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52、出産と伝染病

 

 地球でしばしば語られるように、中世以前の女性の死因の第一位はペストで第二位は産褥死である。医療が未発達の時代、子供の死亡率は高く、二十歳まで成長できるのは五割を少し越えるくらいだった。結果として、多産が当たり前となり多産多死の状況が生まれた。


 十七歳で結婚し、およそ四十歳までの間に七回から十回の出産を経験したらしい。

 出産は女性にとってリスクある行為で、二年おきに出産を経験するのでは産褥死が死因第二位だったのも頷ける。


 この世界でも地球と似たような状況であった。

 治癒・回復魔法を使える者が多く、また妊娠確率が低いエルフを除くと、亜人の女性も人間と同じく多産多死傾向。魔族はもともと妊娠確率が低い上に、生存率もそう高くない。


 サロモン王国では、エルフで治癒・回復魔法を使える者のうち軍に所属しない者には医師として働くことを願い、各地で助産の仕事もやってもらっている。

 最近では魔法力を持つ亜人の中でも治癒・回復魔法使える者を増やそうと医師のエルフに同行させ勉強させている。


 魔族専用の医師も最近は少しづつ増えている。様々な魔属性の治癒・回復魔法が魔法研究所で開発されたので、デーモンやゴルゴンだけでなく、さほど強い魔法を使えないハーピィやラミアの中からも医師が生まれている。


 サロモン王国の種族構成は妊娠率が低い種族が多いので、産婦や生まれた子供のケアは国の死活問題なのである。


 だから俺の家で子供が次々と生まれるのは、国民にとって素晴らしい喜びらしい。子供の居ない夫婦などは俺の姿を見て拝むし、結婚する気はなくとも子供は欲しい魔族の女性には、是非妊娠させて欲しいと俺に迫ってくる者もいる。


 当たり確率の高いパチンコ台じゃないと言いたいが、ミズラの妊娠のあと、サエラにスィール、そしてリエッサにも懐妊の兆候があり、確変パチンコ台状態に見られても仕方ない状況で、俺のそばに居るだけで妊娠しやすくなるだとかデマが広まっているようだ。視認できる妊娠の神のように接するのは止めて欲しい。


 ちなみにペストなどの細菌やウィルス対策として、害虫駆除魔法の応用で体内から駆除できる魔法が開発されてるのだが、多少困難な術式が必要で使用できる者が限られている。だが、害虫駆除魔法と同じく広い地域を対象に使用できるので、個別に使用しなくても良いからとても便利。サロモン王国ではこれまで流行病は出ていないが、これから出たとしても対応が可能なのでかなり安心している。


 魔法研究所グッジョブ!


 このまま行くと二十一世紀の日本よりも病気に強い国になるのは確実だ。

 喜ばしいことである。


 我が家ではベアトリーチェの出産時にはサラとスィールが回復魔法などでサポートし、俺が聖属性龍気でホルモン調整して痛みを和らげた。ホルモン調整の本来の使い方である。けっして嫁さんを悶えさせるための性技ではないので、そこは気をつけて欲しい。他の王妃の際はベアトリーチェが魔法でサポートし俺が痛みを和らげた。おかげで産褥死もなく、うちは皆元気である。


 そして今回出産するミズラにはサラとベアトリーチェ、そして俺が付き添う。

 サラとベアトリーチェのどちらかだけでも大丈夫だろうと思うのだが、ミズラは双子を身籠ってるので、念のために二人が来てくれた。


 子供は無事に産まれ、ミズラも無事だったのだが、多少難産で時間はかかった。

 

 俺はミズラの手をずっと握っていた。

 出産というのは男には経験出来ないのでどれほど辛く痛いのか想像もできない。

 これまで六人の出産全てに付き合ってきたが、全然慣れない。

 今回もミズラの辛そうな表情見てるだけで俺の顔色は青くなっていたことだろう。


 医師のエルフは”十日は付き添いますから安心してください”と言ってくれたし、サラも”フラキア見物しながらミズラさんが回復するまで滞在してるから。お兄ちゃんは心配しなくていい”と言ってくれたが、エドシルドなんかどうでもいい気分になっていた。


 双子は二人とも男の子で、これが初孫になるファアルドはボロボロと涙を流してミズラを労っていた。


 「あなた、エドシルドに一緒に行けなくてすみませんね。」

 

