65、フリナムの敗北とその後
フリナム女王ゼラキアの希望は叶わず、フリナム軍は抵抗らしい抵抗もできないまま国土の三分の一をレイビスとサロモン王国の連合軍・・・・・・実態はサロモン王国軍のみのようなもの・・・・・・に占領されてしまう。フリナムにはまともな戦力はなく、レイビス侵攻からおよそ一月が過ぎ、フリナムの完全な敗北は確実であった。
連合軍は、占領するものの住民はフリナムへ逃がす。
しかし、相変わらず続くゲリラでフリナムには食料も乏しくなっているから、増える避難民はフリナムの食料供給力を越え始めている。
急遽徴収した兵の練度は当然低く、国内の治安も重要拠点の防衛もまったくできない。ゲリラに好き放題されて、残った領地の維持も難しい状態になっている。このままではいずれ飢えに苦しむ住民も出てくるだろうし、そうなったら暴動も起きるだろう。そしてその暴動を押さえる軍事力もフリナムにはもはや存在しない。
ゼラキアの愛人達も、ゼラキアを見限り寝室へ訪れることも、この数日でなくなった。愛人ならまだしも貴族の中にも国外逃亡を図る者の噂が出始めている。
何度か応援を頼んだエドシルドからも返事はなく、ゼラキアは絶望に包まれていた。
もうどうしたら良いか判らないゼラキアの執務室へ病弱なヴィットリオが来た。
「母上、私が敵軍の元へ参りましょう。そして私の命と引き換えにフリナム側の要求をできるだけ飲んで貰えるよう頼んで参ります。」
「・・・・・・ヴィットリオ、何を言う・・・・・・。」
「こんな身体の私ではダメかもしれませんが、試す価値もないかもしれませんが・・・・・・私にはこのくらいのことでしか母上のお役にたてそうもありません。」
ヴィットリオのやつれた顔の中で瞳だけがギラッと光り力を感じさせる。
「ダメだ。そなたが行くくらいなら、私が行く。」
「では、その時はお供をさせて下さい。私にも母上の長男として・・・・・・何かしたいのです。」
病弱な身体のどこにゼラキアをたじろがせるような気迫があったのかとゼラキアは驚き、そしてヴィットリオに感謝した。
「・・・・・・判った。共に参ろう・・・・・・すまないな、ヴィットリオ。」
今年十七になるヴィットリオは、生まれてからずっと病弱でいつ命を失うか判らないと言われながら今までベッドの上で生活のほとんどを過ごしてきた。そんなヴィットリオにゼラキアは母らしいことを何もしてないことと、この窮状に命をかけてくれるヴィットリオに心から謝罪していた。
ヴィットリオの細い身体を抱きしめ、その肩に顔を落としてゼラキアは頬に涙を伝わらせた。
・・・・・・
・・・
・
フリナムでは女王と長男の間で美しい親子の愛情が確認されているというのに、レイビスのテントの一つではゼギアスとホーディンのくだらない争いが行われていた。
「・・・・・・だから、ゼギアス様には拘りがないんですよ。拘れば巨乳に落ち着くんです。」
「いや、ホーディンこそ敬意が足りない。おっぱいへの敬意があれば大きさなんか気にならないだろう?」
最初は、奥さん自慢から始まったのだが、どうしてこうなったのかは判らない・・・・・・というか周囲は興味がない・・・・・・けれど、おっぱい拘り派対おっぱい敬意派の争いになっている。
二人の様子を腕を組みながら呆れて見ているサラは、”そんなの個人の趣味なんだから言い争っても答えなんか出るわけないでしょうに。・・・・・・そもそも国王とカリネリア軍事総督が司令用テントの中でする争いじゃないわ ”とつぶやき、そろそろこのくだらない争いを止めようとしていた。
「ホーディン、嫁さん二人共ラミア族から選んだのは巨乳に惚れたからか?」
ホーディンは人間だが、首都でラミア族と遊んでるうちに嫁さんもラミア族から貰い二人目もラミア族から貰ったものだから、彼女達からは神のごとく有難がられている。まあ、ラミア族のパートナー探しは厳しいから、俺も本音ではホーディンに感謝している。
「いいえ、うちの奥さん達はとても尽くしてくれるんです。」
