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イケメン男子は人による  作者: 日影瑠射
第二章 「ロマンスは定番に」
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五話■「イケメン王子、奮闘する」

・とりあえずトリップファンタジーがベースです。

・剣と魔法が主体です。

・主役は女の子です、一応。

・イケメンが一杯でます。

・各キーワードに間違いはありません。

・もう一度言います、間違いありません。

 黄金に輝く髪を靡かせ、令嬢の肩を取った将軍がバルコニーから姿を消した頃、急いで後頭部を整えて足型のついたマントを取り替えた第一王子が姿を現した。

 集まり出す人々とにこやかに挨拶を交わし、挨拶の耐えた隙に冷えたシャンパンを頼むとサンドイッチを軽く摘む。

「これはこれはグレン王子」

 通りかかった竜人が会釈する。グレンは挨拶し、顔見知りの彼と暫し語らう。

 式典に免れたジェルディアガ側の来客達。言わずともだが、全員竜人である。

 出席している竜人達は武人が多い。無論武装は解除しているが、騎士なら剣、魔術師なら杖と礼装としての武具を取り外す事は出来ない。竜人も同様である程度の基礎武装はしている。だが、根本的な身体能力の差はどうしても埋まらない。

 例えば腕、或いは翼。標準で手には鋭い爪があり(ただし普段はやすりで鋭さを消しているらしい。どんなやすりだ)、背中には飛んで逃げられる翼がある。

 だが、飛行しようとすると破損してしまう飾りないし衣服の一部が全員の翼に装着されている。彼らは翼を封印し、馬車や徒歩で入国して来たのだ。それはゴルドゥーラに対する礼儀であると誰もが理解し、宰相は感激したと言う。

 先程の通り、ジェルディアガの来客は軍人が多いが文官もいる。武人は背中を大きく出した以外は近接戦闘を優先した甲冑で身を包むか飛行を重視した軽装鎧かで別れており、近接系は鱗が赤系・緑系、軽装系は青系・紫系が多くを占めている。

 文官も背中が大きく開いており、全身を緩やかなローブで纏っている。色は黒が多く、他の色が均等にちらほら。

 鱗の色とは、その竜人が何族に属するかの大事な目安。

 火竜は赤、水竜は青、地竜は緑、風竜は紫。光竜は黄、闇竜は黒。

 色も家によって違いがあり、遠目で見れば同族でも見事なグラデーションである。純色に近ければ近いほど尊いとされ、先代の六竜家がまさにそれだった。特に光竜は色的にも白に近く、同じ公爵家の闇竜よりも王位に近いと表現され、王の配偶者として迎え入れられる率が高い。

 今回、グラデーションの中に白、王族は一人も参加していなかった。式典の事前打ち合わせの際、使者からこの件について深く謝罪される。



「現在我が国の王位は空白であり、未だ後裔を決めかねている状態であります。その段階で和平の来客とは言え白竜が出向いては、その人が時期国王であると錯覚する人もおりましょう。呪いが解かれたとは言え、未だ人に恨みを持つ者、血統を至上として血を優先する者が存在します。今後の両国の安定を考え、現時点における王族の公式行事への参加は控えるべきだと結論が出ています。どうか、この件につきまして女王陛下にはご理解を願いたい」

 


 深々と頭を下げられては無碍に出来ない。数時間後、帰国した『乙女』と入れ替わる形で退出した使者が、実は風竜家の次期当主であると聞かされ、宰相は頭を抱えたという。





 語らいを終え、グレンは再び一人になる。シャンパンで喉を潤しつつ小分けの蒸し鳥に手を伸ばそうとした瞬間、突き刺さる無数の視線。

「私も彼女の様な性格なら、悩む必要無かったのかも……」

 諦めて蒸し鳥に延ばす手を引く。

「これはこれは、グレン殿下」

 背負うのは紫に金の縁取りを飾ったマント、刺繍された紋章から見るに侯爵の地位にある文官が声をかける。

「やあ、リガン侯爵」

「本日は誠に、良き日和でございますな。このような日に式典を行えるとは、イーダ様のお導きでございましょう」

 始祖の少年に感謝を捧げる侯爵。文官である彼は戦後復興の為に抜擢した人物の一人であり、普段は遠方に出向いている。

 戦場として荒れた地はどうなったか、新たに作った村はどの様な特産品が出来そうなのか、周囲に資源となる動植物はありそうか。

 文書では無く人の声として得る情報は貴重であり、文体では省略されてしまう事柄を知るのに実に有益である。

「お父様」

 情報交換をする伯爵の背後から、控えめな声が聞こえて来た。

「おお、ドーラか」

(やっぱり来たかー)

