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近未来サブカルチャーに夢中シリーズ

悪役令嬢に転生したけれど、そんなことより近未来サブカルチャーに夢中です!

作者: 千条 悠里

「うふ、うふふ……」


 伊集院真希は、思わず笑みを零していた。

 鏡に映る自分のその姿が、我ながら実に悪役令嬢らしい薄気味悪いものだと思いながらも、彼女は微笑み続けていた。


「ああ、本当に美しいわ」


 うっとりとした表情で真希は鏡を見つめる。

 煌びやかに装飾された姿見鏡に映る真希の姿は、確かに美しかった。

 大企業の令嬢として恥のない様にと厳しく育てられて、見た目麗しく引き締められた身体は、少々小柄ながらも頭の天辺から爪先に至るまで、完璧といえるバランスを保っている。

 肌はまるで新雪のように染みひとつなく、絹の様に艶のある美髪は、シャンデリアの灯りに照らされて黄金の輝きを放つ。

 しかし、彼女の興味はその自らの美貌ではなく――。


「新製品の、銀河ギャラクシー戦姫プリンセス……ああ、我ながら綺麗なデザインに仕上がりましたわ!」


 ――その手に乗せた、人型小型ロボットに注がれていた。

 彼女がデザイン、及び設計に携わったその機体は、明日には伊集院財閥の新商品として全国に販売される。

 ポケットに入るサイズのロボット、通称ポケロボは、この世界において大人気の玩具のひとつであった。

 市販されている機体やパーツを買い集めて、人それぞれの個性あるロボットを組み上げて、それを戦わせて遊ぶというものだ。

 そんな玩具で遊ぶ少年達が世界を救う――なんて設定のアニメも放送されており、こちらも大ヒット。

 スポンサーであり、様々なポケロボの機体とパーツ販売にも手を出している伊集院財閥はポケロボブームのおかげで莫大な利益を上げていた。

 真希としては、自分の思い描いた機体が現実の商品になったり、アニメに登場したりすることの方が嬉しいのだが。


 しばらく鏡に映るポケロボを構えながら、アニメの主人公のポーズを取ったりして遊んでいた真希だが、ノックの音に気付いて佇まいを正した。

 そっと、銀河ギャラクシー戦姫プリンセスを机に置いて、椅子に座って、ノックをした人物に応対する。


「いいわよ、お入りなさい」


「失礼いたします、お嬢様」


 扉を開けて入室してきたのは、彼女に仕える執事の一人にして『攻略キャラ』の、黒野昴くろの・すばるだった。

 『ゲーム本編』では、攻略ルートに入るまで鉄仮面と評されるほどに感情の感じられないクール系美少年。

 けれどルート突入後から徐々にデレが始まり、EDでは年相応の笑顔を浮かべて甘い言葉を囁くようになるという、クールデレな少年だ。

 最も、彼がゲーム開始当初に無表情なのは、ゲームでの『悪役令嬢・伊集院真希』が彼に辛く当たり、苛めていたことが原因である。

 『伊集院真希』に転生した彼女は、彼を苛めるなんてことはなく、むしろ大層可愛がって接してきたため、昴という少年も本来とは違う性格になっている。

 仕事に真面目で一生懸命、公の場では礼節を守りながら、真希が落ち込んでいる時は友として接して支えてくれる、頼れる少年。


「今は誰もいないし、楽にしていいわよ」


「はい、それでは……例のアレが完成したよ、真希」


 ガタ! と音を立てて真希は立ち上がった。

 しかし逸る気持ちを抑えながら、令嬢として相応しくある様に自分に言い聞かせる。

 いったん深呼吸して呼吸を整えた後、改めて昴に応えた。


「そう、ついにこの時がきたのね……」


「ずっと楽しみにしてたよね。さっそく、見にいく?」


「もちろんよ、昴もいっしょに行きましょう」


 そう言って、さっそく歩き始める真希を昴は優しく押し留める。


「まずは身支度しなくちゃ。人前に出るんだから」


「……そうね、手伝いを頼むわ」


 真希は化粧台の前に移動して、そっと椅子に座る。

 慣れた手付きで昴は道具を用意して、真希の髪を梳いて整えていく。

 軽く化粧もしながら、乱れがないか細かくチェックをしていくその手際に淀みはない。

 若くして令嬢の世話を任されるだけあって、昴の仕事は見事なものであった。


「今回のアイデアも凄いよね。仮想現実空間ヴァーチャル・リアリティにあんな活用方法があるだなんて」


「私のアイデアが凄いんじゃないわ。あやふやな私の空想を実現しちゃう我が家のスタッフが凄いのよ」


「たしかにスタッフの人達も凄いよ。けど、真希が凄いってことはみんなが認めてるよ」


「私は自分が欲しいものを作って、ってお願いしてるだけなんだけどねえ……」


 昴と話しながら、真希はふとこれまでの人生を思い返す。

 この世界――前世とよく似ているようで違う、近未来的なこの世界に転生したことに気付いたのはまだ十歳にもならない幼い頃だった。

 お掃除用ロボットなどを見て、こんなに便利なものあったかな? と疑問を抱いたことは何度かあったのだが、はっきりと前世の記憶を自覚するまでは理由が分からずもやもやとした思いを抱えていた。

