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42、優柔不断なゼギアスと、決断するヤジール

 宰相兼軍師のヴァイスハイトは、カリネリア奴隷解放の話を、ジャムヒドゥン奴隷解放の準備を始める良い機会と捉えていた。


 フラキアはジャムヒドゥンとの間に多くの険しい山脈があり、守りやすい領地ではあるが同時に軍事拠点にするには不便な場所であった。おかげでとても貧しい国で軍事力も無きに等しかったのにも関わらず他国から狙われずに済んでいたのだが。


 ところがカリネリアはジャムヒドゥンと接してる領地だ。ジャムヒドゥンを目標とした軍事拠点とするには良い立地にある。カリネリア奴隷解放をきっかけにサロモン王国と協力関係を作れそうもないなら落としてしまいたいと考えてる。フラキアと合併させてもいいし、サロモン王国を宗主国とした領地にしても構わない。ジャムヒドゥンとの戦いを視野に入れるならカリネリアは手に入れるべき領地だ。


 今回都合が良いのは、カリネリアに対しては強い怒りをゼギアスが見せていること。これまでは奴隷解放にしか関心がなく、領地を奪うことに抵抗しがちなゼギアスにカリネリア奪取を説得しやすい状況だ。


 カリネリアをサロモン王国が手に入れると、コルラード王国に対してザールート側とカリネリア側の二方向からの侵攻ルートができ、コルラード王国を刺激することになる。今のところはサロモン王国に対して中立的な立場のコルラード王国と事を構えるつもりはないが、向こうはそうは考えないだろう。


 コルラード王国は豊かな鉱物資源を活用した重装備の軍を運用する国だ。物理的攻撃も属性魔法攻撃も得意なサロモン王国にとっては、重装備兵だろうと怖くはない。人口も百五十万人から二百万人の間で、兵力もせいぜい二十から三十万がいいところだろう。数だけで言えば、我が国とさほど変わらない。だが、質の上ではサロモン王国の方が大きく上回ってる。正面から当たれば負ける要素など見当たらない。


 だが、コルラード王国にはアロンと匹敵するかもしれない将がいる。国王オルハーンの長男ヤジールだ。グランダノン大陸南東の一地方都市でしかなかったダキアが、周辺都市を併合して今のコルラード王国にまで大きくなったのは、ヤジールの軍事的才能による。


 ヤジールが居ても、戦って負けるとは思わないが、面倒なことは確実。コルラード王国がジャムヒドゥンと組んで、ジャムヒドゥンにはジラール方面へ進軍させ、コルラード王国はザールート側で防御に徹するような作戦に出られた場合、サロモン王国は兵力が足りない可能性が出る。


 だが、ヤジールが居るからこそ、コルラード王国はサロモン王国と敵対することは避けるだろうとヴァイスは考えている。コルラード王国はグランダノン大陸にある国々の中で奴隷がいない数少ない国で、サロモン王国とわざわざ敵対する理由が無い。今までカリネリアへ侵攻していないし、その素振りもないから領土拡大にも今のところは手をつける気はないのだろう。コルラード王国軍を預かるヤジールは、優秀な将だが好戦的な将ではないように思える。国王にも領土的野心はもはや無いように見える。


 コルラード王国は、ジャムヒドゥンとの緩衝地帯としてカリネリアを見ているように思える。とするならば、コルラード王国とは同盟を結ぶべきではないか?

 同盟を結んでから、カリネリアはコルラード王国への脅威にはならないことを説明すれば、サロモン王国への警戒が全くなくならないとしてもジャムヒドゥンと組んだ二正面作戦の実行は避けられるのではないか?


