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36、フラキア、そしてミズラ


 フラキアに入ったゼギアスは、まず地形と気温に湿度を調べ、次に山に入り幾つかの樹木を探した。薬草取りで山の探索にゼギアスは慣れているからこの手の仕事を嫌がらない。しばらく探索すると探していた樹木が見つかり、気温や湿度も予想通りだったことに、これならいけそうだと呟いた。土壌などの調査はまたの機会でもいいだろう。


 フラキア自治領主ファアルド・シャルバネスの館へ向かい、ゼギアスは門のノッカーを叩く。館から執事が出てきて、”どちら様でしょうか?”と問われる。その顔には予定外の訪問客に興味深そうは色が浮かんでいる。貧しい自治領だから訪問客は少ないのだろう。


 「サロモン王国国王ゼギアス・デュランと言います。お約束もない突然の訪問お許し下さい。自治領主のファアルド・シャルバネス様はご在宅でしょうか?」


 本来なら一緒に来ているモルドラが話しかけるのが普通だろうが、面倒だし、国王と言ってもそんな大層なものじゃないしなと思い、自分自身で名と用件を告げた。執事は、門を開け、館内に案内し、”主人に確認して参ります。こちらで少々お待ち下さい”と言って二階へ上がっていく。


 俺とモルドラは黙って、館の内装を眺めながら待っている。

 古いが上品な調度品が館の持ち主の趣味を伺わせる。


 先程の執事が戻ってきて”ご案内します。こちらへどうぞ”と俺達を部屋へ先導し案内する。通された部屋には、五十代半ば風の男性がこちらを向いて立っていた。俺とモルドラはその男性の前まで進み立礼して挨拶をかわす。


 「初めまして、サロモン王国国王ゼギアス・デュランと言います。お約束もなしに突然訪問いたしましたことお許しください。こちらは部下のモルドラと言います。宜しくお願いします。」


 「初めまして、私がフラキア自治領主のファアルド・シャルバネスです。遠くから良くお越しいただきました。」


 自治領主に促されるままに、俺とモルドラは厚く丸い木製テーブル横の椅子に座る。


 「私は腹芸とか苦手なので、率直に話をさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


 俺が話を始めようとした矢先に、執事がお茶を持ってきた。

 早い、段取りが良いのだろう。


 「ええ、どのようなお話かは判りませんが構いませんよ。」


 「ではお言葉に甘えて、フラキア自治領の苦境を抜け出すお手伝いと、取引について参りました。」


 横で立礼しこの場を去ろうとしていた執事の動きが俺の言葉が耳に入ったのだろう、一瞬止まった。

 だが、すぐ動き出して去っていった。


 「苦境といいますと?」


 「幾つかございます・・・・・・。」


 経済面での問題。

 安全保障的な問題。

 フラキアの双方の問題についてゼギアスが把握してる範囲で説明した。


 「・・・・・・よくお調べになってる。それで、我が自治領を助ける方法とは?」


 「先に安全保障の方から、もしフラキア自治領が侵攻されそうな場合は、二つの方法を用います。相手が大国であった場合は、その後方を攻めるよう軍を動かし、フラキアには手出ししないよう勧告します。それでも止めない場合は、後方から攻めると同時に、こちらにも軍を送り撃退いたします。勧告と実力行使ですね。」


 「こちらにも軍を送ると言われますが、貴国はこの大陸の逆側にあり、時間的や距離的に無理なのでは?」


 「いえ可能です。転移魔法をご存知ですか?」


 「ええ、存じております。」


 「転移魔法を使って私がこちらに参ります。」


 「お一人で?」

 

 疑ってるとありありと判る表情をファアルドは浮かべてる。


 「ええ、多分一人でしょう。まあ、あと一人か二人は一緒に来るかもしれませんが。」


 「それで侵攻してくる敵を撃退できると?」


 「ええ、状況次第では殲滅します。」


 不審そうな領主に対し、俺は何ほどのこともないことだと平然と言う。


 「信じられませんな。」


 「そうですか、では・・・・・・少しの間ここを離れる程度の時間はありますか?」


 「ええ、今日は特に予定はありませんので。」


 「では失礼します。少々お付き合いください。」


 俺は立ち上がり、モルドラと領主の手を掴み、海岸へ転移した。


 「・・・・・・これは・・・・・・見事ですな。」

 

