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黒い塊と男の劣情

作者: 秋ノ君

二人の青年は回転椅子に座り、盲目的に公転を繰り返している。不快な金属音が止み、青年の口が開く。

 

 「先輩、今日はば、ば、ば、バレンタインデーっすね」


 「何を言っているんだ!! 今日はへ、平日だぞ」


 彼らの動揺が可視化できるほど、滲み出していた。

 

 本日、二月十四日はバレンタインデー。269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日である。ヴァレンティヌスが殉教した日に、想い人にチョコレートを渡し、想いを伝える日本の風習は少々滑稽である。

 

 しかし、時代はローマ帝国まで遡る。当時の二月十四日は女神ユノの祝日であった。ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもある。その日には、男が女性の名前が書かれた紙を引き、その女性をパートナーとして祭りに参加し、そのまま恋に落ちた。そこで、二月十四日は『恋人の日』となった。


 この背景を知っている日本人はどれくらいいるか、見当もつかない。おそらく、この青年たちもその背景を知らない者の一員である。


 「ちなみに先輩、俺、バレンタインにチョコを貰った記憶ないんですよね」


 「えっ!? お前、これまで五、六人くらい彼女いただろ?」


 「正確には六人です。どの彼女の時も、俺の方がお菓子作りは得意だったんで、逆チョコなパターンでした」


 「ああ……なるほどね。そもそも、お前より料理できる女子なんか少ないだろう」


 先輩の言う通り、これまで自分よりも料理上手な彼女に出会ったことはない。時には全く出来ない子もいたが、原因は俺自身にあった。

 山石は相変わらず、独楽こまの様に回転を続けながら、


 「だって、お前って、確かパティシエを目指してたんだっけ?」


 「中学校まではそうでしたね。その後は、料理人を目指してました」


 「それは、適う人なんて滅多にいないだろうに……」 


 まさに、正論であった。幼い頃は両親が共働きで、休日はご飯がない時もあった。それが要因で料理を始めた。最初に作ったのは、オムライス。あの時の光景は、セピア色ではなく鮮やかに思い出す事ができる。


 「っで、今年はどうなのよ? 朱鷺宮さんと暮凪ちゃんは確実だろ。それだけでも、羨ましいぜ。リア充なんて、fireworks(花火) の様に弾け飛べ!!」


 「なっ!? 先輩だって、さっき能力使って、紗菜からチョコレート貰ったじゃないですか! しかも、俺の嫁達まで召喚して、自慢してたし!? どっちがリア充だ!? meltdown(炉心溶融)してしまえ!!」


 秋の机は平地にもかかわらず、山石の机には山が出来ていた。秋は現実を目の当たりにし、無彩色の目で、遥か彼方を見つめる。


 「秋、気にするなって。個数じゃなくて、誰から貰うかだろ? 好きな人から貰えるお前が羨ましいよ」


 「なんか、かっこいい事言ってますけど、先輩だって嫁達の事好きじゃないですか。好きな女の子からたくさん貰ったから、そんな世迷言が言えるんですよ……」


 それに、と秋が呟いた気がしたが、山石は聞き取ることが出来なかった。

 ……秋があからさまに悲しみを表情に出すなんて、珍しいな。ちょっと、からかい過ぎたかな。


 山石の不安を余所に、秋が椅子から立ち上がり、ドアへ向かって歩き出した。


 「ちょ、秋、悪かったって。だから、帰るなよ」


 「いや、先輩が悪いわけじゃないんすよ。帰って今年のチョコを作らないといけないんで、帰るだけっす」


 「でも、朱鷺宮さんから、まだチョコ貰ってないだろ?」


 「それも俺が作るんですよ。さっき言ったじゃないですか。い・ま・ま・でって。今年も、俺が作るんですよ」


 山石は、それ以上返す言葉を探せなかった。いや、秋の纏った雰囲気がそうはさせなかった。


 「安心してくださいよ、先輩にも作りますから」


 いつもと変わらない蒲公英色の笑顔を山石に向けて、秋は部屋を出て行ってしまった。

 山石は机に積まれた黒い塊の山から、一つを取り上げ、封を開ける。


 「あいつの嫁から貰ったのが、いけなかったのかな。おっ、このチョコレート美味しいな」


 山石がチョコレートを味わっていると、ドアがけたたましい音とともに開いた。


 「せーん、ぱーい!! 暮凪がチョコを持ってきたんだよ」


 「秋なら、もう帰ったべ。ってか、お前こんな登場の仕方でいいわけ?」  


 黒髪の少女は、秋が居ない事を知ると肩を落とした。彼女の纏う制服はプロテエース学園のものではない。


 「それは作者に聞いてほしんだよ。私が出てるとこまで書いているのに、更新しない作者が悪いんだ!!」 


 「それは、ご愁傷様です」 

 

 山石はお焼香を上げる真似をして、暮凪の不憫さを成仏させた。暮凪は山石に構う素振りを一切せずに、


 「いや、今ならまだ間に合うはず」


 と言い残して、再び外に飛び出していった。


 


 ……その頃、秋は自分のマンションに辿り着いていた。その両手には、これから作るであろうチョコレートの材料が入ったレジ袋を持っている。


 「さっき、先輩には悪いことしたな。勝手に怒って、帰ったと思われているだろうな。よし、このお詫びにチョコレートケーキを作っていこう」


 意気込みエレベーターに乗り、自分の部屋に向かおうとして気付いた。


 「おっと、その前に郵便物の確認っと」


 郵便物が届けられるポストの中身を確認すると、桃色に秋の顔が綻んだ。その小包を手に、秋は上機嫌で部屋に戻っていった。

 

 部屋から香る甘い匂い。それはチョコレートの甘さだろうか。将又、誰かを想う秋の甘い雰囲気なのかは神のみぞ知る事であった。いや、神も知らない秋だけが知る気持ちだろう。

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