共に、ケレブレアはエイスクトル大陸までカリウスを伴って転移した。
◇◇◇◇◇◇
極寒の大地、エイスクトル大陸。
その中央の平野に龍王ディグレスと護龍三頭の居る神殿がある。
エルザークの神殿の倍はあるだろうか・・・・・・巨大で荘厳なその神殿は千年以上の歴史に耐えた力強さを感じさせる。
最奥の間には、龍王ディグレスが護龍達と共に居る。
「ケレブレアが動いた。皆、ゼギアスが来るまで迎撃するのだ。」
ディグレスの命令に頷く三頭の龍。
護龍の身体は龍王よりも一回り程度小さいが、並の龍と比較すると倍近くある。
龍王と護龍達は神殿の外へ飛び出し、荒れ地に立つケレブレアとカリウスの目の前に降り立つ。
「ケレブレアよ。今なら間に合う。・・・・・・降るのだ。そして再び護龍として役目を果たせ。」
ディグレスは、カリウスには見向きもせずに、ケレブレアの目を見据えて最後になるだろう命令を降した。
「運良く龍王に進化しただけのディグレスよ。お前さえ居なければ我が龍王になり、全ての龍の頂点に立つことができるのだ。相応しき力を持つ我が相応しき地位に就くこの日をこれまでずっと待ちわびてきたのだ。お前ごときに降るなどありえん。」
ケレブレアの傲岸不遜な態度は護龍達を怒らせたが、ディグレスは怒りも見せず
「ケレブレアよ。一度、龍の理から外れたお前が龍王に進化することなどありえぬのだ。そのくらいのこと賢きそなたならば判っているはずではないか?何故事実から目を背ける。」
ケレブレアの才を惜しみ諭すようにディグレスは言う。
「・・・・・・最早、お前と語ることなどない。我の無念と怒りを思い知れ。・・・・・・さあ、カリウスよ。我の悲しみを癒やしておくれ。」
ディグレスから目を外し、カリウスに戦いの開始を命じた。
ケレブレアからの命を受けたカリウスは、龍王達に向かって歩きだす。
体内で練り上げる魔法の密度で生まれた・・・・・・カリウスから吹き出す熱気で足元の雪が溶けている。
白の大地に、ケレブレアの意思が道を作っているかのようにディグレスへ続いていく。巨大な龍が五頭居るにも関わらず、カリウスの存在感だけが龍の存在感を越えて膨れ上がっている。
「我がこの者を相手をする。お前達はケレブレアを。」
ディグレスはカリウスの力が龍王である自分をも上回ると見て、カリウスには到底敵わないだろう護龍達にはケレブレアの打倒を命じた。
その命令で護龍達が目を光らせケレブレアを目指し移動を始める。
カリウスの上空からゴルゴディアが、左からはゴフリードが、右からはナザレスがカリウスを迂回してケレブレアに向かおうとする。
だが、護龍達はカリウスより先には進めなかった。
自分を通り越してケレブレアの下へ護龍達が向かうのをカリウスは魔法で拒絶した。
カリウスは護龍を止めるための動きは何も見せていない。
今のカリウスにとって、護龍を止めることなどわざわざ力を溜めて対抗するような存在ではなかった。敵は龍王のみ。カリウスの視線は龍王ディグレスのみを捉えていた。
”・・・・・・これほどの者を育てていたのか”
護龍達はそれぞれカリウスの力に脅威を感じていた。
進めないのだからと、ディグレスの前に戻り、カリウスの攻撃に備えた。
少しでも時間を稼ぎ、ゼギアスの到着を待つのだ。
護龍達は防御に徹することを即断した。
ケレブレアは護龍達が自分に近づくこともできない様子を見て歯をむき出してニヤリと笑う。
”これなら龍王ですら倒せる。”
残っていた一抹の不安も、目の前の様子を見てケレブレアの中から消えていた。
カリウスが一歩一歩ディグレスに近づいている。
ディグレスとカリウスの距離は、ケレブレアの龍王への距離だ。
カリウスがディグレスの目の前に立った時が、ケレブレアの悲願が叶う時だ。
笑みが自然と溢れてしまう。
胸に動悸を感じてしまう。
身体に震えも感じる。
ケレブレアは歓喜を感じていた。
◇◇◇◇◇◇
(ゼギアス!ケレブレアが動いた。サラと共にエイスクトル大陸まで行くぞ。)
エルザークは、ケレブレアがエイスクトル大陸へ転移したと感じ、すぐゼギアスとサラに思念を飛ばした。
(俺は判るけど、サラまでどうして?)