 転移を終えるとファアルドは驚きを抑えて言った。


 「これから、私の実力を少しだけお見せします。それを見ても私を信じられないというのであれば、私は領主様をお家にお送りしてそのまま帰国いたします。」


 沖に、船やそれに類するモノが無いことを俺は確認する。


 俺は両手を下げたまま魔法力を手に溜める。

 魔法力を溜めてる手が赤く輝き出す。

 十分魔法力が溜まったとして、俺は両手を胸の高さまであげ交互に手を前に出す。


 フッ・・・・・・フッ・・・・・・フッ・・・・・・


 俺の息とともに俺の手から続く赤い線が海上をまっすぐに走る。


 バシィ・・・・・・バシィ・・・・・・バシィ・・・・・・


 どこまでも続く赤い線のあとには、波が跳ねる音と、海水が蒸発している白い煙が立ち上る。

 領主ファアルドの顔に水蒸気をたっぷり含んだ熱風があたっている。

 ファアルドは風が直接当たらないよう手で目を守り、しかし指の隙間から状況をしっかりと確認している。


 「リエンム神聖皇国と戦った時は、向こうの戦闘神官を倒すのにここまで魔法力を使っていません。ハッタリだと思われるかもしれませんが事実です。」


 ファアルドはゼギアスの力を見て、彼の言うことは多分事実だろうと感じた。

 ゼギアスは疲れた様子も全く見せていない。驚くべき体力と魔法力だ。

 これほどの力があり、まだ本気ではないというなら、確かに侵攻する敵を殲滅できるだろう。

 転移での移動と攻撃力を確認して、ゼギアスの話を聞いてみる価値はありそうだとファアルドは感じた。

 

 「じゃあ、戻りましょうか。」


 再び、モルドラと領主の手を掴みゼギアスは転移する。

 領主宅の先程通された部屋へ戻り、三名は椅子に座る。


 「ゼギアス殿の力はよく判りました。では経済面の話というのをお聞かせ願いたい。」


 「はい、茶です。茶の木を栽培しましょう。あとは、浴湯剤ですね。」


 「茶?茶なら各国で栽培しているのでわざわざフラキアから買うとは・・・・・・。」


 「ええ、一般に流通してる茶と同じものであればそうですね。」


 「というと?」


 「一般に流通してるお茶はお茶の葉を酸化発酵させていない緑茶ですが、フラキアでは酸化発酵させた紅茶を作ります。」


 紅茶とはどういうものか、製法も含めてゼギアスは説明した。


 「つまり、製法を変えるだけで味の種類を増やすことが可能なのです。この地の山には野生の茶の木がありましたから、あとは増やしていくだけです。紅茶や緑茶でも一般に流通していないお茶の製法は私共が協力いたします。」


 「ですが、どれほど売れるでしょうか?」


 「そうですね。最初はそうでもないと思いますよ。ですが、私達はお茶よりも紅茶の方が美味しいと感じていただける手段を用いますので、徐々に需要は増えるでしょう。それにフラキアにはもう一つ栽培していただきます。こちらも既にこの地で確認しています。」


 「それは?」

 

 「野生の菊、キンミズキ、ミョウガです。これらは浴湯剤になります。そしてこれらに関しては我が国が購入します。」


 「浴湯剤とは?」


 「お風呂に入れて、何らかの効果を得る薬です。腰痛や神経痛の緩和とかそういった効果です。」


 「なるほど。」


 「ですから、お茶による利益が出るまでは、浴湯剤の利益で一息付けるでしょう。」


 「それで、貴国がわが自治領にそこまでしてくださる理由はなんでしょう?」


 うん、この疑問は当然だ。

 わざわざ遠く離れた土地まで来て、サロモン王国に利益のない話をするわけはない。


 「ええ、ここからが本題です。フラキアが作り上げてきた情報収集ネットワークを我が国のためにも使わせていただきたい。つまり、フラキアに我が国の諜報を担う自治体になっていただきたいということです。」