「いや、ラミア族が尽くすことくらい知ってるけど、ホーディンはそれよりおっぱいで選んだような気がするぞ?」
ラミア族には巨乳美人が多いので有名だ。身体自体、一般的な人間より多少大きいが、胸は多少どころではなく巨乳という表現以外に見あたらないサイズの持ち主が多い。
「おっぱいは大事です。ゼギアス様こそ・・・・・・。」
「・・・・・・やめなさい・・・・・・。」
話しの途中だったが、ホーディンは止めて視線を俺から外し、背後からサラの冷たい声が 聞こえ、ビクッとして俺は口を手で塞ぐ。
「ここらで止めないと、奥様達に今の言い争い全部伝えますよ?」
俺もホーディンもサラとは目を合わせずに、仕事を再開する。
ホーディンは机の上の報告書を手に取り、俺はテントに陣中見舞いで来たレイビス国王クリストファーに話しかける。冷静になってみると、他国の国王の前でおっぱい争いしてたのかとちょっと恥ずかしくなった。
・・・・・・まあ、いい、うちはいつもこんなもんだ。
隠していてもいずれバレるからな。
早めにバレてこれからやりやすくなるだろう。
ワッハッハッハッハッハ・・・・・・。
捕虜にした兵の中に腕や足を爆弾で失った者が居たので、部位欠損も治せるサラにレイビスまで来て貰っていた。そのうち捕虜は解放するつもりだし、解放するなら気持ちよく解放したい。この戦いの後生活できない者は戦場で亡くなった者だけにしたいのだ。
クリストファーにサラを紹介したのだが、クリストファーの顔がほんのりと赤い。
うちのサラは、とても賢いし、ちょっと冷たい雰囲気はあるけど・・・・・・とても整った美人だし、スタイルだって俺の目には完璧に見える。昔から今に至るまで相変わらず自慢の妹だ。だからクリストファーがサラを意識しても不思議じゃない。クリストファーも、イケメンなところがちと俺のモテナイ男子メンタルを刺激するが、サラの相手と考えるとお似合いかもしれない。
「・・・・・・遠くからわざわざ来て頂いて有難うございます!」
クリストファー・・・・・・嬉しそうだね。
サラと握手した手は、いくら嬉しくても洗うんだよ?
汚いと嫌われちゃうからね。
サラの牙城を崩すのはとても大変だと思うが、俺はクリストファーも気に入ってるので頑張って欲しい。
一方のサラはいつも通りで、クリストファーを意識した様子がない。
クリストファーは良い物件だと思うんだがな・・・・・・
これに靡かないとなると、どういう相手がいいのか俺には判らない。
だが、余計な口出しは控えておこう。
サラに怒られるのは嫌だし、結局はサラ自身の問題だからね。
二人の会話が続いているので、ここは二人だけにしておきましょうかね・・・・・・などと、見合いの席の両親のようなことを考えて、俺は黙ってテントの外へ出る。
我が軍の一方的な状況が続いているという戦況報告を聞いてるので、そろそろフリナムにも動きがあるだろう。バーミアンの嫌がらせも成果を出してるようだし、交戦状態は長くは続かない。俺の予想ではとっくに終戦してるはずだった。焦土作戦でもやる気なのかと心配した時期もあった。そんなことをやればフリナム国民がとても辛くなるだけだから、その時は一気に全領土攻めて多少無理をしてでも終戦させるつもりで居た。まあ、そんなことしないようなので安心している。
降伏か、停戦か、それは判らないがフリナムからの動きを待っていればいい。
俺は両手をあげて思い切り伸びをして、フウッと息を吐く。
やはりフリナムから支援されていたのだろう、海賊の出没もほとんど無くなったとクリストファーから報告を貰ってる。人は殺しちゃダメだけど、船底には好きに攻撃していいと言ったらシーサーペントが海賊船を沈めまくったらしい。あと、サロモン王国近辺の海には居ない北方の魚は油が乗っていてとても美味しいと喜んでた。
・・・・・・まあ、それはどうでもいいが、フリナムからの支援を失った以上、そう簡単には船を手に入れられないこの世界で海賊続けるのも苦しいんじゃないか?
