11、港町オルダーン
昨夜の寂しい気持ちを忘れ、イケメンドワーフと共に飛竜に乗ってドワーフ達の元へ向かう。俺は刀工の”呼ばれし者”と会えると期待にワクワクしていた。
俺の中ではその刀工の呼び名(仮)は既に決まっていた。
”マサムネさん”
やっぱ日本刀と言ったら正宗だろう。
名刀と呼ばれるものが他にも色々あるのは知ってるよ?
菊一文字、童子切安綱、大典太に数珠丸とか知ってるよ?
でも俺の中では正宗が一番。
理由はと聞かれたら、そんなものはないと答えるしか無い。
敢えて言うなら、博物館で見たとき、綺麗と感じたのがきっかけかもしれない。
けっしてゲームで最初に覚えた名刀の名前が正宗だからではない。
そこは先走りして決めつけないで欲しい。
おっと、同行してくれてるイケメンドワーフ君の名前を伝えてなかった。
彼の名前はイワンという。
ちなみに、独身。
独身のイケメンなんか特に危険だよ。
まあ、エルフの男性はほぼ全員がイケメンだから、いつもどこか敗北感を感じながら付き合ってる。顔や態度には出さないけどね。
彼曰く、”私は他の種族からはウケがいいのでドワーフには珍しく行商人やってますが、同族にはとてもウケが悪いんですよ。この外見のせいですかね。”とか言っているがそれがどういう意味なのかよく判らなかった。
でも、話してると気さくで良い奴っぽい。
イケメンで気さくな良い奴……。
あまり好きになれないタイプだね。
嫌いにもなれないんだけどさ。
途中で休みを入れなければ六時間位で到着する距離。
だけど、六時間飛竜に乗りっぱなしというは慣れない人には辛いだろう。
ということで、あと二時間も飛べばドワーフの村という辺りで、小さな里を見つけたので、そこで休憩をとることにした。その街から少し離れたところに泉があったので、飛竜にはそこで休憩していてもらうことにした。
俺とイワンはその里で休憩できそうな飲食店に入り、軽食と安いワインを飲んだ。
たわいもない雑談していると、目の周り以外を覆った人が俺の横に立って
「お前は魔族か? 」
と女の声で突然聞いてきた。
俺とサラの父はデュラン族だが母は魔族と人間の混血。
だから、どう答えたら良いものかと悩んだ。しかし、俺と魔族との関係なんてよく判ったな。俺達から教えないうちに判ったのは今までエルザークだけだったのに。
「魔族とは言えないけど、魔族と全く無関係ではないかな」
「お前が関係する魔族とは妖魔族か? 」
「いや、違う。妖魔族とは関係ないよ」
母の父親が魔族だったらしいが、確か、空魔族と母から聞いた覚えがある。
「嘘は言って無いようだな、ならば手出しはしないが、出来る限り早めにここを去れ。私はちょっと特殊でな。近くに魔族が居ると判るんだ。見えなくても判るから、隠れていても無駄だぞ」
「うーん、用の途中で長居するつもりはないけど、強制されるのは嫌いだな。それともここには魔族が居ちゃいけない決まりがあるのかい? そうなら別に逆らう気は無いが」
実際、ここに落ち着いて三十分も経ってないんだ。
「決まりはない。だが私は魔族が嫌いなんだ。憎んでると言ってもいい。この里には魔族が居ちゃいけない決まりはないが、魔族を殺しちゃいけないという決まりもないんだが、判らないか? 」
腰に下げた剣に手をかけている。
うーん、どうしたものか。
雰囲気から、それなりの使い手とは判るが、俺の相手になるほどではないことも判る。
このまま仕掛けてくるようなら気絶させてしまうか。
多少腕に覚えがある程度で他人を脅す態度は気に入らない。いつでも自分の思い通りになるわけじゃないことを教えたほうがいいかもしれない。
そう考えながら、その女の目を黙って見ていると
「判らないようだな。今日ここに来たことを後悔しろ」
剣を片手で抜きざま、ヒュッと横に薙いできた。
俺は両腕に無属性の龍気を纏わせ、片手で剣を受け止めつつ、その女の鳩尾に空いた拳を突き入れる。
ゴフゥッっという声と共に吐瀉物を出して、その女は俺に向かって倒れてくる。
しょうがないなあと言いつつ、女を片手で抱きとめた。
店には迷惑かけられないから、吐瀉物の掃除をイワンに頼み、飛竜が待つ泉へ先に行くと伝えた。
泉に着いて、とにかくこの女の顔を覆ってる布を外し、洗ってあげないとな。
吐瀉物で汚れていて臭うもの。
わざわざ隠してる女性の顔を黙って見るのも気が引けたが、このまま汚れた状態で放っておくのも気が引ける。幸いここには俺しか居ないし、見るとしてもイワンくらいだ。後で俺が怒られるかもしれないが、どのみちこの女は俺を切ろうとするくらい嫌ってたんだから、更に嫌われようと構わない。