 ケラヴノスと面識のあるミズラは、”私が一緒のほうが話が早いこともあるのに”と言ってくれたが、”エドシルドなんかどうでもいいから、とにかく身体を大事にして欲しい”と伝えた。

 エドシルドは奴隷を使役してる国だから、俺が友好的である必要はない。

 ミズラが元気になるまで行かないと言ったら、ミズラから怒られたので、仕方ないから四日後に行くと伝えて貰った。どうせ転移で行くのだ。移動日数なんか考えなくていい。ミズラのそばに三日は居るし、三日は絶対に動かんと宣言した。


 サラもベアトリーチェも、まあ三日ならと了承してくれたし、出産の間中雑用してくれていたマリオンなどは


 「ダーリンの気が向いたら行けばいいのよ。」


 そう言ってくれた。だが・・・・・・

 

 うん、それだと行かないかもしれないね。

 行きたいと思わないし、我が国は友好国の手伝いで手一杯で他の国のことかまってられないし、それが落ち着く頃にはサエラ達の出産が待ってる。

 

 まあ、とにかくエドシルドには一度行ってくるさ。

 そしてさっさと用事をすませて、すぐ戻ってくればいい。


 この時はすぐ戻れると思っていたのだ。

 

・・・・・・

・・・


 エドシルドの宮殿前に到着した俺達は、門番に訪問の約束がある旨を伝えた。

 俺達のことは伝わっていたようで、そのまま中へ案内される。


 俺とヴァイスハイトは、黒を基調として腰まわりにグレーのラインが入った・・・・・・リエラがデザインしたちょっと王族風のスタイル。ベアトリーチェは白のマリオンは薄いブルーの・・・・・・インドのサリーのような・・・・・・薄い生地でできたワンピースドレス。


 エドシルドでは見かけない衣装だから目立ってるようだ。

 特にヴァイスは厳魔なので物珍しいのかいろんな人がジロジロと見てる。

 そんなことで動じるヴァイスではなく、その長い金髪をたなびかせて一番うしろを歩いてくる。


 俺達は小さな会議室のような場所に通された。

 着席して待っていてくださいと言うので、俺の左右に王妃、そしてマリオンの隣にヴァイスという形で座った。

 普通応接間じゃないのかねぇと思っていたら、やはり通す部屋を間違えたようで、何度も謝罪されながら応接間へ通された。


 応接間には既に国王夫婦らしき人と政務関係者らしき人が待っていた。

 俺達は、部屋を間違えたことを謝罪され、そしてあらためて挨拶を交わし、ソファに座った。

 

 「本日わざわざ来て貰ったのは、是非会いたいと思ったからだ。ご足労かけて申し訳ない。」


 俺達は黙って頷く。


 「エドシルドの加盟国にも貴国と友好関係を結んだ国も増え、私の国も貴国とは一度話し合いたいと思っておるのだ。この機にエドシルドにも助言助力いただけないものかな?」


 ケラヴノスは俺の顔を真正面から見ている。

 ・・・・・・笑顔だが、まあ作り笑顔だろ。


 「私どもの国は奴隷を使役する国とは付き合わないとご存知ですか?」


 「ああ、知っておる。聞くところによると、貴国は奴隷を使役せずに国を営む手段をカンドラに教えたという。是非、我が国にもお教え願いたいものなんだが。」


 「しばらくは無理ですね。ご存知のようにカンドラ、何よりライアナの復興に人手を割いておりまして、どちらかの仕事が終わるまでは手を広げられません。」


 これは事実だ。

 ケラヴノスの空気が気に入らないとか、早くミズラのもとへ戻りたいとかそういう理由ではない。


 「そこを何とかできぬものかな?」


 出た、この手の奴は無理と言われるのが嫌いなようで、無理と言われると尚更押し通そうとしてくる。


 「残念ですが。」


 その時、ベアトリーチェが俺に耳打ちしてきた。

 ”この城には流行り病にかかってる人が居るようです。”

 ベアトリーチェは俺が話している間、結界魔法の応用なのだが、結界と同様にベアトリーチェの聴覚を強化した領域を広げ、その領域内での会話はどんなに小さな声であろうと聞き逃さない。