 淡い金色を散りばめた水色のドレスを来た少女はリガン侯爵の元まで歩き、グレンの姿を見ると慌てて侯爵の後ろへ移動した。

「王子、こちらは我が娘、ドーラでございます。社交界に出る年頃ではありませぬが、今日と言う良き日を共に祝いたいと連れてまいりました」

 もじもじと、父親の陰に隠れる少女。父親譲りの赤毛はややくせっ毛で、生花を使った髪飾りをしゃらしゃらと揺らしている。ドレスの裾はふわりと膨らみ、全体的に愛らしい姿を醸し出していた。

「あ、あの…ドーラと申します、グレン殿下」

 ぼそぼそと、隠れながらの挨拶。

「遅くに出来た娘でして…親の我儘と申しますか、この子の成長を日々見るのが何よりの楽しみで、任地先にも連れております。無論、向うでも教養を疎かにする事はいたしておりませぬが、やはり貴族たる者、王都に馴染まねばなりますまい」

 緊張する娘に振り向き、優しく微笑む。

「ドーラや、もう一度ご挨拶を」

「は、はい」

 強く握っていた父親のマントを頑張って離し、ぎこちない仕草で一歩一歩前に出ると、少女は家庭教師に習った記憶を総動員して軽く膝を折り、ドレスの端を摘む。

「リ、リガン侯爵家のむむすめ、ド、ドーラ・ルワ・リガンでございま、す」

 榛色の目に涙を溜め、顔を真っ赤にして何とか頭を下げた。

「こ、この度は、殿下のお顔を拝謁し、ま、誠に恐悦至極でございますれば」

 リガン侯爵が、背後から頑張れ、と小さく囁く。

「お顔を上げてください、ドーラ嬢」

 緊張のあまりパニックになりかけている娘へ目線を合わせる。

「本日は良き日、平和を祝う思いに貴族も王族もありません。貴方も、私も、今はこの喜ばしい日を祝う只の人間です。ですので、どうかそんなに畏まらないで」

「は、はい!」

 グレン自ら膝を屈め、少女と同じ視線を作る。ドーラは真っ赤になった顔のまま、王子の前で頑張って微笑んだ。

(そしてこの後は)

 グレンは表情を崩さぬままに溜息をついた。

「こんにちわグレン王子様」

 紫水晶の扇を手にした女性が近づいてくる。

「やあ、サーリ嬢ではありませんか。お久しぶりですね」

「ええ、一度領地に戻っておりまして。視察ですわ」

「あら、噂では強いお風邪を引かれたとか?」

「登城しても大丈夫なの?」

 ドーラとの会話を皮切りに、次々来る女性の姿。

 リガン侯爵がスタートを入れた事で、グレン狙いの女性達が集まってきた。どの人達もすでに社交界に出ており、令嬢として内助に力を入れる者がいれば、次期当主として積極的に動く者あり、王宮に仕えている者あり。

 娘を紹介し、正妃もしくは側室を狙う親も紹介に余念が無い。

 とにかく、王子の相手として家柄共々問題の無い娘ばかりがグレンの傍に集まっている。適齢期の身としては次の王(正確には次の次の王)を設けるのが世継ぎの使命。しかし、心には……