俺は女から布を取り外し、いつも携帯している水筒に泉から水を汲んできて布を洗い、そばにあった背の低い木にかけて乾した。
天候もいいし、いざとなったら火属性魔法で乾かしてもいい。
そのうちイワンが戻ってくる。
その時にでもどうするか考えよう。
飛竜は綺麗好きで水浴びも好む。
急ぎの用事がないと知ると、どこかで水浴びしてくるくらいだ。
今日も目の前の泉で水浴びをしたのだろう。
身体のあちこちが湿っている。
再び乗る時、お尻の辺りが湿ってるのは気持ち悪いだろうから、この時間を利用して拭いておくことにした。
俺が鼻歌交じりに飛竜の背を拭いているとイワンが到着した。
「ゼギアスさん、この女は多分オルダーンの者ですよ」
慌てた様子でイワンは俺を呼んでいる。
「オルダーン? 」
「ゼギアスさんは知らないんですね。オルダーンというのは……」
イワンは横で眠る女を気にしながらも説明してくれた。
十数年前、港町オルダーンと妖魔族の一部族との間で戦争があった。
その戦争はオルダーンの勝利で終わったが、敵の部族長は死に際に当時オルダーンに住んでいたおよそ三百名に向けて呪いを放った。
その呪いは、身体のどこかに火傷痕のような痣を作り、その痣は身体中にどんどん広がっていくという。そして身体全体に痣が広がるとその者は死んでしまう。
生まれる子供にもその呪いは引き継がれるので、そこの住人はオルダーンの外とは繋がりを切られてる状態だということだ。
「なるほどね。呪いか、それはちと可哀想だな。解呪は俺だけでもできるけど、痣の治療となると妹のサラやベアトリーチェ達の手助けが必要だな」
そうつぶやくと、ガバァァァァという勢いで女が身体を起こし
「か……かか……解呪できるというのは本当か!! 」
ヨロヨロしながらも立ち上がり、俺に向かって歩いてくる。
意識を取り戻し、俺とイワンの会話が聞こえたのだろう。
「ああ、多分出来るよ。今、オルダーンに何人住んでるか判らないからどの程度の日数かかるか判らないけどね。呪いってのはさ、要は、魔属性魔法の一種だ」
ちょっといいかい? と一声かけてから、その女の額に手を当てる。
「うん、あんたにかけられてる呪いの……魔法の仕組みは判った。三十分もあれば解呪できる。あんたよりも深く魔法をかけられてる人ならもう少しかかるだろうけど、それは診てみないとはっきりしとした時間は判らないな」
呪いとは、条件で発動する魔属性魔法。発動条件さえ判ってしまえば、その条件を消去……解呪することは難しい作業ではない。だが、発動条件も魔法で組まれているので、魔属性魔法を理解し操作できる闇属性龍気か魔属性魔法を使用可能な者にしか解呪できない。そして発動条件さえ消せるなら、呪いの症状を引き起こす程度の魔属性魔法など簡単に消すことが出来る。発動条件が消されているのだから消さなくても呪いの症状は生じないけど、それでは気持ち悪いから必ず消しておく。
ただし、呪いの症状が既に生じている場合、つまり今回の痣のような場合は痣を消す魔法も必要で、それは相手が人間の場合、無属性か聖属性の治癒魔法が必要になる。ただし、今回の痣は全身にまわると死に繋がる種類だから、無属性の治癒魔法だとほぼ効果はない。だから聖属性の治癒魔法使いが必要になる。
俺が発動条件の魔法を消し、治癒はサラやベアトリーチェ等エルフにマリオンのような聖属性治癒魔法使いに手当てしてもらえばいい。人数が一人や二人ではないから日数はかかるだろうが確実に治せる。
「さっきはすまなかった。先程のようなことをしたのにこんなことを願うのは恥知らずと思われるかもしれない。だが、頼む。オルダーンに来て治してはくれまいか? 私でできることは何でもする。いくら費用がかかろうと街の全員で必ず支払う」
頼む、頼む……と涙も拭かずに俺に必死にすがってくる。
「いいよ。でも、俺はさっきも言ったけど用事があって、ここに居るイワンとドワーフの里へ向かってるんだ」
「ゼギアスさん、俺も同行して手伝うよ。できることは何かしらあるはずだし、ゼギアスさんの身体が空いたら必ず連れて行くからさ。そっちを優先してあげてよ。オルダーンのことは前々から可哀想だと思っていたんだ」
「そうか、すまないな。じゃあ、ちょっと待っていてくれ、今からサラに連絡するから。そしたらあっちから治癒魔法使えるエルフたちを飛竜で連れてきてくれる」