 「それより、この城では流行病にかかってる方が居るようですね。早急に対処しないと皆死にますよ?」


 ベアトリーチェが聞いた情報から察するとペストだ。

 隔離するなりしないと蚊や蚤を媒介して広がってしまう。


 俺の言葉を聞いたアンダール皇太子が立ち上がり、”何故それを・・・・・・”と聞いてきた。


 「私の妻は二人とも医療行為も行うのですが、特に正妻のベアトリーチェは流行病を察する能力があるのです。」


 嘘を混ぜて俺は答えた。

 使用した魔法のことなど教える必要ないからね。


 「奥方は流行病を治療しているのか?」


 「ええ、我が国では今はもう生じていませんが、近隣で生じた際には治療しています。まあ、うちの医師たちの誰かが治療し、妻が出向くことは滅多にありませんが。」


 俺はアンダールの問いに答える。


 「正妻殿は・・・・・・治療できるのでしょうか?」


 「ええ、手遅れでなければ確実に。」


 これも事実だ。そのための魔法はベアトリーチェは全て使える。マリオンもいくつか使えるし、二人とも回復魔法は得意で手遅れなまでに病状が進んでいなければ必ず治せる。ここには居ないが、もしサラも居れば命さえあれば治せるのだ。


 目の前で国王と皇太子が言い争ってる。


 「会談は中止し、ゼギアス殿に頼んで治療をお願いすべきです。」


 「・・・・・・いや、しかし。」


 「ラスタとパティス、それにモニカの命がかかってるのですぞ?父上!」


 「それはそうなんだが、もう手遅れだと宮廷医師が・・・・・・。」


 皇太子の声がどんどん大きくなる。もう怒鳴り声に近い。

 国王は額に汗をかきながらも、俺への要求を通させたい意思で皇太子に抵抗している。

 

 付き合うのは面倒になってきた俺は、


 「どうするのか早く決めていただけませんか?私も暇じゃないんで。」


 ミズラのところへ早く戻りたい態度ありありだった。

 ヴァイスハイトがチラッと俺を責めるように見たが、俺は顔をそらした。


 「・・・・・・わ・・・・・・わかった、アンダール。そなたの良いようにするがいい。」


 皇太子の必死な勢いに押され国王が折れたようだ。


 「ゼギアス殿!是非、診ていただきたいので、こちらへお願いいたします。」


 俺達のそばまで早足で近づいてきて、必死の形相で俺に頭を下げてきた。


 「判りました。リーチェ、マリオン、一緒に来てくれ。ヴァイス、国王と話すことがあるなら任せる。内容はあとで報告してくれればいい。」


 俺は皇太子の後をついて、宮殿の奥へ入っていった。



・・・・・・

・・・



 通された部屋には、女性が二名と子供が一人ベッドで汗を流しながら横になっていた。


 俺はベアトリーチェに頷き治療を始めて貰う。

 次にマリオンには、宮殿内の害虫とネズミの駆除を行うよう頼む。  


 二人とも頷いて早速動き始めた。


 「ちょっと宜しいですか?チクッとしますけど、ごめんなさいね。」


 ベアトリーチェは手荷物から小さな針を取り出して、子供の腕にちょっとだけ刺した。丸く小さな血が浮かんできたので、ガラスの棒でその血をすくい取り、魔法で細菌の種類を確かめる。


 「やはりペストですわ。」


 そう言って、女性二人にも同じ作業して、全員同じ種類のペストにかかっていることを確認する。


 マリオンはその間に魔法を練り始めていた。全身をうっすらとした青い光がまとい始めてる。青い光がある程度強くなった時、目を見開いて胸の前で握っていた両手を上に掲げてハアアァァァッと気合を発した。マリオンから強く青い光が急速に広がっていく。数分動かずにいたマリオンは、やがて両手を下ろし、


