囚われの勇者
グレイ様から賜った銀の短剣ーー私達反乱軍の部隊長の証。
私が勇者になって1ヶ月が経とうとしています、いよいよはじまるんですね.
蜂起は私達の村を皮切りに、ヴァイオレッタさんの故郷、王都、湾岸都市で一斉に起こすことになっています。
気になる魔人領や他国とは根回しが済んでいるようです。
皆さんも自分達の戦いに旅立ちました。
「小娘、エルトによろしくな。村を出てからのことは任せておけ」ーーグレイ様
「メイ!私ちょーっとグレイとイイコトしてくる。だから頑張れよ」ーーヴァイオレッタさん
「また会おうね。いってきますといってらっしゃい」ーーローザさん
「本当に大丈夫?」ーーアスールさん
十分注意します、気をつけます。大丈夫です、3人で帰ってきます。
きっとうまくいきます、だって私達は勇者なんですから。
懐かしい風景の見える位置に帰って来ました…ご主人様いよいよです。
「久しぶりの村ですね」
「中身が伴わないものに感慨はないですね」
シュバルツさんの素っ気ない返事。
十数日かけて行ってきた下準備も確認済みです。
グレイ様の仰っていたように勇者が、しかも念入りな準備をして、人間を相手にするには過ぎた兵力でした。
あり過ぎる兵力差、おそらく勝負は一瞬でしょう。
あんなに恐ろしかった研究者さえ相手にならないと言い切れる程に。
ただ不透明なのは研究者の研究内容と成果がどれほどのものなのかわからないコトだけ。
それ以外の村の状況は筒抜けとなっています。
お昼の鐘ーー作戦開始の合図、が鳴り響く。そしてはじまり、刹那、ほぼ終了しました。
解放の風景が目の端に流れていく。
無数の影が村に現れ、見張りの兵が倒れていきます。
そして私達も鐘が鳴り終わる前には研究者の屋敷ーー間取りや仕掛けは把握済みで研究室以外に障害となるものはナシ、に着く。
たまたまなのでしょうが、私に戦闘訓練をしてくれた教官の死体が入口の前にありました。
続々制圧完了の知らせが届き、呼応するように遠くから囚人達の歓声、懐かしい村人達の声…生きててよかった。
残すは決着ーーすでに村の制圧は終わったも同然、でした。
「シュバルツs、お願いがあります。私を研究者と戦わせて下さい。」
呼び捨てにするよう言われてるのですが、慣れません。
「馬鹿を言え、いえ失礼いたしました。戦場を舐めてはなりません。確かに貴女は強い、ですが強ければ生き残れるのが戦場ではありません」
シュバルツさんが研究者を捕らえ、ご主人様を救出。私は研究者の屋敷の前ーー村の中央で、待機の予定なんですが…
「でもこの戦いは私が決着を着けなければならないと思うんです。結局私何もしてません。なのに…」
手で制される。
「お子に血をかぶせたいのですか?」
!バレてる。
私の中にご主人様の子供がいること…アスールさんしか知らないと思っていたのに。
バレたら屋敷に置いて行かれると思い黙ってました。
実は妊娠しました、まだお腹は目立っていません。
「だけど、何もしてないんですよ?」
「よいのです、次代を繋ぐのが貴女の役目でもあります。それにもう皆もメイ様のことを認めています」
シュバルツさんはジッと私を見ます。
これ以上ワガママは言えない、それに正直子供のコトも気になるーー無理はしたくないし、殺す殺さない以前に母親になるのにという思いもありました。
というかそもそも、いつどのようにして知ったんだろう?という驚きの疑問もあるし怖くて逆らえないです。
「くれぐれもお気をつけて。念の為屋敷からの逃走ルートは抑えてありますのでご無理をなさらずに」
過ぎた準備ですね、私はいいんです。それよりみなさん無事に。
シュバルツさんは3人程引き連れ屋敷に突入していきました。
まだ鐘が鳴って2分しか経っていませんでした。
早く終わって。早く会いたい。
ご主人様の生家ーー今は研究者の研究室と化した屋敷を見上げます。
1分
2分
そわそわ、ドキドキ…。
落ち着けません。
教官の死体が目に入ります。
知っている人の死体って、なんか独特な怖さがありますね。
うつ伏せで倒れているのも可哀想な気もして、仰向けにして手を組ませます。
剣の訓練お世話になりましたーー合掌。
その時教官の左手が目に入ります。
え?あれ?教官の左手に眷属の羽があります。前はこんなのなかったのに?なぜ?