 ファアルドは答えに詰まった。

 ゼギアスが言っていることは、フラキアにサロモン王国の実質的傘下に入れということ。傘下に入り、サロモン王国の情報収集を手伝えば、フラキアの安全保障を担い経済協力すると言っている。

 だがこのことが公になれば、エドシルドへの参加条件である”宗主国を持たない”に抵触する可能性があり、最悪エドシルド参加自治体からの協力を失うことになる。


 ゼギアスが見せた力は欲しいし、経済協力も喉から手が出るほど欲しい。

 

 どうするか・・・・・・。


 「一晩考えさせていただきたい。」


 「ええ、構いませんよ。」


・・・・・・

・・・


 「ゼギアス様、ファアルド自治領主は誘いに乗りますかね?」


 宿でモルドラは聞いてきた。

 この男は感情を滅多に表に出さない。

 まあ、もともと暗殺者だったというから当然か。

 今も無表情で、声も平坦。

 ぶっきら棒に見えるが、気を使わずに済むので、俺は付き合いやすい相手だ、

 それに、イケメンじゃなく、ややイケメンだから付き合いやすい点がモルドラのいいところ。


 「どうだろうな。ドリスの情報によれば、ファアルド自治領主は冷徹ではないけれど感情的でもない。程よく合理的な性格と言えばいいか・・・・・・。それに、俺達はわざわざフラキアは我が国の傘下ですよだなんて言わない。誰かから聞かれたら、フラキアは友好関係を結んだ自治体の一つですよと、他にもザールートが友好関係にありますよと言うだけだ。だからフラキアの現状を考えれば、俺は乗ってくる確率が高いと思ってる。」


 「そうなると私も楽でいいんですが。」


 そうだろうな。情報機関作りに苦労しているらしいし。

 大陸全土に張り巡らせた情報網なんて簡単にできるわけもないし。


 「それにな、この自治体は俺達のために有ると思っている。」


 「それは?」


 「この国には奴隷が居ない。たまたま奴隷を使ってまでやるほどの仕事も無いほど貧しい国だっただけだろうが、俺達が梃入れする理由としちゃ実はそれだけでもいいんだ。」


 そう。安く使える奴隷だが、住む場所も用意しなくてはならないし、食料も与えなければならない。

 フラキアにはその力も無いのだ。


 「なるほど。」


 「それより・・・・・・領主が乗ってきたら、ここには本国との連絡係が必要になる。その人選は済んでる?」


 「はい、いつでもここに派遣できるよう整ってます。」


 「そうか・・・・・・。」


・・・・・・

・・・


 翌日、ファアルドはゼギアスの提案に乗ると予想通りの返事をしてきた。


 フラキアの資源は人しか無い。

 つまりはフラキアの資源である人を買ってくれる相手としか取引できない自治体とファアルドは悟った。


 この考えに行き着くまで、ファアルドは悩み、やはりエドシルドとの関係を重視すべきではないかと思ったこともあった。だが、フラキアを縁戚関係のある厄介な自治体としか見ていない相手とはいつか破綻する。今しばらく持ちこたえてもフラキアは必ず潰れてしまう。


 サロモン王国はフラキアの人を買って、更にその人を養う手段を提供すると言った。今後は多少形は変わっても、人を生み、人を育て、そして人でこの自治体の価値を生み出していけば、サロモン王国はフラキアを”買う”と、そして”投資する”と言ってるのだ。


 現状のような窮地に、サロモン王国からフラキアに近寄り”買わせてくれ”と言ってきたことにファアルドは運命的なものを感じた。


 「ゼギアス殿・・・・・・いや、ゼギアス様、フラキアの未来を宜しくお願い致します。」


 ファアルドは深々と頭を下げた。

 

 「それはこちらの台詞です。我が国の未来もフラキアにかかっているんです。こちらこそ宜しくお願い致します。」


 ゼギアスはファアルドの手を取って固く握手する。



◇◇◇◇◇◇



 紅茶は製造自体は難しいものではない。

 温度と湿度管理さえしっかりやれば必ず作れる。

 あとはいろいろと試して、美味しい紅茶を追求するだけ。



 緑茶ばかりが流通しているこの世界で紅茶を流行させるには何が必要か?