 いや、コルラード王国と表面上同盟結べなくてもいいのだ・・・・・・そうだ、実質的な同盟関係を水面下で結んだほうが・・・・・・。


 奴隷を使役していない国と争う気持ちはゼギアスには全く無いのだから、こちらには同盟を結ぶ障害はない。あとはコルラード王国次第だが、できれば同盟関係をつくりたいものだ。


 ヴァイスハイトはまずゼギアスの説得から始める。






◇◇◇◇◇◇



 「つまり、コルラード王国とは同盟を結んで後顧の憂いを無くしてから・・・・・・カリネリアを手に入れる。そういう理解でいいかな?」


 ヴァイスの予想通り、コルラード王国との同盟には賛成のようだが、カリネリアには奴隷解放以上のことはゼギアスは気が進まないようだ。


 「そうです。ゼギアス様はカリネリアへの方針はお気に召さないご様子ですが、この機会は有意義に使うべきです。比較的楽に手に入れる機会があるのに手を伸ばさなければ、次の機会には更に高いところへ手をのばさなければならなくなるでしょう。ご理解ください。」


 カリネリアの立地が戦略上良いところにあるのは判る。カリネリアに関与する機会を作ったのはゼギアス自身だし、カリネリア領主の姿勢はとにかく気に入らないから感情面でも叩いてやりたい気持ちはある。このグランダノン大陸で最も多くの奴隷を抱えているのは、今やジャムヒドゥンだし、ジャムヒドゥンと争うために少しでも有利な体勢を整えるのはサロモン王国として当然だ。兵達のことを考えると義務と言ってもいい。


 ゼギアスは自身が強くなりすぎたと思ってる。強すぎる自分が、弱いカリネリアを攻めて飲み込むことに抵抗がある。弱い者虐めのように感じるのだ。だがこれは間違った感覚ということもゼギアスは判っている。

 

 目的を果たすためには力が必要だ。

 そのために力を手に入れた。

 カリネリアを手に入れることが弱い者虐めであろうと、それはジャムヒドゥンという強者と戦うために必要な通過儀礼だ。


 ヴァイスが言う通り、相手がリエンム神聖皇国だったらその領地は広く人口も養えないほど多いから奴隷解放だけで済ませ、リエンム神聖皇国支配というサロモン王国には手に余るモノには手を出してはいけなかった。


 だが、カリネリアは違う。

 フラキアへの途中にあり、領地もさほど広くなく、人口も八万人程度と少ない。

 現在のサロモン王国であれば領地支配まで手をつけるべき地域なのだ。


 ゼギアスにもそのことは判ってる。

 

 判っていながらも、奴隷解放には大義名分があるのに、カリネリア支配には大義名分が揃ってないことに引け目も感じてるのだ。


 弱い者を大義名分もなしに攻めて支配することにゼギアスは抵抗を感じてる。


 強い者を相手に、大義名分も持ち合わせた上で・・・・・・などというのはスポーツの感覚であって、一国の王がその目的を果たすための責任を考えるならば過ち以外の何物でもない感覚だ。だが、ゼギアスにはそこに拘りがあり、ヴァイスの意見の正しさを十分に理解しながらも賛成できずにいる。


 「アロンはどう思う?」


 ヴァイスの視線から逃げるようにゼギアスはアロンの意見を聞く。


 「コルラード王国との戦闘というより、ヤジールとの戦闘は、意外と楽に勝てるでしょう。今までの戦闘よりは工夫が必要でしょうが、・・・・・・・・・・・・うちには他国には無い、空中部隊がありますからね。移動に地形の影響受けない部隊というのは強いですよ。移動速度も速いので、ヤジールが上手く対応できなかったら一方的になるでしょう。リエンム神聖皇国の戦闘神官やジャムヒドゥンの術師並の強敵がいない相手なら、コルラードでもカリネリアでも今のうちの軍の敵にはなりえませんね。数年前とは規模も練度も別物ですから。」


 確かにな、兵数は五十万を越えるし、戦術単位でいろいろと編成を変えた訓練をヴァイスとアロンの指揮で厳しく行っていたから、戦略や作戦に合わせて編成を組み替えてもすぐに対応できるだろう。


