水の羽
まだ一ヶ月なんです、ご主人様と出会ってから。
会話のない長い時の後、ようやく会話ができたのはホンの数日でした。
短過ぎた思い出が私をグラつかせます。
「エルトに股を開いて、今度はグレイ様か」
こんな揶揄を聞き続けると、私は自分に自信が持てなくなります。
「ガキのくせに要領がいいな、オレにも抱かせろよ」
悔しさはもちろんあります。
でも守られたメイドには文句を言うことができません。
彼らは戦っているのですから。
「幼いのに淫売だな」
私自信が悪く言われるのは耐え切れます。
でもご主人様やグレイ様までヒドイ言われようをされるのはキツイです。
「それともガキが好みなのかねぇ」
…ご主人様は、私を抱いた責任を感じお情けを下さったのかもしれません。
私のこの想いも、初めての男性だからという幻想なのでしょうか?
わからなくなります、他に人を好きになったコトがないのもありますし…
ご主人様のコトを愛していると言っていいのでしょうか?
相変わらず羽を通じてのご主人様からの返事はありません。
いても立ってもいられない、何度我慢しても苦しいーーご主人様を想うとキュッとします。
苦しいだけだよ、ずっと苦しいよーーわからなくなる。
みんな認めてくれないのーー私騙されてなんかいないですよね?
小さい頃から知ってる村出身のおじさん。
「エルトなんかにたぶらかされやがって。忘れるんだ」
違うの。
ご主人様は泣きながら自分を取り戻して、私に見せてくれましたーー嘘なんかじゃない。
他の人もそう。
「無理やり犯されたんでしょ?かわいそうに」
最初はそうだった、でも違うの。
私かわいそうなんかじゃない。
「子供に愛だの何だのわかるわけがないだろ」
そんなことはないです。
羽を頂いたの。
でも…
「そんなわけがない」「違う」「子供にわかるはずがない」ーー否定されます。
私の心を壊さないで。
信じてるの、好きなの、本当のコトなの。
「それじゃあ何故眷属なのに返事がない?見捨てられたんだろう」
!
「エルトなんかにたぶらかされやがって。忘れるんだ」「無理やり犯されたんだろ?」「子供に愛だの何だのわかるわけがないだろ」
違う…違う…。
それとも私が好きなだけ?好きだと思い込んでるだけ?
そして気づいてしまった。
ご主人様は私のコトを好きなんでしょうか?
犯してしまったという罪悪感や私のコトをかわいそうだという同情だった?
それに…
孤独だったご主人様がすがったワラがーーワラにも縋りたいご主人様にとってのワラが…たまたま私だったから?
私じゃなくても?小娘で都合のよかった存在?
気持ち悪いーー階段の手すりに手をつき休みます。
込み上げてくる吐き気に泣きたくなります。
「だいじょうぶ?危ないわよ」
私を心配する…声?