 紅茶に合うケーキ類だと俺は思ってる。

 手軽なところではパンケーキやクレープ。


 ケーキのレシピはリエラが作ってくれる。

 絶対美味しいに決まってる・・・・・・。

 もうケーキと紅茶の美味しいチェーン店作ってしまうか?

 俺の妄想上では可能だと言ってるが、やはりそこは慎重に少しづつ進めていこう。

 

 オルダーンではマンゴーとメロンに続き、バナナやイチゴも栽培開始している。

 小麦粉はザールートで様々な品種栽培してもいいし、サロモンで栽培してもいい。


 生クリームなんかは畜産に力を入れてきた我が国国内で簡単に手に入る。


 そしてサトウキビとバニラビーンズは我が国の亜熱帯地域で栽培開始しているから砂糖とバニラエッセンスも用意できる。重曹なんか既にあるしな。


 そのうちアイスクリームも作って売るんだ。


 しかし、フラキアが亜熱帯地域にあって良かったなあ。

 地球でいうところのアッサム種・・・・・・収穫量の多い茶の木を栽培できる。

 フラキアの経済盛り立てて、うちとの関係を更に強化したい。

  

 次作りたいのはカカオなんだが、我が国が利用可能な地域内では適した土地が見つかっていない。熱帯地域にある、協力関係築けそうな国や自治体募集中である。



 おっと、こんなことばかり考えていたら大事なことを忘れてしまう。


 フラキアの情報収集は、いわゆるハニートラップの系統だ。

 異性のエージェントを利用した特定人物や地域情報の取得。

 だが、エージェントはフラキア出身者ばかりなので、今後は他の地域出身者のエージェントを増やしていかねばならない。多分、現地でのスカウトになるだろう。その足がかりとして現在のエージェントには情報を集めて貰う。


 また防諜体制も整えなければならない。

 新たに移住して来た者のなかに敵のエージェントが居ないとは限らない。

 人間はもちろん亜人だろうと魔族だろうと、違和感ある入出国者はチェックしなければならない。

 ちなみに産業スパイはあまり心配していない。盗まれても真似できる類のものは、盗まれてもさほど痛くないからだ。我が国独自の技術は、二十一世紀の地球の技術で、古代から中世時代にかかった程度のこの世界の者に真似できるようなものではない。それでも見学者や旅行客が見ることのできる設備は限定してるし、結界も張って許可なき者は接することもできなくしてある。


 国内の諜報は、マルファが今のところやってくれている。

 デーモンがうろついていても国内なら目立たないしね。

 だが、ここ数年で大幅に人口が増えたから、デーモンのジズー族を中心としたマルファの組織だけではチェック仕切れない。それにマルファには外交をいずれ任せたい。


 各方面で人材が揃ってきたが、この方面ではまだまだ人手が足りない。

 とは言え、誰でもというわけにはいかない部署なので地道に増やしていくしかない。とても焦れったいが仕方ない。


 情報機関を急ピッチで整備し充実させる必要あるのがサロモン王国の現状。

 

 フラキアと協力関係結べるようになって本当に助かった。

 商品は短期間で揃えられるけど、エージェントは短期間では揃えられないからね。

 だから、今回のサロモン王国とフラキアとの取引で得をしたのはサロモン王国だと思っている。


 まあ、いつものように、協力相手にはけっして損はさせないよう努力しよう。





◇◇◇◇◇◇ 



 

 「・・・・・・・・・・・・つまり、フラキアはサロモン王国と手を組んだということか。」


 「ええ、そうなるわ。でもフラキアにしたら仕方ないんじゃなくて?そうなるよう貴方が仕向けたようなものですものね。」


 一組の男女が、ベッドの上で裸体で横たわってる。

 女が男の胸に頭を乗せ、男の胸に手を置いている。


 「いや、サロモン王国が出て来るとはまったく予想していなかった。フラキアが我に泣きついてくるよう仕向け、エドシルド内の毒になって貰うつもりだったんだが計画が狂った。」