 前世の記憶に目覚めた時は、溢れ出てくる情報の多さに脳が悲鳴を上げたのか、高熱を出して倒れて家族を心配させたりもしたものだ。


 蘇った記憶が正しいのなら、ここは前世で遊んでいた乙女ゲームの世界らしい。

 正しくは、乙女ゲームの内容が現実として存在する世界、だろうか。

 この世界に生きている人々はゲームという架空の存在ではない。

 ゲームの設定と同様のことも多いが、だからといって気にいらないことがあればセーブデータをロードしてやり直し、なんてことは当然できない現実世界だ。

 だからこそ、自分が転生した人物が『悪役令嬢』であったことに、当初の真希は驚き、慌てふためいた。

 伊集院真希の辿る人生がゲームの通りなら、ヒロインである主人公を苛めようとして返り討ちにあい、踏み台にされて悲惨な末路へ蹴落とされることが全部のルートで共通している確定事項だからだ。

 最初こそどうしたものかと思い悩んだものの、打開策を求めて情報を集めていた真希は、インターネットで見つけたものに夢中になった。


『VRMMO解禁! 本当の異世界がそこにある!』

『ポケロボ、ついに発売! 一年後には世界大会も開催予定!』

『ホログラム映像を利用した大迫力のカードゲームが新発売!』


 いわゆる、サブカルチャーと呼ばれる類の玩具だった。

 しかしそれらは、真希の前世においては空想の存在でしかない、手が届きそうで届かない未来技術を詰め込んだ、夢の玩具だった。

 そんな空想でしかなかった玩具が確かに販売されているということに、真希の心は一色に染まる。


――うわああああ、これ、すっごい遊びたいよおおお!


 思わずそんな風に叫びそうになったものの、幼いながらに英才教育を受けた令嬢としての立ち振る舞いとして相応しくないと、自分を必死で押し留めた。

 前世の記憶の中でも、確かにこれらの玩具が存在することは仄めかされていたものの、それがメインというわけではないので詳しくは語られていなかった。

 あくまで乙女ゲーム世界の舞台設定として、近未来を思わせる設定を組み込むためにつけられたおまけ的な設定に過ぎない。

 だが、そんな世界に転生した真希の現実には、それらの玩具は手が届く存在として確かにある。

 叫ぶことこそ堪えたものの、思う存分遊びたいという気持ちは抑えきれるものではなかった。


 しかし、当時はそういった玩具に対して「不必要なものだ」と断言していた両親には、頼んだところで買ってもらえない。

 それでもどうしても遊びたかった真希は、まず両親の説得を試みた。

 玩具を否定する両親の言い分を跳ね除けるためには、遊びたいという思いだけでは通じないことは目に見えている。


 故に、それらの玩具を伊集院財閥で研究することによるメリットを全力でプレゼンしてみせたのだ。

 ヴァーチャルリアリティのシステムは、高難度の手術、災害時を想定した訓練など、現実では困難な練習を行える。

 ポケロボに関わるロボット技術は、深海探査や宇宙開発など、人間が作業するのが困難な場所での活動に活かせる。

 ホログラム技術は、テレビ電話以上にお互いを身近に感じられる遠距離交信などに使えるはずだ。

 そういった内容の話を、書類に纏めて両親にひとつひとつ、丁寧に説明を行ったものだ。


 ――当時10歳に満たぬ子供が、である。

 そのせいで当時は神童だなんだと持て囃されてしまい、この才能をさらに磨こうとする両親の教育のハードルが凄まじく跳ね上がったが、今ではそれも懐かしい思い出だ。

 プレゼンを気にいった両親が物は試しにと真希のアイデアをいくつか実行に移したところ、運と人材に恵まれたこともあり大成功したことも、真希への期待が鰻上りになった一因である。

 ただでさえ厳しかった教育がとんでもないことになって困ったものの、その時の成功のおかげで何かと要望を聞き入れてもらえるようになった。

 おかげで研究目的として、ヴァーチャルリアリティなゲームで遊べたり、ポケロボを会社のお金で開発して遊んだり、モンスターを目の前に召喚したように見れるホログラムカードゲームで遊べたり、とサブカルチャーを満喫できている。

 苦労に見合うだけの満足が確かにある、充実した人生を送っているといえるだろう。





「――さ、これで完了だよ」


 声をかけられて、ふと我に返る。

 ぼんやりと昔に思いを馳せている間に、昴のおかげで身支度は完璧に整った。


「ええ、ありがとう。では、エスコートしてくださる?」


「喜んで、お嬢様」


 昴にすっと手を引かれて、真希は立ち上がる。

 傍に美少年を執事として侍らせて、自由気ままに生きる真希の姿は、彼女の人となりを知らない者には悪役令嬢に見えるかもしれない。

 しかし、そんなことよりも。


「さあ、新しい玩具を見に行きましょう」


 伊集院真希は、今日もサブカルチャーに夢中です。

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