 「ダーリン、宮殿内は終わりましたわ。」


 微笑んで、害虫とネズミの駆除が終わったことを知らせてきた。

 俺は続いて子供と女性二人の体力回復を依頼し、マリオンは頷き、引き続き魔法を使用し始める。


 ベアトリーチェも三名の体内の細菌を殺すべく魔法を練っていた。

 ベアトリーチェの身体は白く光り、目を閉じ、神経を集中している。

 やがて胸の前で交差していた両手を一気に左右へ開いた。

 それと同時に、瞬間的に強い光がベアトリーチェを中心にして外側へゆっくりと広がっていった。これで光が届いた範囲のペスト菌は死んだはず。


 だが、これだけでは終わらない。

 ペストで生じた症状を緩和し、機能が壊れた内蔵等を修復し、体力を回復させなければならない。


 ベアトリーチェとマリオンは治療と回復のため魔法を使用し始めた。


 三名とも息が落ち着き始め、女性二人はだいぶ楽になった様子が判る。


 「あなた、リエラに言って滋養のあるスープを作って貰って、そしてできたら持ってきてくださる?」


 俺は頷いてリエラに思念を送った。そして完成したら俺に合図を送ってくれと伝える。


 三名の様子が楽になったように見えたアンダールは胸を撫で下ろしている。


 「皇太子殿下、女性お二人はこのまま体力回復に努めればもう大丈夫ですが、お子様はまだ危険な状態から抜け出していません。しばらくこのまま治療を続けてかまいませんか?」


 ベアトリーチェの言葉に、”一人息子なんです。どうか助けてやってください”と答え頭を下げた。”お約束はできませんが、可能な限り努力いたします”とベアトリーチェも答える。


 俺とベアトリーチェの子、レオポルドとさほど年齢は変わらない子だから、同じ母として助けてやりたいというベアトリーチェの気持ちを感じる。


 マリオンの、”女性二人の回復は順調よ。”という声に、皇太子は寝ている二人の顔を見ながらまだ憂いの残る笑顔を見せた。


 やがてリエラから合図の思念が送られてきたので、


 「スープ取ってくる。」


 俺はサロモン王国の自宅まで転移し、鍋と食器を入れた箱を手にして再びエドシルドまで転移した。

 患者がいる部屋に転移し、俺はアンダールに”侍従でも誰でもいいが、女性が目覚めたらこのスープを飲ませるように”と指示した。


 「ダーリン、この分だと街にもペスト広がってるんじゃないの?」


 「ああ、そうだろうな。」

 

 「どうするの?」


 「俺はこの街で何の権限もない。決めるのは国王だ。」


 ”それはそうね”と言ってマリオンは黙った。


 「ゼギアス殿、国民へも治療をお願いできますでしょうか・・・・・・。」


 アンダールは申し訳なさそうに頼んできた。

 まあ、可哀想だからな。やれるだけはやってもいいが。


 「できるだけのことはしてもいい。だが、全員助けられる保証はないよ。」


 「もちろんそれで構いません。」


 「じゃあ、兵士に言って大きな建物に病人を全員集めておいてくれ。」


 その間に俺はサロモン王国からペストの治療できる者を呼び寄せる。

 サエラに頼んで手の空いてる医師を集めておいてもらい、転移魔法を使える者に、エドシルドまで送って貰う。


 皇太子も宮殿内の警備兵等に命令している。

 国内の警備全員使って、教会へ病人を全て集めろと。


 皇太子の子供のことはベアトリーチェに頼み、俺とマリオンは宮殿の外まで皇太子とともに出る。


 そして、病院と化す予定の宮殿前にそびえている大きな教会で、俺は聖属性龍気を風系魔法に混ぜ教会内の消毒を行う。マリオンは再びこの教会の周囲から害虫とネズミを駆除する。


 兵士が患者を次々と連れてくる。


 百名ほど集まったところで、マリオンがペスト菌の駆除を魔法で行う。

 そして、敷かれた毛布に横にさせ、サロモン王国から到着したエルフ等が治療と回復を行う。


 それを十数度繰り返したあたりで、新規患者は来なくなった。


 「アンダール皇太子、もう患者は居ないか念入りに探して下さい。症状が軽いだけで感染してる者が居る可能性があります。」


 俺の指示に頷きアンダールは教会の外へ飛び出していった。


 やはり軽い熱発やだるさを訴える者が相当居た。

 症状は軽く、意識もしっかりしている者ばかりだったので、菌さえ殺せば大丈夫だろうとマリオンもエルフ等も言う。

 マリオンの駆除魔法でペスト菌は殺され、あとは体力をつけて貰うよう指示し、また体調がおかしいようなら教会まで来るようエルフ等に伝えられていた。


 深夜、皇太子の子の治療も済み、どうやらこのまま回復してくれそうだとベアトリーチェから連絡がはいり、アンダールに”一度顔を見ておいで”と言うと慌てて宮殿へ走っていった。


・・・・・・

・・・



 治療が間に合わず、亡くなった者が百名近く居たが、四日ほどかかってペスト患者はこの国には居なくなった。サロモン王国から来てくれた仲間達に礼を言って、皆には先に帰ってもらう。


