56、繋がり
ジャムヒドゥンから分かれたガイヒドゥンはアザン族が主体となった国であり、国王はアザン族のドルダを務めるルーカンである。
ガイヒドゥンはジャムヒドゥンから分かれた三つの国の中で、比較的軍事力に乏しいが経済力はある国。その領地は、南側にやや砂漠地帯があるが森林地帯と平野部が多く、比較的暮らしやすい土地柄である。人口も四百万に届き、交易も盛んな領地だ。
だがこの国には、人が暮らす上で絶対に必要なモノのうち不足しがちな物があり、今まさにルーカンの頭を悩ませている物がある。
それは塩だ。
この領地には海がまったくなく、塩は・・・・・・今まではウルス族等が治める領地から運ばれていた。
だが、ジャムヒドゥンが分裂し、ウルス族らが治めるブレヒドゥンとガイヒドゥンの間にテムル族が治めるジャムヒドゥンが割って存在し戦争状態になりそうな今、ブレヒドゥンからの塩の供給が途絶えている。
テムル族のヨセフスにはイサークのラザード商会がついていて、ガイヒドゥンへの塩の流れを止めたのはイサークである。イサークはヨセフスと手を組んで、ジャムヒドゥンとガイヒドゥンの経済を握ろうと画策している。
ガイヒドゥンは、サロモン王国とその友好国とは交流はなく、商人の行き来もこの一年ほどで途絶えた。これは単にジラールとカリネリア、そしてライアナで多くの物資を必要とされたため、その需要を知った商人たちがルーカンの領地へ足を向けなくなっただけであり、サロモン王国とその友好国の商人がルーカンの領地との取り引きを避けてるわけではない。だが、ルーカンの領地に足を向けないという結果は変わらずルーカンの悩みを解消するわけではない。
ルーカンはテムル族のヨセフスとは折り合いが悪く、また、親族間での争いというのは他人との争いよりも感情的で深刻な対立になりやすく、実際、ルーカンはヨセフスに頭を下げて仲を修復するくらいなら、戦争したほうがマシだと考えている。
塩不足が深刻になる前に何とか手に入れなければならない。
そんな時、サロモン王国へリエンム神聖皇国から大勢の亡命者が加わったこと、そして戦闘神官第二位のバックスと第九位のネクサスがサロモン王国に付いたことが報告された。
”やはりサロモン王国とは争えない。”
その情報を聞いて、サロモン王国とは敵対してはならないし協力関係を築かなければとルーカンは考えた。つまり、リエンム神聖皇国と手を組んだテムル族の方針・・・・・・ジャムヒドゥンの再統合と最終的には対サロモン王国で協力・・・・・・とは相容れない考えで落ち着いたのである。
もともと情報収集には力を入れてきたのだが、サロモン軍のカリネリア占領の後はサロモン王国の情報収集には特に集中していた。その結果、サロモン王国の友好国と協力関係国への姿勢ならば、ガイヒドゥンが協力を申し出ても相手にはされないことはないだろうし、関係を結んだ後も属国化の要求はないだろうとルーカンは読んでいた。そしてサロモン王国の軍が持つ力があれば、ガイヒドゥンを守るのは難しくないとも考えた。
運が良いことに、サロモン王国とジャムヒドゥンは潜在的敵国のままであり、実際に戦ったことは無い。ならば、こちらから使者を送って協定を申し出てもおかしくはない。ルーカンはそう考えて、信頼のおける部下サレファをサロモン王国ゼギアスのもとへ送った。
◇◇◇◇◇◇
「私は、ガイヒドゥン国王ルーカン様の使いで参りましたサレファと申します。本日はお願いがあって参りました。」
サレファと名乗った使者は茶髪に黒い瞳、褐色の肌の精悍な男であった。
「俺がサロモン王国国王ゼギアス・デュランだ。堅苦しい言葉は苦手でな。俺も普段通りの言葉で話すから、あんたも同じにしてくれ。ここに居る皆は判ってるからそのことを誰も咎めない。」
片膝をついたまま恭しくサレファは礼をする。
