43、幕間 ジラール復興の間に
サバトルゴイから現サロモン王国へ移住した者達のうち、シャピロ、レンザ、ブレーゾ、ハリル、ダイアンはゼギアスが斡旋した建築・土木関係の仕事から離れず、自分のチームを抱えてサロモン王国の国内国外の現場を飛び回っている。都市計画担当してるラニエロが、”困ったらシャピロ”と言うくらい、彼らは頼りにされている。そんな彼らは今、ジラール復興事業に駆り出されている。
ゼギアスにとって予想外に生じたジラール復興は、サロモン王国にとって経済面でも軍事面でも大きな事案になっている。
他の現場と異なり、ジラールと近隣工事現場の周囲は飛竜に乗った兵が常時巡回し、魔物の存在でも見つかろうものなら飛竜のブレスで焼かれてしまう。今のところジャムヒドゥン側からの動きが見られないので急ぎ工事を進めている。早急にジラールの軍事拠点としての体制を整えておきたいのだ。
もとのジラール城壁内はそのまま居住区、畜産区、商業工業区として再整備し、元の城壁の外側にぐるっと城壁を建て、内側の城壁と外側の城壁の間を軍事関係地域として建設中。
シャピロ達にとってジラールの現場は他の場所よりも思い入れが強い。ここはジャムヒドゥンで奴隷として使役されてる亜人や魔族を解放するための重要拠点になる予定だ。もともとジャムヒドゥンの金持ちから盗みを働き、それを奴隷に配っていたシャピロ達にとって、ジラールは奴隷仲間だった者達を救うという目的を達成するための現場。力の入れ具合が他と異なっても仕方ない現場なのだ。
人員不足、資材の質と量、壁材の強度への要求など、ラニエロのところに回ってくるシャピロ達からの注文も他の現場とは比較にならないほど多くそして厳しい。
他の現場では”・・・・・・も・・・・・・もう、死ぬぅぅぅ。・・・・・・これ以上は勘弁してぇぇぇ。”と吐いていたシャピロ達の弱音などここでは聞こえない。ここでの仕事が終わったら倒れて寝込んでも構わないという気迫で仕事している。
実際、一日の仕事が終わった後、しばしば風呂で裸のまま倒れてる。疲れて睡魔に勝てないのだ。風呂じゃなくても、作業現場そばに建てられた仮設住居でほぼ毎日倒れている。だが、翌朝には何事もなかったかのように仕事を開始する。
ジラール領主代理フベルトの娘オードリィ・ラプシンは、現場に食事や飲み物を毎日届けてるのだが、シャピロ達の様子に、そして工事の進捗の速さに驚いている。
「適材適所に気をつければ、現場には活気があり、仕事はとてつもない速さで進むものなんだわ・・・・・・。ただ、人手が足りないからと奴隷を使っていたらこうはならないわね・・・・・・。」
確かに適材適所だが、他の現場でのシャピロ達を見ていたらオードリィもそこまで感心しなかっただろう。
だが、ここはジラールの現場。
シャピロ達の執念が発揮される現場。
オードリィの目に映るシャピロ達は、膨大な仕事量を見事にこなす超一流の現場指導者達であった。
オードリィと挨拶はしても無駄な会話をしないシャピロ達への姿勢も・・・・・・単に疲れて余計な行動とりたくないだけなのだが・・・・・・仕事に集中する男として受け取られ・・・・・・この現場では間違っては居ないんだけど、余裕があったら雑談しまくるのに・・・・・・オードリィのシャピロ達への高評価と好意につながっていた。
オードリィのこんな感情をゼギアスが知ったら、”・・・・・・ま・・・・・・まあ、いいんじゃないの”と仲間を評価されて嬉しいと思いつつも複雑な感情を抱いたことであろう。
オードリィだけでなくジラールの女性達はシャピロ達に好感を抱き、そしてシャピロ達に・・・・・・・・・・・・春が来る・・・・・・・・・・・・?