「おっと」

 人の壁から押し出された令嬢の一人が誰かにぶつかる。相手は飲み物を持っていたらしく、令嬢の肩にかかった。

「きゃっ!」

 豪奢なドレスに滲む水。幸い無色であったが、ドレスを汚された事に怒り(自分のせいであるのだが)、相手の顔を睨む。

「何をなさ」

 手にしていた扇をボトリと落とす。

「申し訳ない、御令嬢。これはただの水、染みにはならないと思うんだが……」

 懐からハンカチを取り出し、肩とドレスから水分を移す。絹のハンカチは肌触りが良く、水も良く吸った。何より施された刺繍とレースは令嬢の持つ物よりも良い仕上げで、それを惜しげも無く使う所からかなり身分の高い人物であるのが理解出来る。理解出来るが。

「あ…あ……あ…」

 ぱくぱくと、口を開けては閉じる。その顔はとても真っ青だ。

 仕方あるまい。戦とは無縁の温室で育てられた娘に、超至近距離で竜人がいたのだから。

「キャアアア!」

 令嬢の背後から悲鳴。偶然振向いたら竜人がいて令嬢の肩を触っていた。しかも運の悪い事に、今まさに食いかかろうとする角度に見えたらしい。

 周りの令嬢も何事かと振り向く、そして凍った。戦を経験したり文官として王宮に仕えている令嬢は事情を察したが、親達は思わず子を庇う。

「カイン!」

「やあ王子」

 水をかけてしまった令嬢へ「もう大丈夫ですよ」と笑った竜人。乾いた声でありがとうございますと言った令嬢は、王子と顔見知りであるその人へ道を譲るという名目で退散した。

 岩壁から流れ落ちる、万年雪から溶けた清流の鱗、深い緑色の角の生える頭部は暁の色をしたターバンが巻かれ、エメラルドの留め具で止められていた。

 マントは鱗と同じ色、止め具は竜の爪を模し、竜人の中では華奢な部類に入る体を絹で出来た若草色の衣服が包んむ。

「君はカスタ侯爵の令嬢だったね」

 悲鳴を上げた令嬢の元へ近寄り、真っ直ぐに顔を見る。

「かつての遺恨は消え、今やジェルディアガは我が国の良き隣人である。今日は国交記念の宴、その様な時に先程の態度は喜ばしくない」

「あっ、あの、殿下、わたくしは……」

「そなたの本意で無いのは解っている。だからこそ、今後の為に先程の様な態度は改めて欲しい。人々の手本となる、ゴルドゥーラの貴族として」

 至近距離で見つめられ、ギーアは己の失態を恥じると共に、自分だけに向けられた美しい顔に頬を赤く染める。周りの令嬢達は悔しがるが、内容が内容なのでハンカチや扇を強く握るのに留まった。

「俺は気にしないよ王子、戦場を知らぬ乙女には、たしかに馴染まぬ容姿だろう。せめてこの身が人であればと何度思った事か」

「そんな、君は十分素敵だよ」

 竜人は令嬢とグレンの前に立ち、肩手を胸にして軽く頭を下げた。

「カスタ侯爵令嬢、ギーア殿」

 グレンは見とれるギーアの肩を取り、共に振り返った。

「〔彼女〕は【地竜爵】ジェローダ伯の〔妹君〕、カイン・ナーガ・ジェローダ〔嬢〕だ」

 ……………

 グレンの言葉を聞いていた多くの貴族が目を点にした。

「…………………え゛?」

 紹介されたギーアは、余りにも情けない声を絞り出す。

「カ…イ…ン?」

 ぎぎぎ、王子に首を向け、再びギギギ、と元に戻す。

 目を白黒させる周囲の言いたい事が分かるので、カインは笑って言った。

「俺は地竜の父と水竜の母との間に生まれた混血竜。一族から逃れる為、名と性別を偽って育てられた。親は手頃な時期に改めるつもりだったらしいが、今更女名をつけられても困るんで」

 カインの正体を知っている令嬢達は、仕方が無いわと溜息つく者あり、笑い声を抑えつける者あり。

 人と竜人は体格が異なるので服装の観念が違うとは言え、女なら女、男なら男の特徴は皆無では無い。式典に来ている竜人も差異が明らかだが、カインの容姿はどう見ても…いちおう中性的らしい容姿で、男物の服を着ている。