「では失礼して。私どもの王はサロモン王国と友好関係を結びたいと願っておられます。その件でゼギアス国王陛下のお考えを聞かせていただきたい。」
ほう、こいつ格好いいな。
俺の目をまっすぐ見て、虚勢を張るでもなく卑下するでもなく、自分の使命を果たす覚悟を視線で語ってる。
うん、こいつ気に入った。
「そうだな。ガイヒドゥンの王と会って話してもいいよ。サレファと言ったね。いちいちあんたが往復するのは時間無駄だ。これからあんたの王のところへ行ってもいいか?そうだな・・・・・・俺とあんたとあと二人でどうだ?」
サレファはゼギアスから視線を外さず、あからさまに観察していた。
ゼギアスもサレファのその態度を失礼とは思わず、観察されるがままになっている。
「判りました。ゼギアス様は我が国王を害する方には見えません。ではお願いできますか?」
ふむ、俺が転移魔法を自在に使うことを知ってる態度だな。
「ヴァイスとアロン、二人は俺に同行してくれ。」
二人が頷くのを見て、俺は二人とともにサレファの横に近づき、全員連れてガイヒドゥンの首都ラーザトルゴイへ転移した。
・・・・・・
・・・
・
アロンから事前に教えられていたので、ラーザトルゴイの王邸前まで転移した。
「やはりルーカン様が仰っていた通り、ゼギアス様の魔法力はとてつもないものなのですね。」
一緒に転移したサレファが呟いた。
俺達はサレファに従って王邸へ入り、案内されるままに奥へ進んでいった。
ちなみにアロンは、サレファと会う時から仮面を被って正体を隠している。
アロンがズールだったころ、学生時代にサレファとは面識があるということで隠している。口元は隠していないが、鼻から上は目のところに穴が開いた黒い仮面を着けている。これでサーベル持たせたら怪傑●ロのようで格好いい。そんな格好の良いアロンは悔しいからサーベルは持たせない。
通路の一番奥の扉をサレファが開くと、正面に一人の男が板張りの床に座っていた。俺達はその男に近づいて、やはり床に座る。俺とその男・・・・・・国王ルーカンは挨拶を交換した。サレファが事情を話し終わったところで俺は口を開く。
「お願いというのは何だい?俺達と友好関係を結ぼうというだけじゃないんだろ?」
ルーカンは躊躇っていた。
まあ、気持ちは判る。国の状態を話し、弱みを掴まれたところで破談になって、その弱みを利用して攻め込まれたら困るからな。
「うん、言いづらいならこっちから言う。塩だろ?」
俺の顔をじっと見たあと、フッと笑って
「さすがだな。そちらのエージェントも有能のようだ。」
「おかげさまでね。自慢の仲間だ。いいよ?塩はいくらでも譲ってやるよ。但し、条件付きだがな。」
「それは当たり前だろうな。無条件だとこちらも困る。」
「じゃあ、あんたは奴隷という立場を無くせばいいと考えただけで、名前を変えた事実上の奴隷を新たに作った。それを改めると約束してくれ。俺の言いたいことは判るよな?」
そう、ルーカンは奴隷という地位は無くした。だが、奴隷から解放する代りに土地を貸すからそこで働けとした。その土地は国からの借金で借りる。だが、奴隷はろくに計算できないところを利用し、土地を借りた借金は事実上一生返せない額で、更に税金も高い。つまり名目上は奴隷じゃないし主人も居なくなったが、国の奴隷であることには変わらない。
「・・・・・・テムル族との争いが決着してからではダメか?」
「ああ、ダメだ。あんたが約束するなら、協定を結び、塩だけでなく戦争でも力を貸してやる。どうする?」
「・・・・・・。」
ルーカンは、テムル族との戦いの後を考えていた。
現体制を変えるとしたら、平穏な環境での方が望ましい。
