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51、エドシルド


 後にエドシルド連邦と呼ばれる自治体群の盟主国エドシルド。

 人口二百万を越えるエドシルド連邦最大の国。

 兵数四十万、経済力も自治体群随一。


 領地の面積では膨大な土地を有するサロモン王国とは比較にならないが、人口と兵力数だけならば対等と言える国力を持つ国だ。


 テムル族の優位を煽り、グラン・ドルダ選出の変更を囁き、ジャムヒドゥンの士族間に離間策を仕掛けていたのもエドシルドである。可能ならばジャムヒドゥンの分裂を誘い士族一つ一つを潰していく、そこまでできなくてもジャムヒドゥンの国力を大きく削ぐ計画であった。


 ジャムヒドゥンの弱体化はある程度達成したが、サロモン王国の登場と、エドシルド参加自治体への浸透でエドシルド国王ケラヴノス最大の目論見は失敗しつつある。


 

 「イサークよ。ジャムヒドゥン最大の商会になったそうではないか。おめでとう。」


 顎に白い髭をたくわえた白髪の老人が笑みをたたえて、眼前のイサークから酒を注がれている。


 「皮肉はおやめになって下さいよ。店舗数が多いだけで利益はほとんど無いんですから・・・・・・笑っちまいますよ。」


 イサークの黒い瞳には悔しさが滲んでいる。

 営業許可証を持つ・・・・・・商いを続けられなくなった他店を押さえ、店舗数だけ増やした結果に終わったことが悔しいのだ。目論見通りにいけば、その多くの店には貴族や士族が欲しがる商品を並べるつもりであった。だが、貴族や士族はイサークの商会・・・・・・ラザード商会で取り扱ってる物に興味を示さない。武器・防具・服・靴・装飾品や絨毯・・・・・・市場ではほとんど手に入らないサロモン王国製の商品を目を皿のようにして探し回り、日用品を除くとさほど金を使わないのだ。


 奴隷の売買市場も動かなくなり、抱えてる奴隷の食費で赤字。

 庶民相手に在庫を安く売り払って何とか全体の赤字だけは防いでる始末。


 ジャムヒドゥン最大の商会になった後は、リエンム神聖皇国でもという予定は既に変更するしかない。これからは店舗数を減らし、人件費を抑えなければラザード商会存続の危機なのだ。


 「以前のようにはできんのか?」


 「サロモン王国に手下を潜り込ませたんですが、商品の製造法はさっぱり掴めませんでした。ただ、あの国に金を落としてきただけで終わってます。」


 イサークは、売れる商品を見つけたら、その製造法もしくは製造元と原料を手に入れ、資金力に物を言わせて、同じ品物を安く提供して商売敵を潰し、その後価格をあげて利益をあげてきた。その方法がサロモン王国相手だと通用しない。

 なんとか手に入れたサロモン王国製品を商会配下の職人達のところへ持っていき、”同じものは作れるか”と聞くと決まって即座に首を振る。材料すら同じモノを用意できそうにないという。

 

 エドシルドの経済もイサークが握り、目の前のケラヴノスを思い通りにして、エドシルド加盟自治体全体もラザード商会に依存させるつもりだったのだが、もはやそれも叶わない。依存どころか、金持ち相手に入り込めない状況だ。

 

 「・・・・・・国王陛下も領土拡大は無理になりそうですね。」


 言われっぱなしは気に入らないイサークは、ケラヴノスの目論見も潰れつつあることに触れる。


 「ああ、近隣自治体を我が国に頼らせ、その後併合していくつもりだったが、それももう無理じゃな。ジャムヒドゥンが弱体化したのは予定通りだが、サロモン王国の進出と影響力増加の手助けにしかなっておらん。」


 「ジャムヒドゥンの弱体化には私等も協力しましたのにねえ。」


 ジャムヒドゥンが荒れれば武器や防具に食料が売れるだろうと計算して手伝ったのだが、無駄に終わっている。リエンム神聖皇国との戦いで大敗し国内で争える状況ではなくなったのだ。