ゼギアスは、ケレブレアの力を一度見ているし、ケレブレアを上回る力を持つカリウスのことも知っている。そんな相手と戦いにゆくのにサラを連れていくことには強い抵抗があった。
(お前に万一の事があったとき、サラが居れば安心じゃからな。)
エルザークの神殿までゼギアスが転移したとき、サラも既に来ていた。
「お兄ちゃん。私なら離れた場所から見てるから大丈夫。」
転移して姿を現した俺の顔を見ると、サラはすぐ声をかけてきた。
「しかし!」
「ここで言い争う時間は無い!龍王が倒されてしまってはお終いなのじゃ。」
俺の反論を許さず、俺とサラの袖を両手で掴みエルザークは転移した。
・・・・・・
・・・
・
転移した先は、戦いの場から少し離れた場所。
龍王ディグレスと護龍達がカリウスの攻撃に障壁を張って防御しているところだった。
「ゼギアス頼んだぞ。」
エルザークの声に、”サラのこと守れよ”とだけ言って、俺はカリウスの前まで転移した。転移を終えるとすぐに、龍王達に向けられてたカリウスの攻撃を障壁を出して防ぐ。
”確かにカリウスは強いな。”
障壁で防いだものの、カリウスの攻撃に感じる圧力に奴の強さを感じた。
奴の攻撃を防いだと同時にカリウスも俺が目に入ったのか、後ろに飛び下がった。
「お前は誰だ。何故邪魔をする。」
鋭い視線を俺に向け、カリウスは問う。
黒髪黒い瞳だが、顔の作りは北欧系美男子だな。
チクショウ・・・・・・同じデュラン族だというのに、カリウスはイケメンかよ。
「俺はゼギアス。あんたと同じデュラン族だ。・・・・・・なあ?こんなことやめろよ。龍王を殺して・・・・・・この世の理乱して何がしたいんだ。」
「そのようなことは知らぬ。私はケレブレア様の望みに応えるだけだ。お前が邪魔をするというなら排除するだけのこと。」
ゼギアスの問いに答える様子もなく、カリウスは両手に魔法の光を溜めている。ラウィーアの知る範囲では、カリウスと俺の子供達を含めてもデュラン族は十六名しか残っていない。だから、できることなら同族のカリウスを殺したくはない。
俺の子供達ばかりで、デュラン族にはイケメン少ないとか言われると俺ショック受けちゃう。いや、息子達も娘達も母親の遺伝子のおかげか、今のまま成長してくれればなかなかの美男子美女になりそうだけど、まだ子供だから先のことは判らない。
モテナイメンタルの持ち主なんか俺だけでいいと思う。
まあ、サラとクリストファーの子供なら、どちらに似ても容姿は優れていそうだけどな。あ、そうなると、俺の子孫で非イケメンは俺の血筋ってことになるのか?それはそれで悲しいし、俺が恨まれるかもしれないな。
カリウスの魔法の強さを観察しながら、俺はイケメンのデュラン族を残すべきか否かを考えていた。カリウスの魔法力は確かに強大なようだが、今の俺にはどうということもない。
準備を終えたカリウスが、片手づつ俺に向けて魔法を放ってきた。カリウスの手から複数の色が混じった光が俺に向かってくる。
複合魔法によるなかなか強力な攻撃だ。
だが、ナザレスとの訓練で多属性魔法への防御結界を覚えた俺にはどのような属性を組み合わせた魔法であろうといちいち属性分析する必要はない。
俺は目の前に防御結界を応用した障壁を張る。
薄い虹色の膜が広がり、カリウスの魔法を受け止める。
「ツッ!!」
俺が苦もなく防いだ様子はカリウスの予想外だったのだろう。
それまで無表情だったカリウスの表情に硬さが出た。
正面からの攻撃をやめ、転移魔法で移動しながら、俺と龍王の隙を伺っている。
一年前の俺だったなら、転移魔法で移動されると姿を追いかけるにも苦労しただろう。だが、今は苦労しない。
カリウスが転移魔法を使用したと判ると、ハメス等が魔法研究所で開発した結界を龍王の周囲に俺は張った。この結界は転移時の魔法的素粒子に特殊な性質を付与する。数日間、魔法感受性に優れた者なら誰にでも感じる強い魔法信号を出すようになる。龍王を狙うカリウスは龍王から遠くは離れないから、必ず俺が張った結界に触れることになる。俺はその信号を追いかけるだけで、カリウスの転移先が判る。
カリウスが転移すると必ず正面には俺が居る。