 それに、盤上戦闘ではまだアロンに大きく負け越してるけれど、デーモンのリアトスが大軍を任せられるほどに成長したのが大きい。ジズー族との戦闘でも少数の戦力で多数の相手とまともに戦えたときからセンスはあると思っていたのだが、部隊運用が上手く、またアロンとの盤上戦闘を繰り返すうちに才能が開花したようだ。ヴァイスとアロンも”リアトスが防御に徹したら、崩すのはかなり骨が折れる”と言い、その力を認めている。


 他にも、これは通常戦力として計算に入れてないのだが魔獣部隊もある。キマイラやケルベロス、コカトリスにガーゴイル、それにシーサーペント、総勢十万体に近い魔獣に拠って構成された部隊。この部隊には困ったところがある。熱くなりすぎてつい暴走することがあるので、戦術上運用しづらいのだ。暴走してもいいから破壊力が欲しい場合には投入できるだろう。


 その上、決戦兵器扱いの俺が居る。


 まあ、どこと戦ってもそう簡単に負けるところは想像できない。アロンの自信と余裕も当然だろう。


 戦闘で苦労はしそうにない。

 戦略上必要である。

 占領後の体制構築も難しそうにはない。


 つまり、カリネリアに関しては俺の拘りだけが問題だということ。


 ヴァイスとアロンだけでなく、シモーナやラニエロにブリジッタ、その他政務の責任者達からの視線が痛い。”ほれ、あんたが決断すれば話は簡単なんだよ!”と絶対に思われてます。


 こういう時、いつもはとても頼りになる奥様達は一人として役に立ちません。


 ”あなたが思った通りにすればそれでいい”としか言わないからね。


 その言葉は嬉しいんだけど、何か違うんだよなあ。

 賛成するにしても、そういう言葉じゃないんだ・・・・・・うん、俺の我儘だね。


 「判った。コルラード王国との同盟は先に進めておいて。使者はマルファに任せるんでしょ?」


 マルファにはいずれ外交面を担ってもらわねばならない。外交面は、ヴァイスが宰相と兼務してるようなものだが、マルファに担当してもらえるべくヴァイスが指導している。今回は良い機会だと思うのだ。外交で、失敗してもさほど痛くない交渉なんてそうそう無い。こういう時に現場を経験して貰わねば。


 「はい。マルファには護衛は必要無いと思いますが、一応ヘラにも同行して貰うつもりです。」


 ヴァイスの返事に頷いてから


 「カリネリアに関しては明日決めさせてくれ。気持ちを整理したい。」


 ”あ、逃げたな!”

 ”サラ様に相談するんだ!”

 ”それとも奥様達の誰かかも・・・・・・”

 ”この手の話になると、まったく優柔不断なんだから・・・・・・”


 ・・・・・・・・・・・・幻聴が聞える。


 幻聴が聞えるんじゃ仕事にならないよね?

 何かから逃げるように俺は政務館を去り、家へ戻る。





◇◇◇◇◇◇



 我が家の裏には庭があり、そこには温室があり、地球から複製してきた種を植えて様々な花や樹を栽培している。観賞用のものもあるが、その多くは香りの検証のために、最近だと、アロマオイル?エッセンシャルオイル?を作り始めてるのだが、そこで利用できそうな種類を栽培してる。


 それらの世話はサエラが好んでやってる。図書館で栽培方法などを調べ、生育中を観察した結果を毎日記録してくれていて、今や香料のための花を生産する地域となったザールートで新たに栽培する品種を選ぶとき、サエラの感想と記録は欠かせないものになっている。サエラは、我が国の商品開発で大きな力を発揮してると言っても過言ではない。


 今日も温室で世話をしながら観察しているようだ。珍しいことにリエッサも一緒に居る。リエッサは活動的でアウトドア系の作業は好きだから、意外と合うのかもしれないけれど、観察のような作業は苦手かもと思っていた。


 温室に入り、二人の様子を見ていると、サエラに教わりながらリエッサはしゃがんで土をいじりはじめた。肥料?水やり?何をしてるのかと見てると、根の発育状況を調べてリエラに報告してるようだ。