 「我らは現状を維持し、時期を待てば良いだけのこと。焦ってはおらぬが、お前はそうはいかぬであろう?」


 確かにそうなのだ。

 サロモン王国とその友好国は次々と新たな商品を市場へ出してきている。

 最近では低価格の商品も少しづつ出始めた。

 ラザード商会の商品はこの先も売れなくなって行くだろうと、イサークは予想しているし焦っている。だから日頃ジャムヒドゥンで生活してるイサークが、ジャムヒドゥンから離れたエドシルドまで足を運んでいる。


 「ええ、ですので今日はお願いに参りました。盟主国であるエドシルドの力で、サロモン王国と関係している自治体から、製造方法を聞き出して貰えませんかね?」


 「それは無理だ。加盟自治体では製造しておらんのは調査済みだしな。フラキアが例の紅茶を領地内で製造してるが、製造所を管理してるのはサロモン王国関係者だ。教えてもらえんかったよ。」


 残念そうに、悔しそうにケラヴノスは答えた。


 「まともにぶつかったら無理でしょうが、そこは私に任せていただければと・・・・・・。」


 ”策があるので話に乗れ”と言わんばかりの意味ありげな色がイサークの目に浮かんだ。


 「具体的には?」


 「サロモン王国国王ゼギアスの第六王妃にミズラって女が居るんですが、その女は以前はフラキアのスパイだったのです。ですが私とも通じて二重で情報を売っていたので、そこを突いてみようかと。ちょうど今里帰りしてると情報があったんで・・・・・・。」


 「実質、問題を起こしていなければ気にもされぬのではないか?」


 「いえね、私とその女はできていたんです。今や大国の王妃が、一介の商人の女だったなんて知られたくないんじゃないですかね。あっちの方もバラすと脅かせますし。」


 もともとのイサークはこの手の話で脅すような男ではなかったのだが、打つ手がなく追い詰められその本性が表に出てきた。表情は真剣だが、口元にやや下卑た笑いが一瞬浮かぶ。


 「それでワシに何を協力しろというのだ。」


 ケラヴノスにはイサークの案は気に入らなかったが、ケラヴノス自身も打つ手がなく困っているのも事実。何らかのきっかけになればと一応話を聞いてみる。


 「今のまま私が領主宅へ行っても、領主やミズラには会わせて貰えないでしょう。ですから、エドシルドから頼まれて訪問したという形をとりたいのです。盟主国からの者が来たとなれば会わないとは言えないでしょう?」


 「お前を我が国の代理にしろとでも言うのか?」


 一国の代理となるとそれなりに格式も必要だ。一介の商人を代理にすることなど、誇りや名誉にかけてできない。


 「いえいえ、それはいくらなんでも無理ということくらい判ります。手紙かちょっとした贈り物をフラキア領主へ直接届ける役目をいただけたらと・・・・・・。」


 イサークは、代理ではなく、ついでに頼まれたという形をとりたいわけだ。

 つまり、手紙であれば内容は些細な事で良く、贈り物であれば後に残るような物じゃないほうが良いわけだ。

 だが、一応盟主国の国王が加盟国の領主へ贈るのだから、雑なモノというわけにはいかない。贈るモノによっては馬鹿にしたと受け取られても仕方ないからな。


 ここは手紙で留めておこう。

 そうだ、妃がどこかへ連れて行けと言ってたな。うむ、公式訪問ではなくフラキアへの私的訪問の予定を伝える程度の内容ならイサークに預けても問題はない。それどころか、イサークから渡させたほうが訪問を気軽に考えてくれという意思を伝えられるのではないか。


 「判った。では、お前のフラキア訪問のついでに手紙を渡してきていただこう。」


 ケラヴノスの返事にニヤリとイサークは笑った。



◇◇◇◇◇◇




 手下からの報告では聞いていたが、これほどまでにフラキアが変わっていようとは思わなかった。一言で言えば、新世界。


 人の手が入ったモノは全てイサークが見たことも無いものであり、見ただけで既存のものよりも機能に優れていると判る。


 イサークは市場を探して街を歩き回る。領民が利用している品物の質と価格を見れば、その土地の経済力が判るからだ。

 やがて所狭しと人で溢れている地域を見つけた。

 多分、市場がある通りだろう。

 