だいぶ年上ーーたぶんご主人様と同じ位の、金髪の綺麗な人がいました。
この位だったら大人の恋愛になるのになぁ、好かれる女性の理想像みたい。
涙がつい出てしまいました。
「あらあら大丈夫?こちらにいらっしゃい?」
優しい声。
「ちょっと熱いわね、冷やすわよ?」
彼女の生み出した水の塊が私の頬とオデコに当たり、冷やします。
気持ちいいーー冷た過ぎず心地よい温度。
きっと優しい方なのでしょう、水が熱くて冷たい体を温めてるような不思議な感じ。
矛盾してる変な気分、でも心地いい。
その方のお部屋が近かったのもあり連れて行かれます。
キルト細工の家具、カワイイ人形の沢山あるお部屋でした。
ソファー柔らかいーー体が少し沈む心地よさで楽になります。
「ありがとうございます」
「いえいえ。お水をどうぞ」
「いろいろありがとうございます。すみませんご迷惑をお掛けしまして」
「気にしないで。私一回メイちゃんとはお話してみたかったのよね」
「え?私なんかとですか?」
「エルト君とのコトも聞きたいわ。彼のお姉さんとはお友達でしたの。それでエルト君も勇者になる前から知ってるのよ。」
アスールさんーー水と治癒の勇者がニコニコとお茶の入ったカップを手渡してくれました。
館ーー今までのコトを話します、結構な時間が経ちお茶のお替りも何度か頂きました。
そして
「本当はご主人様の罪悪感か何かで…たまたまアノ場所にいたのが私ってだけで、ご主人様は私のコトなんて好きじゃないのかもしれません。」
ご主人様は私を好きーーこれが私の勘違いだとすると、恥ずかしいを通り越して…生きる理由を根元から見失ってしまうかもしれません。
「好きって不思議な気持ちよね。メイちゃんにとってエルトくんはどんな人?」
……ご主人様とは色々ありました。
「最初は憎くて、殺意、屈辱を感じました。
たまに同情、そして悲しくて、かわいそうで、だから途中から撫でたくて?抱きしめたくて。
殺せなくて、許す気持ちと許したい気持ちになって…好きになったんです。
それから
一緒に生きていこうって…でも、ダメで!
死にたくて…だけど守ってくださるから、生かしてくれるから
またお会いしたいです。
抱かれたいです、抱きたいです。」
たどたどしくだけどーーアノ時間を振り返りしゃべります、いつの間にか泣きながらでした。
アスールさんにはきっとよくわからない独り言になってしまいました。
でも黙って聞いてくださいます。
「ステキな二人の物語があったのね。エルト君が立ち直れてよかったわ、メイちゃんのおかげね。
メイちゃんもたくさんたくさん気持ちが変わっていったのね?
きっと二人の気持ちが混ざりながら、お互いを大事に思うようになったんだわ」
「?混ざる、ですか?」
「色々な感情が混ざって二人は一緒になったの」
抽象的過ぎてよくわかりません。
「同じ気持ちになった時があるんでしょう?」
同じ気持ち?
罪を背負って二人で生きていこうと思いました、あのことでいいんでしょうか?
「私達村を見捨てて二人で生きようと決めたコトあります、ヒドイですよね。」
「愛の逃避行ね?素敵だわ!」
あのぉ私ヒドイコト白状したんですけど…なんでキラキラしてるんですか?
「全てを捨ててふたりきりで生きていくって愛がないと言えないわ。
それにエルト君は全てをさらけ出して、メイちゃんに受け入れてもらったんでしょう?こんなに嬉しいことはないわ、もうメイちゃんナシでは生きていけないんじゃないかしら?」
「そ、そうなんですかね?」
気恥ずかしいやら、キラキラに圧倒されるやら〜。
そうだといいなとは思います。
「メイちゃんもしかして気づいてない?普通の眷属化は信頼で繋がるとは言っても羽が1枚よ。
もう一度見て?
3枚もエルトくんの気持ちが体に刻まれてるのよ?最高じゃない」
!
ただ繋がってる印ってだけじゃなかったんだ、そんな違いがあるなんて知らなかった。
特別だったんだ、好きって刻まれてたんだーー切なくて羽を撫でてしまいます。
ご主人様の気持ちーー同じ3枚の羽…あったんだ、ここに。
「色んな想いをメイちゃんにブツケた証し。エルトくんがメイちゃんに受け入れられたから全てを捧げて刻み込んだ愛の証しなのよ?」
うっとりするアスールさん、愕然とする私。
間違っていました。
眷属のチカラで言葉が伝わって来ないからって…
ご主人様の心じゃなくて言葉を求めてたんだーー私は違うモノを追い求め過ぎていたんだと気づく。
私は目に見えていたはずのモノーー『繋がってる』証しを信じてなかった。
ちゃんと好かれてるコトに気付かなかったなんて、私は馬鹿でした。
安心と後悔でまた涙が止まりません。
馬鹿でごめんなさい。好かれているのに気付かない薄情でごめんなさい。
私はご主人様の愛に応えられているのでしょうか?