ただ、フェンニーカ大陸からの動きはたまにあるようだ。
こっちは不気味だ。
こちらの防戦準備が整ってると感じると、戦わずに戻っていく。
にも関わらず、しばらくすると数隻の船で近づいて、そしてまた戻っていく。
こちらの隙を伺ってるのか、簡単には攻めて来ない。
どんな集団がレイビスを攻めようとしてるのか詳しく知りたいところだが、まだ情報がない。クリストファーによると相手は人間なのは確かだが、捕まえると自殺してしまい何も情報を聞き出せないとのこと。不気味な相手だ。
・・・・・・レイビスの体制を建て直したらこちらから動くつもりだが、まだ当分先になりそうでどうも落ち着かないが仕方ない。グランダノン大陸でもやることがまだ残ってるから、俺もそうそう動けないし・・・・・・まあ、レイビスの被害も減ってることだし、今は良しとしよう。
この翌日、フリナム女王ゼラキアが長男ヴィットリオと連名でサロモン王国軍前線に使者を送ってきた。
◇◇◇◇◇◇
フリナムの使者へ返答した時間に、俺はクリストファーとホーディン、それにサラを伴ってフリナムの宮殿まで転移した。ちなみにサラはクリストファーの護衛役として連れて行った。だが、本人達には内緒で、ゼラキアの息子ヴィットリオは身体が弱いと聞いていたので、サラに治すことができるならというのが表向きの理由だ。
バーミアンの嫌がらせで壊されたらしい城壁が痛々しい。
これ・・・・・・多分、魔爆弾に土属性魔法か風属性魔法込めて、それをぶつけて壊したんだろう。
壊れた時はかなりビビったんじゃないか?
寝ている時にやられたら、俺なら血眼になって犯人探す。
宮殿の門は既に開かれ、俺達が着いた時には出迎えの兵士が居て、俺達が四人なのにちょっと驚いたようだ。他の国ならぞろぞろとお供を連れてくるのだろうが、いざという時身動きが取りづらいので俺は少人数で動く。四人ならいざという時、俺一人で全員連れて転移できるしね。
まあ、クリストファーもそこそこやるようだし、ホーディンも魔法は使えないが武力はなかなかのものだ。俺とサラは言うまでもない。大人数連れて国威を示すとか関心ないし、この四人で十分なのだ。
兵士の後をついて行きながら宮殿を眺める。
廊下から内庭が見える作りになっていて採光は良い。
多分、かなり昔に建てられた宮殿なのだろうが、壁も柱もしっかりとしていて重厚感がある。外から見た感じではちょっと攻撃したら簡単に壊れそうだったが、そうでもないな。
でも地震には弱そうな気がするけど、地震が起きない地域ならこれでもいいのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、謁見の間に通された。
謁見の間のはずだが、机が用意されていて、椅子が並べられている。
正面には女王を中心として左右に二~三人並び、俺達が女王の前に立つと立礼した。
こういう会談は会議室のような場所を用意し、上座に俺達を座らせて始めるのだけど、何か事情があるようだ。バーミアンの嫌がらせで会議室も壊れちゃったという可能性もあるし、俺達は敢えてこの状況に触れず黙って椅子に座った
こちら側の主役はクリストファーだから、サロモン王国組はクリストファーの話が終わるまでは大人しくしておく。座った俺達は通り一遍の挨拶を交わし、クリストファーが口を開く。
「ゼラキア女王、降伏するということだが条件は?」
単刀直入にクリストファーは始める。
・・・・・・イケメンがやると格好良いな。
俺がやると無粋と思われそうでなあ・・・・・・と言っても、俺も社交辞令など面倒だからいつも早めに用件を始めるけども。
「・・・・・・条件は・・・・・・できれば現体制を残せたらとは思ってる・・・・・・だが、無理ならば仕方ない・・・・・・それ以外には特にはない。」
ゼラキアは、残念そうにでも諦めた口調でクリストファーに希望を伝える。
さすがだなと感じたのは、口調と異なり毅然とした表情だったこと。
こういう劣勢時に、王としての資質は見えるものだ。
ゼラキアの主張は中身はともかく気持ちはわかる。
抵抗反撃する力は残ってないようだし、無理を言って降伏を受諾して貰えなかったら、体制を残すどころか、王族含めて権力者は一掃されちゃうだろうからな。一応希望を言った・・・・・・というところだろう。