 誰もが思った、『何考えているんだ親』。

 ホールに流れる音楽が変わった。穏やかなヴァイオリンの音色が届き、フルートが耳を擽る。

「グレン、王子として民の責任を取れ」

 ヴァイオリンとフルートの二十奏はダンスの合図、次々に男女が中央に集まった。

 カインはグレンの手を取る。

「へ?」

「さっきの悲鳴、一曲でチャラにしてやる」

 令嬢達の前からグレンを連れ出し、他の男女達と共にホールへ向かう。ダンスだけであっても王子の相手となれば誉れであると同時、ステータスとなる。何故自分が誘われたのか理由を堂々と言えるのだから、王子との結婚を望まずとも嫁ぎ先への有力な強みだ。

 それを、目の前で奪われる。しかも王子の了承無く無理矢理取れ出す大胆さ。

 これかゴルドゥーラの娘なら「何とはしたない」と陰口を入れるだろう。だか相手は竜人、それも【竜爵】の縁者である。爵位こそ階級のまん中である伯爵だが、【竜爵】となれは実際は公爵に匹敵する地位。幾ら他国の者とは言え、大事では無く小事を口に出して抗議できる相手では無い。

 そもそも、彼女を女性と見れないので驚く程に嫉妬がでなかった。


「待ってくれカイン!」

 手を引かれ、ダンスの場に来るグレン。握られた竜人の手と人の手を支えに互いが回る。

 眼の隅でステップを確かめるカイン。暫くすると足さばきを変え、グレンをその腕に抱いた。

「わ!」

「違う違う、俺を抱け」

 周囲のカップルが驚いていたが、動きを止める訳に行かず踊りを続ける。良く見れば竜人と人の組み合わせもあるが、大抵は男が竜人だ。

「き、君とは身長が」

「気にするなって。今日の俺はジェローダ伯爵令嬢だ、思う存分エスコートして良いぞ」

「せめてドレスを着てくれっ!」

 背の翼はマントと繋がったアメジストの紐飾りで畳められている。それが動く度に揺れ、緑色の淡い光を放つ。

 身長差でパートが男女逆転しそうだったが、グレンは懸命に男子パートのステップを踏む。カインは様子に微笑み、歩幅を可能な限り合わせてやった。

 ステップが異なる為、移動が大きい。元の場所から移動したグレンは会場から聞こえる完成にそっと目を向けた。

 肩までかかる髪に真珠のついた飾りをつけ、何枚ものウェーブがかかった生地を重ね合わせたドレス。全体の基礎となる若草色は中心から徐々に薄くなり、袖に至る頃には金の糸が織り込まれ、彼女が動く度に揺れ、まるで草原に咲く麦の中を駆けていく様だ。

 その手を取るのはシロエ・ソンブラ。金と赤の礼服を来た彼は優雅な仕草で『乙女』を誘い、ヴァイオリン演奏と言う名の風の中を楽しげに舞っていた。

「レイ……」

 若草色の『乙女』をリードするを書き伯爵の姿に周囲の女性達はうっとりと眼差しを向け、男性達はパートナーの意識を自分に向けたくて踊りに専念する。

 この会場でもっとも美しい踊り手がこの二人は、まるで将来を誓い合った恋人同士の様に見える。

「………」

 ギリギリギリギリギリ

「おい、踏むな俺の尻尾」



 パパー パッパパッパッパー



 突如響きわたるラッパ音。

 

「ジェルディアガ王国より、四竜爵様ご到着なさいました!」


 踊っていた者達、そして周りで雑談していた者達が一斉に扉を向いた。二人の従者によって宝石を散りばめた真紅の扉が開かれる。

 扉の向こう、一列に並ぶ四人の竜人が足を踏み入れた。


「火竜爵 ルーレシア伯」

 地の底に眠る太陽と同じ真紅の鱗。燃え上がる火炎を押さえつけるのは白い騎士の鎧。左肩を開け、右肩を包む紫のマントを黒羽と茶色のナイフで出来た飾りで止め、腰には式典用のロングソードを吊るしている。