俺の姿を確認するとカリウスは転移を繰り返す。
「無駄だよ。転移しようと俺にはお前の居場所が判るんだ。」
俺の言葉にもカリウスは表情を変えずに、転移しながら俺と龍王の隙を伺うことを止めない。これだけ連続で転移魔法を使用するとは、かなりの体力を持ってるようだ。
だが、この手段を使ってる限り、先に体力を消費するのはカリウスだ。
転移先を探し、龍王から離れたり近づいたりしているのに比べ、俺は龍王から離れずに奴と龍王の間に入ればいいだけ。転移移動距離は俺のほうが全然短い。
・・・・・・それならそれでいい。
俺は最短距離で転移し続ければ良いだけで、奴が自滅するのを待っていればいい。つまらん戦いだが、カリウスを傷つけることはなくなる。
「今だ、ケレブレアに向かえ!」
俺がカリウスの相手をしている間に、龍王は護龍達をケレブレアに向けた。
俺とカリウスの動きを追っていた護龍達はディグレスの命令に従い、再びケレブレアへと動き出す。
・・・・・・
・・・
・
ケレブレアの目には信じられない様子が映っている。
何年もかけて龍王と護龍にすら勝ちうるほどまでケレブレアが育てたカリウスの力を真正面から何事もないように受け止め、更に、カリウスが攻撃する隙すら見つけられない者が存在するなど想像もしていなかった。
あの男には見覚えがある。
以前、ケレブレアがエルザークを襲ってしまったとき、エルザークの横に居た男だ。あの時、多少魔法力が高い程度で、ケレブレアにすら勝てそうもなかった男が、今やケレブレアどころか龍王と護龍三体を同時に相手しても負けないカリウスを翻弄している。
”何者だ?”
先程までケレブレアに近寄ることもできなかった護龍達が迫ってくる。
つまり・・・・・・カリウスは、ケレブレアを守ることすらできないほど、目の前の男との戦いに集中しているということ。
傍観者でいられると思っていたケレブレアは、護龍達との戦いを覚悟した。
地龍ゴフリードが雷撃のブレスを吐き、ケレブレアの動きを誘導する。
ケレブレアへ一直線に伸びてくる雷撃が、地面の表面を砕きながら轟音とともに近づいてくる。
ケレブレアは四肢に力を込め大地を蹴り、雷撃を横に避けるとナザレスの尾による攻撃を受ける。
「ガァッ・・・・・・」
何かが爆発したような炸裂音が鳴り、剥がれはしなかったが鱗が幾枚か傷つき、ケレブレアの巨体が弾けるほどの衝撃を受ける。だが、ケレブレアに致命傷を与られる雷撃よりはダメージは少ないと踏んで受けた。
牙に力をいれて衝撃に耐え、顔を振ってナザレスに向けて水撃のブレスを吐き、連続して攻撃されるのを防ぐ。
ナザレスの攻撃から逃げたと思った次の瞬間、上空からゴルゴディアが落下してきた。そしてゴルゴディアの爪がケレブレアの顔に刺さる。
「グガッ!」
目の近くに突き刺さった爪の痛みに耐え、その大きな口を開き、ケレブレアはゴルゴディアの足に牙を突き立て噛み砕こうとしたが、ゴルゴディアは一撃入れたらすぐ上空へ離れていて、閉じた口には何の感触も残らない。
激しい痛みを感じる傷から流れる生温かい血が顔を伝ってくる。
”・・・・・・我を研究したのか・・・・・・。”
護龍達の動きはケレブレアの動きを研究し十分対策してきたと感じられた。
”チィッ!マズイ、マズイ、マズイ・・・・・・このままではカリウスが龍王を倒す前に我が倒されてしまう。”
ケレブレアは護龍達から力の限り離れた。
だが、ゴルゴディアがケレブレアの背後上空に移動し、ケレブレアが逃げることを許しそうもない。
護龍達の背後では、ついに捉まったのか、カリウスがゼギアスの攻撃を防いで動けずにいる。ゼギアスがどうやってるのかは判らないが、カリウスがその場から移動できずにゼギアスの魔法に包まれている。逃げることも出来ずに障壁を張ってカリウスは耐えている。だが、ケレブレアにも、あのままではカリウスが耐えられなくなる時も近いと判った。
その様子を見て、ケレブレアは更に焦った。
龍王になれるかどうかではない。
この場を生きて逃げ延びられるかどうかだとケレブレアは感じていた。
だが、逃げてどうする?
はぐれ龍のまま、龍達から認められることもなく、ただ命を保つだけの生き方に耐えられるのか?