 俺とベアトリーチェ、そしてマリオンは宮殿内に仮の部屋を与えられていたので、そこへ戻り一休みしていた。ヴァイスは国王との話は終わったと一昨日にサロモン王国へ戻っている。



 ノックをする音が聞こえ、俺が返事すると、扉を開けて国王と皇太子が入ってきた。


 「わざわざ来てくれたのに、妻達はまだ疲れて寝てるんだ。許してくれ。」


 二人の顔を見て俺は椅子に座ったまま答えた。

 ベアトリーチェとマリオンは奥のベッドでまだ寝ている。

 無理もない。

 宮殿内の三名の治療を終えたあとはずっと教会でも治療を続け、この四日間は働き詰めだったのだから。

 この四日間ほとんど寝ていない俺も、鍛えて有り余る体力を持つ身体はともかく精神的には疲れていた。ベアトリーチェ達や仲間達の努力にも関わらず、手遅れだった患者の死を見るのはやはり気持ちを暗くしたし、遺族の悲しみに接するのは辛かった。 


 国王と皇太子を前に、失礼かもしれんが俺は立ち上がる気力はその時なかった。

 

 「いや、こちらが急に伺ったのだ。ゆっくり休んでいただきたい。あらためてお礼させていただくが、・・・・・・その・・・・・・そばを通りかかったので・・・・・・とにかく感謝したかっただけなのだ。」


 国王と皇太子二人一緒に頭を下げ、そして部屋から出ていった。


 見送った後、俺は椅子に深く座り今回のことを考えていた。


 皇太子の願いを聞かずに放置していても良かったのだが、この国には亜人や魔族も居てやはり見捨てられなかったよな。わざわざ遠く離れたエドシルドまで来て手伝ってくれた仲間達もやはり同胞を見捨てられなかっただろう。


 それに、隣国のカンドラにまで飛び火したら、せっかく奴隷なしの体制に移行しつつあり、作物の生産も上向き始めてるのに、ここで被害を出して流れを止めるようなことはしたくなかった。カンドラの先にはミズラが居るフラキアがあるし、ライアナもあるから、エドシルドで止める必要もあった。


 しかし、不衛生な環境で靴もはかずに生活するものがまだ多く、ネズミの駆除も日頃からしていないのだから、再びペストを含む伝染病の流行が起きないわけがない。インフラを整備して衛生的な環境を用意し、防疫や治療の体制を整えないといけないのだが、エドシルドに関われるほどの余裕が無いのも事実。


 まあ、この国だけでもできることをやってもらい、少しでも伝染病の発生を抑えられるようにして貰うしかないな。彼らの手に余る状況が生じた際には、その時だけ医師を派遣するのはきっと可能だろう。


 衛生的な環境を整えるために、奴隷として使役されてるものの衛生面も考えて貰わなきゃならないし、健康面も考えて貰う必要がある。奴隷のまま使役すると、防疫の観点からも望ましくないはず。奴隷一人一人の衛生管理を所有者が行うはずもなく、衣服や住環境も整えてとなると、それなりに負担なはずだ。生活に希望がない奴隷が自らのことだけじゃなく、周囲のことも考えて積極的に衛生的な生活を送ることも考えにくい。


 自発的に奴隷制を廃止してくれるよう、そのことは国王達にも教えておこう。それが結局は国王達自身の安全にも繋がるのだと教えておこう。もちろん奴隷制を止めても、様々な対策をうたないと伝染病の流行は完全にはなくならないが、それでも発生確率を抑えることにはなるからな。


 そこまで考えて、俺もソファに横になり少し眠ることにした。

 

・・・・・・

・・・


 ベアトリーチェに起こされ目を覚ますと、既に着替えたベアトリーチェとマリオンが居た。”お昼を食べたら、国王様達に報告して帰るのですよ。そろそろ起きないと”とベアトリーチェに言われ起きることにした。


 部屋を出ると、そこに居た警備兵から”起きられたら、国王のもとへ”と言われていたらしく、俺達を国王が待つ部屋へ案内するという。昼食を先にとりたかったが、諦めて警備兵に言われるままついていった。


 初日に通された応接室で俺達は待たされた。

 ”お腹すいたね”とマリオンに微笑むと、”帰ったらリエラの料理をたくさん堪能しましょうね”と言い俺も頷く。

 