だからゼギアスにも決着後を願ったのだが、考えてみれば、自分が苦しい今だからこそゼギアスも要求してくる。こちらが苦しくもない時に要求しても通らないと思ってるのだろう。友好関係さえ結べばルーカンとしては約束を守るつもりだが、初めて顔を合わせた相手にそれを信じろと言っても確かに無理だ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・他に選択肢は無いようだな、判った、約束しよう。だが、国内が落ち着くまでは支援してくれ。あんたもうちがゴタゴタするのは望ましくないんだろう?」
苦々しい表情をしていたルーカンだが、ここでニヤリと笑った。
「ハッハッハッハッハ、さすがに判ってるな。確かにあんたのところが落ち着いてくれるほうがうちも助かる。防波堤の位置にあるからな。」
ガイヒドゥンはカリネリアとフラキア、それにジラールと隣接していて、ジラールはリエンム神聖皇国とも接してるが、他の二つはガイヒドゥンとしか隣接していない。だからガイヒドゥンが落ち着いていてくれるのは安全保障的に助かる。
サロモン王国とガイヒドゥンは、通商条約、不可侵条約、そして軍事同盟をむすぶことになった。国王同士で話がついたのだから、あとは具体的な事務作業を進めるだけだ。
事務的な作業はヴァイスハイトに任せ、俺はアロンと共に別の部屋で休ませてもらう。出されたお茶を飲みながら一息ついていると、ルーカンが二人の共とともにやってきた。
「俺も後のことはサレファに任せてきた。少し話してもいいか?」
俺の横にルーカンが座った。話しを聞くことにして、俺は首を傾けて”どうぞ”と合図する。
「ゼギアス、あんたの国の動きを見てると領土的野心は感じない。だからあんたと手を組もうと考えたんだが・・・・・・あんたの狙いは何だ?まあ、答えられないなら答えなくてもいいが・・・・・・。」
ルーカンは俺の顔を見ながら、ゆっくりと静かな口調で話してきた。
俺はルーカンの方は見ずに、茶碗を片手にお茶をすすりながら聞いている。
「いや、その話なら隠すことは何も無い。この大陸から、奴隷制と・・・・・・あんたのところでやったような事実上の奴隷制も無くし、人間も亜人も魔族も公平に人生にチャレンジできるようにしたいだけさ。」
”それであんたに何の得が・・・・・・まあそれは俺が知らなくてもいいことだな。”と口にした後ルーカンは続けて聞いてきた。
「それが実現した後は?あんたの国に逆らうところはいずれ無くなるだろう?」
「特には無いな。俺個人としちゃ、うちの奥様達と平和に仲良くハーレムライフを送れるならそれでいい。」
俺はお茶のお代わりを部屋付きの侍女にお願いした。
ルーカンは俺のささやかな願いを聞いて、驚いたようだ。
”そんなことでいいなら、すぐにでも出来るだろうに”と呟いてから、
「あんたの国なら大陸平定も不可能じゃないのに?」
「国はな、大きくなれば今度は内部から争いの種が生まれるもんさ。だから今ですら大きすぎると思ってるのに、大陸平定なんか考えもしない。」
侍女が持ってきたお茶のお代わりを受け取り、フゥフゥと息を吹きかけ俺は熱を冷ましてる。その様子を見てルーカンがフッと笑い、
「・・・・・・・・・・・・あんたは変わってるな。」
「よく言われるよ。」
「だが、あんたの力は神が与えたものだ。それを使わないのは罪だと思わないのか?」
「神が与えたかどうかは知らないが、それを使うのは俺自身の意思だ、気持ちだ。俺の力の使い道は俺が決める。使うのも使わないのも俺の意思だ。」
「力を持っていようと、どのような道を選ぶかは自分で決めるものだと聞こえるが、それは神の意思に反してるのではないのか?」
アロンからジャムヒドゥンの考え方は聞いていたから、こう考えるのも無理はないだろうな。だが、俺は彼らの考えに気遣ってやる必要はない。
「そんなものはない。神の意思だとか神が与えただとか、そういう理屈は民を思い通りに利用しようとする奴らが考えたことだ。民を戦力にするため、民を働かせるため、民から税を取るため、民の上に立つため、いろんな理由があるがそれは神ではなく人が考えたものだ。神は生き物に優劣だの適性だのそんなものはつけない。うちに神竜が居るから聞いてみ?この世には不干渉と言い切ってるからさ。」
