飛龍の子供
ボクの小学校時代にはちょっと変わったことが、一つだけあった。それは龍族の子供といっしょに、暮らしていたということである。彼と同じ学校にいたのは、2年ほどだけだったけど。
その後彼は、親の都合で引っ越してしまったのでそれからはどうなったのかはわからない。まあ我々と龍族には壁もあるので、あまり支配者クラスの彼らについて考えることはないのだが、実はボクは彼が気になっていた。
あの時のことは忘れない。彼は龍族のわりに運動ができなくて、いつも休み時間は教室にいていつも本を読んでいた。ボクは外で遊んでばかりいたから、彼のことは気にならなかったけどあるとき彼がひとりで窓の外をみていた。それは青い空に気持ちよさそうな雲が浮かんでいて、吸い込まれそうなその情景に映し出された龍の彼の姿は、今にも空に飛び立ちそうな幻想的な風景だった。
けれど伝説とは違い龍族は。空を飛べるのはまれだと言われている。実際彼もきっと、飛べないのだろう。それとも飛べるには年齢も、要素として必要なのかもしれない。昔のことは知らないが、彼らは過去の禁書などはしなかったから、過去の物語を残っており、それについてお父さんに聞いたことがある。
ドラゴンいわゆる龍というのは、口から炎を放ち、そして自由に空を飛び人間には非常なる脅威であって、時には人間に畏れられ神格化されたこともあるというのだ。伝説上や物語の中ではだが。
しかし目の前にいる彼は同じ背丈で、しゃべる言葉も同じ、多少身体的な違いがあるが、当たり前のただの級友でしかない。しかし窓から空を見つめる姿は、確かにあまりにも違う。その物語の雰囲気はあるのだ。
彼もそれは、わかっているのだろうか。空を眺めるその視線は、どこか悲しそうであった。ボクは当時のその彼の表情がとても印象的で未だに覚えているぐらいだ。そしてあくる日僕は、衝撃的な体験をすることになるのだった。
次の日の朝、いつものように学校にいくと学校は何かざわめいていた。僕が校舎の下駄箱に行こうととする途中、その原因が何なのかすぐにわかった。皆外になぜが並んでいて、そしてそろって上の方を向いているのだった。視線の先には何があるかというとそれは屋上に向かっていたのだ。
「だめだよ。危ないよ」
誰かが叫んでいた。当たり前のようだが、この状況で考えられることといえば、それと嫌な予感がしたのだが、その通りお決まりな感じでそこにいたのは龍族の彼だった。まだ冷え切った秋の空の中にたたずむようにいたので、逆に当たり前のような雰囲気はしたものだ。
(飛ぼうとするつもり?)
大丈夫なのだろうかと思ったが、僕はしかしながら、不思議と何の恐怖も嫌悪も感じなかったのだ。何かこの時がついに来たのかというような、期待感の方が逆にあったぐらいだ。しかし先生たちはてんやわんやで、そのうちに体育館からマットのようなものをもってきたりもしていた。
(あんなので間に合うのかよ)
引いたマットをみてみんなそう思ったと思う。そして彼に向って叫んでいるようだった。しかし彼は微動だにしない。何か空に向かって、じっとただ佇んでいるだけだ。龍族の彼は普段ほとんど無口なので、その景色の中にあっても、深刻そうな気はしないのが変な感覚だった。
しばらく、どれぐらいの時間だったか、必死で下では落ちてくるならここにしろと、先生たちは叫んでいた。上では彼が締め切った屋上の扉を、どんどん叩いて開けようとする人の音が響いているのだが、なぜかボクには彼がそこにいる、そして静かに佇んでいるイメージしか伝わってこなかった。
(どうにかしたいんだね)
そんなことを思いつつ、そうしてついに身じろぎしなかった彼が動き出した。何か必死に、やっているように見えた。彼は実に背中の翼を、上下に動かしているようだった。すごい勢いで動かしているのか、屋上から何か吹きだしてくるものがあった。たぶん砂埃だろう。そうして、じわりじわりと彼の体が浮いて行った。
「飛べるの」
叫ぶ生徒のことが一瞬静まったそのときに、彼の体がふわっと浮かんで屋上から地面にむけて、体の全部が動き出していったのだ。
それが彼が初めての飛翔だった。
多くの場合最初というのはうまくいかないことが多い。そして人は痛い目にあうのだが。彼は実にある意味、うまく予想を裏切った。けれど実際はちょっとした、怪我をしたのだった。もちろん、大したことはなく次の日には包帯を巻いてやってくる程度だったが。
彼の初めの飛翔は、空に浮かんでまさに龍の姿で浮かんでいったのだが、背中のタイミングなどがうまくつかめないのかくるりと右に曲がっていって、体育館めがけて突っ込んでいくという結果に終わった。そしてガラスを破り、運よく体育館のバスケットゴールにしがみついたという訳だ。頭をガラスで少しきったぐらいだった。
そんなことがあってから、彼はみんなのヒーローにはなった。次第に彼も無口だった口をよく開くようになって、竜ちゃんと呼ばれ親しまれるようになったのだ。
しかしそれはしばらくの期間だった。彼は転校していってしまったから、みんな最後にはいっしょに体育館で踊って楽しいひと時を過ごし、別れたものだ。
彼はあの飛翔以降はきちんと家でも練習したのか。たまにボクたちをのせて飛んでくれたりもした。