シャピロ達独身男性は、サロモン王国では女性達の男遊びの対象である。
自身を種馬として割り切れば、女性といちゃつくことなど毎日可能だ。
サロモン王国独身男性で肉食獣とは女性の隠語で、本来の意味で使う場合は肉食の獣というように”の”が入る。男遊びの激しい女性は肉食魔獣と呼ばれている。
サロモン王国の独身男性は、獣と魔獣の檻の中で生活してるようなものなのだ。
そんな彼らの前に、草食・・・・・・いや、ジラールの女性達が現れたのである。
都会の生活に疲れた男性が、地方の素朴に見える女性につい騙される罠に彼らはハマっただけなのだがそのことに気づいていない。
ゆっくり休みたい時、扉の鍵をしっかり確認しなくても安全な夜が続く。
風呂で倒れても、起きたら一人で取り残されている平穏な日々。
・・・・・・・・・・・・ここはパラダイス!・・・・・・・・・・・・・・・・・・と勘違いした。
こんな彼らの思いを知ったら、”それじゃ早く結婚しろよ。そしたら彼女達も襲ってこないんだからさ。”とゼギアスは言うことだろう。
そう、以前は相手に奥さんが居ようと、恋人がいようと無視していたアマソナスやゴルゴン等も今では独身男性限定で男遊びをし、子種を求める程度には節度?を持つようになった。ゼギアスが、”不倫ダメ、絶対!”と言うからなのだが、そのせいで独身男性がさらに狙われるようになり、首都エルには、独身男性が夜間歩いちゃいけないエリアが存在するほどだ。
魔族と異なり比較的性にオープンじゃなかった獣人の女性達も、ここ数年でかなり積極的になり、魔族の女性じゃないからと言っても油断できない状況。
さすがのゼギアスも男女比三対七の状況は簡単には変えられない。
一部の種族は雌しか産まないのだから、なかなか変わらない。
こればかりはさすがのヴァイスハイトも”僕、何も聞こえないし見えない”状態になる。
”本来なら週に二日休めと言いたいところだが・・・・・・週に一日は必ず休め。ジラールでもだぞ!”とゼギアスが言うものだから、気持ちが逸るシャピロ達も休まないわけにはいかない。彼らの指示で働いてる者達は週に二日は休ませてる。
シャピロ達が休みになると、ジラールの住民達がささやかな宴会を開いて労ってくれる。ザールートととの移動が可能になり、サロモン王国からの食料支援だけに頼らなくて済むようになってから始まった慰労会なのだが、そこでシャピロ達へ向けられる視線がいつも柔らかく温かいのでシャピロ達は心地よい。
女性からの視線もギラギラではなくキラキラなのだ。
・・・・・・シャピロ達の心境は、 濁点イラナイ!!であった。
一方のジラール女性達にしても、
下品な視線を向けてこないサロモン王国の独身男性ってイイ!
仕事に熱がはいり夜遅くなったときなども、自宅へ送ってくれる時、変なこと言い出さずに送り終えると帰っていくから身の安全心配しなくてイイ!。
そう、生活環境の違いが生み出した誤解が、お互いの印象を良い方向へ働いた。
亜人と魔族によって、あの惨状から救われ、食料事情や住環境は日々改善され、外敵に怯えずに済む生活を送っているジラールの人間には、亜人と魔族を蔑む者は居ない。まだ偏見が残ってる者も居るがごく少数だし、その偏見も他人から注意されると反省して直す程度。
マイナスだった印象がゼロへと急激に移行しようとするとき、マイナスだった時分の自身への反省に拠るものか、それとももっとプラスな相手のはずだという憶測が働き・・・・・・慣性のような力が働くせいか、本当の答えは判らないけれど、とにかくゼロで留まらずプラスの印象へと移行しがちだ。
そういった、自身への無意識な印象操作が働いている状況下で勘違いパラダイスが起きたジラール・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・ええ、・・・・・・ええ、そうです。恋心が芽生えた者が少なくなかったのです。
シャピロ達の部下とジラール女性の間でカップルが次々と生まれました。
サロモン王国からジラールへ派遣されていた男達は我が世の春を謳歌しておりました・・・・・・。
・・・・・・ですが、勘違いパラダイスは勘違いにすぎません。
やがて、男達は気づきました。
あれ?結婚するなら別に首都で結婚しても同じじゃね?
