七話■「破戒すべき全ての符」
・とりあえずトリップファンタジーがベースです。
・剣と魔法が主体です。
・主役は女の子です、一応。
・イケメンが一杯でます。
・各キーワードに間違いはありません。
・もう一度言います、間違いありません。
翼を封印する装飾が無残に千切れ、苔生す岩肌に似た鱗の間に挟まっている。デッカードは全身からオーラを発し、肩をいからせながらゴルドゥーラの王子、グレンを睨みつけていた。
唖然と立ち尽すグレン。その隣で顔を青ざめる女王リジェリア、後ろではカインがはーやれやれと溜息を吐く。
その場にいた誰もが言葉を失った。理由は種類あれ、そこに竜人も人も関係無い。
水をうったような静寂がホールを支配する。
「ジェローダァァァ!!?」
静寂を破った勇気ある者は、この国の宰相、アドヴェン・ジャーナルだった。
「ああああああああ貴方!今、何と言ったのです!?」
本日は式典という事も有り、ビロードのマーメイドドレスにアメジストの装飾がついた眼鏡をかけている。もっとも、普段から黒系の衣装を着ているので、普段よりは女らしい外見なのに第一印象が変わらないのが残念。
まあ、それをつっこみ入れる輩は皆無。
「どうした、アドヴェン」
不思議そうに首を傾げる零。
「レッ…レイさんっ……」
ぐしぐしぐし。鱗から、まるで染み出る様に水が零れる。橙の瞳がせわしく開閉しつつも涙をぬぐおうとはしない。
「ああっ、泣くな、デッカード」
「うう…だって」
零は急ぎ駆け寄ると、つま先立ちをして異次元から持ってきた高度な仕立てのハンカチ(ダイソー産・イオン売り)で涙を拭ってやった。
「だって…だって、あいつ……王子…あんな、人前」
零に目元を拭われて、やっとデッカードは視線を逸らした。
要約すると、第一王子の次期国王、独身の相手なしイケメンが公式の場で求婚すると言う真似をしたら、断れば罪に問われるのではなかろうか?そしてそれを勢いに任せて後先考えずに阻止しようとした自分は迷惑をかけてしまったのではないのか?
…竜人と人の文化は類似していて何処かが違う。人からみれば青年に達した竜人はある程度同じに見えるだろう。
だが零は知っている。デッカードを人で例えると…
「大丈夫、私はこの国の人間では無い。よって法も無関係だ」
泣き声から意図を悟った彼女は頬を両手で包み、安心させるように囁く。
「当然、王族からの求婚も受ける義務は無い」
あっさりと言った台詞に周囲が一人残らず仰け反った。
「レッ…レイ…さ…」
「それに解っているだろうデッカード、君は」
額と額をコツンとするつもりで顎の下に額を寄せる。
「先約の権利を放棄するのか?」
「…やだ」
「手放しては駄目だ」
「……うん」
少し体を屈め今度こそ、自分の額を零の額に当てた。
「…あーのー」
先程、カインを見て悲鳴を上げたギーアがこれも勇敢に口を挟む。
「レイ様。あの、…説明、して頂けますか?」
令嬢の後ろで他の令嬢が凄い勢いでこくこくと首を振る。さらにその周囲の貴族…男達は顔を真っ青。
「紹介が遅れて申し訳ない。全ては式典の後、陛下に報告するつもりだったのだが」
こほん、と一言。零は一歩前に立ち、胸を張って言う。
「私は先日、求婚された」
「………誰に?」
「勿論、デッカードだ」
にっこりと、天使の微笑みを零すは乙女。
何時もの乙女の笑み、この微笑みに魅了される男の多い事多い事。
『なんだとおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
その男達の間から一斉に発せられた悲鳴のオーケストラ、テノール・バスと様々に。
「だから、止めとけっつーたんだ、馬鹿王子」
カイン、ふっふっふっと苦笑い。
「レイ!」
我に返ったリジェリア陛下。デッカードに良い子良い子泣かないでとよしよししていた零に凄い勢いで近寄る
「あっ、貴方は!ゴルドゥーラを救った乙女として我が国の国母となり、グレンと共に人々へ希望を灯すのではなかったのですか!」
目を丸くして心外そうに零は言う。
「何故そのような話になる?私は両国の危機を救う為頑張った。なのにどうして結婚に繋がるんです?」
「普通そうでしょう!貴方は女性ですし!」
「人権侵害と女性差別です!」
女王にむかって遠慮のない態度。魔導具の関係とは言え、ここまで言える人など親しい王族内部ですら存在しない。
母と思い人が言い争っている最中、グレンは変わらず、その場でぼーぜんと立ちつくす。
レイさんは、僕の恋人だ!