 イサークは武器防具の店、食料品店、日用品店、衣料店などを一軒一軒見て回り、その質の高さと価格に衝撃を受ける。イサークの店で置いている商品とはレベルが違うのに、価格はイサークの店のものとそう変わらない。確かここで見たものと同じものをジャムヒドゥンで見たときは、ここの価格より五割増しかそれ以上で売られていた。それでも買い手は見つけ次第購入していたのだから、品数も種類も多いフラキアまで足を運んで購入する者が出ても不思議ではない。


 服装を見ると、ここに居る客達の多くはフラキアの外から来ているようだ。一般客だけでなく商品の買い付けに来てる商人の姿も見える。金はあっても暇はない貴族や士族に売る目的の商人だろう。


 街を歩き回って判ったことだが、他の領地へ行くくらいなら、フラキアで過ごしたほうが気持ちがよいと感じる者は多いだろう。ただ街を見ているだけでも、日常から離れ気分転換できるだろう。この街は街そのものだけで集客力がある。


 イサークの商会で置いてる商品は従来のものよりも多少価格は高い。その価格と同じ程度の商品ばかりが置いてあるということは、この地域の住民の所得はそれなりに高いということだ。以前のように他国からの支援がないと食べるにも困る状態ではない。それどころか領地全体として見た場合、ジャムヒドゥンのどの街よりも、エドシルドよりも豊かな領地だということ。


 これは何としてもサロモン王国の商品と同じモノを作り売れるようになるか、それともサロモン王国製品を取り扱えるようにならなければ勝ち目はない。


 イサークは気持ちを引き締めてフラキア領主宅へ向かう。


・・・・・・

・・・


 「・・・・・・ですから、ファアルド領主へ直接お渡しするよう、エドシルド国王ケラヴノス様から手紙を預かって来たのです。ファアルド領主に会うまではこの手紙を手放すわけにはいかないのです。」


 ”事前のご連絡がないお客様にはファアルド領主はお会いになれません”と突っぱねる侍従長に、手紙に記されたケラヴノスのサインを見せてイサークは抵抗している。やがて、困り果てている侍従長のもとへ、使用人が近づいてきて耳打ちする。


 「ファアルド領主がお会いになるそうです。こちらへ・・・・・・。」


 侍従長が先導する後に続き、イサークは歩いて行く。

 ここまではイサークの予定通り。

 後は、ミズラを引き釣りだして脅すだけだ。

 

 表情を変えず、しかし内心では”勝算が出てきた”とイサークは微笑んでいた。 



・・・・・・

・・・


 ファアルドはイサークの訪問を知ると、ミズラを呼んでイサークの目的は何かと聞いた。多分、ミズラとの昔の関係を匂わせ、サロモン王国との間に入り商品を取り扱わせろと脅しに来たのだろうと答えた。ミズラは追い詰められたイサークなら何でもする男だと知っていた。ある意味イサーク本人よりもイサークの本性を理解していた。


 ミズラはゼギアスに思念を飛ばし、イサーク訪問の件を相談したいと伝えたところ、ゼギアスはすぐフラキアへ飛んでくるという。ファアルドはゼギアスの到着を待って、イサークを案内させた。ゼギアスがこの件は任せて欲しいというので、ファアルドはゼギアスとミズラを伴ってイサークを待ち受けていた。


 「これは手回しの良いことで、ミズラと・・・・・・多分サロモン王国国王ゼギアス・デュラン様ですね。ファアルド領主は話の早いお方のようだ。」


 イサークは立礼し、ファアルドにケラヴノスの手紙を渡した。

 その後ファアルドを無視してツカツカとゼギアスの前まで進む。


 「よう、久しぶりだな。うまくゼギアス国王の王妃になったらしいな。元気そうで何より。」


 ゼギアスの横に経つミズラに意味ありげな笑みを浮かべてイサークは挨拶する。

 