「・・・・・・それは本当か?神竜はこの世に干渉しないと?」
神竜の話はショックだったようで、彼らが信じてきたこと、ルーカンの権力基盤を揺るがすことだから、これまた当然だな。
「ああ、毎日どこかで日向ぼっこしながら何か考え事したり、我が家で食事してるだけさ。だがな、あんた達が信じてる理屈でできてる体制を無理やり壊す必要もない。時がくれば自然に変わるからな。あんたは現状の考えのままでいいから良い国を作る努力すればいいんだ。」
「・・・・・・ゼギアス・・・・・・あんたは予言者・・・・・・なのか?」
ここでは言えないが、地球の歴史を振り返れば概ね予想できるからなあ。
つい予言めいた言い方をしてしまった。
予言者に総領を決めさせていたジャムヒドゥンの士族のルーカンとしちゃ、俺が予言者かどうかは重要なことなのだろうな。
「俺は予言者じゃない。だが知ってる。知ってるんだ・・・・・・それだけだ。」
俺の顔をマジマジと見たままルーカンは固まっている。
そんなに見つめちゃイヤァ~~ンとか言ったら怒られるんだろうな。
「もう一つ聞いていいか?」
「ああ、答えられることならな。」
「俺の国はこれからどう変わればいいと思う?」
「どう変えたいんだ。」
「・・・・・・そうだな・・・・・・もう戦いには疲れたから戦うための国ではないな・・・・・・戦える国ではありたいがな。」
「・・・・・・。」
「あんたのところとはどうしても折り合いつけたいから奴隷制はやめるが、できれば国の体制は大きく変えたくはない。」
「・・・・・・。」
「あとは皆が飢えなければいいかな・・・・・・。」
「・・・・・・つまり今と変わらずにいるための方法を知りたいんだな。だとすれば無理じゃないかな。」
サロモン王国ができ、新たな技術、新たな習慣、新たな考えがこの世界に出てきて複数の国へ影響力を持った以上、どこの国も大なり小なり影響されずにはいられない。まして友好国であれば人の出入りは頻繁となり、サロモン王国の影響を強く受ける。そういう環境で、変わらないでいられるわけはない。
「だろうな。だからどう変われば皆にとっていいのか判らないのだ。」
俺の答えを半ば予想していたのだろう。
無理と言われても、ルーカンは特に表情を変えなかった。
「俺は、サロモン王国を亜人や魔族が安心して誇りをもって生活できる国にしたかった。そのために必要なことを一つ一つ揃えてきたつもりだ。」
「・・・・・・どういう国にしたいのか・・・・・・か・・・・・・。」
「まあ、ゆっくり考えなよ。」
”ああ、そうさせてもらう”と答えて、ルーカンは俺から視線を外し、茶碗を持ち上げ茶をすする。少し開いた庭側の扉の外を、その黒い瞳で眺めている。
好きなだけ考えればいいさ。
誰でも、既にある状況に囚われて考えてしまうもんだ。
一から作り上げる方が見つけやすいかもしれないし、フラキアやカンドラのように足りないものが明確なら選択肢もあまりないから自ずから答えも出しやすい。
だが、特に目立って必要なものがない、だが全体を見るとこのままではいけない・・・・・・そういう状況の方が見つけにくくて当然だからな。
アロンが、顔の上半分を隠してる仮面に触れている。
身バレしてでも話したいことでもあるのか?
・・・・・・ああ、スアル族の現状を知りたいのか。
母親のことは気になるだろうからな。
うちのエージェントも術師一族スアル族の情報は詳しく集められていない。
なかなかガードが堅いと聞いている。
・・・・・・だが、スアル族はテムル族の下で働いてるはず。
アザン族のルーカンが詳しい情報を知ってるか判らないだろうが、それでも知りたいということか?