 「まあ、いいわ。そういうことなので私が貴方と逢えるのもこれが最後になるわね。」


 男が顔を横に向け、女の顔を鋭い視線で見つめる。


 「サロモン王国側からの監視が入るというわけか?」


 「そうよ。身辺調査されてる最中なの。今日だって危ない橋渡ってるんだから感謝してよね。」


 男の視線が少しだけ鋭さを弱める。


 「その分の報酬は上乗せする。それでお前はこれからどうする。」


 「・・・・・・フラキアに戻されるか・・・・・・、いえ、サロモン王国へ行くことになるんじゃないかしら。」


 「そうか・・・・・・。サロモン王国の情報を手に入れて我のところに戻って来る気はないか?」


 表情を変えずに男は言うが、女はクスッと笑って淫らな表情を作る。


 「あら、欲しいのは私じゃなく情報ってわけね。」


 「・・・・・・両方だ。」


 見抜かれた男は顔を天井に向け、表情のちょっとした変化を女から隠す。


 「・・・・・・・・・・・・貴方は贅沢させてくれたし、夜の方も素敵だった。でも、止しておくわ。」


 「何故だ。」


 「今までは、フラキアにもメリットがあると思ったから貴方の協力もしていたけど、これからは違うようなんですもの。これでも私、フラキアを愛してるの。」


 「そうとも言い切れんぞ。」


 「何を言うかと思ったら・・・・・・。貴方の商会がここまで大きくなれたのは、グラン・ドルダのガウェイン様のおかげじゃない。なのに、テムル族のほうが儲けられるとなったら、テムル族のドルダをグラン・ドルダにしようと画策しているくせに。」


 女は男から離れ、男に背を向けてベッドに座る。


 「・・・・・・。」


 「貴方にとってはグラン・ドルダも私も貴方の商会のための道具でしかないのでしょ?貴方の商会を大きくするためのね。まあ、その野心的なところが貴方の魅力なんだけど・・・・・・。でももう終わりにしましょ。貴方はジャムヒドゥンを経済で操る。私はこの先サロモン王国国王の傍使えとして生きる。もう逢うことはないわ。」


 男の方には顔を向けず、下着を身に着けながら女は話す。


 「・・・・・・。」


 「私を殺しても無駄よ?私が帰らなかったら、貴方と今夜逢ってることはフラキアに報告されるのよ。それだけ判れば、貴方はフラキアとサロモン王国の敵になる。これからと言う時に騒ぎを起こしたくはないでしょ?」


 女は男の方へ振り向き微笑む。

 男は女の顔見て、これだからこの女は怖いと思っていた。


 「・・・・・・フフフフ・・・・・・お前のそういう賢いところが我は好きだったんだがな。まあ良い。次にお前の名を聞く時は敵かもしれんな。」


 男は初めて笑顔を見せ、視線を女から天井に移す。


 「・・・・・・敵に回らないとは約束できないわね。でも、これまでのことは誰にも言わないわよ。それだけは約束してあげる。」


 着替え終わった女はベッドから立ち上がる。

 真紅の衣装が女の性格を現しているように見える。


 「行くのか?」


 「ええ、楽しかったわ。あまりオイタしちゃダメよ?これでも私、貴方のことも気に入ってたんだから・・・・・・。」


 女は男の頬に唇を当て、名残惜しそうに離す。

 そして振り返らずに部屋を出ていった。


 女の香りがまだ残る部屋。

 ベッドに残された男は枕元から煙草を取り出し火を着けくわえた。


 「サロモン王国か・・・・・・。」


 男は煙とともにつぶやく。


 「・・・・・・・・・・・・我の邪魔はさせん。」


 ジャルディーン一の大商会ラザードの会頭イサーク・アクダールは、その黒い瞳の先に初めてサロモン王国を見すえた。


 

◇◇◇◇◇◇



 「お父様、お呼びですか。」


 ジャルディーンから戻ったミズラ・シャルバネス。

 七歳の時に、将来が見込める美人としてファアルドに養女として引き取られた。

 その後、王族や貴族、士族が相手でも対応できるよう教養やマナーを身に着けさせられる。ウルス族の遠縁の家へ嫁いだが、最近、リエンム神聖皇国との戦争で夫を失い、この度実家の事情ということでフラキアへ呼び戻された。