レイさんは僕の恋人だ!
レイさんは!
レイさんは! レイさんは!
エコーエコー
「レイさん…僕の………」
どうやら、デッカードの『僕の恋人だ!』以降からの思考が止まっている。
無理も無かろう。
完全に零の恋人が『人』であると思いこんだ上で、王族のしかも次期国王である自分が堂々と求婚すれば目的の男が現れ、そこで改めて話し合いをするという算段で来たのだから。
まあ、全ては前提条件の段階で間違っていたのだから、見当違いもいい所である。
「…気を落すな、とは無理か」
これまた苦笑しながら、唖然とする令嬢達の間をぬってやってくる従弟姉殿。
「まー、仕方が無い。あいつの話は散々レイから聞かされていたし…」
「レオナ!」
その話を聞き、長いフリーズから回復したグレンは一目散に従弟姉の元へグレートダッシュ!
「君は!君は知っていたのか!」
「当然。というか知らないのか?噂にあった仲のよい令嬢とは私の事だ」
「レ・オ・ナーーーーーッ!」
物凄い形相と完全に血の気の引いた顔色で叫ぶグレン。レオナは盛大に溜息を、殆ど投げやりではいた。
「あのなぁー、あれを、どう説明すればいいんだ一体」
「弁解は要らないーーーーーーーーーー!」
女王と乙女と王子と大将軍がそれぞれ言いあう光景を遠巻きにしていた人達、特に軍人と文官がざわめいていた。零にプロポーズしようとしていた人物以外に、彼女を政治的利用したい者、才能に惚れて軍務省・諜報部などへスカウトしようとした者達が狙っていたのだ。
曰く、この国における女性の社会進出は進んでいるとの事。例え結婚しても軍人・文官として出仕している。零が結婚しても、家に閉じこめるという事にはならないだろう。むしろ、王妃として実権に干渉すれば、数々の改革を実行できる筈だ。
それがこーである。
「何故、何故ゴルドゥーラの乙女がジェルディアガ「なんぞ」に嫁がねばならんのだっ!」
文官として狙っていた貴族が叫ぶ。まったくもってその通りだと誰もが思ったが、言い方が実に不味かった。
「ジェルディアガなんぞ、ですと?」
文官の後ろでにっこりスマイルと灼熱オーラが近寄った。ジェルディアガの火竜文官である。
「我が国とそちらの国は同盟を結び、本日は記念式典という喜ばしい日。たとえ本意でなくても、そのような発言は喜ばしくありませんな」
はっはっはっ どこか怒りの雰囲気を纏った笑い声。
「あっあの…その」
しどろもどろと火竜文官へ何とか言い訳をしているその脇を、元気な子供が走っていった。
「かーさまー♪」
てってってっ アデューが小さな足を一生懸命動かしながら、女王達から少し遠くにいた母親のリドルアの元へ。
「アデュー」
しゃがみつつ突撃して来た我が子を受け止めると立ち上がり、腕の中へ抱きしめた。小さな子はそのままぽふっとしがみつき、満面の笑みを浮かべる。
「父上ー」
べめべめべめ リドルアの近くで親友のグレンに遠くから深く同情の視線を向けていた影狼の元へ空影が半泣きで走って来た。
「泣くな空影」
「あーんっ!」
対外スキルは身についたが、公私の私に入ると途端にヘタレになる可愛い我が子。両脇に手を入れると高い高いと持ち上げる。
その影影親子を冷ややかーに見つめるのは従兄弟殿・兼・伯父殿。
「相変わらずおめーのにーちゃん泣き無視だなー」
「お兄様はルナおば様に似て愛らしいんですよ♪」
「あっはっはっ、親父かたなしだなあの馬鹿は」
厳格で神秘的雰囲気を醸し出す聖職者…というイメージを斜め明後日の方向にふっ飛ばし、ヴェールの下からチーズとワインで一杯やりつつフレンドリーな口調とハスキーボイスで白夜の頭を撫でる破矢。このギャップを初めて見た者は人・竜人問わずに目を見開くのだ例外無く。
「おーい、ダン、あれ持ってきてくれー」
実兄が乙女と女王の言い争いに右往左往している様子を横眼で見つつ、カインは友人でデッカードの部下である混血仲間、地竜と火竜のハーフであるダン・ソーディンを呼んだ。ダンは『あれ』と言われたので一度式典会場から出て、数分後戻って来る。その手には車輪のついた巨大な板の端を掴んでいた。
「うりゃ」
姪の手を握ったまま、簡単な転移魔法を使いデッカードの後頭部に蹴り入れた破矢。
「こぉのヘタレ!いい加減立ち直りやがれ!」
げしげし
「だ、だってーーー」
「泣くなくずるな裾掴むな!俺はお前の親父じゃねぇ!」
「だってレイがーーー!」
「やかましい!告って取られねー為に色々『あれ』調べといてひるむな阿呆!」