「現体制を残すのはいいが、その場合、我が方から監察官を派遣させてもらう。この監察官への報告義務を果たすと約すなら、ゼラキア女王の執政を認めよう。」
監察官の派遣は、この会議前にクリストファーと決めていたことだ。
他の国と異なり、フリナムは白の種族の子孫を誇りにした特殊な国だ。
俺達が乗り出して占領するには時間をかけてじっくりと取り組む必要があるだろうから、人手が足りない現状では時期尚早ということになった。それで、監察官を置き公式に政治状況を把握できる体制を作ると決めた。
クリストファーが監察官の説明を行う間、女王は黙って聞いて、そして了承した。
「監察官の身に危害を加えるような動きが明らかになった場合、その時はこちらからも相応の対応があると理解してください。」
監察官に関する話合いの後、細かいことについて話合いが行われたが、こちらとしてはフリナムを占領するつもりは最初からないし、軍事費の出費に関しても要求する気もなかったし、大人しくしておいてくれればそれでいいのでゼラキアの主張に大きな問題がなければ全て受け入れた。
「・・・・・・そちらの捕虜の中に・・・・・・ノルスタンという精霊師は居るだろうか?」
降伏受諾の会議が終了した後、ゼラキアはクリストファーに確認する。
”後ほど確認してお知らせする”とクリストファーは答えた。
その後サラが
「ヴィットリオさんはお体が悪いと聞いてます。私に診せていただけませんか?」
クリストファーが俺の代りにサラが医師として優秀であることを説明した。
俺の出番、ここまでゼロ。
・・・・・・まあ、こういうことがあってもいいか。
ゼラキアは横に座るヴィットリオを紹介したので、サラは彼の横に向い、手を彼の身体に当てて状態を確認しているようだ。サラが聖属性龍気を使いヴィットリオの身体を調べている。サラの手から青白い光がヴィットリオの身体に広がり包み込んでいる。
「心の臓に障害があるようです。すぐには治せませんが、一月ほど治療させていただければ元気な身体になれますよ。」
ヴィットリオから手を離したサラの診断が告げられると、ゼラキアはヴィットリオの顔をじっと見て、その後サラへ”是非お願いいたします”と答えた。
治療のためヴィットリオをレイビスで一月ほど預かると約束した。
この宮殿では衛生面で問題がある・・・・・・と、サラが思念で俺に伝えてきたので、そのことをクリストファーにも思念で伝え、”レイビスには治癒・回復の技術に優れたエルフも居るのでサラ様がそばにいない時も安心です”とゼラキアに伝えてもらった。
この場で話すべきことを全て終え、俺はヴィットリオを含めた五名でレイビスへ転移する。
◇◇◇◇◇◇
フリナムがレイビスに降伏したという情報がエドシルド国王ケラヴノスに届くと、ケラヴノスは目の前に居る男に”これで我が国には逃げ道は無くなった。貴国と手を握ろう”と答えた。
「畏まりました。ケラヴノス様のご意思を皇に伝えましょう。」
今まで横に立っていた男は、ケラヴノスの前からスウッと消えた。
魔族だと判る男が転移で消えたあと、魔族嫌いのケラヴノスはつぶやく。
「何度会っても気持ちの悪い連中だ。・・・・・・。」
救済者を自称する王・・・・・・皇と称してるが・・・・・・による一神教支配。ケレブレア教が絶対神ケレブレアが信者を守るという主旨の教義に対し、彼の国の宗教メサイア教は、信者には来世に救いが来るという教義。
エドシルド領内にメサイア教の布教を認めれば軍事協力するという申し出が初めて来た時には胡散臭いと断った。その後、レイビスへの侵攻を行う彼の国の動きは、反サロモン王国というエドシルドの方針に合致するし、フリナムが敗北したからには他に手を組める相手はいない。
人間より魔法を上手に使える種族が多い国だからサロモン王国との関係を避けたケラヴノス。フリナムが敗北し、エドシルドの思惑を知られるのも時間の問題となり、反サロモン王国であるエドシルドにサロモン王国が近い将来介入してくるだろう。その際、ケラヴノスは現在の地位を失うだろうと考え、サロモン王国同様に魔法を使える種族が多い国であろうと、フェンニーカ大陸を支配したザンフレッディアと手を組むしか立場を守るすべは今のケラヴノスにはない。