 幼さを残す顔立ちは凛々しく、だか一つ微笑めば優しさが溢れ出る。

 瞳は紫、美しい花の色。


「地竜爵 ジェローダ伯」

 深い森の中に生きる深緑の鱗。ゆったりとした若草色のローブを纏い、頭部を同色のターバンで緩く巻く。

 まるで大学の奥でひそり研究に暮れる学者の様な姿、知性を漂わせる片眼鏡から覗く瞳は思慮深く、幾年も過ぎた老木の様に、生まれ落ちる幼子へ洗礼を与える牧師の様に穏やかな雰囲気を纏っている。

 瞳は橙、果実の色。


「風竜爵 陽狼伯」

 夜明けに見る湖面が夜の名残を残し、眠りから目覚めようとする寸前の深い湖と同じ鱗。四枚の翼は紅、付け根は濃く、裾にかけて段々と薄くなる。

 海軍の装いで濃い水色のマントとコートの裾が風に靡き、金の房飾りのついた肩当てには赤い竜の紋章が刺繍されている。

 瞳は赤、宝石の色。


「闇竜爵 破矢公」

 夜空に煌めく星を、優しく抱く闇と同じ鱗。厳かな深紫のローブに漆黒のケープを肩にかけ、アメジストのサークレットを額に付ける。

 四枚の翼の一つに大きな傷があり、その場所だけが暁の様。

 半透明の布で顔を隠し、その表情を知る事は出来ないが纏うオーラが安らぎを与える。

 瞳は緑、命の色。



 会場に現れた四人の竜人達。先の内乱で【竜爵家】、通称【五竜家】の支配から王国を救ったレジスタンスのリーダー格達だ。既に離脱していた闇竜家以外は衰退し、司法・民法に至るまで混乱をきたした国政を立ち直おさんとこの一年王国復興に力を注いでいた。

 そして先日、新たな【竜爵家】を起こす事が決まり、火竜家・地竜家・風竜家が新設する事となった。なお、光竜家は命に別状は無いが昏睡状態が続き、水竜家は新たな当主となれる人材が見つからなかった為に現時点で欠番となっている。


 闇竜家のみが公爵で、他は全て伯爵。これは創設したばかりで侯爵位を授与されては周りから反感が来るのではないかという対処なのだが、闇竜家当主である破矢は『任命された先代の頃から既に離反していたとは言え公爵家として王国の腐敗に目をそらしていたのは事実』であると爵位返上及び国外追放を願い出たが周りが説得、新設家の指南として残って欲しいと懇願した結果、呼ばれる際は最後にする事などを条件に出奔を思い留まらせたという努力の結果があった。