 ミズラは、艶がありながらも品の良い顔立ちをしていて、手足は細く、胸とお尻はしっかりと主張するスタイルの女性。白い肌に黒い髪、そしてブラウンの瞳。


 ファアルドにとって、評価が高い手駒のうちでも上位三名に入る女性だ。


 「うむ、イサークとの別れは済ませてきたか。」


 一瞬顔が強張ったが、父ならば知っていても不思議はないかとミズラは諦める。


 「ご存知でしたか・・・・・・いつから?」


 「お前がイサークと最後に逢った翌日だ。サロモン王国から伝えられた。」


 ファアルドの声に冷たさは無いが、表情に柔らかさもない。

 ・・・・・・そうか知られていたか。


 「それで私は?」


 「お前がイサークに話していたように、サロモン王国国王のゼギアス様に仕えよ。」


 そう、あの時の会話も聞いていたのね。


 「お咎めは・・・・・・?」


 「特にはない。但し、お前の意思だけではここに二度と戻れないと覚悟してくれ。」


 「私の意思だけではといいますと?」


 「ゼギアス様がお許しになれば戻っても構わないということだ。」


 戻ってこれる可能性があるというのは良かったが、二度と戻れないと覚悟しろと言われてるのだから、ファアルドはミズラをもうフラキアには居ないものとして扱うつもりだ。


 「ですが、戻ったところで私の居場所はないのでしょう?」


 「そうだな。お前をゼギアス様へ差し上げるのだ。」


 差し上げると言われてもミズラに動揺はない。

 夫が亡くならなければずっと嫁ぎ先で生活していたはず。

 単に、今度はゼギアスの意思に沿った立場になると言っているだけだ。

 それが妻でも側室でも愛人でも侍女でも何でもありということ。

 フラキアとの関係強化に繋がるならば立場には拘らないということだ。


 「それは構いません。それがフラキアのためになるのなら、喜んで私はその方のものになりましょう。」


 きっぱりとした表情でミズラはファアルドに意思を伝える。

 するとファアルドは顔を崩し、微笑みを浮かべ、優しい口調でミズラに話す。


 「心配するな。行けば判るし、会えば判ることだが、ここやジャムヒドゥンに居るよりお前は幸せになれると私は思ってるのだ。」


 「お父様はサロモン王国へ?」


 「ああ、行ってきた。もちろんお前ならばゼギアス様の役に立てるという理由もあるのだが、これまで苦労をかけたお前にはあそこで幸せになって欲しいとも考えて決めたのだ。」


 「本当に幸せになれる場所なのでしょうか?」


 世間では奴隷の国、蛮人の国と呼ばれてる。

 グランダノン大陸南部は未開の土地とも聞いている。

 そのような場所で幸せになれるのだろうかと疑問を抱いた。


 「ああ、あそこに居れば、イサークから狙われる心配もない。亜人や魔族が多いところだから、雰囲気に慣れるまでは生活に多少違和感を感じるだろうが、人間も生活しているし、何よりも気持ちの温かいところだ。お前もきっと気に入ると思うぞ。」


 ファアルドがこういうのだ、世間の噂とは違う場所なのだろう。


 「ゼギアス様は私がしていたことをご存知なのでしょう?私を信じてくださるかしら?」


 ミズラが、フラキアとイサークとの間で二重にエージェントを務めていたことを知ってるのだ。不信な者として遠ざけても不思議ではない。


 「ハハハハハハ、大丈夫だ。既にお前をお認めになってくださってる。」


 「それはどうしてでしょう?」

 

 「あの方から言ってきたのだよ。お前は確かにイサークにも情報を漏らしていたが、お前なりにフラキアのことを考え、フラキアが困ったときにはイサークを動かして金を貸し付けてもらえるようにとの理由があった。だから怒らずにいてやってくれとね。」


 「ゼギアス様は何故それを知っているのでしょう?」


 ミズラは心底驚いた。

 あの夜、自分がイサークに情報を漏らしていた理由など話していないはず。

 どこでそんなことを知ったのだろう。


 「それは判らん。だが、お前の身を案じ、イサークの手の者も排除してくれたらしいぞ。不思議なお方だし、恐るべき力も持ってるが、優しい方だと思うぞ。」


 そうか、既にフラキアの・・・・・・いえ、私のために動いてくれていたのか・・・・・。


 「判りました。お父様のご指示通り、私の全てをゼギアス様に捧げて尽くしましょう。フラキアに捧げたのと同じく。」


 「ああ、ここには戻れぬかもしれんが、私も行くことが必ずこれからもある。再び会えないというわけではない。」


 ミズラは数日後サロモン王国へ旅立った。

 サロモン王国から来たエルフとともにグリフォンの背に乗って・・・・・・。





◇◇◇◇◇◇



 