 俺達を待たせちゃいけないと考えたのだろう、警備が去ってさほどもしないうちに国王と皇太子が近侍の者達と一緒に部屋へ入ってきた。


 俺達の助力への感謝が国王と皇太子から述べられた。皇太子は見るからに素直に感謝しているけれど、国王の態度はどこか形式的な感じがした。朝、俺達が休んでる部屋に来たのは皇太子に言われて渋々だったのかもしれない。


 亜人や魔族など奴隷としか考えてない貴族等にはよくあること。

 礼はするけど、本音ではやって当然と思ってるのだ。

 前世で貴族やってた頃、奴隷経験もあった俺とは違い、他の貴族たちはだいたい目の前の国王と同じだった。俺達に素直に感謝してる皇太子の態度の方が珍しいんだ。


 「・・・・・・報酬だが、何を望む?」


 ここで奴隷解放と言っても聞かないんだろうなと思いつつも


 「奴隷制をやめてくれればいい。他には何もいらないよ。」


 一応伝えてみる。

 ”それは難しい”と返答してきたが、想定通りなので特に感想はない。


 俺達が治療などに忙しかったころ、ヴァイスと国王が話して”エドシルドへの助力”と”奴隷解放”が最低限の条件になったようだから、ここで奴隷解放してしまうと、サロモン王国からの支援を引っ張ってこれないと考えているんだろう。

 だから俺は助言もしてやるつもりはない。


 「じゃあ、そろそろ帰っていいかい?予定外の手助けもしたんだ。俺達の訪問もそちらには意味はあっただろうし、これ以上話すことはこちらにはないからね。今回のことは別に貸しにするつもりはないから安心してくれ。」


 「いや、そういうわけには・・・・・・。」


 皇太子は出来る限りのお礼をしたいと言ってくれたが、国王の方は”貸しにしない”という俺の言葉に顔を明るくしていたぞ。ケラヴノスの人となりが判っただけで俺の方は収穫があったと考えるべきだろう。


 「俺達が欲しいモノは難しいと言うんだ。欲しくもないモノを貰っても困るしな。皇太子の気持ちだけ有難く受け取っておくよ。」


 世代交代して、アンダールが国王に就いたらエドシルドとの関係も考え直していい。でもケラヴノスが国王のうちは気が進まない。家族や国民の命を助けて貰ったことが重荷でもあるように感じるその態度は気に入らない。


 すぐにできなくてもやる気くらいは見せろよと思ったが、所詮は古い頭の持ち主で、俺達から利益を引っ張ることしか考えてないのだろう。


 そういう奴と付き合うのは俺は嫌だね。

 今のままなら断固断る。


 ”じゃあそろそろ帰ろう”と王妃二人と席を立ち、国王達に立礼をして部屋を出た。

 国王は引きとめようとし何か言いたそうだったが、顔も向けずに無視した。

 多分、ヴァイスと話しても得られなかったサロモン王国からの助力を俺から引き出そうとしたのだと思う。無償で治療などした甘い俺達からなら引き出せるかもと考えたのだろうな。


 俺達が部屋を出ると、後から皇太子が追いかけてきて、”是非妻達からもお礼を言わせて下さい”と何度も頭を下げるものだから、ではそこまではと折れて皇太子に付いていく。


 アンダールの息子はまだ全快には時間がかかりそうだが、奥さんと妹はベッドに座り顔色も良いようで元気になっていた。


 ベアトリーチェとマリオンの顔を見ると、三名とも笑顔でお礼を言う。ベアトリーチェは息子の体調を調べ、”しばらくは身体を休め、できるだけ食事をとること”と言うと”はい”と返事するその子に笑顔を向けた。

 ”今度会う時は、一緒にケーキ食べに行きましょうね”とマリオンは女性二人に明るく声をかけている。


 俺は皇太子に顔を向け、


 「完全に無くすことはできないが、伝染病の発生をできるだけ抑える方法はある。それを知りたくなったら、フラキアに行って俺を呼んでくれ・・・・・・サロモン王国まで来てくれてもいい。」


 皇太子は俺に握手を求め、息子達が全快したら必ず行くと真剣な表情で言う。

 その場の全員に別れを告げて、俺は王妃二人とフラキアへ向かう。

 ミズラと子供たちの様子を見てから帰国したいのだ。


 当初の予定より長くなってしまったけど、アンダール皇太子と繋がりを持てたことは収穫だ。今回の訪問はこれで良しとしよう。


 そう考えて俺は転移した。

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