外から見れば、何もザンフレッディアと組まなくても、サロモン王国に謝罪し手を取り合えば良い話なのだが、ケラヴノスは意地になっている。理屈ではない。サロモン王国と・・・・・・ゼギアスと組むのが嫌なのだ。
そのことはケラヴノス自身も判っているが、認めようとはしない。
人は見たいものしか見えないし、見たくないものは見ないものだ。
そういった習性に流されてしまうのは、ある程度仕方のないことかもしれない。
だが、王であるからには本来許されない態度だ。
過ちに気づいたら柔軟に修正しなくてはならない立場だ。
・・・・・・そのこともケラヴノスは判っている。
だが、息子のアンダールを牢に閉じ込め、親サロモン王国の貴族を罰し続け、自身の意思を押し通し続けてきたケラヴノスは後に引けなくなっていた。
「・・・・・・我ながら度し難いな・・・・・・。」
ケラヴノスはそう呟いて、窓から見える街並みに視線を移す。
◇◇◇◇◇◇
まだサロモン王国が建国する前、エルフは大きく三つに分かれていた。
一つは、ベアトリーチェの父アルフォンソが族長を務めていた”泉の森の一族”。
その他に、”猛々しき森の一族”と”恵み多き山の一族”があり、猛々しき森の一族がエルフ最大一族であった。
今では一族の区別もなく様々な仕事に就くようになったが、建国当初は教育は泉の森のエルフが、食料生産関係は猛々しき森の一族が、建築関係は恵み多き山の一族が主に担当していた。
猛々しき森の一族族長の次女カルローナが フリナムの監察官に就いた理由は彼女が高い魔法力を持っていたことと、五年間ザールートで農業指導員を務めた間、領主や住民と良い関係を築いた実績と、彼女自身が強く志願したことがあった。
カルローナは、ベアトリーチェの元侍女マルティナの下で働いている間にベアトリーチェの話を多く聞かされ、ベアトリーチェに憧れるようになっていた。そしてベアトリーチェ同様にいつかは自分もゼギアスの妃になりたいと考えている。
農業指導員のままでは、ゼギアスと接触する機会は少ない。
そこでフリナムの監察官に就けば、報告の際にゼギアスに会う機会が今よりは増えるだろうと考えて志願した。
「私だって族長の娘。その点はベアトリーチェ様と同じ、外見だって見劣りするとは思えないわ。あとは機会よ、機会さえあれば・・・・・・。」
カルローナは、なかなか前向きな女性である。
監察官はサロモン王国で初めての仕事で、何でも卒なくこなすだろうヴァイスハイトを除くと、誰を就かせたら良いのかゼギアスは悩んだ。そして本人のやる気とザールートでの実績を考慮してカルローナに任せてみると決めた。
「監察官が信用されないと、サロモン王国も信用されないからな?大事な仕事だ・・・・・・頼む。・・・・・・と言っても、悩んだ時はすぐ連絡してくれ。我が国でも初めての仕事だ。誰も正解は持っていないが皆で考えれば良い知恵も浮かぶだろう。」
ゼギアスの期待に応えなければとカルローナのモチベーションはあがり、そして期待に応えるべく、まずフリナム住民に顔を覚えてもらおうと努力を始める。
毎朝、ジョギングで近所の農作地を回る。
出会った人には明るく挨拶するけど、土地は見て回るだけで何もしない。
本当はザールートで身につけた様々な知識と技術を駆使して、農家の皆さんのお役にたちたい。だが、信用のない状態で動くと、良かれと思ってやったことでも深い不信を生み、そしてトラブルが生じたときには問題視されてしまうから手助けしたいのだけど我慢している。
カルローナに与えられた家の庭で、この地で栽培している作物を育てる。カンドラで栽培している作物と同種類なので、サロモン王国がカンドラで得た知識や情報をもとに全力で育てる。自分の庭に対しては害虫駆除と病原菌除去の魔法も使うし、肥料も・・・・・・この地で手に入る範囲でだが・・・・・・土壌と相談しながら使用する。気温、湿度、日照時間、土壌の性質などを正確に確認し、必要な作業を行いながら狭い土地でも収穫量が増えるよう育てる。
市場を回ってこの地の特産物を知り、領内中を歩いて風土を学び、話しかけても嫌な顔をしない人や逃げない人とは少しでも多く話してフリナムという国を詳しく知ろうと努力した。