いや、生きていればカリウスとはまた別の・・・・・・龍王を倒せる者を見いだせるかもしれない。今度は一人じゃなく複数見つかるかもしれない。カリウスにばかり手をかけて、そのような者が他に居ないか探しもしなかったではないか?
そうだ。
死んでしまっては、龍王になることもできん。
この場を打開する何か方法は?
ケレブレアは護龍達から目を離さずに、周囲の気配を伺った。
・・・・・・そして可能性を見つけた。
・・・・・・
・・・
・
俺の攻撃を耐えるだけで精一杯のカリウスに集中していた。
できるだけ殺さずにこの戦いを終わらせられそうだと考えていた。
視界の端に映る護龍達とケレブレアの戦いも、護龍達が優勢に戦っている。
カリウスの体力さえ奪って、気絶させてしまえば勝利は決まる。
カリウスは全方位からの魔法による圧力に耐えているが、徐々に障壁を支えられなくなっている。俺がナザレスにされた訓練と同じ経験をカリウスは今味わっている。
無効化も、跳ね返すこともできない魔法を障壁でずっと耐え続けるのはとてつもなく体力と精神力を削る。全方位からの圧力は、ほんの隙が障壁に生じたら、障壁全体の崩壊を生む。
俺はカリウスを包んだ魔法に集中する。
このまま力を入れすぎると、障壁が一瞬で崩壊し、包んでいる魔法がカリウスを襲う。だが、その時のカリウスには抵抗する力は無い。つまり死んでしまう。
そうならないよう加減しながら俺は両手から魔法を繰り出し続ける。
俺の両手から出るまばゆい光に押され、カリウスの障壁はどんどん弱くなっている。
既に自分の身体の周囲だけしか障壁を張れずに居る。
苦悶の表情でカリウスは耐えているが、あと数分も耐えれば体力は尽き気を失うだろう。逃げられるものなら逃げたいだろうが、もう転移する体力も残ってはいまい。
それに障壁を張るのを止めた瞬間に俺の魔法に包まれるから、障壁は張り続けなければならない。そのような状態で転移魔法を使用できる者など、・・・・・・まあ多分俺だけだろうな。
やがてカリウスの障壁が切れ前のめりに倒れる。
限界を越えて魔法を使ったために意識を失ったのだろう。
俺はカリウスをぼっち結界に閉じ込め、身体から力を抜いた。
龍王ディグレスもエルザークもその様子に息を抜いたその瞬間、ケレブレアが生き残るかもしれない可能性が生じた。
「お疲れ様。お兄ちゃん。」
俺が振り返ると、サラが笑顔で近づいてきた。
「おい、まだ危ない・・・・・・。」
まだ離れているようにと言おうとした時、俺の胸に短刀が刺さっていた。
「ガッ!」
俺は膝をついた。
前に目をやると、サラが短刀を手にしていた。
「え?私何を・・・・・・。」
サラは俺の胸から短刀を引き抜き、すぐ治癒魔法で俺の怪我を治そうとする。
泣きそうな表情で、俺の胸に手をあて治癒魔法の青い光を放っている。
ケレブレアは長年カリウスに施してきた洗脳で手に入れた意識操作する力をサラを一瞬だけ操ったのだ。
カリウスが倒れ、気が緩んだ瞬間しか可能な時はない。
この場にはサラだけしか、ケレブレアが意識操作出来るものはいない。
そのサラですら、気が緩んでいなければケレブレアには操作できなかっただろう。
カリウスのように意識をケレブレアに預ける状況など、ここに居るものには期待できるはずもない。
「・・・・・・だ・・・・・・大丈夫だ。サラ・・・・・・気にするな。」
俺は倒れないよう膝に力を入れて立ち上がろうとする。
「ダメ!まだ動いちゃダメ!」
サラは必死にそう言うが、サラを操ったケレブレアだけはこの手で滅ぼしてやらないと気が済まない。俺は立ち上がり、離れたところで護龍達に囲まれてるケレブレアを睨む。
・・・・・・サラを傷つけやがって・・・・・・。
エルザークやディグレスが何を言おうと俺はケレブレアを許すつもりなど無かった。
胸を押さえながら、ケレブレアの目の前まで転移した。
「グッ・・・・・・てめえ・・・・・・サラを傷つけやがって・・・・・・絶対に許さん!」
胸の鋭い痛みを堪えながらケレブレアに近づき、魔法を練っていく。
右手には魔法の光が集まっていることだろう。
カリウスに使用した魔法よりも強くそして骨すら残さぬつもりで闇属性龍気も混ぜていく。