 俺の気配に気づいたサエラが声をかけてきた。


 「温室で見かけるのは珍しいですね。」


 サエラは微笑み、リエッサも立ち上がってこちらを振り向いた。


 「ゼギアス様、今日はもうお仕事終わりですか?」


 「そんなことろだね。気持ちが落ち着かなくてさ。今日は早めに帰らせて貰ったんだ。」


 頭を掻きながらバツの悪い顔でそう答えると、


 「この作業が終わったら、散歩しましょう。付き合ってください。」


 ”家でゴロゴロしようと思ってたが、どうせ気持ちの整理しなくてはいけないのだから、散歩もいいよな”と思い、”じゃあ居間で待ってる”と答えた。


 居間に戻る途中、子どもたちの顔でも見るかと部屋を見て回ると、ベアトリーチェやマリオン、スィールにミズラと侍女たちがそれぞれの部屋で子どもの相手をしていた。母親の表情の奥様達を見るのは好きだ。俺は母親の記憶が少ないせいか、そういう表情を見るとちょっとしたことで感動する。


 あれって、何なんだろうな。

 母親の表情って安心する。

 俺にとっては奥さんであって母親ではないのに、彼女達の表情で安心するんだ。

 なんか不思議だな・・・・・・と安心するたび毎回思う。

 こういうのは他の男も同じ気持ちになるのか、いつか確かめてみたい。


 誰かしらが用事で居ないことが多い我が家だが、今は全員が揃ってる。

 こういうのは珍しいなと、他の家では大したことではないかもしれないことに満足して居間へ向かった。


 居間で、リエラが淹れてくれたお茶を飲んでいると、着替えを済ませたサエラとリエッサが来た。サエラ達も少し休んでからにしようかと言ったが、すぐ出かけようと言うのでお茶を一気に飲み干して出かけることにする。


 さあ、どちらに向かって散歩しようかと言うと、俺と最初に会ったアマソナスの集落へ行きたいとリエッサがいう。サエラと話し合って決めたようで、サエラもそこが良いと言ってる。二人がそう言うならと、俺は二人の手を取り転移した。


 首都と同じような建物に建て替えられ、以前とは景観も空気も違う。

 国内視察のたびに何度か立ち寄っていたから、俺には特に驚きはない。


 「ここも綺麗になりました。」

 