 ミズラ・シャルバネスがサロモン王国に来てから一月が過ぎた。

 ゼギアス家に部屋を与えられ、自由にしていいからと言われたものの、どうしていいのか判らず毎日ベアトリーチェやリエラの手伝いをして過ごしている。


 そんなある日、


 「ミズラさん、ちょっと宜しいでしょうか?」


 部屋へ戻ろうとしていたミズラをサラが呼び止めた。


 あら?何か気に障るようなことしたかしら?と一瞬思い身がキュッと引き締まった。ゼギアスの妹の機嫌を損ねて、フラキアに損害を与えるのではと心配したのだが、サラの表情はどちらかといえば憂いがある感じで、ミズラを責めるような空気ではない。


 「はい、構いません。」


 「ではミズラさんのお部屋でお話させてください。」


 ミズラはサラを伴って部屋へ入る。

 ミズラはベッドに腰掛け、サラは机の前の椅子に座った。


 「確認したいのですが、ミズラさんはフラキア自治領のためにサロモン王国へ移住されたのですよね?」


 「はい、ゼギアス様もご存知だと思います。父が私とゼギアス様にそう言いましたから。」


 「そうですか、判りました。どうやら兄はその言葉の含みをまったく理解していないようです。肩身の狭い思いをさせてしまい申し訳ありません。」


 サラが頭を下げるが、ミズラはいまいち理解していない。


 「あの?サラ様がどうして謝られるのでしょうか?」


 「ミズラさん、単刀直入に聞きますが、フラキアとサロモン王国の関係強化のために、兄のところへ嫁ぐ、もしくは兄のそばに居られる立場を求めて、こちらに来たのではありませんか?」