「なあ?こっちからも聞きたいことがあるんだがいいか?」
俺はアロンの代りに聞いてみることにした。
ルーカンの顔が俺の方へ向き直った。
「俺の知り合いが・・・・・・テムル族のところで働いてるスアル族のことを知りたがってるんだ。何か情報はないか?」
ルーカンは、目を伏せて何かを思い出してる様子。
口を開くまで俺は黙ってその顔を見ていた。
「・・・・・・スアル族か・・・・・・あそこはもうダメかもな・・・・・・。」
アロンの身体がピクッと動いた。
俺はルーカンの視線がアロンに届かないよう身体をずらしてから聞いた。
「どうしてだ?」
「当主が・・・・・・ゼベルというんだが、自分の意見に従わない者を一族から弾き出していてな。あれじゃ人は付いてこないだろう。」
「・・・・・・。」
「術師の使う術というのは、魔法と違って訓練したからと言って使えるもんではないし、使える種類も増えない。だから、術を使える血筋の者を多く抱えて、一族内から術師が一人でも多く生まれるよう心がけるものなんだ。」
術師の一族は一族だけで大きな集団になりやすいのだと言う。
大きな集団を作れなければならないと言う。
「なるほど。」
「だから、ゼベルのやり方じゃ一族が抱える術師が増えない。何を焦ってるのか知らないが、わざわざ弱体化しようとしてるとしか思えん。まあ、今は敵方だから俺は有り難いがな。」
んー、そうならばスアル族の情報は外に漏れやすいはずなんだが。
弾き出された者が黙っているとも思えないしな。
「まさかとは思うが、一族から弾き出した者を粛清している?」
「そこまで詳しくは知らないが、その可能性はあるだろうな。」
「そうか、ありがとう。知人にも伝えておくよ。」
「礼を言われるほどのモノじゃない。一般には知られてはいないだろうが、士族をまとめるものなら誰でも知ってる話だ。」
これは多少無理してでも調べなければならないな。
アロンの精神状態に影響する話は、俺達の軍に影響する話だ。
俺とルーカンはしばらく黙ってそのままの状態で時を過ごした。
やがてヴァイスハイトが戻って、
「塩の他にも、多少食料支援が必要ですね。あとはテムル族側の国境に飛竜を四体ほど飛ばして巡回すれば、あとは対処は難しくないでしょう。」
”その辺りは任せる”と俺は返事をし、立ち上がってルーカンに別れの挨拶をする。
有事には俺も駆けつけると、その時また会う約束をして・・・・・・。
・・・・・・
・・・
・
「調べたいんだろ?」
サロモン王国へ一旦戻った俺は、何か考えてる様子のアロンに声をかける。
「先ほどは・・・・・・私の代りに聞いていただいてありがとうございました。ええ、母の様子だけは・・・・・・。」
「いいぜ?付き合うよ。但し、今回は俺に絶対に従って貰う。無茶しそうだからな。」
”釘を差されましたか、いつもと逆になってしまいました。”と言って、額に手をあてアロンは苦笑している。
「それに、お前に何かあったらレイラに刺されそうだしな。」
コルラード王国国王ヤジールの妹のレイラとアロンの仲は公然のもので、近々結婚する予定になってる。
「じゃあ、後でな?」
サレファと面会する予定だったのでそれなりにキチッとした格好している。これじゃ動きづらいので、動きやすい服に着替えてからアロンと共に向かうことにした。
・・・・・・
・・・
・
現ジャムヒドゥンの首都ブールドラにあるスアル族ゼベルの邸宅そばへ俺とアロンは転移した。
「さて、どうする?」
この邸宅はアロン・・・・・・ズールの実家なのだから、中の様子は想像できるだろう。
「そうですね・・・・・・母と懇意にしている家が近くにあるのでそこを覗いてみましょう。以前と同じだったらですけど、そこへ行けば居るかもしれませんし。」
そこはズールに理解あった家で、ズールがこの地を離れると聞いて、ゼベルから不興を買うかもしれないのに見送りに来てくれたのだという。