時には、亜人のエルフだからと蔑むような目を向けられることも、悪口を言う人と出会うこともあったが、カルローナはめげなかった。というより、サロモン王国建国前の人間からの亜人への対応の酷さをマルティナや年長のエルフから散々聞かされていたので、その程度の反応で楽だと感じていた。
カルローナとても強い子である。
それに、フリナムは他の国よりも閉鎖的な国だったと聞かされていて、そういった国では同じ人間でも見知らぬ人への壁は厚いものだと、これはゼギアスから教えられていたので、カルローナはたまには凹むことはあったけれど、それでも気持ちを切らさずに生活できた。
政務の監視という監察官本来の仕事でも、フリナムからの報告を待たずに参加した。だが、ヴァイスハイトから”詳細に記録するだけで口出しはしないように”と言われていたので、参加はするけど終始無言で政務の状況や会議の内容を記録し、ヴァイスハイトへ報告した。
何も口出ししなくても、監視役がそばに居るだけでフリナム側は緊張し、逆に、サロモン王国とレイビスの立場を考えてしまう。もしフリナム側の忖度が行き過ぎていると感じた時は、”フリナムはそれで宜しいのですか?”と確認するようにも言われていたので、その点も注意しながら会議に参加していた。
海賊の襲撃もほぼ無くなり、フェンニーカ大陸からの動きにも巡回する飛竜が対応して、レイビスの治安は良くなった。そのせいでフリナムの治安支援にも兵を回せるようになり、フリナムはコストをかけて急いで軍事関係の整備する必要がなくなっていた。予算のほとんどは、国内の再整備に使われていたし、カルローナが口出しするような話は出てこなかった。
ある意味退屈な状況だったが、カルローナはモチベーションを保ち、王族や貴族とも良い関係を築こうと努めていた。この時期には、レイビスからヴィットリオも元気になって戻ってきていたし、ノルスタンも捕虜から解放されていたので、カルローナには王族や貴族との接点を作りやすくなっていた。
特に、十七年もベッドから離れられなかったヴィットリオが健康になり、今までできなかった宮殿の外での生活を楽しもうと外出する際には必ず付き添った。カルローナは治癒魔法も回復魔法も使えるので、ゼラキア女王の方から”付き添って貰えると有り難い”と言われていた。
サラが完治したと言うのだから、カルローナにするとヴィットリオには何も心配することなどないと考えていたが、これは王族と親しくなるきっかけにできると、進んでヴィットリオの外出には付き合った。
病弱な時は、次期国王候補から外されてたヴィットリオだが、健康になったとなれば話が変わる。堂々と継承者第一位になったのだから、周囲の貴族からのヴィットリオへの反応も変わる。そしてしばしば一緒にいるカルローナへの態度も自然と柔らかいものになりカルローナと貴族との距離も縮まった。
このように、監察官という・・・・・・フリナムにとっては邪魔な存在であるはずのカルローナだがフリナムへ溶け込むことに成功しつつあり、サロモン王国における監察官の手本となるのである。
・・・・・・まあこの時点では、まだカルローナしか監察官はいないのだけれど・・・・・・。
カルローナの努力のおかげで、レイビスとサロモン王国とのフリナムの関係も良化し、以前は”忌むべきデュラン族の国”と敵対視していた女王ゼラキアとフリナム国民も”今は違うが、昔は忌まわしかったデュラン族”と心境も変化していた。
まあ、人の感情などその程度のものである。
自分達にプラスになるのであれば、つまらない妄執も消えるものだ。
もちろん中には妄執を捨てられない者も居るが、そういう者も徐々に減っていく。
だいぶ後の話になるが、あれほどゼギアスの妃になると息巻いていたカルローナだが、国王ヴィットリオの強い希望で正妻になり、サロモン王国とフリナムの友好関係を強化することになる。
ちなみに、王の座を長男ヴィットリオに譲ったゼラキアは、政治に一切は関与せず愛人との情欲にまみれた生活を再び送ることになる。懲りない人である。
”第九王妃より正妻よね”とは、その時のカルローナの言葉であるが、さすがはカルローナ・・・・・・いつも前向きである。