そう言って、サラへ思念伝達魔法を飛ばす。
サラは残ることになったが、ベアトリーチェとマルティナを含む・・・・・・全員で五名の治癒魔法使いが来てくれることになった。マリオン達から連絡があった場合や不測の事態が起きた時の連絡役としてサラは残ることになった。
「うん、これでよし。じゃあ、行こうか。エルフ達もオルダーンの場所判るみたいだから、現地で合流することになった」
ふと俺は気づいた
「あんた、荷物を取ってきなよ。俺とイワンはちゃんとここで待ってるからさ」
「私の名は、アンヌ・ソルディーノ。アンヌと呼んでくれ。本当に先程はすまなかった。では急ぎ荷物を取ってくる」
そう言って、干していた布で顔を隠すや駆け去っていった。
「イワン、お前、いい客ができたと思ってないだろうな? 」
俺はアンヌの駆け去る様子を見ながら、話しかけた。
ギクッと音がしそうなほど身体を反応させ、俺から引きながらイワンは離れた。
俺の表情はきっと無表情という表現しかできないものだっただろう。
顔だけをイワンに向けると
「ゼギアスさんには敵わないなあ、はは、ははは、はははははははは……」
イワンは乾いた笑い声を出し引きつった表情していた。
「はっきり言っておくぞ。適正な価格で商売するなら好きにしていい。だが、今回のことを、さも自分の手柄のように話して恩を売り、高値で商売しようという考えがあるなら、今のうちに改めておけ。彼女達の不幸を利用しようとするなら、今彼女たちが受けてる呪いを俺がお前にかけてやるからな」
さきほどアンヌがうけてる呪いの仕組みは判った。
仕組みが判った以上、俺も使える。
「もし今後も俺やエルフと商売していくつもりがあるなら、相手を見て商売しろ。可哀想な奴の足元見るような商売はするな。まあ、相手が領民虐めて儲けてるような貴族とかなら好きなだけ毟り取ってやれ。それで困るようなことがあったら助けてやる」
俺はニヤリと悪い顔を見せてイワンの肩をポンッと軽く叩いた。
俺の言葉を聞いてイワンは表情を楽にした。
「判りましたよ。ゼギアスさんの言う通りにしますよ」
まあ、信用するかはこれからのイワン次第だけど、そう悪い奴とは感じなかったし、俺の勘はそうそう外れない(女性は除く)。
再び、雑談して過ごしていると、アンヌが戻ってきたので、早速オルダーンへ向かうことにした。
・・・・・・
・・・
・
「あなた、お待たせしました」
オルダーンの入り口でイワンと会ったのだろう。
ベアトリーチェはマルティナ達を連れて、アンヌの自宅、ソルディーノ家に来た。
俺が解呪を始めてから四時間経っている。
もう深夜だ。
「イワンさんには今日はもうお休みくださいと伝えました。それで私達はどう動けば宜しいですか? 」
今日は全員ここで休んでもらって、明日の早朝から解呪済みの患者の治療にあたってもらうことにした。俺はソルディーノ家の方達全員を解呪したら、街の人達のうち呪いの進行が進んでる人から解呪していく。
今のところ一番重いのはアンヌの父で、解呪に一時間近くかかった。
次に重かったのがアンヌの母とアンヌ。一人三十分ほどかかった。
そしてアンヌの叔母と弟二人。こちらは十五分ほどで解呪した。
残るは使用人達の八名だが、アンヌの弟と同程度だから今夜中に解呪を済ませるつもり。
解呪よりも痣の治療のほうが時間がかかるんじゃないのか?とベアトリーチェに聞くと、実際やってみなければ正確なことは言えないけれど、アンヌの父は半日かかりそうだが、あとは一人につき2時間以内で治療できそうとのこと。
うん、進行が進んでいる者から治療していけば、命を心配する人はかなり少なくすみそうだ。
「無理させることになるけど頼む。呪いで苦しんでると聞いて可哀想でさ……」
「あなた、気にすることはありませんわ。それにここのところ忙しくてそばに居られる時間が無かったでしょ? こんな状況ですけど、近くに居られて少し嬉しいですし」
「ありがとう。俺はもう少し解呪を進めておくよ。リーチェは先に休んでいてくれ」
「判りました。少しですがお食事を持ってきました。途中でも終わった後でもいいですから必ず食べてくださいね? 」
「ああ、助かるよ。お腹すいてたんだ」
俺が使用人の解呪中で手が離せないのを見て、ベアトリーチェは俺に近づき頬にキスして笑顔を見せてくれた。
「先に休みます。おやすみなさい」
うっし! 気合が入った。
急いで、解呪を済ませてベアトリーチェの横に飛び込む!!