 「今日は何の御用かしら?貴方は昔より落ちぶれたようね。前の貴方ならこんなことはしなかったでしょうに。残念だわ。」


 ミズラは冷静な口調でイサークの挨拶に答えた。

 イサークはフンッと鼻を鳴らして、ゼギアスに顔を向けた。


 「用件は判ってるようだな。あんたの国の商品を俺にも扱わせてくれよ。できれば製造法も教えてもらいたい。判ってるよな?これはお願いじゃないんだぜ。」


 ゼギアスはイサークを見下ろし


 「願いじゃないと?では何故ここに来たんだ?」


 「あんたの妃と俺のことを知っていてその態度なのか?度胸あるじゃねぇか。あんたのような男は嫌いじゃない。だが、だからと言って要求を変えるつもりもない。」


 「願いじゃなく要求ね。で、俺があんたの要求を飲むと計算してるらしいが、それは見込み違いだ。今のうちに帰ったほうがあんたの為だと忠告するよ。」


 ゼギアスはイサークが強気の理由を知ってか知らないでか、断固とした態度を崩さない。


 「俺の方こそ、早めに要求を飲んだほうが、あんたの妃のためだと忠告するぜ。」


 「ほう、その理由を知りたいな。あんたにミズラを傷つけることなどできないと俺は確信してるのだがね。」


 ゼギアスの目に余裕ある挑戦的な光が浮かんだ。


 「いいのかい?昔、ミズラと俺ができてたことを、その当時のあれこれを世間に言いふらしてもさ?」


 「ああ、構わん。要はあれだろ?捨てられた男が腹いせに昔の女のことを言いふらす・・・・・・つまり男のクズだと自白する行為だろ?やればいい。その程度でミズラが傷つくような状況に俺が置くと思ってるならな。」


 「随分強気だな。そりゃ表面上は俺を責める奴らは多くなるだろうよ。だがな、暇を持て余した貴族や士族の奥様方は興味本位でいいふらすぜ?内心、ミズラを馬鹿にしてな。」


 「同じことを何度も言わせるな。ミズラをそんな状況にはさせんと言ってるんだ。」


 「どうやって?」


 ここまで強気だったイサークだが、ゼギアスの言葉に絶対の自信を感じ不安になってきた。


 この男はただの若造ではない。

 一国の国王なのだとイサークは思い出した。


 「方法はいくらでもあるさ。実力行使でも、政治的圧力でも、経済的な圧力でも、いくらでもやりようはある。お前の言う奥様方は自分の醜聞を知られてる相手の妃のことを面白おかしく話す余裕ある方々だとでも思ってるのか?」


 これはマズイとイサークはやっと理解した。

 旦那に隠れて男を作ってる奥様達などいくらでも居る。

 隠れてかなりの散財してる者も居る。

 そういった奥様達の情報はイサークも当然押さえてある。


 この分だと、賄賂欲しさに不正働いてる連中のことも押さえているのかもしれない。そうだとしたら、ゼギアスの機嫌を損ねるようなことをしたイサークが責められる。

 下手をすれば命を狙いにも来るだろう。その手のことは慣れてはいるが、だからといって増やす危険を犯すことはない。


 「・・・・・・チッ、ダメだったか・・・・・・ミズラ、まあせいぜいその若造の腹の上で腰振ってフラキアに金を落とさせるんだな。」


 捨て台詞を残し、イサークはゼギアスに背中を見せ立ち去ろうとした。

ゼギアスはイサークの肩を掴まえて、もう一度ゼギアスの方へ振り向かせる。


 そしてイサークの頭に手をかざすと、イサークは一瞬トロンとした表情を見せてから元の表情に戻った。


 「では、ゼギアス国王、そしてファアルド領主。また会うこともあるかもな。」


 再びゼギアスに背を向け、ファアルドに立礼して部屋から出ていった。


 「あなた、イサークに何かしたの?」

 

 イサークの相手をゼギアスに全て委ね、ずっと黙っていたミズラはイサークが居なくなったことを確認してゼギアスの最後の行為について聞いた。立ち去る直前のイサークにはミズラへの感心が消えていたように感じたのだ。