結婚すれば肉食獣達も手出ししてこないのだから・・・・・・。
この件では、高収入とは言えませんがそこそこ収入もあり、衣食住には国からの支援が手厚い、生活に困らない旦那を手に入れたジラール女性軍の勝利に終わったかのように思われました。この世界では、衣食住に困らないというだけで勝ち組ですからね。
その勝利もやがて勘違いだということが判ります。
だって、ジラール領主がゼギアスなのですから、ジラール住民は近い将来サロモン王国と同じ待遇になるのです。今は過渡期でシステムが十分に稼働してないだけで。
・・・・・・・・・・・一過性の熱が冷めたジラールに落ち着いた日々が戻ってきた。
結局、流れに乗りきれなかったシャピロ達は、独身のまま仕事をこなし続ける日々に戻り、勘違いパラダイスの波に飲まれた部下達は、まあ、いずれは結婚するつもりだったしと予定外の結婚生活を受け入れ、シャピロ達の指示の下もくもくと労働に励むようになっていた。
ジラールでは勝利者は誰も居なかった。
だが、ジラールが見せた勘違いパラダイスは、肉食獣達に新たな戦術があると教えてしまった。
ギラギラだけじゃダメ、キラキラも必要だと。
時には濁点を除くことも必要だと。
これにより、肉食獣達の餌食となった者が増えたかは誰も知らないが・・・・・・。
ちなみに、オードリィもまた依然独身のままである。彼女に意中の男性がいたのか不明である。
◇◇◇◇◇◇
ジラール代理領主フベルト・ラプシンは、日々苦戦している。
ゼギアスが使用する言葉のいくつかがさっぱり判らないからだ。
土壌改良だの点滴灌漑だのバーク堆肥を生産するだの・・・・・・実際の作業をするのはフベルトではないにしろ、城壁の内外で行われている作業くらいある程度は理解しておきたいと考えてゼギアスに質問するのだが、返ってきた内容がいつも判らない。
そもそも砂漠地で植物を栽培することが可能なのかすらフベルトには判らない。今まではオアシスのそばで栽培していたが、オアシスから離れた土地で栽培しようとしている。
ある区画では、スプリンクラーなるもので水を撒き、ある区画ではオルダーンから持ってきた大量の落ち葉を砂地に混ぜ、ある区画では羊や牛などの糞を集めては、消臭して堆肥にすると言ってフベルトには理解できない巨大な箱のようなものに入れていたりと、何をしてるのかまったくわからない。
サロモン王国から派遣されてきたエルフや亜人達は、ゼギアスの指示に従って何の疑問も感じないように作業している。
「詳しいことは、ゼギアス様か・・・・・・ゼギアス様の指示で研究しているドワーフ等にしか判りませんが、心配は要りませんよ。」
爽やかな笑顔で作業の結果を保証する。
オルダーンの次期領主クラウディオに話を聞くと、オルダーンでも最初は何をやってるのか判らないまま指示に従ってただけだが、数年経ってみるとだんだん判ってくるという。
うーん、だが、住民から質問されて、”私も判らないけど、あと数年後には判るらしいよ”とは答えづらい。
ただ、上下水道施設なるものも何をするものなのか詳しくは判らなかったが、今では何となく判ってきた。同じように、他のこともいずれ判るようになるのだろうというのは多分事実だと感じてる。
オアシスから水を桶に汲み、鍋に水をいれ火にかけてから使用することも無くなった。蛇口をひねれば飲水が出るというだけで驚きだし、日々の家事も楽になった。さらに家庭にトイレが設けられ排泄物がレバーをひねれば水で流されていき、下水処理施設で家事などで出た汚水とともに処理され、水は川まで配管で送られ、汚泥は肥料などに使われるようになり、街がきれいで臭くなくなった。
今は判らないことばかりだけど、きっとこの街のためにやってくれていることだと思う。
あの惨劇から生き残り、今は新たな家へ住む日を住民全員が楽しみにしている。
サロモン王国から派遣されてきた工事や建築労働者とジラール住民とで結婚する者もいる。大勢の人が亡くなり暗かった街にも明るさが戻ってきてる。
「嫁さんが居なくて不便なら、亜人や魔族でも抵抗ないならいくらでも紹介するぞ。」