今夜はベアトリーチェを抱きしめて寝ることができそうだ。
俺はベアトリーチェの優しい香りを思い出し、今日は大変だったけど、最後は素敵な眠りにたどり着けると元気になった。
◇◇◇◇◇◇
一日十五時間労働を七日続けてやっと街全員の解呪が終わった。
解呪と治療が間に合わなかった人は居ない。
街の人の中にも呪いがかなり進んでる人が居たものだから、事前に考えていたよりも日数かかってしまった。
今はとにかく休みをください。
体力はまだまだあるけど、精神的にとても疲れた。
治癒の方が早く済みがちで、誰も俺を急かせたりしないのだけど、下工程で人手が余ってるのに遊ばせる状況を作るわけにはいかんと、必死に急いだ結果、とにかく疲れた。
解呪をすべて終えた翌日。
俺はソルディーノ家の離れを借りている。
起きたのはいつもより一時間遅い。
ベアトリーチェは既に起きて朝食の準備をしている。
俺が目覚めたことに気づいたベアトリーチェが微笑んで
「あなたのそんな弱ってる姿は初めて見ましたわ」
「うん、今日だけはリーチェとしか会いたくない。例外はサラだけ」
「あら、サラさんがここに来るようなら大事ですわね」
「うん、余程のことが起きない限り来ないでしょ。だからだよ」
俺は下着だけの姿で顔を洗いに行こうとする。
「ダメですよ? そんな格好で動き回っちゃ」
まあ、俺とベアトリーチェしか居ないのだから構わないと思うのだが、それでもいつ誰が来るか判らないのだからベアトリーチェの注意に従っておく。
考えてみると、ベアトリーチェも今日までずっと治癒と俺の世話などで忙しかったはずだ。かなり疲れてるだろう。
「リーチェも疲れてるだろう? 今日は極力休んでね。食事も簡単なものでいいからさ。あ、そうだ。マルティナ達はどうしてる? 」
「マルティナ達は昨日のうちに戻りましたよ」
「そうかあ、戻ったらお礼しなくちゃなあ。ほんと助かった。」
洗面所で顔を洗い、食卓につき朝食を食べた。
その後、居間に置かれたソファに座り、横に座るベアトリーチェの肩に手を置くと
「あなた、お疲れ様でしたね」
「ありがとう。リーチェもお疲れ様」
口づけして彼女の肩に手を置き、温もりを感じながら、ゆっくりと流れる時間を俺は心地よく感じていた。ベアトリーチェも黙って俺に身を預け、目を閉じ俺との時間を楽しんでくれているようだ。
「このまま一日が終わってくれると、きっと幸せだろうな」
「そうね。でもそうはならないと思うわ」
「その予感が外れてくれることを祈るよ。今日だけはリーチェと二人でのんびりしていたい」
フフフ……と笑うリーチェ。
午前中は幸せだったなあ……。
あのままソファでうたた寝したり、目を覚まして、またうたた寝。
ずっとそばにベアトリーチェが居てくれて、ああ、ほんわかとした、つい頬が緩むような幸せ感じられて良かったなあ。
俺の幸せな時間は昼食後数十分までは続いたのだ。
玄関のノッカーが鳴り、当主を含むソルディーノ家の全員が来たことをベアトリーチェから告げられ、俺の幸せな時間が終わったことを知る。
俺の前に来ると、彼らは頭が床につくのではないかと思われるほどの礼をしてきた。
「ゼギアス様。この度は真にありがとうございました。何でも出会った時には娘のアンヌが大変失礼なことをしでかしたそうで、そんなことがあったにも関わらず、私共と領民全てを助けていただいたこと、この御恩命ある限り忘れません」
「いや、アンヌさんのことは、事情を知れば無理もないことですしまったく気にしていませんよ。それに困ったときはお互い様です。たまたま俺にできることがあって、皆様のお役にたてたなら良かったです。妻のベアトリーチェも俺と同じ気持ちですよ」
ベアトリーチェも黙って頷いている。
「それで、お礼はどのように……」