 「ああ、ミズラに関する記憶を全て消しておいた。何もしなくても奴にできることはなかっただろうが、念のためにね。ダメだったかな?」


 ミズラに微笑んでイサークの頭に置いた手をヒラヒラと振っている。

 森羅万象を使うまでもなく、催眠魔法と思念回析魔法の応用でイサークの記憶を操作したのだ。


 「・・・・・・いえ、ありがとう。」


 ミズラはゼギアスの胸に顔を埋めて感謝の言葉を伝えた。

 

 「ファアルド領主にも嫌な思いをさせたかもしれない。黙って見守っていていただいて感謝します・・・・・・。」


 その時、イサークが出入りしてた扉とは別の、部屋の奥の扉が開き、ファアルド領主の奥様や側室達、そしてナミビアが入ってきた。


 「ゼギアス様格好良かったわ~。もう出戻り嫁の星よ!星!!アルベールと別れたら絶対にゼギアス様に貰ってもらうわ!!」


 ナミビアの後ろから入ってきたアルベールが”おいおい”といった感じで苦笑している。


 「褒めて貰ったところ、もう戻らなくてはなりません。すみません。」


 まだゼギアスから離れないミズラの頭を撫でながら、ゼギアスは落ち着いて話せないことを謝罪する。

 

 「え~、せっかくゼギアス様に教えて欲しいことあったのに~。」


 ナミビアが残念そうに可愛らしく頬を膨らます。

 

 「ナミビアさん、新作のケーキがこれからここに届くので、それで機嫌を直してください。」


 ”それなら仕方ないな~”と微笑むナミビア。

 その様子をミズラも領主の家族も見て朗らかに笑ってる。


 「では、ミズラ、また何かあったらすぐ声をかけるんだよ?」


 ”ええ”と頷き微笑むミズラの頬にキスをして、他の皆にも挨拶するとゼギアスは転移していった。


 

◇◇◇◇◇◇


 

 イサークがファアルドへ渡した手紙に書いてあった予定通り、エドシルド国王ケラヴノスは正妻のアマリアと長女のモニカを連れてフラキアを訪れた。名実ともに、休暇旅行であった。


 国は長男のアンダールと次男のスオノに任せ、カンドラ、ライアナ、フラキアの三国・・・・・・サロモン王国と友好関係、もしくは協力関係にある国を見て回っている。


 再建中のライアナの想定以上に元気と活気ある様子や、体制変更中にも関わらず、落ち着いた様子のカンドラを見て、いざとなったらエドシルドも奴隷の使役を止めても問題ないかもしれないなとケラヴノスは感じていた。奴隷を使役している限り、サロモン王国といつぶつかるか判らない。その時を見据えて、先に情報を手に入れておこうと考えてる。


 カンドラでもチラホラみかけた板ガラス窓の家が、フラキアでは全ての家がそうだった。長女のモニカは、”自分の部屋にもあの窓があれば、外の景色をわざわざベランダに出なくても見られるのに・・・・・・”と、父にねだるように言っている。


 ファアルド領主から返ってきた手紙にあった宿へ馬車で行くと、ケラヴノス達のための部屋は既に用意されてるという。従者の手を借りるまでもなく、テキパキとした様子の感じの良い従業員に荷物は運ばれ部屋へ案内される。これから案内する部屋はこの街に二つしか無いVIP専用のスイートルームで、受付横から乗る自動昇降機で地上五階まで直通だという。昇降機の外には常時従業員が一人待機しているので、室内利用時に判らない事があった場合や昇降機の利用時はベルで呼び出してとのこと。


 昇降機を降りると廊下の右側が国王夫婦と長女が宿泊するスイートルームで最大六名まで宿泊できる部屋、左側が従者の部屋で最大十二名までの部屋だという。スイートルームからは従者をブザーで呼び出せる。