 俺の左腕に腕を回してリエッサが呟く。俺は”ああ、そうだな”と返して、再び集落の様子を見回す。


 「ゼギアス様が優しい方でなかったら、あの時に命を落としていただろうと、ここに来るたび思い出します。」


 「あら、リエッサさん、主様に何かしたんですか?」


 右側から俺の腰に腕を回して、サエラが聞く。


 「相手の姿を知らないって怖いですよ?私、ゼギアス様のこと見下した態度で、サラ様とベアトリーチェ様のお二人を同時に相手するつもりで喧嘩売ったんです。」


 「それは命知らずですわね。」


 「ええ、ゼギアス様が大事にされてるお二人に喧嘩を売って、ゼギアス様の怒りをかったりでもしていたらと考えると、目の前の情景も見られなかったはずです。」


 「そうですわね。」


 集落の人達からの挨拶に笑顔で応えながら、三人でのんびりと歩く。


 「でも、そんな私でも今はゼギアス様のおそばにいられるようになった。これって凄いことですよね。」


 「リエッサさんが仰りたいことは判りますわ。私達魔族の考え方と違うゼギアス様だからですわね。」


 「ええ、そう思います。戦いしか楽しめなかった私が、花や木々の成長を楽しみするようになりました。」


 「サエラ、リエッサ、誰かから何か言われたのかな?」


 二人の会話を聞いていてどうも違和感を感じたので聞いてみた。


 「ええ、シモーナさんから”ゼギアス様が奥様達に与えてくれた変化について話してください”と言われました。今、お悩みのことがあるのでしょう?」


 リエッサが隠すこと無く教えてくれた。

 なるほど、シモーナか・・・・・・。


 「主様、生活環境や生活を共にする方が変わるだけで人を変えることもできるのですわ。変わることや変えることを怖がらないで欲しいです。」


 「二人は、今、幸せかい?」


 「「ええ、とっても。」」


 笑顔ですぐ返事が返ってきた。


 「・・・・・・そうか。判ったよ。ありがとう。気持ちの整理がついたよ。」


 俺はカリネリアを占領し支配下に置くと決めた。

 そして今より少しでも幸せな生活を見つけやすい環境を作ろうと決意した。

 俺の拘りなどより大事なことは、俺の分かる範囲だけでもいいからより良く変えることだ。


 シモーナの思い通りになるのはちょっと癪だけど、結局、身近な誰かから何かしらのきっかけさえ与えられれば、ヴァイス達が主張する方針へ俺の気持ちは落ち着くだろうと、俺の拘り、俺の気持ちの整理などその程度なのだということが自分でもよく判った。


 チョロい!!

 チョロすぎるぞ!俺!!!


 ・・・・・・・・・・・・まあ、いいや。 


 俺達三人はしばらくアマソナスの集落を歩き、そして帰宅した。帰宅したときには、俺の悩みは消え、安らかな気持ちで家族との時間を楽しめた。






◇◇◇◇◇◇



 コルラード王国国王オルハーンとの交渉前日、マルファはコルラード王国将軍ヤジールと会っていた。場所はコルラード王国西側中核都市ナッカレのコルラード軍西部駐屯地そばにある宿の一室。この会談は、マルファから申し入れヤジールが会談場所を指定して実現してる。ヤジールはザールート領主と面識があり、マルファがザールート領主カレイズに仲介を依頼したところ、ヤジールから了承の旨が伝えられた。


 お互いの挨拶が済み、本題をマルファが話し始める。


 「本日は、将軍としてではなく次期国王ヤジール様とお話したいと考えております。」


 軍事に関する話ではなく、国家間の将来を話したいとマルファは伝える。


 「ヤジール様は、サロモン王国をどう見ておられますか?」


 「ザールートとオルダーンは何度か訪れた。その双方を見た感想を言えば、協力関係にある自治体には親密に支援する国という印象がある。」


 オルダーンとザールートを見て、ヤジールはかなり驚いていた。長く呪われた街としていつ滅んでもおかしくなかったオルダーンはもちろん、特に目立った特徴もなく経済力が衰えつつあり、コルラードにいつ泣きついてきてもおかしくなかったザールートが、今やコルラード王国のどこの都市より活気ある自治体に生まれ変わっている。・・・・・・・・・・・それも二~三年で。


 ゼギアスからすると、サロモン王国の人手不足の解消と、人間が治める自治体という他国との接点の役割をオルダーンとザールートに求め、サロモン王国で実現させる場合と同様の梃入れを両自治体へ行っただけにすぎない。

 地球で成功したことをゼギアスが持ち込んだだけでも、文明としては中世直前程度のこの世界では破壊的に魅力ある商品を持ち、快適な生活環境が整備された地域に生まれ変わった両自治体は、ヤジールの目には奇跡が起きているとしか見えなかった。


 コルラード王国としては隣接するザールートの活気ある状況を見て、ザールートを自国に取り込みたいと最初考えた。だが、原材料の生産と石鹸の販売はしているものの、製造はサロモン王国で行っており、ザールートだけ支配してももとの冴えない都市に戻るだけだろうということで、ザールート占領の案は消えている。


 コルラード王国には亜人や魔族の奴隷がいない。それもそのはずで、コルラード王国創始者は亜人の血を引いていた。サロモン王国同様に亜人や魔族の力を集めてコルラード王国の基礎を作った。サロモン王国との違いは、他国で奴隷として使役されてる亜人や魔族を解放しようとは動かなかったことと、積極的に近隣の人間が支配する自治体を占領してきたこと、・・・・・・何よりもゼギアスのような特殊な存在が居なかったこと。