「素敵…リドルア様」

 火竜の令嬢が溜息を洩らす中、周囲は声で囁いた。



 「ジェローダ様とルーレシア様、とてもお似合いだわ」

「あら、ルーレシア様は既にお子様がいらっしゃいますわ。それにお二人は火竜と地竜ですのよ」

「いや、国法が改訂され混血が解禁している。それにジェローダ様の妹君も混血であられる故、問題は無い」

「そうなりますと、婚姻と同時にお父様ですのね」


 「陽狼様、何と雄々しい」

 「流石はジェルディアガ艦隊の大提督。同じ風竜でも私の夫とは貫禄が違いすぎる」

 「破矢様は何時みても神秘的な方だ」

 「陽狼様と従兄弟であらされるとか」

 「うむ、破矢様のお母上は陽狼様のお父上と御姉弟であらせられる」 



 竜爵として初めて公の場に出た四人、ジェルディアガの来客達は未来の大貴族へ惜しみ無い賛否を称える。

「お久しぶりでございます、リジェリア女王陛下」

 四人を代表し、ルーレシア伯が右腕を前に置く。

「この度はようこそお出で下さいました、親しき隣人達よ」

 玉座に座るのは、金色のドレスを纏った美しい娘。

 吸いこまれる様な星の瞳、癖無く真っ直ぐに伸びた髪は結いあげずとも王冠に劣らぬ輝きを見せ、童顔でありながらも王者の風格を見せる。

 当代ゴルドゥーラ国王、リジェリア・ゴルドゥーラ。二児の母にして片方既に成人済み、去年第二子を産んだばかりの女王は実年齢とかけ離れた容姿を持っていた。

「本日はお招きいただきありがとうございます。我らジェルディアガの民、今日と言う良き日を迎えた事、誇りに思う所存」

 王の前に膝を屈せず、会釈するに留まる三人の伯爵。この場で唯一の準王族…公爵である破矢は三人より一歩下がる。貴族階級が逆転しているが、これも【竜爵】の事情。

「ジェルディアガの復興も順調と聞いています。苦しい事もあるでしょう、どうかその時は我らの力をお求めください。微力ながら力になりましょう」

「在りがたきお言葉でございます、陛下」

 伏せていた顔が上がる。閉じられた瞼からラヴェンダーの瞳が現れ、静かに微笑む。

 竜人側から、そして人側からもその穏やかな笑みに溜息が洩れ、リジェリアは頬を赤らめた。






「あー」

 宮廷魔術料理人が作ったアイスを口に入れる。人間の作るアイスは他人より高い体温の火竜にとっては直ぐに解けてしまったが、甘くて繊細な味がとても気にいった。

「うまうま」

「可愛いーー♪♪」

 美人のおねぇさんに囲まれ、お膝抱っこされてアイスを「はい、あーん」されている子竜がお一人。橙色が入った赤い鱗、ゆったりとした白系の服を着て、両耳には金色の羽根飾り。目は紫色のクリクリで、子供用に拘束の緩い羽根はパタパタと微風を発生させる。

 今まで成人に満たないジェルディアガの子供は国法によって国外はおろか生まれた都市・町の外へ出てはならなかった。よって戦争中でも竜人は成人にしか出会う機会は無く、生態は謎に包まれていた。もっとも『乙女』の知識(向うの常識)によって幼い竜人の容姿を描かれて以降、その愛らしい姿に巷のお姉さま、お穣さまから大好評を受け、レジスタンスのアジトへ行った王子達の部隊によって初めて青年前の竜人を確認した時の衝撃は、同行していた黄将軍が普段の態度をどっかに置いて来る程、素晴らしかった。

「はい僕も♪」

「あっ、あの、その…」

 こちらはもう少し育っている。青年に近い様でだっこは出来ないが、ちょっとしゃがんで頭をなでなでする位は幼い。 

 先日、白竜の出席辞退を告げに来た使者だ。四枚の羽根、少し暗い青紫の鱗と同じ色の礼服を着た風竜の少年は涙目で、お姉さま方のスキンシップをかわせていない。ちょっと向うにいる双子の妹は慣れた物で、楽しくおしゃべり出来る余裕すらあった。

「助けて、白夜ー」

「この子が私のお兄ちゃんでーす♪」

「ふええー」

 クッキーを貰っていた少女の風竜。四枚の羽根に少し明るめの青紫のドレスは兄と同じデザイン。その兄の腕を取って会話をしていた令嬢達に紹介する双子の妹は逞しい。

 令嬢の一人が体を屈め、挨拶する。

「私はエルブ子爵の娘、リオ。僕、お名前なんて言うの?」

「ふっ、ふえ……ふえ…」

 ひっくひっく。橙がちょっと入った赤い目をうるうるさせて、しっぽをぷるぷるする少年。

「ぼっ、僕、風竜爵、かっ影…かげ……かげぇ」

 



        (TωT)




「おや、どうした?」

 ダンスから帰って来たシロエと『乙女』。踊りに行くまで自分達が居た集団に風竜の少女・白夜が一緒に居たのは解っていたが、その兄も来ていた上に泣いていたのでとても驚いた。