怪しまれないよう俺達はゆっくり歩く。
アロンは懐かしげに周囲を眺めている。
仮面してるから怪しいと思うんだが、面白いことに、たまにすれ違う人もアロンを気にした様子が無い。アロンに聞いてみると、この辺りはスアル族関係の家ばかりで、他の術師一族の者が、今のアロンと同様に仮面を被って訪問することも珍しくないのだという。術師の世界は狭くて、顔を見ただけでどこの術師かバレる可能性が高いのでとアロンは説明してくれた。
「あ!」
アロンが顔を向けたその先には空き地があった。
どうやら目的の家は無かったようだ。
「・・・・・・息子も娘も居たんですがねぇ・・・・・・。」
アロンが少し呆然とした声で呟いた。
たまたま通りかかった人に”十年ぶりに来たら・・・・・・こうなんですけど、どうされたのかご存知ですか?”と俺は聞いてみた。すると、顔色を変えたあと、作り笑いを作って何も答えずに去っていった。
・・・・・・何か大きな声で言えないことがあったのは確かだろうな。
「おい、アロン。これはちょっとばかし強引な手段使ったほうがいいかもな。」
アロンの母の部屋へアロンとともに転移し母を連れ出した方が良い。
俺の頭にはカリネリア金鉱山でのことがあり、まず救出する対象の安全を確保したほうが良いと考えた。ゼベルが母親の命を危険に晒すようなことをするかは判らないが、今も元気でいるなら安全の確保を優先すべきだろうと。
アロンに”もし非難されたら、俺が無理やり連れ出したと言え”と伝えて、母親の部屋の場所を聞き出した。アロンを連れて転移すると、母親の部屋には誰も居なかったし、生活してる空気が無かった。”遅かったのか・・・・・・”と一瞬暗く考えたが、別の部屋へ移動している可能性もある。
とりあえずアロンから聞きながら、誰かを閉じ込めるとしたらどこを選びそうかを考え、離れの倉庫内へ転移した。倉庫は二階建てになっていて、一階は荷物が、二回には貴重品が置かれてるはずという。
俺達は一階を確認したあと、二階へ登る。
二階には灯りが灯っていたので、誰かが居ても感づかれないようそっと様子を伺った。
「母上!」
アロンが奥で椅子に座っている人影にしっかりと、しかしさほど大きくない程度で声をかける。奥の人影がアロンの声に反応した。
「・・・・・・ズール・・・・・・なのかい?」
「母上、今、お助けいたします。」
アロンの母親は椅子に鎖で繋がれていた。胴体を縛られていたわけではなく、足を椅子に繋がれていた。アロンは”なんとかして下さい”という表情で俺の顔を見た。
俺は母親の足につけられていた鉄輪に触れ、無属性の龍気を使って鉄輪の一部を切り足から外す。
「とにかく、国にお連れしよう。」
俺の言葉にアロンは頷き母親を抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
母親を抱いたアロンの腕を掴み、俺はサロモン王国の俺の家の前まで転移した。
転移が終わると、アロンは母親を下ろして
「どこかお怪我は?」
その様子は慌てていて、冷静沈着と周囲から言われるアロンのものではなかった。
「落ち着け。ここにはベアトリーチェやマリオンも居るし、サラも呼べばすぐに来る。まずは家に入ろう。話もゆっくり聞きたいしな。」
俺の言葉に落ち着きを取り戻したアロンは、母親の背に手をあてて、”こちらです”と家の中へ促した。
応接間のソファにアロンと母を座らせ、母の身体に怪我や異常はないかベアトリーチェに確認して貰った。どこにも怪我も異常もないことをベアトリーチェから告げられてアロンは胸を撫で下ろしていた。
「母上、どうしてあのようなところに?」
アロンは母親に事情を説明して貰った。
スアル族現当主ゼベルがおかしくなったのは、ゼベルの三歳になる息子に術が使える気配が見えないと判った時から。術が使えないという理由でズールを死亡扱いにしたゼベルは、息子が術を使えないことを誰にも知られたくないと考え、まず一族に箝口令を敷いた。