 だから、コルラード王国内にも亜人や魔族は大勢居る。ただ、魔族はサロモン王国とは違い、見た目だけでは魔族とはわかりにくい人型の魔族しか居ない。アマソナスのような肌の色さえ除けば人と変わらない外見の魔族でも、肌の色が青いというだけで差別が生じコルラード王国では生活しづらい。


 コルラード王国創始者が、亜人や魔族を人間と対等の存在として見ていなかったことがコルラード王国の現状を生んだ。自身の血に流れる亜人の血は肯定しても、魔族の血は肯定できなかったのだろうが、建国に必要だったから排除できなかっただけなのだ。


 現在のコルラード国王にも魔族を敬遠する傾向はあり、重要な役職には魔族の血を少しでも受け継ぐ者は登用しない。


 だがヤジールにはその偏見が無かった。これは軍を率いて戦う際に、能力を重視し血統への拘りが無かったためであり、能力重視の人材活用がヤジールが率いる軍を強くしている側面もある。戦闘上での経験を積み重ねてるうちに、ヤジールから魔族への偏見が無くなったと言っても良い。


 ザールートの領主カレイズからヤジールの人となりを知り、マルファはコルラード王国国王との交渉前にヤジールとの面会は必要だと考えたのだ。


 「他にはありませんか?」


 「そうだな、各種族の特徴を活かしてるという印象もあるな。」


 「我が国はコルラード王国とは事を構える気は全くありません。鉱物資源の豊富なコルラード王国とはザールート同様に協力関係を結べればと言う者も我が国にはおります。」


 「個人的には、サロモン王国とは共存共栄の関係が望ましいと思っている。国の方針でもぶつかるところが無いしな。」


 「共存共栄には賛同いたしますが、方針がぶつからないというのはどうでしょう?」


 デーモンであるマルファには、コルラード王国の体裁を繕ってる点がはっきり見えている。公でははっきりと言えないコルラード王国の本質だが、マルファはこの面会では見ないフリはしないと言っている。


 「随分と率直に突っ込んでくるな。」


 「ええ、今日は探り合いなどするつもりはございません。外交上必要な政治的下準備ではなく、腹を割った話し合いをしたいと考えて、カレイズ様にヤジール様との面会をお願いしたのです。」


 なるほど、”次期国王”として話したいというのはこういうことだったかとヤジールは姿勢を改めた。マルファは明日の交渉が上手く行かなくても構わないと考えてるのがヤジールには判った。サロモン王国が共存共栄を望むのは、現状のコルラード王国ではなく、ヤジールが国王となったあとのコルラード王国なのだ。


 「で、何を私に望む。」


 「我が軍と衝突する場面での演技。」


 「演技?」


 マルファはカリネリアとコルラード王国との繋がりを掴んでいた。

 ザールートやコルラード王国内ではサロモン王国情報機関長官モルドラの配下が情報を集めている。集めた情報の中にはヤジールも知らないだろう情報もある。それらを利用して、マルファはヤジールを味方に引き入れるつもりだ。


 「戦う素振りだけ見せて、実質は戦わない。そういうことです。」


 ”判ってるでしょ?”と言わんばかりの口調でマルファはその視線を鋭くする。


 「そもそもサロモン王国との衝突など・・・・・・。」


 「カリネリアです。ご存知でしょう?」


 カリネリアから援軍要請が来ていることはヤジールも当然知っている。

 表立ってはカリネリアとの関係は無いが、カリネリアとの次期領主との間に協力関係があり、セドリックが領主に就いたら同盟を結ぶ予定もあると聞いている。


 相手はジャムヒドゥンだと考えていたのだが、実はサロモン王国が相手とは・・・・・・。


 マルファは、カリネリアと同盟を結ぶつもりか、それともサロモン王国と結ぶかと選択を迫ろうとしてる・・・・・・ヤジールはこの面会の重要性と危険さに気づいた。


 「それを私の独断で返答しろと?」


 「ええ、もうお判りでしょう?私共が交渉相手と考えるのはヤジール様貴方だけですから。」


 ・・・・・・・・・・・・これは交渉ではない、脅迫だ。


 この場でヤジールが否定した場合、カリネリアの要請に従ってサロモン王国と衝突したら、コルラード王国との共存共栄など考えないと言うことだ。

 サロモン王国にとっての交渉とは今現在行われているこの面会だ。


 では何故、国王とも交渉する場を設けてるのか?