 確かにそうなのだが、そうだと言って良いものか・・・・・・。

 だが、隠していて、今の状態がずっと続いては父がいつまでも心配するだろう。


 「はい。」


 「後で、兄と話します。そこに同席していただけますか?」


 「ええ・・・・・・。」


 それから一時間後・・・・・・。

 ゼギアスとサラ、そしてミズラの三名が居間のソファに座っている。


 「お兄ちゃん。また悪い癖を出してるでしょ?」


 「え?どうした?」


 「ミズラさんを我が家に迎い入れたのに、何もしないのはどういうことなの?」


 「何を怒ってるんだ?」


 ゼギアスはサラの勢いに呆気にとられている。


 「ああ、もう焦れったい。サロモン王国とフラキア自治領は離れてるわよね?」


 「そうだな。」


 「オルダーンやザールートと違って、何か起きた時、サロモン王国へ住民の避難なんて簡単にできないわよね?」


 「ああ、遠いからな。」


 「そんな状態のフラキア自治領領主がお兄ちゃんと協力関係にあるわよね?」


 「そうだ。」


 「万が一、お兄ちゃんがフラキア自治領を見捨てたらどうなる?」


 「そんなことは絶対にしない。」


 ゼギアスは身を乗り出してムキになってるかのように断言した。

 ミズラは、フラキアが見捨てられることはないのだと知り安心する。


 「判ってるわよ。私達は判ってる。でもフラキア自治領主はお兄ちゃんとはまだ深くも長くも付き合いないわよね?信用したくてもどこかで心配しちゃうわよね?」


 「そりゃ仕方ないよな。」


 「じゃあ、ミズラさんをサロモン王国へどういう気持ちで送ったか考えてみたら?」


 「・・・・・・俺との間に縁を作るため・・・・・かな?」


 「そうよ、その通りよ。なのに、ミズラさんを王妃にも愛人にもしないまま一月も放っておいてるってどういうことよ?」


 「え?でも、俺は約束を必ず守ると・・・・・・、そのうち判ってくれるでしょ?」


 「それはそうよ。でもね、だったら何故ミズラさんをサロモン王国へ、我が家へ受け入れたのよ?」


 「ん?・・・・・・ああ・・・・・・ああああ・・・・・・。」


 「やっと判ったようね。フラキア自治領主はミズラさんをお兄ちゃんが王妃や側室などにするものとして受け入れたと思ってるわよ。ミズラさんだってそうよ?」


 「つまり、俺以外は皆、ミズラさんを俺が王妃なり愛人なりにいつするのかと心配している状況だと・・・・・・。」


 「その通りよ。いい?お兄ちゃんはもう国王なの。政治的な結婚だって状況次第では受け入れなければならないの。いつまでも感情重視の結婚に拘れる立場じゃないの。それに政治的結婚だっていいじゃない。ちゃんと大事にすればいいのよ。」


 「・・・・・・。」


 「だいたい、ミズラさんのこと嫌いじゃないんでしょ?お兄ちゃんが大好きなタイプですもの。スタイルもいいし、美人だし、賢いし、政治的結婚だとしても何か文句でもあるの?」


 「いや、無いけど・・・・・・。」


 うん、文句なんかまったくない。

 お願いして、傍にいて欲しいくらいだ。


 ゼギアスは、サラの話が既に結婚に限定されてることに”おかしい”と思っているのだが、何か言っても聞いてもらえず、ただ説教が長くなるだけと諦めて聞いている。


 「やっぱりそうだったんだわ。まぁた変な拘りで、ミズラさんのこと見て見ないようにしてたんでしょ。」


 「・・・・・・。」


 「いい?お兄ちゃんの前世での常識はこの世界では邪魔なこともあるの。その一つがお兄ちゃんにとっては婚姻。そりゃ私だってお相手の女性に問題があるなら、お兄ちゃんのその常識を理由に断るわよ。それじゃ判ったわね?」


 「んー、ミズラさんを王妃にするってことだよね?」


 ミズラは、愛人でも構わないと思っていたのだが、まあ、王妃のほうがいいわよねと黙って聞いている。・・・・・・・・・・・・しかし、ゼギアスが妹のサラには弱いと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。・・・・・・なんか面白い。


 「そうよ?不満があるの?」


 「いや、無いけど・・・・・・、やっぱり・・・・・・、その・・・・・・。」


 「困ったものね。早く奴隷制度をこの大陸から無くして、優しくて綺麗な奥さん達とハーレムライフ送りたいんでしょ?」


 「グッ!・・・・・・それは誰から・・・・・・?」


 「エルザークから教えてもらったわ。オスらしくていいじゃないかと大笑いしてたわよ。」


 「・・・・・・。」


 エルザークめ、余計なことを・・・・・・。


 「お兄ちゃんはまた一人素敵な王妃を迎えられて嬉しい。・・・・・・フラキア自治領主はお兄ちゃんと関係強化できて安心。・・・・・・ミズラさんはサロモン王国での立ち位置を確保できてやはり安心。・・・・・・お兄ちゃんの変な拘りさえなければどこにも問題ないのよ。ベアトリーチェさん達にも一応は聞いてみたけど、私と同じ意見だったわ。」


 「リーチェ達もか・・・・・・。」


 まあ、そうだとは思う。ベアトリーチェは俺が愛人作るものだという想定で動いてるし、マリオン達だって俺が今以上に王妃を増やすのは当然のように言うものなあ。


 「いい加減にしてほしいわよ。そろそろ大人になってちょうだい。ミズラさん、こんなガキな兄でごめんなさい。宜しくお願いしますね。」


 「い・・・・・・いえ・・・・・・こちらこそ。」


 ミズラが王妃になると決まってしまったようだ。

 ミズラは望めるうちで最良の結果になったので不満はまったくない。

 ゼギアスは他の王妃達とも仲良くやってる。その様子を見ると全員を大事にしてるのだろうと想像できる。これまでの一月もミズラに優しかったし、きっとこれからも優しいのだろう。ゼギアスの妃になることに不安はない。


 それにしても、二重エージェントしていたことがバレて、サロモン王国への移住が決まった時は、奴隷にはされないにしても、ぞんざいな扱いされると思っていたのだが、蓋を開いたら第六王妃になるという。


 ・・・・・・・・・・・・ほんと人生って判らないものね。

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