僕は彼を殺したんだ
三人組の若者の一人がブラックマジクテルを取り出した。アイハラには匂いでそれが解った。ブラックマジクテルは使用する人、その存在を問う。個としてのその者の存在。アイハラは腕組みをし、三人の若者の動きに意識を向けた。
「ブラックマジクテル。試したいか?」
三人の若者のなかの一人、大柄の坊主頭は音楽に体を揺らしながら言った。
「CooL! いぇー。やらせてくれ」
浅黒い顔の若者は言った。大柄の坊主は、かっ、と歯を鳴らして親指を立てた。
「ぇえいYoU試すかい?」
大柄の坊主は音楽に集中しきっている色白の若者の耳元で指を鳴らした。色白の男は何のことか解らなかったがノブナガのDjに高揚していたので頷いた。
ReAdy 大柄の坊主は黒いガラスが粉々に砕けたようなブラックマジクテルを三人それぞれのビールに入れた。
gEt 三人はそれぞれのジョッキの取っ手を掴む。黒いガラスの破片が赤や紫や青に光りながらビールに溶ける。
Set 三人は唇にジョッキをくっ付ける。
gO! どん、と開いている手でテーブル叩き三人はジョッキをあおる。
浅黒い顔の若者はテーブルの上に倒れた。その場所だけ重力が急激に増したような不自然な倒れ方だった。
「動け、踊るんだ、ほらほらほらあ」
大柄な男はボクサーのようにくるくる肩を回しながら、浅黒い顔の男の耳の側で言った。
「5分絶えろ。後は楽になる。動いて。ぅほっほっ」
浅黒い顔の男は微かに首を振り、ム・・リ、と言い、眼球を上転させて死んだ。大柄の坊主頭は浅黒い顔の男に、お休み、とささやいた。
「どーしたバディー大人しいな」
ぴくりとも動かない青白い顔の若者に、大柄の坊主頭は言った言った。青白い顔の若者は呼吸を止めて死にそうになっている。
アイハラには彼の混乱が黒い波として伝わってきた。彼を覆っていく黒い波の中にアイハラは何かを認めた。その何かはノブナガのブラックジェット程じゃないが銀色の小さな卵だった。銀色の小さな卵の表面には複雑な模様が見えた。
才能だ。彼は黒い波にいいように攫われようとしている。アイハラは銀の卵を使えば黒い波に勝てるのに、と思った。段々と光りを失っていく銀色の卵をみてアイハラは愕然とした。それから急な悲しみに襲われた。
どけ。アイハラは大柄の坊主を殴り飛ばした。
戻ってこい。アイハラは叫びながら若者の肩を揺すった。
戻ってこい、僕の手をつかめ、お前は素晴らしい、。。。戻ってこい。若者は呼吸を止めたまま死んだ。
何故だ、未来にはそれがどこまで成長するか解らない才能を持ちながら、何故、一つも抵抗することなく死んだんだ?才能の無い人間が死のうが僕は何も感じない、でも才能を持った奴がそれを使わずに死んでいくのを見るのは僕はものすごく悲しい。
もしかして今までブラックマジクテルを使用し死んでいった奴の中には彼のように才能を持った者がいたのだろうか?それとも全員持っていたのだろうか?解らない。解らないから忘れよう。
でも彼が死んでいくのを僕は見た。これは覚えておこう。僕は彼を殺したんだ。