その時私の中に声が響きます、おぞましい研究者の声が。
『メイドのメイ君、お久しぶりですね。お仲間もエルト君も中で君を待ってますよ?』
なぜ?研究者が?ーーそれは眷属の伝達でした、まさかご主人様が研究者を眷属に?
眷属同士も伝達は可能、知ってはいましたけどよりによって…。
しかも何のチカラも持たないタダの研究者に、シュバルツさん程の人が?
「『何をしました?ご主人様に何を!あなたなんかがどうして眷属に!』」
思念で喋ったつもりでしたが怒声にもなっていました。
『こちらに来れば全てをお教えしますよ』
言われなくても!ーー屋敷の中を駆け抜け二階に上がります。
ご主人様、シュバルツさん!今助けに行きます。
破壊されたドア、その奥には椅子に座ったご主人様!
まるで眠るかのように目を閉じ微動だにしないご主人様ーーやっと会えた。状況がこんなでも、視線が外せない、嬉しさが抑えきれない。
ようやく会えた、二度と会えないかもしれないと…
「ご主人様!ご主人様ぁ」
でも反応がありません。
それにシュバルツさん達も倒れてはいますが、生きてはいる様子。
あんなに強いシュバルツさんがまるで死んでいるかのよう。
なにをされた?ーー突き落とされるような寒気、一瞬で我に返り身がすくむ。
研究者が現れた。
「まずは種明かしをしましょう。以前お二人の前に現れた時、私が何故あなた達のコトを知り、エルト君は動けなくなったのかを、ね」
もったいぶった話し方、でも…うかつに動けない。
それに知りたくもあった、なぜそんなコトができたのかーー実はそれが懸念材料の一つでもありました。
研究者は手の甲を見せますーー羽がありました。
「私は以前からエルト君の眷属だったんですよ。知らなかったでしょう?エルト君すらも知らなかったのですから」
ショックを受けます、私とご主人様の間にあんなヤツが…同じ眷属でいたなんて!ドス黒い感情がわきます。
「おかげでお二人の愛の営みも筒抜けでしたよ」
え?
スグ意味がわかり
カッとなりました!ーー抑えきれない感情の爆発。
炎、氷、風、雷ーー4つの剣を空中に生み出し『羽ばたく鳥のツルギ』と共に研究者に襲いかかります。
「死ね!」
ですが研究者の足元が光りーー浮かび上がる魔法陣が、私の魔力を食べ、体の動きを鈍らせます。
どうやら重力魔法も同時発動されているようです。
「残念」
魔法陣に吸い込まれるように地べたに這いつくばります。
屈辱、怒り、寒気…全身に鳥肌が立ちます。
あの日々を、ご主人様との生活を汚された。
おぞましい。
何も頭に浮かばない…怒り?ショック?の渦ーー私は絶叫をあげていました。
「まだ話には続きがあるんですよ?本来はできない仮想体験というのですかね、エルト君を通じて、私も貴女を愛してしまいました。」
なに、それ…気持ち悪いーーこみ上げる嘔吐感、ギリギリ堪え切れました、が。
「ふざけないで!」
剣を魔法陣に叩きつけ 、その勢いのまま高速連斬…衝撃波!
重力の効力を破壊し、反動で火花が散り多少火傷しましたが、研究者に殺意を叩きつける。
なのに…なぜ?ーーご主人様がねじ伏せた?研究者の前に立ちふさがって、私の衝撃波を?
呆然とする私の剣を、ご主人様が弾き飛ばします。
嘘だ、嘘です!ご主人様がどうして研究者を守るの?
なんで?…なぜ?ーーご主人様が剣を向ける?研究者の前に立ちふさがって、私に向かって?
「それに…私ねぇ。エルト君とメイ君を、眷属の羽をハッキングして操れるようになってるんですよ。」
一番気持ち悪かった。
もとい強いラスボスというのは微妙に違うと思ったので
何パターンか考えコレにしました。
好きじゃない相手に言われてもこれ程困るモノはないという
読んで頂けてありがとうございました。
展開次第ではもう1話増えるかもしれませんが、あと1.5話です。
よろしければ読んで下さい。