 簡単な話だ。


 ヤジールに貸しを作ってるのだ。

 サロモン王国と軍を向き合わせるのは、本心はどうあれヤジールは現国王の命令に従うしかないという、将軍としての立場に従うしかないというアリバイを作りやすくしているのだ。

 国王はサロモン王国からの依頼を受け入れないだろうという前提で、その場でヤジールが国王に”サロモン王国との交渉に応じるべき”と忠告する機会を持てるよう、明日の交渉の場を用意してるのだ。ヤジールにこの場で決断を迫るための準備、舞台なのだとはっきりと判った。


 サロモン王国は、コルラード王国との戦争も辞さない覚悟でカリネリアを取りに行くとヤジールに伝えてる。単純に損得勘定で考えれば、カリネリアを捨てサロモン王国を取る。問題は、現国王とカリネリア次期領主との間に水面下ではあるが協力関係が既にあること。コルラード王国とカリネリアとのような協力関係は、カリネリアの他にもあり、コルラード王国の信用を考えれば、サロモン王国の方が魅力的だからと簡単に手のひらを返すような真似はできない。


 なるほど、だから演技なのか・・・・・・。


 サロモン王国はコルラード王国の面子を潰さないと、コルラード軍に大きな被害を出さずに撤退する機会を与えるから撤退しろと言ってるわけだ。


 ここまで考えてヤジールは深刻な問題に気づいた。

 ヤジール率いる軍であっても、サロモン王国は勝利できる絶対の自信があるということ。


 そう考えると、カリネリアに援軍を出してサロモン王国と衝突し、サロモン王国軍に敗北したら、カリネリア占領を後回しにしてコルラード王国へ侵攻する可能性もある。

 いや、ヤジールならば、軍事力の無いカリネリアなど放置し、戦端を開いたことを口実にコルラード軍を叩けるだけ叩くだろう。可能ならばカリネリアより先にコルラード王国を占領支配する。

 もしそうなれば後ろ盾を失ったカリネリアなど軍を進めるだけで降伏するしかないのだ。


 では何故先にコルラード王国と戦おうとしないのか?


 サロモン王国はコルラード王国への領土的野心は無いと示してるのだろう。


 なるほど、目標はジャムヒドゥンか。

 ジャムヒドゥンとの近い将来生じる戦争を想定してカリネリアを手に入れたいのだ。


 「お話はよく判りました。返答は明日の交渉の場でということでお願いしても?」


 マルファは了承した。


 サロモン王国の提案に乗るにしても乗らないにしても、この場で言質をとられたくないというヤジールの考えも立場も判る。


 交渉の場で、国王の判断次第でヤジールがとる行動、それこそがヤジールの返答なのだ。


 「では快く面会に応じて下さったお礼を差し上げますので、どうか楽しんでくださいませ。」


 別れ間際に数枚の紙・・・・・・書類をアジールに渡して、マルファは笑顔で宿から出ていった。


 ヤジールが受け取った書類には、コルラード国内有力者のうちから反国王派の名前が列挙され、その者達へ渡されたカリネリアからの資金と、その者達が抱えている傭兵の名と人数が記されていた。

 

 駐屯所へ戻ったヤジールは、その書類に記された内容の真偽を確かめるよう配下へ指示する。将軍とは思えない態度・・・・・・司令室の机に足を投げ出し部屋の一点を見つめながら、ヤジールはコルラード王国の将来を見つめ直している。

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