大理石の世界
何時間か過ぎて激しい感情の震えが静まった頃、これはすべて仮想現実なのだ、と思った。
パケポコ、現実に戻してくれ、と心の中で叫んだ。その一方ではパケポコもアリスもTaKiRoの白い男に殺されたのだ、と思った。
自分は現実の世界に戻ることが出来るのか?と思った。
夜明け前の熱帯の庭だけが目前にある。ここにきたのはTaKiRoの侵略から人類の生き残る可能性を試すためだった。
アリスのKaIの力により開く世界。TaKiRoという名の圧倒的な破壊。同じものの表と裏だという気がする。
破壊を、新たな世界の始まりと捉えられたら、人類がそちら側から物事を捉えたら、希望と共に生き残れる、という気がした。
何とか破壊されない何かを残したい。何かを持ったヤツらが好きだし、人類なんて結局何も持ってはいないのだとも思っている。
夜明け前の熱帯の庭だけが目前にある。アリスを貫いた白い角の剣を思い出す。相変わらずピクリとも動かない体に絶望する。胸の中が激しく乱れる。破壊されない何かを残したまま、生き延びたい、と思っていたが、私は、何を持っているのだろう?と思った。
3000年の時が流れたとして、その後にも何かを残せる力を自分は持っているだろうか?
あるものか。何かを持っている、という勘違いを持っているだけだ。きっとそれが人間の脳の楽しい使い方。勘違いすることだ。
出来るのじゃないかなって。そしたら後は勝手に努力してしまう。出来るのじゃないかなっていう大いなる勘違いをして、出来なかったら笑いの種にでもする。
アイハラの絵は暗い。だが、アイハラの嘘の無い暗さ、ある種の真実でもある救いの無さが好きだ。
ノブナガは汚いだみ声だ。かっこ悪く振られる男だ。しかし歌は無垢でホットだ。どんなトラブルもエネルギーに変換してしまうホットさだから何度も聞きたくなってしまう。
人は他人や自分自身を勘違いできるから楽しい。
夜明け前の熱帯の庭だけが目前にある。白い角の剣に貫かれた黒いドレスのアリスを思い出す。アリスは死んでしまったのか?
夜明け前の熱帯の庭だけが目前にある。本当はアリス以外のことはどうなったっていい、私はアリスに恋に落ちたのだから。
ウメザコフはアリスの歌声を思い出した。アリスの走る姿を思い出した。もう11時だよ、と言うアリスの声を思い出した。耳の中でそっとベルを揺らすように、その声を再現した。
もう11時だよ、とアリスが言った。ウメザコフは驚いた。
全てを吸い込んでしまいそうな透明な目をしている。髪がゆらりと揺れてアリスの顔が視界から消える。薄い服がひらりと揺れてアリスの体が視界から消える。
ウメザコフはデジャブに眩暈がした。森の中で何かが動いている。木の幹の間から何かがこちらに向かっている。
白い人影だ。白い人影はダンスのように軽快に体を動かしながらこちらへ向かっている。
白い人影は長髪の男で頬がざっくり割れている。白い男の赤い目とウメザコフの目が合う。
隣でアリスが怯えた子犬のような声を出す。白い男はステップを踏みながら背後から大きな白色の角を取り出した。
アリスが大きな声で叫ぶ。白い男は高く飛び上がり角の剣をアリスに向けた。
ウメザコフは白く長い角が黒いドレスのアリスを貫くのを知っている。
ウメザコフは白く長い角に意識を集中させた。
ウメザコフはものすごい衝撃を胸部に感じた。
ウメザコフは自分を貫く大理石の角を眺めて笑んだ。大理石の薄茶色や緑の細い線の模様がくっきり見える。
大理石の美しい模様をじっと眺めていると、体がその中に吸い込まれるような、大理石が地になり、世界になる錯覚のような感じをウメザコフは抱いた。
怖くなって彼は顔を上げようとするが電子の体の動かし方はまだ解っていないので、コーヒーの渦のようなマーブル模様は視界に一杯広がり続けた。
死の握力は強い、とウメザコフは思った。最期に確かめたいものがある、とウメザコフは思った。
しびれの様に蠢くマーブル模様が静まるのを彼はじっと待った。
世界はいつだってかないっこない力を私たちに振りかざす、やり過ごすことだ、ウメザコフは知っている。
マーブルのダンスはやがて終了した。
周囲を高いマーブルの塀に囲まれた場所にウメザコフは居た。眼前の塀の上方には黄色い花粉のような日光がちりちり彷徨っているように見える。
大理石の床の中央には、二股のやじりが天と地を指している形の座がある。
座には黒服の少女が掛けている。ウメザコフは少女の顔に意識を集中した。
漆黒の瞳、厚めの唇、頬に降りる黒髪、細い手首、大き目の手のひら、長い指、細い足首、大き目の足、長めの足指、手中に握った鳥の黒い翼のようなドレス。
アリス、ウメザコフは笑んだ。
ウメザコフは黒曜石の壁に額を付けて立っている自分に気が付いた。電子の庭から戻ってきた、と思った。
「お帰り」
パケポコが言った。ウメザコフは目を開いて隣を見た。アリスは漆黒の目をウメザコフに向けて、ウメザコフをじっと眺めている。
「もう11時だよ」
アリスが言った。彼女の瞳はウメザコフをクリアに映していた。ウメザコフは向けられたカメラから瞳をそらすようにパケポコを見た。
「電子の庭での動き方が解ったみたいだな。集中力だ。対象に集中することで自由に動ける。時間さえも移動できる。アリスの刺される前に戻れたように。現実ではそうはいかないけどな・・・」
パケポコはしばらく黙っていた。ウメザコフはアリスを見た。アリスはウメザコフをじっと映したまま、もう11時だよ、と、もう一度言った。
「・・・ガガ。とにかく、アリスは君に興味をもったようだ。君の大理石の世界と、アリスを必要とする気持ちに・・・」
パケポコはしばらく黙っていた。
「・・・アリスを連れて行きなさい。アリスの孤独に何度も試されるだろうが、君にアリスを託す」
ウメザコフは左胸に右手を当てて、パケポコにお辞儀した。