ゼギアス様はそう言ってくれたが、まだそんな気にはなれない。代理とは言え領主であるからには、住民にもとの生活よりも良い生活環境が用意されてから自分のことは考えたい。娘のオードリィにまで強要するつもりはないし、誰かと縁があるなら娘は娘の幸せを見つけてもらいたい。以前のように、持参金をたくさん用意して貴族や士族のもとへ嫁いでなどということももう考えていない。というより、もはや自分はそんな立場ではないのだ。
今のところ大きな問題はない。ザールートとの移動は可能になったから商人もやってくるようになった。おかげで物資の補給は楽になり、生活に困ることもない。困ってるのは、サロモン王国が整備しているモノが何なのかが判らない私くらいで、説明できないとしても住民が不安がるわけでもない。派遣されてきた者達と住民の間に一定の信頼関係ができているから私が説明できなくても不安がらない。
私の目にはジラールは復興というより新たな姿へ進展している途中に見える。
判らないものが動いていても、不安ではなくワクワクする期待がある。
期待が余りに大きくなるのは、後の落胆につながりやすいから、期待とは慎重に向き合わなければならないが、期待が無い状況よりは良いのかもしれない。ジラールの住民の活気を取り戻しつつある様子を見ると私はそう思う。
◇◇◇◇◇◇
ジラール復興のための物資は転送、空輸またはザールート経由でサロモン王国からその多くは送られた。だが、物資の輸送はできることならジラールまでの距離が短いほうが、時間や労力の点で望ましい。オルダーンやザールートで調達したほうがコストが安いものは両国から調達した方が良い。
ジラール周辺の土壌改良に必要な堆肥の生産に必要な落ち葉などの原料は、オルダーンやザールートの農地でも使用されるものだから両自治体でも日常的に集められてる。必要とする堆肥の量より多く生産されているので、余剰分をジラールへ送るのは保管の手間が省け、必要としてた経費が減るので両国から喜ばれた。
また、両国から食料や日用品が買われ、派遣者がジラールへの行き帰りでお金を使うので復興景気が訪れたようなものだ。
だが、ジラールで仕事があるというのでサロモン王国からの派遣だけでなく、求職者が他国からも多数訪れた。これによって、現状では事実上ジラールへの入り口となるザールートでは問題も多少発生していた。
まず排泄行為だ。
サロモン王国からの派遣者は、道端や家の陰で排泄してはいけないと徹底されているが、他国から来たものにとって排泄行為は屋外では道端などでするのが普通の習慣。
ザールートも以前は他国と同じだったが、今では上下水道が整備され、水洗トイレすら各家庭では整備されている。旅行者のために公衆トイレも幾つか設置されてる。その辺りの事情はザールートへ入領する際に説明しているのだが、公衆トイレ自体知らないし、屋外の見えない場所で排泄して何が悪いと開き直る者まで出る始末。
数年がかりでせっかく衛生的な環境にしたというのに、悪臭匂う街に戻されては困るのだが、一時滞在してすぐ居なくなる者達への効果的な対応もなく、領主も衛生管理担当者も頭を悩ませている。
次に風紀治安面。
ジラール復興に集まった者は、上品で真面目な者ばかりではない。いや、どちらかと言えば、遊び好きな者の方が多かっただろう。酒好き、賭け好き、女好き、少し程度モラルから外れた事を好み楽しむ者の方が多かったのだ。
人やモノの流入流出が増えて街に活気が出ると、どうしてもこの手の風紀や治安面の問題が生じてしまう。取り締まりを強化するにしても、どのラインを基準として取り締まるかという微妙な問題が生じがちで、下手に取り締まると不満を呼び反感反発を生じさせる。この手の反発反感は更なる風紀治安面へのリスクを高めることもあり、それが更なる取り締まりの強化に繋がり悪循環になることもある。
ザールードの元警備長官、現在の治安担当官ベイリン・メルタルは、もともと風俗業が多い地区・・・・・・商業区北西部のみ取り締まりを緩くし、その他の商業区や居住区は取り締まりを強化することで、風紀治安の悪化を局所的に封じ込めようと考えた。そして旅行者等のザールートに慣れてない者達には、立ち入る際に注意すべき地区の周知を徹底した。