「いりません。いつか俺達が困ったとき、助けをお願いすることがあったなら、その時出来る範囲で助けていただければありがたいです」
俺はまだ国を作れていない。
もし国ができた時は友好な関係を結べればと思っていた。
「いえ、それでは私の気が済みません。私をゼギアス様の侍女にしてくださいませんか? 」
「侍女? 」
「はい、ゼギアス様にはとても仲の良い素敵な奥様がいらっしゃいます。もし独身でしたら奥方に、奥様との仲がお二人ほど宜しく無いようであれば側室にでもと考えましたが、お二人の間には誰も入り込めないほど強い愛情を感じました。ですので、それは諦めました」
なんとも真正面からの言葉だろうか。
ベアトリーチェを前にして、もし仲が良くなかったら第二夫人になろうとすら考えたとは。これはマリオンとは違う方向で俺の手に負えない女性だな。
でも話し始めてから今まで一度も俺から目を逸らしていない。
本気だというのはよく判った。
まだアンヌは続ける。
「しかし、私はゼギアス様のお役に何としてでも立ちたいのです。家督は長男の弟が継ぎます。ですが、呪いの街の噂は広く知れ渡っていて、私を嫁や側室に迎えてくれるところなど無いでしょう。つまり私はソルディーノ家のためにも、オルダーンのためにも役にたてません。ですからどうか、ゼギアス様の侍女にしていただき、おそばで可能な限りこの身を役立てて、今回の御恩を少しでもお返ししたいのです」
ふむ、呪いの街の噂は俺は知らなかっただけで、ベアトリーチェは知っていた。
イワンも知っていたしな。この噂が消えて、他の地域の人達からの偏見が消えるまではしばらくかかるだろう。それなりの地位にある人は、今はもう大丈夫と知っても、過去に呪われていた時期があったというだけで避けるだろうしな。
「娘とは昨夜話し、家族全員納得しております。ゼギアス様、どうか娘の願いを叶えてやってはくれませんか? 」
領主達も了解済みなのか。
娘の幸せに何が一番良いのか悩んだのだろう。
俺のところへ来ることが幸せだと判断したのか……それは嬉しいけれども。
「あなた、領主様のご長女アンヌ様を侍女にというのはどうかと思いますが、お仲間の一人としてご協力いただいたらいかがですか? 」
どうやらアンヌと領主の言葉はベアトリーチェの心を動かしたようだ。
だが、アンヌ達には俺の仲間になる上でハードルがあるんだ。
「実は今、エルフ達と共に、いろいろと実験しています。新しい食料生産。新しい工芸品製造などです。そうしていずれ経済的に自立し、グランダノン大陸南部からいつかは争いを無くし、亜人や魔族が大国の奴隷として使われないで生きられる国を作りたいと考えています。今はまだその道は遠いんですけどね。アンヌさんがもしこれまでの魔族への恨みを表面上だけでも出さずに彼らともやっていけるというなら、俺の仲間として迎えられます。できますか? 」
「できます。ゼギアス様が恨みを捨てろと言うなら必ずそうなってみせます。今はまだ恨んでいますが、必ずこの気持ちを整理してゼギアス様のお役にたってみせます」
おっと、即答ですか。
そう言えば俺の血に魔族の血が混じってると知ってるんだったな。
もしかすると彼女にとっては想定内の話だったかもしれない。
「では、これから宜しくお願いいたします」
ここまで覚悟した上でならこちらも信用できる人手は一人でも多く欲しい。
俺とアンヌは握手した。
「そういうことでしたら、うちの使用人ゼルデもお連れください。あれはもともと商人でしたから、経済的自立を目指してるゼギアス様のお役にもきっと立つでしょう。後でこちらに寄越しますので、ゼギアス様のお眼鏡に叶うようなら連れて行ってやってください。ゼルデも恩を感じておりましたからゼギアス様にきっと忠誠を尽くすでしょう」