ところが、どこから漏れたのかゼベルの息子のことを知る者が一族の外に複数いることが判った。それだけなら良かったのだが、術が使えない息子はゼベルが殺したズール・・・・・・と陰では思われてた・・・・・・の呪いだと噂がたった。ゼベルも母もズールを殺したなどという事実はないと話したが、こういう話はおもしろおかしく人の間に流れるもので、その噂は消えなかった。
そしてその噂は、三男ジラルが流したものだろうと言われるようになり、ゼベルはジラルが次期当主の座を奪うために流したと決めつけジラルを処刑した。だが、噂は消えず、妹マラムの夫であるハイアムが流したのではと追求したが、証拠が見つからなかったので、ハイアムと離縁しマラムを連れ戻した。
同じようなことを親類や知人に繰り返すうちに、とうとう母の自分まで疑いだし、倉庫に幽閉されたとのこと。
「・・・・・・罪悪感と権力欲の二つの重さに耐えきれず・・・・・・精神が普通じゃないんだな。きっかけがあれば戻るかもしれんが。」
アロンの母親の話を聞いて俺は呟いた。
「スアル族は多分おしまいでしょう。ですが、それも神のご意思です。仕方がありません。」
アロンの母がそう言うと
「いえ、違いますよ母上。これはゼベルが弱いから起きたことで神など関係ありません。確かにスアル族は今までと同じようには生きられないでしょう。ですが、私がスアル族の誇りを失わせはしません。母上が守ってきたスアル族の血は私が必ず続けさせてみせます。」
アロンは自分の歩んできたことと、現状、そしてこれからの目標を話し、その中でスアル族の自分の力を必ず残してみせると、術など使えなくてもスアル族の自分がスアル族の力を示して見せると母に話した。
「確かにジャムヒドゥンのスアル族ではありません。しかし、母上、ジャムヒドゥンだって三つに分かれ、昔と同じではありません。スアル族だってそうです。昔と違い、私のように新たな国を作るためにその力を使っても良いのだと思います。」
アロンの話を静かに聞き終わると
「・・・・・・ズール、お前の好きなように生きなさい。お前と分かれたときも同じことを言ったと思います。自由に生きなさい。もしその結果・・・・・・ゼベルと争うことになってもお前はお前の気持ちに正直に生きなさい。私はズールとゼベルのどちらの味方もできませんが、私はお前を誇りに思っていますよ。」
アロンの瞳が潤んでいた。
そして重荷から解き放たれたように力の漲った瞳に変わり、母親の手を強く握って
「母上、感謝します。その言葉を聞けて、残っていた迷いがとけました。」
俺はアロンに今夜はここに泊めるから、今からでもレイラと話してこれからの母親の暮らしをどうするか決めてこいと伝えた。
翌日、俺の家にレイラを伴ってアロンは来た。
今住んでるところより大きな家に引っ越し、母と三人で暮らすと決めたという。
アロンはレイラを母に紹介し、一緒に住んで欲しいと頼んでいる。
「けっして不自由な思いはさせません。レイラも母上と一緒に暮らしたいと言ってくれてます。是非。」
アロンの母は三名で住むことを受け入れた。
そして、ズールの名もアロンは取り戻した。
まあ、呼び慣れてしまったので、アロンと呼んでしまうこともあるけれども、ズールと呼ぶようにしよう。だって本名だもんな。
これでアロンに足かせは無くなったし、親孝行もできるだろう。
俺はそのことを素直に羨ましいと思っていた。
アロンの顔に浮かぶ自信と喜び、これは俺にはきっと表現できない類のものだ。
うん、羨ましいな。
でもだからと言って俺も不幸なんかじゃない。
厳しくもしっかりした妹も、優しい妻達に可愛い子供達も居る。
今、俺の手の中にあるものを大事にすればいい。
そう、俺はこの日、自分の大事なものを再確認できた。