これによりザールート全体の治安悪化は抑えられ一定の成果が出て、ベイリンは監視は厳重にしつつも一安心していた。
ところが、またしても彼の息子ハロルド・メルタルが問題を起こす。
「ベイリン様、傷害事件が商業区北西部で発生し、加害者を連行いたしました。」
部下から報告を受けたベイリンは”加害者が捕まったなら、手続きに従って処理すればいいのに、何故わざわざ報告したのか”と問う。
「被害者がハロルド・メルタル氏で、・・・・・・その・・・・・・ベイリン様直々に裁いていただきたいと・・・・・・。」
”またあいつか、何故自分を特別扱いさせようとするのか”とベイリンは頭を抱えた。
「・・・・・判った。今回は私が対応する。だが、次回からは相手が誰であろうと通常の手続きで対応するように。」
部下が立礼して、警備員詰め所から去っていく。
部下を見送ったあと、ベイリンは重い腰をあげ加害者のもとへ向かう。
取調室に入って加害者を見ると、成人年齢の十五歳になったばかりの獣人らしく、まだ少年の顔立ちをしている。連行した警備員に掴まれることもなく、うつむき大人しく椅子に座っている。
部下から状況を聞くと、被害者と口論になり、加害者が被害者を突き倒したところ、転んだ被害者が手首を捻挫したという。怪我をした被害者が大騒ぎし、警備員が向かったところ、被害者が騒いでいて、加害者が自分から”怪我をさせたのは自分だ”と名乗って大人しく連行に応じたという。
「・・・・・・お前達は、その程度でこの者を連行したのか?相手は少年で口論の末熱くなってついやってしまったと判る状況だ。初犯であるし厳重注意で済ませるところだろう。違うのか?」
部下が俯いて何かを伝えたい様子だが言い淀んでいる。
「何だ。はっきり言え。」
とても言い難そうに部下が口を開く。
「・・・・・・それが、その場にはゼギアス様が居らっしゃって・・・・・・。」
商業区北西部近辺を視察していたゼギアスとその仲間とハロルドが偶然ぶつかったところ、ハロルドがぶつかった少年と口論になり、ハロルドの発言に少年が怒り手で胸を突いたらハロルドが転倒し怪我をした。
すると、ハロルドが”奴隷ごときが人間の俺に怪我をさせた。親父からきつい罰を与えさせる。”と、それを聞いたゼギアスが”そうか、この街では亜人は奴隷扱いなのか・・・・・・。判った、確かにこの者はお前に怪我をさせた、連行するがいい。但し、結果については詳しく聞かせてもらうからな。”と仰り、今も詰め所の外で待ってると言う。
「・・・・・・はあ?・・・・・・お前達は・・・・・・本来、その場で厳重注意で済ませる程度のトラブルを・・・・・ハロルドと一緒になって・・・・・・この街の今後を左右する大問題になる可能性ある話にしてしまったのか!?」
”何故!!その場でハロルドをきつく叱って、加害者には厳重注意処分で済ませなかったのか!!”とベイリンは怒鳴った。滅多に怒りを表情に出さないベイリンが、今にも暴れだすのではないかと思えるほど身体を怒りで震わせている。
「・・・・・・私が悪かったのだな。あの時・・・・・・サラ様とのトラブルの際、きつく言っておいたのだが、あの後忙しさにかまけてあいつの躾けに時間をとれなかった。お前達にもハロルドの言うことだろうと、特別扱いするなと言ってはあったが、まだ甘かったのだな・・・・・・。」
ベイリンのつぶやきに部下達はいたたまれない様子でうつむいている。
加害者の少年の名前等を書類に記し、ベイリンは”今後暴力に訴えないように”と注意し、少年に”帰っていいよ”と伝えた。
少年が椅子から立ち上がったとき、”ゼギアス様には私から報告するので、少々お待ちいただいてくれ”と部下に伝え、”ハロルドを見つけ次第、この詰め所に連行しろ。拒否は許さんと言ってくれ”と別の部下に指示した。
心を落ち着かせるように目を閉じ、胸の鼓動が静まるのを待って、ベイリンはゼギアスのもとへ向かう。詰め所を出たところに、ゼギアスは一人立っていた。
ゼギアスはベイリンの顔を見ると、”話は落ち着いた場所で聞きたい”と言うので、”詰め所の中であれば”と答え、ゼギアスを共に再び詰め所のベイリンの部屋へ歩いて行く。