少し雑談し、港町オルダーンとも今後付き合いを深めることを約束した。
その後、ゼルデが来たので事情を説明したら、アンヌ以上の熱意で俺のところで働かせて欲しいと願われた。アンヌの訓練に付き合ってきたので剣も使えるからと言う。特別に力はなくても人間男性であることが重要な場合もあり、それを今のところ俺が一人でやってるようなものだったから、ゼルデの申し出はとても有り難い。アンヌとゼルデの剣の腕はまだまだだから、マリオンに鍛えてもらえばいいかもしれない。
そう考えて俺はゼルデの忠誠を受け取った。
その様子を見ながらずっと考えていた様子のアンヌの叔母シモーナが、アンヌに着いてきたいと言い出した。
そろそろ五十に手が届くのではと感じる領主の妹として見たらずいぶん年の離れた若い女性で、最初に叔母だと紹介されたときは、アンヌの姉の間違いじゃないのかと疑ったものだ。この女性も呪いのせいで他家に嫁ぐこともできずに、いつまでもここにくすぶっているのは嫌だということ。
人間から見て別種族と判らない者はうちには少ない。だから、人間の協力者が欲しいのは確かだ。俺とサラそしてマリオンだけだった。今回、アンヌとゼルデが加わってやっと五名だ。
でもなあ、俺達の住んでるところは、戦闘力や防御力の無い人には生きていくのに楽な場所ではない。アンヌやゼルデは騎士として多少は訓練していたから、あと少し鍛えればいいだけだし……と考えてたところ
「私は経理が得意です。この領地の数字も私がずっと管理してきたのです。ゼギアス様が経済的自立を目指すというのであれば、数字に強い者が必要になるでしょう。確かに私は戦いに向いた力は持っていません。ですが、経済での戦いには必要な力を持っていますわ」
わお。正論きました。
確かに、そうなんだよな。
これから数字に強い人材は必要なんだ。
だがそれだと数字を管理していた人材がここから居なくなることになり困るのでは?と質問すると
「それは私がやるので問題ないです。ちょうど良い機会ですからクラウディオにも覚えさせればいい」
領主様が問題はないとはっきり言うのだから、こちらとしても欲しい人材を断る理由がなくなった。では、お願いしますとシモーナさんに伝えると嬉しそうに
「飛竜にも乗れるわ~」
おいおい、本当は飛竜に乗りたかっただけじゃないのか?と危うく思ってしまいそうなほど喜んでいる。家から飛び出て、ソルディーノ家の庭で大人しく寝ている飛竜に近づき、鱗をそーっと触るところなど子供のようだ。
「叔母はいろんなところを見て回りたかった活発な方なのです。でもああいうことがあり、領地の外へ出ることも叶わなくなり、とても悲しかったのだと。それでやっと外の世界を見られるとはしゃいでいるのですわ」
アンヌが叔母の状態を説明してくれた。
嫌いなタイプじゃないな、いやどちらかと言うとああいう活発なタイプは好きなタイプだ。
さて、今日は休んでいようと思っていたけど、こうなってはそれもできないだろう。
「リーチェ、一旦、帰ろう」
「ドワーフのところへは行かないのですか? 」
「うん、それは日を改めて行くことにするよ。だって見てご覧? 」
ソルディーノ家の門から見える場所でイワンがこの街の人相手に商売を始めていた。どうやら商売繁盛の様子で、イワンの顔には満面の笑みが浮かんでる。
後ろを振り向き領主様へ
「あの男がもし適正価格以上の値段で商売してるようでしたら、俺にすぐ教えてください」
その言葉を領主様に伝えた時、俺の表情はきっと悪い笑顔だっただろう。
だがさすがは領主。俺の意図を汲みながらもその笑顔には悪者感はまったく感じられなかった。俺のほうがいくつもの人生を経験してるはずなのにな。
今日は、自分の至らなさを痛感いたしました。