竜爵を足蹴にする竜爵に、流石に事情を知っているジェルディアガ側もうろたえる。
「ゴ、ゴルドゥーラ女王陛下。そしてゴルドゥーラの皆様へ、ジェルディアガ竜爵府よりご報告があります」
破矢の蹴り(足の裏ぐりぐり)から何とか逃れ、デッカードは乱れたロープを正すと板の前に立つ。
子供を抱えたリドルアと影狼が近寄った。その動きに合わせて唖然ぼーぜんと成り行きを見守っていた貴族と、如何にしてレイを引きこめるか再検討していた軍人と文官が、最後に口論中の女王と王子・乙女と大将軍が振り向く。
「わっ、我らの故国ジェルディアガと御国ゴルドゥーラが長く憎しみあっていたのはすでに周知の事実。悠久の昔、両国一帯を支配していた文明。その国が作った意志を封じ込める魔導具の一つを両国の始祖が見つけ、呪いにかかってしまった事を」
板の裏側には大きな黒板があり、抱っこされた子供達はうんしょうんしょと手を伸ばして地図を描く。
「レ…乙女はゴルドゥーラの辺境、発見された地下大空洞の神殿の中にいました。その為彼女はゴルドゥーラの乙女と思われていました」
ざわっ 一斉に動揺する人達。
「思われていた、だと?」
「はい。彼女は、ゴルドゥーラの乙女ではありません」
ゴルドゥーラではない。それは文字通りの衝撃だった。
「それはどういう意味ですか、ジェローダ伯!」
リジェリアが前に出る。
「レイは我が国で保護しました。国境付近とは言え間違いなくわが領内、ジェルディアガの乙女ではありません!」
「そりゃそーだ。こいつ、『マインガートの乙女』だし」
白夜を抱っこしていた破矢が、のほほーんな口調でさらりと言う。
「…マイン、ガート?」
リジェリアは首を傾げる。この大陸…少なくともゴルドゥーラ周辺諸国で聞き覚えのない名だ。
「マインガートッてのはうちとそっちの国が建国するよりも前、古代文明の流れをくむ王国の名だ。そこの王家の為に召喚されたんだよ」
会場全てを包みこむ静寂。きっかり三秒後、決壊した。
「何だとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
もう何度叫んだ事か。誰もが皆、喉痛い。
「全ては俺のじーさん時代まで遡る」
遠い目をして(ヴェール越しであんま良くわかんないけど)破矢は過去に思いを馳せた。
■
破矢の実家は数えて二代前、祖父の時代に竜爵家となった。呪いの秘文を見つけた祖父は当時の国王へ申告、密偵を放ち調査を続ける内に国の諜報機関のような役目もするようになり、当時の闇竜家に跡取りが無かったので竜爵となったのだ。
余談だが曾祖父の兄弟の子供の一人がグランバウム家と婚姻し、その孫がネック・グランバウムである。つまり二人は従兄弟同士になるわけで。
ライフワークである呪いの調査を続けていた所、先代当主が秘文の足跡を辿る中、とある山の滝壺に落ちた。そのまま意識不明で流れて行った先で人間の集落に流れ着き介抱される。そこはゴルドゥーラとジェルディアガ、それぞれの外れの隣接地にある山奥の村。
■
「天災とか色々あって弱ってた所に、うちとそっちの始祖がやって来て呪われて、戦争はじめちまって当時の王都巻き添え喰らって唯一の姫は山奥へ逃亡し今に至る。ここまでを親父が整理したんで、継いだ俺がそこと協力してレジスタンス組織を作ってる最中レイが来た。あん頃はまだゴルドゥーラとの協力体制ちゃんと出来て無かったから後回しになったけど、ここ一年で調べまくったらどーやら『既に国があるという事が解ってない為、正式な宣戦布告を出さない状態で不法滞在してる』んだと謎の召喚システムは判断。『マインガート王国の国土内で発生する、古代文明の暴走を食い止める為に来た』ってーのがレイの召喚理由なんじゃねぇかってのがつい先日」
「まてエセ聖職者」
スタン、勇気あるツッコミ。
「あ、エセッて何だ?俺はうちの最高司祭だぞ」
「だったらちったー性格押さえろ!大体何だよんな話、一つも聞いた事ねーぞ!」
「聞かれなかったから言ってねぇ」
「まてやーーー!」
「それに、俺らはあんた達に『全面的に』協力してたんだぜ。呪いの根元の発祥、対処法、俺らが調査した内容を閲覧してOK出したのはそっちの王子だ」
「そんな話何処にも描いて無かったろうが!」
「出事について、『闇竜家の調査により』の部分を深くつっこみ入れなかったのはあんたらだ。つっこみありゃ素直に答えてたよ」
「盟約違反だ!」
「別に隠してねぇ、聞いてこねぇ方が悪い」
んなわけあるか!