「・・・・・・化物め・・・・・・。」
俺を見てケレブレアが言う。
ああ、よく言われるよ。
ケレブレアは身体を捻って尾をぶつけてきた。
俺は足に力を入れて尾を両手で止めて、そのまま魔法を叩き込んだ。
龍王やカリウスだろうと、この魔法に耐えることなどできないだろう。
四属性全てを使った複合魔法。
激しい温度差と膨張と圧縮が瞬時に叩き込まれる魔法だ。
俺の知る限り実体を持つ物でこの魔法に耐えられる物はない。
聖属性の魔法か龍気で対抗できれば消えはしないだろうが、ケレブレアがこの魔法にレジストできなければ砕けるのは間違いない。そして、護龍三体相手に勝利もできないケレブレアにはレジストなどできはしないだろうと俺は確信している。
砕け散れ、そして消え去るがいい。
「ナッ!」
徐々に消えていく自分の尾を目にしてケレブレアは理解した。
野望も希望も全てこの場で消えてしまうのだと。
ケレブレアには反撃も抵抗もできない存在に出会ってしまったのだと。
時間にして一分もかかっただろうか・・・・・・ケレブレアは地面につけた傷跡だけ残してこの世界から存在を失った。
ケレブレアの消滅を確認した俺はその場で膝をついた。
最後の魔法でかなり体力を使ったが、それ以前にカリウスの相手で体力を相当削られていたようだ。
「・・・・・・お兄ちゃん。・・・・・・ごめんね。・・・・・・ごめんね。」
声のする方に顔を向けるとサラが転移して駆けてくる様子が見えた。
俺の前に座ると再び治癒魔法をサラは使い始めた。
サラの手が触れてる胸が温かくなってきた。
「大丈夫。サラはちっとも悪くない。・・・・・・サラをここに連れてきたエルザークが全部悪いんだ。」
息を整えながら、サラの後ろに立つエルザークを睨む。
「エルザーク・・・・・・一つ貸しな?」
「ああ、必ずこの借りは返す。すまなかった。」
エルザークも反省してるようだし、今まで世話になってるからな。
口では貸しと言ったけど、別に何とも思っちゃいない。
「ゼギアス、強くなったな。そして・・・・・・龍王ディグレス様を助けてくれたこと、心から礼を言う。」
ナザレスを先頭に護龍三頭が人化してサラの横に跪き頭を垂れている。
「いいって。ナザレスに鍛えてもらったおかげだ。」
再びサラに顔を向け、
「サラ、有難う。もう大丈夫だ。俺は龍王と話すことがある。ここでちょっと待っていてくれ。」
まだ鈍痛を胸に感じるけど、この程度なら普段通りに動ける。
俺は立ち上がり、龍王のそばへ転移した。
「龍王ディグレス。お願いがある。」
ディグレスの顔を見上げて
「このカリウスの処分だが、俺に任せてくれ。あんたに攻撃したのは事実だが、・・・・・・頼む、こいつにやり直すチャンスをくれ。」
俺は頭を下げた。
ケレブレアが居なくなり、カリウスの洗脳を解くこともできるかもしれないと俺は考えていた。ラウィーアの話しだと、もともとのカリウスは弱者思いの優しい奴だと言う。そんなカリウスが弱者を危険に晒す・・・・・・龍の暴走を呼ぶ、龍王の打倒など考えるとは思えない。多分、ケレブレアに洗脳なり意識操作されているのだと考えていた。
治療してもダメな時は、俺が責任を持ってカリウスに罰を与えるからと龍王に頼んだ。
「・・・・・・いいだろう。ゼギアス、お前には借りがあるからな。お前の願いを聞かないわけにはいくまい。エルザーク様もそばに居ることだし、その者も正気を取り戻すかもしれん。」
”感謝する”と礼を言った後、サラに拘束用腕輪を両手両足分用意して持ってきてくれと思念で伝える。通常は一つ装着すれば十分だが、カリウスならば両手両足に着けておかないと暴れられたらヤバイ。戦ってみた感触だと腕輪三つもあれば大丈夫そうだが、念のために四つ着けさせる。その上で俺が結界を張った牢に入れておけば、さすがのカリウスでもどうにもできまい。
ケレブレアに施された洗脳を解くのにどれほど時間がかかるか判らないが、これでラウィーアにも顔が立つ。
長年懸案だったケレブレアも消え、カリウスも捕らえた。
ちっと疲れたけど、絶対神ケレブレアを失った今後のリエンム神聖皇国の動きが楽しみだ。
・・・・・・俺は悪い顔をして、その様子を想像していた。