部屋に入り、ゼギアスを椅子へ促し、ベイリンは自分の席に座った。
「まず先に、些末なトラブルに大げさな対応した部下について謝罪いたします。」
ゼギアスの様子は、怒ってるようではないが笑みはまったくない。
「次に、いまだに人間から見た他種族を奴隷と呼ぶ者が居ることを恥ずかしく思います。これは私の不手際によるものです。申し訳ありません。」
深々とベイリンは頭を下げた。
「先程の・・・・・・加害者の少年には被害者のところへ謝罪に向かわせました。部下の方にはお手数ですが、少年に同行していただきました。被害者はベイリンさんのご子息とのことですので、治療費と慰謝料についてはベイリンさんから私まで請求してください。よろしくお願いします。」
「・・・・・・請求など・・・・・・。」
他の者なら、誠実な対応だと受け取るところだが、相手がゼギアスだと何かの伏線なのではとベイリンは勘ぐってしまい、緊張して言葉を慎重に選ぼうとしてうまく話せない。
「いえ、そこはきちんとしましょう。あの少年・・・・・・ヴォーケルもいい勉強になるでしょうから。」
ベイリンには”こちらはしっかり責任をとるが、そちらは?”と聞える。
「ハッ、判りました。後ほど対応いたします。」
「そう堅くならないでください。この件を過剰に問題視するつもりはありませんから。」
「・・・・・・ありがとうございます。ハロルドはきつく罰しておきます。」
ベイリンは再度深く頭を下げる。ハロルドは二度目だ・・・・・・ゼギアスの言葉にまだ安心できる状況ではない。
「息子さん、一度ザールートから離れさせてはどうでしょうか?」
「といいますと?」
「ここに居る限り、彼は貴方に甘えて生活していられる。自分の力のみで生活するしかない状況なら我儘ではいられないでしょう。何なら・・・・・・サロモンではない場所で・・・・・・フラキアの知人に預けることもできますが?」
”厄介払いされた”とハロルドは拗ねるのではないだろうかとベイリンは心配した。だが男手ひとつで育て、一緒に過ごす時間が少なく、目が行き届かなかったのも事実で、結果、期待から外れて特権意識を持ち我儘に育ってしまった。ハロルドも二十一歳になったのだし、一人で生きられるようになってもらわなければ将来が心配だ。
でも、できることなら目の届くところで・・・・・・とベイリンは悩んだ。
その時、ノックもせずに部屋にハロルドが入ってきて騒ぎ出した。
「あれはどういことなんだよ?何故あいつは注意だけで済んだんだ?牢にぶちこんでもいいはずだろう?あの奴隷のガキは、この俺に怪我させたんだぞ?親父!!」
ゼギアスがそばに居ることにも気づきもせず、ハロルド目がけて駆け寄ってくる。
この瞬間、ベイリンの頭から血の気が抜けていき顔面蒼白になった。よりにもよってゼギアスの前で、あの少年のことを奴隷と口走るとは・・・・・・。
ダメだ。
こいつはこのままではダメだ。
「ハロルド、ゼギアス様にお前を預ける。どうやら私はお前の育て方を誤ったようだ。
」
ベイリンは席から立ち、ゼギアスの前まで歩き、
「この馬鹿者のこと宜しくお願いいたします。何卒、宜しくお願いいたします。」
片膝をついてしゃがみ、”私にはできなかった・・・・・社会の厳しさを教えてやってください。”と頭を垂れた。
”親父、何だよそれ!俺が何で奴隷に・・・・・・”と騒ぐハロルドを無視して、”ご安心ください。息子さんは知人のところで一から躾けてもらいますので。”とベイリンに答えた。
こうしてハロルドは、ゼギアスの部下に監視されながら、フラキアの山奥で浴湯剤の原料になる樹木栽培に就くことになる。逃げたくても体力が無く、作業場から離れるとコカトリスに石化されては連れ戻され、自室で石化を解いてもらうという経験を幾度も味わうことになる。衣食住は同じ作業している者達と一緒で、奴隷と見下していた者達と同じ待遇。
いつになったらハロルドがザールートへ戻れることになるかは判らない。だが、ベイリンのところへは月に一度ハロルドの様子は報告されている。それは日誌のような内容で、自分の元に置いてたときよりもハロルドの生活が判り、ベイリンは特に心配することもなく、息子が一人前になる日を待っている。