アドウェン含む関係者が一斉に破矢に詰め寄った。雷華含む闇竜達が壁となり質問攻撃を承る=壁になる間、アデューと空影は頑張って覚えたサングロス語で地名をかきかき。
デッカードと言えば、零の元へ戻って慰められていた。
「泣くなデッカード。君は出来る事を精一杯した、誰も責める理由は無い」
「そこはつっこむ所です!」
ぜーはーぜーはーアドウェンが、零とデッカードの元へ鼻息荒く近寄る。
「レイ!彼女を保護したのはわが国です!ならば貴方の身体の安全を図るが我らの務め、その手を離れられては困ります!」
「何故だ?私はこの国の者では無く、自由意思で戦争に参加した。戦争の終わった今、私がこの国に永遠に留まり続けねばならない理由は無い」
「あっ、貴女の為にどれだけ苦労を!」
「その対価は全て『戦争解決』として支払った。私はこの国へできる全ての責務を果たした。間違ってはならない、私は決して貴方々を嫌いであるという事は無い。その上で、私はこの世界で伴侶と定めた相手を見つけ、婚約したと報告したにすぎない。ゴルドゥーラの軍事・民事に関する事柄は個人情報の決まりを話し合ってから取り組む契約を交わしている。知りえた秘密は現場を離れたとしても口外しない事を書面にて制約している。現在の仕事についても私は放り投げる気は無い、結婚しても単身赴任しながら務めるつもりだ。以上の事について、反対する理由を知りたい」
まるで鈴の様に可憐な声は翻訳魔導具による語彙のせいで報告書の様な話し方になる。しかし、その分言いたい事がはっきりと伝わり易い。そして、言いたい事に対する当人の意志とはオーラによって感じ取られる。
「私には私を構成する自我がある。先程からの貴方々の言いではまるで、私が何らかのアイテムであるような扱いなのだな」
にっこりほほ笑みながらの、凄まじいオーラ。まるで子供の様な見た目なのに、向けられる視線は経験豊富な成年その物だ。
じとり、と後ずさりしたくても根性で踏み止まるアドウェンを見てデッカードは言った。
「あの…失礼ですが、彼女の翻訳魔導具って何年前位の品なんです?」
「は、魔導具?」
対応に困っていた所へ突然言われた台詞にアドウェンは上ずった声で返す。
「そ…そうだな、大体二百年前の」
視界からデッカードの姿が消えた、床の上で頭を抱えて蹲る。
「ど、どうしたのだジェローダ伯!?」
「それが全ての原因です……」
「私はこの国が好きだ。守りたいと是非思う。それと同じ理由でジェルディアガを守りたい。私にとってこの世界はもう一つの故郷なのだ」
零は溜息をつきながらだが言葉を止めない。アドウェンが踏み止まっている最中、再びリジェリアが口論に復帰する。
「ならば、わが子グレンと婚姻して何の問題があるのです!いいえ、この際グレンでなくてもいいでしょう。貴方は人、彼は竜人。たとえ友好関係を結んでもそもそもの種が異なります!貴女の世界で人以外は存在しないと聞きました。なのに何故、竜人の元へ嫁ごうと考えるのです!それこそ、貴女を政治利用して無理矢理嫁がせたと他国から後ろ指を指されるでしょう。そのような理不尽を我々が許可すると何故思うのです!」
「理不尽の意味が解らない。私は自分の自由意思で結婚すると結論づけた。強制ではない」
一息ついて胸をはる。
「私は人間に興味がない。正しくは恋愛対象として範囲外だ。だからといって女が好きという訳ではない。私は人間以外の生身生物愛好家なのだ」
デッカードは単語不足による次の展開を憂い、胸の前で両手を握り神に平安を祈った。
多分無理だが。
つーか絶対無理だろう。
今回のタイトル、「ルールブレイカー」と読みます。番組違うのは御愛嬌(笑)
一般的な乙女のイメージを文字通り破壊しているうちの乙女!!
次回から、王子がわき役路線に突入です。