 ケラヴノス等は入室前から呆気にとられていた。

 今まで利用したどこの迎賓館とも違っていて、どう言葉にすればいいのか判らずにいた。最初は、迎賓館ではなく宿だと?と内心怒っていたが、私用の旅行と伝えていたのだから仕方ないと怒りを治めていた。だが、いざ来てみると、不要に長く歩かずに部屋まで到着したことや、経路が一本なので警備が楽なこと、そして豪華なだけではなく、利用者の気持ちを考えて作られたスイートルームはケラヴノスだけでなく妃と長女にも好評だった。


 妃と長女を連れてきたのは失敗だった。

 政治的な視点からフラキアを見ると、素晴らしいからこそ問題なのだから。

 エドシルドは、妃や長女のように単純に楽しみ、欲しがってはならない。


 確かに、フラキアの変化はエドシルドでも取り入れたいものだ。

 だが、それはあくまでもエドシルドの傘下が条件で、サロモン王国の傘下にあるフラキアと対等の関係であってはならない。


 調度品を見てはしゃぐ長女を横目で見ながら、ケラヴノスはこれから会うファアルドをどのように攻略するか考えていた。


・・・・・・

・・・

 

 領主宅での夕食が済み、妃と長女をファアルドの家族に預けケラヴノスはファアルドと二人きりで別室で話し合う。


 「いや、夕食も大変見事だった。ですが、領地の変わりようも驚きでしたぞ。」


 ”お褒めに預かり恐縮です”と笑顔で返答するファアルド。

 

 「しかし、フラキアだけがこのような恩恵に預かってるとなれば、他国からの横槍も入るのではありませんか?」


 他国とはエドシルドのことで、これから横槍入れるぞとケラヴノスは言葉の裏に圧力をこめる。最初から突っ込んでくるあたり、ケラヴノスは本気のようだ。


 「これは異な事を仰る。私どもは娘を可愛がってくださる方の温情で街を建て直すことができました。我が国だけが恩恵をと言われるのは心外です。」


 「・・・・・・つまり、例えば、娘のモニカをその方へ嫁がせよと?」


 「いえいえ、我が国はご存知のように貧しく、娘の他にはその方と接点を持つ手段がなかっただけ。・・・・・・結果として望外の状況になりましたが・・・・・・貴国であればいくらでも方法があるのではありませんか?」


 ケラヴノスはケラヴノスで考えろとファアルドは言う。


 「言うではないか、数年前までとは異なるな。やはり後ろ盾がでかいと気持ちも大きくなるようだ。」


 「貴国から受けた恩は今も忘れておりません。しかし、私どもは単に娘の夫の力に縋ってるだけです。私ども自身は昔同様に力など持ち合わせておりませんので、他に言えることもないのです。」

 

 ”このタヌキめが!”とケラヴノスはファアルドの、へりくだりながらも非協力的な態度にイライラしている。


 昼間見た街の様子から、フラキアはかなり裕福な領地に変わったのは明らかだ。軍事力も力だが、金も力。にも関わらず昔同様に無力だなどとよく言うものだ。


 ・・・・・・・・・・・・まあ、いい。

 ファアルドとやり合ってもこれ以上はどうにもならないようだ。


 「では、お嬢さんのご主人とお会いしたいが、それは可能ですかな?」


 「ええ、多分大丈夫だと思います。再来週、娘の出産に合わせてこちらに来ることになっております。その後に貴国へ伺って貰えればそれが最も早く会えるかと思いますが、いかがでしょう?」


 「おお、お嬢さんがご出産とは知らず、何も用意しておりませんでした。これは申し訳ない。後ほど贈り物を差し上げるとしましょう。では再来週、訪問の予定を伝えて貰えますかな?こちらもそれに合わせるとしましょう。」


 ”判りました。必ずご連絡を差し上げます。”とファアルドは返事をし、これでこの日の会談は終わった。


 ケラヴノスとその家族が宿へ戻ったあと、ファアルドはゼギアスに一部始終を伝える。

 ”いよいよエドシルドが動き出しました。予定通りですな。”


 その連絡を受けたゼギアスは、正妻のベアトリーチェと第二王妃のマリオン、そしてヴァイスハイトを連れて、後日エドシルドへ向かう予定を組む。

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