「レイねーーーー」

 とて、とてとて。尻尾と羽×四をふるふるぷるぷるさせながらぎゅっと抱き付く。

「あ、そーにいに」

「やあ、こんにちわアデュー君」

 令嬢の御膝にいる火竜の子、アデューの頭をくりくり撫でるシロエ。アデューはその刺激が好きで、にこにこ御機嫌だ。

「お帰りなさいレイさん。楽しかった?」

「ああ!ソラ君がリードしてくれたからこけなかった」

「おや、それは暗に私が良いという事ですか?」

「グレンでは無理だからね」

「………」

 あの人『普通の』女性への免疫ないんだと、翻訳装置の不具合でやや男性っぽい口調になっている乙女は静かに笑い、返事に困って固まるシロエ。王子の背中に飛び蹴りしても咎められない国なので反論出来ない。

「うっく、えっく…えぐ」

「ほら、泣かない泣かない」

 ぐしぐしぐし 鱗を濡らしている少年竜をぎゅっとしてよしよしとあやす。

「空影は将来、お父さんの様な提督になるのだろう?この間だってりっぱに使者の役目を果たではないか?どうして今日は駄目なのだ?」

「はね…羽、だって、だって動かない…父上、動かしちゃ駄目だって」

「空影は風竜だからな。竜人の中で、一番空を愛する種族、飛べなくなっては怖い。だが、それはお父さんも一緒だよ」

「ふえ…」

 涙でドレスが濡れるのも構わない。後頭部を撫で、話を聞く事で落ち付かせてやる姿に令嬢達は「なんてお優しい」と微笑んだ。

「レイさん、この子は白夜ちゃんのお兄様?」

「そうだよ」

「ではお父上とは風竜爵の弟、シャドー子爵なのね」

 既に泣きそうだったとは言え、泣かせてしまったリオは空影の頭を撫でてやり、さっきはごめんねと謝る。

「いや、父は風竜爵の方。二人は実の兄妹だけど、兄が兄の、妹が弟の養子になってる」

「…すみません、もう一度言って貰えます?」

 リオが、そして周りの令嬢が眉を潜め、頭の中に家系図を作る。

「次期火竜爵、アデュー=D=ルーレシア殿。次期風竜爵、空影殿。シャドー子爵令嬢白夜殿」

 周囲がざわめき、人混みが割れて零達のいるテーブルへの道が出来る。

 金のドレスを纏った、吸いこまれる瞳。レオナ一人を連れて女王リジェリアが歩いて来た。

「じょおうへいか」 

 立ち上がる令嬢達にあわせ、ぴょいんと降りたアデュー。とてとてとまだ歩行の難しい足で近づき、ぺいっと頭を下げる。

「このたびは、おまねきいただきありがとうございます」

「ほほ、愛らしくもしっかりした紳士ですね」

 令嬢達の様に頭をなでなで。

「陛下」

 なでなでにほわわんとしているアデューの隣に立ち、礼服の裾を軽く摘まみ会釈する白夜。

「この度は、誠良き吉日にこの日を迎えました事、御喜び申しあげます」

「これからも、お父様、伯父上様と共にわれらの良き隣人とあって下さいね」

「………」

 女王の名を呼ばれたのは三人、順番から最後に残った空影だが、零に抱き付いたままだ。

「お兄様、陛下に御挨拶は?」

「…………」

 ぶんぶん。

「空影君」

 困っている回りの為、シロエは軽く屈んでそっと耳元に囁く。

「ちゃんと挨拶しないと、君の〔名前〕を貰っちゃうよ」

 ぴくっ。ちょっとだけ羽が寄れ、潤む目がもっと潤み、ふるふると横に振った。

「じょ、女王陛下……」

 びくびくと怯えながら、勇気を出して零のドレスを離し、前に出る。

「ふ、不束者ですが、宜しくお願いいたします!」

「………………」

 実の妹が頭を抱えた。

「…お兄様、お婿に行く気?」

「   ・゜゜・(/□\*)・゜゜   」

 周囲の令嬢は笑いを堪える為にお腹を抱え、中にはテーブルに寄り掛かってシーツを握った。シロエは耐え切れずに外へ走り、叔母と姪の間柄であるリジェリアとレオナの間で猛烈な奪い合いが起きたのは言うまでも無い。