「こんなに愛されてたのにわからなかった私が、ご主人様を好きって言ってイイんでしょうか?」
子供でした、馬鹿な子供、愛されたコトにすら気づかない愚かな子供、愛を求めるだけの駄々をこねる子供。
私自身の『好き』は正しかったのかな?
他の人からの否定される言葉が怖かったーー犯されて狂わされてないのか?ただの思い込みだって言われて。
こんなに好きを沢山貰ってるのに、私は何一つ返せないし、正しく『好き』だって言えてるのか自信がなくなる。
というかそもそも正しいってなんだろう、わからない。この想いは本物ですよね?
「好きって言ってイイのよ」
アッサリ返されます。
「私結婚したの12歳よ?お相手の方は26歳でしたわ」
私より年齢の幅がありますーー思わずカタマリます。
というかイキナリですねーーテンション高くて飛んじゃいました?
「ふふ。当時はいろいろ言われたわ。もう14年経ったんだけどようやく26歳と40歳よ、大人同士にはなれたわね」
私も10年経てば大人同士の恋愛に見られるんでしょうか?
それにしてもアスールさんなんだかスゴイ人ですね。
「最初はたくさん迷ったわ。でも10年経っても私にはアノ人だけだったの。だから私の愛は本物なんだって言っちゃえるの、誰に何を言われてももう大丈夫。これからも一生愛して生きていくの。」
アスールさんも迷ってきたんだ。私もしつこいって言われる位愛します、愛して『本物』だって言わせてみせます。
だってそれしかないんですもの、だから何があったって言い張りますーー自分を鼓舞します。
「私子供もいるのよ?この人形達がそう…アノ子の代わりなの」
「お母さんなんですね」
離れ離れなんですねーーニコニコしてるケドやっぱり辛いんでしょうか。
お母さんなのに勇者なんて。
親子3人かな?ーー壁にかかった肖像画に幼いアスールさん、抱かれてる赤ちゃん、ゴツイひげ。
アスールさんは幾つの時に子供を産んだんだろう?
大変だったんだろうな、お子さんまで。
色々聞いてみたいケドなんとなく聞きにくい。
新しいお茶をいれて頂きました。
アスールさんは人形を撫でています。
私は手の甲を撫でています。
「大切な思い出があれば生きていけるの。会えなくても」
「そうですよね」
胸のツカエがポッカリ消えます、まだチクチクしますけどもう大丈夫。
会えなくても、ご主人様から頂いた思い出と羽があれば、きっと大丈夫。
「メイちゃんはご主人様のこと好き?」
「はい…好き、です。好きです!」
「それを忘れなかったら生きていけるのよ」
ギュッと抱きしめられて、頬にチュッとされました。
驚いたけど嫌じゃない。
この人はお姉さんで先輩でお母さんだから。
泣いてる私を撫で続けてくれます。
見失いそうな心も撫でられてるみたいです。
信じられてなくてごめんなさいご主人様。
自分もご主人様も信じます。
アスールさんありがとうございますーー私も抱き返します。
読んで頂きありがとうございます。
稚拙痛感中です、前話の『炎の羽』と話を分けたため必要以上に長くなり、混乱してました。
『炎の羽』は投稿した夜に少し修正しました。ごめんなさい。
本編に関係ないので補足?
アスールさんのご家族は亡くなっています、メイは気づいていないです。
勇者が現れた最初の世代=勇者が出現するようになった初年度に勇者になった女性。
この世界の主流である宗教のトップの末妹です。
勇者の突然の出現により宗教を中心に権力は大混乱を極め、その渦中で色々あって、今はグレイの陣営にいます。
あと
『炎の羽根』の子も父を暗殺され、身分を隠し生きてきました。
魔法?学校に奨学生で入学し、貴族社会を垣間見、グレイの腹違いの本妻の弟や賢者の弟子達と乙女ゲーぽくなり、ついでに魔人と関わっていくことになります。




