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4  作者: RYO YOC
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月の階段

ノブナガと女の狂った夜の後でアイハラが消えた。アイハラはオーストラリスを旅していたが期限の一月後にも帰国することなく何処かへ消えてしまった。ノブナガがメールを送っても返事も無く、携帯電話も繋がらなかった。


 1年が過ぎた。ノブナガはオーストラリスに旅立つことに決めた。月の階段を観るためだ。アイハラが興奮して送ってきた最後のメール。そこに月の階段の事が書いてあった。


ノブナガは英語が出来なかった。ノブナガは空港の入国審査で禿頭のスーツ姿の男に激しく質問され本当に困った。もしかして逮捕されてしまうかもしれない、と思った。

ノブナガは大きなバックパックを持ったジパングの女の子に助けられた。

あんたみたいのが居るからジパングは舐められる、と言われた。


次の日パパースのバックパッカーの宿で目覚めるとノブナガのバックパックが盗まれていた。

片言の英語でそのことをレセプションの女の子に伝えると、警察に電話しろ、と言われた。

バックパッカーの宿は利用者の管理と信頼と責任で成り立つ為、低料金な変わりに盗難による保証は無い、と言うことが後で解った。そしてもし盗難に遭った場合、盗難保険が無い場合は諦めるしかない。


ノブナガは非道く落ち込んだ。盗まれたのはカメラとMDと本とサングラスだが、奪われて当然だ、という気もした。

ノブナガは自分が何のために存在しているのか解らなかった。自分の家の中のようなジパングでは酒に酔えば全てを忘れられたが外国に来て言葉も明確な意思もない自分に呆れていたからだ。

アイハラには逢いたかったが自分は一体なんなんだ、と思った。アイハラに逢って自分の無気力から助けて貰おうって思ってるだけなんじゃないか、と思った。だいたい月の階段を観たってあいつに逢えるとは限らない。


 ノブナガはパブでビールを飲んでいる。赤い服のバーテンの女が何処へ行くのかと聞いてきた。i want to see stairway to the moon。昼間に覚えた一言をノブナガは言った。

本当は英語が出来ないだけなのに、寡黙でクールな男になったような気分でビールを飲み、適当な時間で切り上げ明日の朝に備えて眠った。パブから宿までの空気は冷えていて息が白かった。

 ノブナガは荒野を走る電車に乗った。電車の 走る荒野のように自分の中がからからに乾いてるのを感じている。ひび割れて干上がった河にもある時には多量の水があったのだろう。その水は今は無く、いつか新たな水が充たすだろうか。


自分の中に何かあると思っていたがそんなことは幻想だった、と思った。流れる荒野や丘や何もない青い空を眺めながらみるみる自分が透き通って行くように感じた。


肩に何かが触れたのをノブナガは感じた。柔らかい花粉がそっと肩に降りたような感じだった。それは隣に座るイグリス人の女の手だった。光の中でいっそう白く輝いている手。

女はノブナガに何か言ったがノブナガには解らなかった。彼女の文学的のような、芸術性のような、人生の苦さを知りなお冒険をやめないようなその口の端の皺と目尻の皺と、受け入れ励ますような笑みだけがノブナガの脳に貼り付いた。地平線から出でる朝日を彼女は指していた。


 二日後の夕方に電車はブルムークスに着いた。バスに乗り換えて宿に着くまでに日は暮れた。ブルムークスのバックパッカーに着き荷物を置くとお腹が減ったのでキッチンへ向かった。ノブナガは体は疲れていたが目的地に着いたので気分が高揚していた。


OOO OOOOOOOOO。

パスタと牛乳を使って夕食を作っているとギター演奏と唄が聞こえてきた。

OOO OOOOOOOOO。

知ってる。walikin`bluesだ。ロバート・ジョンソンだ、と思った。


 私の名前はウメザコフです。コフって呼んでくれ。ギターを弾いていたのは無精髭の似合う大男だった。

ノブナガは演奏と歌に惹かれて彼の前につっ立っている。白人の女達がノブナガの肩を思い切り突いて文句を言い始めた。ノブナガは放心したまま訳が分からなかった。ウメザコフは甘く笑んで女達に何かを言い追い返した。

 パスタの面倒みてないと駄目だってさ。

 ノブナガはパスタの鍋を火に掛けたままだったことを思い出したが、そんなことはどうでもよかった。


 ブルースが好きなのか?

 はっきり言って良さは解らない。でもいつか触れてみたい音楽だ。

 そうか。君が演奏する番だ。

 ウメザコフはギターをノブナガに渡した。ノブナガは断ろうと思ったがギターをしっかり握らないと落としてしまいそうな渡し方をウメザコフはした。

ノブナガは自分の演奏はたいしたこと無いんだ、とウメザコフに説明したが、彼は満月に向かいその明るさを増してゆく月を見上げたまま動かなかった。ノブナガもギターを抱えたまま月を見上げてみた。

青い雲の端は月に近づくと黄色く白く消えた。今みたいに映画の無い頃、綺麗な月の夜は絶対にエンターテイメントだったはずだ綺麗な星空も。星に物語があるのも頷ける、とノブナガは思った。


 Tin Tin Tin TinTinTinTinTinTinTinTinTin・・・

 空き缶の音楽 大地を転げゆく

 ひび割れた川底 消えた水を思うそこ

 エミューが走る

 もぎ取られた腕を揺さぶる

 翼に憧れる

 何も観ない目なら太陽で埋め尽くしたから

 蜃気楼の河はら 目指したら

 走りだしたらいい

 ティンティンティン ティンティンティンティンティンティンティンティンティン。。。 


ノブナガは唄い終えた。

 ティンカンブルース、いいね、とウメザコフは言って笑んだ。それからノブナガにマジックペンを渡しギターに名前を書くように言った。ノブナガは小さい頃なにか良いことをして褒められたような素直な喜びが脳や体に充ちるのを感じた。ギターにはいろんな国のいろんな名前が書かれていた。

tom、akapanga、oh、haila、steffan・・・

次の瞬間目にしたものにノブナガの心臓は思い切り胸を叩いた。アイハラの名がそこに書かれていたからだ。

 コフ。教えてくれこのジパング人が何処にいるか知らないか?

 解らない。

 ノブナガはアイハラと逢ったときの事をウメザコフに訊いた。


 静かな男だった。ほとんど誰とも喋らなかった。ある日私がジム・モリソンのRiders on the stormをやってるときに男はやって来た。アイハラの好きな曲だ、とノブナガは思った。

男は私に絵を見せた。抽象画だが月の階段と古代と唄に関する絵だと感じた。男は私にそこに流れてる歌を演奏してみてくれ、と言った。

まるで絵本の続きを待つ子供みたいな表情をしていた。私は二小節のギターリフを繰り返し強弱を付けて演奏し階段を上っていく感じを出し、最後にはバラバラの音と口笛を繋げて未知の感じを表現してみた。

男は面白い、と言って喜んでいた。男の絵には力があったな。


 ウメザコフの話を聞きながらノブナガは、あいつは何処にいても描くことを楽しんでいるだろう、と思った。自分も音楽をやることを楽しめる単純な心があることに今日気が付けた、と思った。ノブナガはそのことに気が付いたとき、不思議だがアイハラに逢ったきがした。


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