「空影ちゃんに白夜ちゃん、アデュー君」

 式典に三人しか来ていない幼年竜達。零は可愛い三人を交互に見つめ、溜息をつく。

「可愛いな、私もこんな子欲が欲しい」





 ピクッ





 令嬢達を遠巻きで見ていた男達が、愛らしい子竜達を愛でていた令嬢達が、生まれたての小鹿の様に震えまくって妹に慰められていた空影を可愛いと懲りもせずに愛でていた叔母と姪が、鋭い視線を増せて振り返った。

「所で、レイ」

 素晴らしい変わり身で何時もの女王に戻ったリジェリアが、喉が渇いたとテーブルのシャンパンを飲む零に近づいた。

「先日より場内で奇妙な噂を聞きました。貴女に意中の方がいる、との事ですが?」

「はい」

 まさかの即答。

「それはめでたい事ですね。その方、今はどちらに?」

 周りが利き耳をたてる中、リジェリアは祝福の言葉を述べながら眉が、ぴくり。

「今日ここに来ています」

 声の聞こえる限りの周囲の目が一斉に向けられる。

「その人は、とても可愛い人。手間のかかる弟の様な、幼い頃からの友人の様な…」

 男達に緊張が走る。今の条件に合うのは誰なのか?条件にあった男子は回りから更に冷たい視線を向けられた。

「母上!」

 遥か向うから声がする。人混みを無理矢理掻き分けやって来たのはグレン。

「母上、いや、女王陛下。私、グレン・ゴルドゥーラは始祖ズーキカ・イーダ・クヤータの御名に誓う事を宣言します!」

「グレン!」

 王家の始祖、三人の少年の名の誓うと言う事は、この状況では一つしか無い。グレンは走り母の元へ、零の前に立ち、そして膝まづいた。

「?」

「我らが救い主、鎮魂の乙女、レイ・ハリネ。貴女を我が生涯の妻に迎え入れたい」

 周囲がどよめいた。彼を狙っていた令嬢達は顔を赤くして悔しがり、零と親しくしている、争奪に加わらない令嬢達はまぁと顔を驚きと喜びに染め、騎士や文官の男達は盛大に悔しがるも相手が相手なので口には出来ず。

 母だけが、口を押さえ涙目で息子を見つめた。

「……は?」

「ずっと決めていた。地下神殿ではぎっ」

 周囲に見守られながら零の手を取り、愛いの言葉を囁くグレン。その後頭部にチョップを与えられて舌を噛んだ。

「おまえ、バカだろアホ王子」

 普通に歩いて来たカイン。凄く自然な動作で言い終わる前に後頭部を軽くぽむっと。

 一世一代の大告白を前に見守る一同の前に起きた目の前の怒涛の出来事に周囲の声が止まる。そして次の瞬間爆発した。

「カイン・ナーガ・ジェローダァァァァ!」

 文官の一人が大声を発した。

「ああああ、貴女!他国の王族に対し何と無礼を!」

「いいじゃん、自国の王子の後ろ頭を飛び蹴りしてスルー出来る国なんだし」

 文官が理由を聞こうと詰め寄よろうとした瞬間、疾風が周囲に振りかかり、テーブルのグラスが幾つか割れた割れたええけっこう。

「へ?」

 アメジストの飾りが付いた生地は無残に引き千切られ、ロープや衣服も突風に煽られ、乱れている。地竜固有の堅い見目の鱗と翼を晒し、彼は腕を振った。

「ジェローダ伯っ?」

「来たか、兄貴」

 カインは王子の後頭部を開け、その場から退いた。その直ぐ後で指先に手が光り、上空に出来た歪みから大量のカボチャが落ちてきた。

「わーーーー!」

 どさどさどさっと降るかぼちゃに埋もれるグレン。

「デッカード!貴方まで何しているんですか!!」

 文官は、実はこの国の宰相閣下である彼女は頭を抱える。

「あっ、あたりまえだ!」

 ジェルディアガの大貴族、地竜家当主デッカード・トゥーモ・ジェローダは叫ぶ。

「彼女は…レイさんは、僕の恋人だ!」

お留がやっと登場しました。

「イケメン男子は人による」 その本当の意味は………

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