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第七話 水色の斬線

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」

「……知りたくないからさ、どっか行ってくれねぇ?」


 俺の隣で水色のツインテールがひょこひょこと跳ねる。

 見た目は可愛らしいが中身は精神破壊を得意とする悪魔だ。

 無表情なそれは冷たい印象でリーゼと似通った物があるように見えるが、中にドロドロとした悪意が煮詰まっていると分かる分こいつのほうがたちが悪い。

 俺はあの後、元来た道を戻って来ていたがこいつはぴったりと着いて来る。

 はぁ……一体なんなんだ、コイツ?


「却下します――私の名はセリア・フォンセットといいます。貴方は?」

「黙秘する」

「じゃあ変態女装野郎って呼びますね。やい、変態女装野郎」

「リンだ! リン・アマツカ!」


 セリアは最初からそうしろよと言いたげな視線を投げてくるが無視だ。

 反応すれば反応するほどドツボにはまっていく気がしてならない。

 ……もしかして俺は遊ばれてるのか?


「アマツカ……聞いたことの無い家名ですね。出身は何処ですか?」

「プライベートなことはお答え出来ません」

「なるほど……自分の出身を言えないほど後ろめたいことがあると」


 ……無視だ。無視。というか、ここで変な事を言ってあらぬ疑いをかけられるのはごめんこうむりたい。はぁ……何が悲しくて毒舌ロリっ子の相手をせにゃならんのだ。


「女装野郎よりマシです」

「読心術か!? って今は女装してねぇよ!!」

「あぁ、そうでした。前科持ちでしたね」


 逃げたい……。でも逃げたら絶対追ってくる。そんな気がする。


「セリア……。てめぇはこの街には詳しいのか?」

「いえ、あまり詳しくはありませんね。私は他所へ行っていることが多いので」

「……仕事か?」

「そうですね、仕事です。こんなに天気の良い日に、景気の悪い顔で通りをうろつく誰かさんとは違って私は仕事を持ってますから」


 お前はいちいち罵らないと会話出来んのか!?


「というか何故この街に詳しいか聞いたんですか? 何か目的でもあったんじゃないんですか?」

「俺はこの街に来て日も浅いから案内でもして貰おうかと思ってな……」

「なんで私が貴方のガイドにならなきゃいけないんですか」

「悪かったな! ってか仕事あるなら俺みたいなヤツにかまってないで仕事行けよ!」

「非番で暇なんです」


 ぬおおおおおお……。疲れる。人と話すのにこれだけ労力を使うのは初めてだ。

 あぁ、イライラする。そうだタバコだ。残り少ないがこういった時にこそ必須となるアイテムなわけで……。

 懐から取り出して咥える。タバコに火をつけるとセリアの目線が厳しい。


「……悪魔の葉をそんなに堂々と吸う輩を初めて見ました」

「は? 悪魔の……何だって?」

「没収です!」


 え、ちょ!?

 すばしっこい動きで俺の懐へと手を差し込んだセリアはかなりの速さを持って箱ごと奪いやがった。

 吸っている最中のタバコにすら手を出してくるものだからつい抵抗してしまう。

 セリアの額を左手で押さえてやり、咥えていたタバコを右手に移して高々と掲げる。

 ふっ……これで届くまい。


「何しやがる。返せ、そいつで最後なんだよ」

「手を、離してくださいっ……このっ……変態!!」

「はっはっは! チビっ子に届くものか。あっはっはっはっは!!」


 良い気味だ。かなり些細なことだがやり返せると多少は胸がすく。

 そんなことをやっていたのがマズかったのだろう。チラリと伺えるセリアの瞳が獲物を狙う獣のように細められる。瞬間――俺の心臓は跳ねた。


 セリアの左手が高速でブレる。見えたのは軌跡だけだった。


 空間を引き裂いて煌めく水色の斬線。


 ポトリ、とタバコが地に落ちる。ちょうど中央で真っ二つに両断されたタバコが。


 俺の表情が段々と引き攣っていくのが分かる。

 バクバクと暴れる心臓は止まることを知らない。

 もし――もしも――セリアが俺を殺すつもりで、今の斬線を俺の首へと描いていたら……。


 間違いなく、俺は死んでいた。

 この首は地へと落ちていた。


 セリアは小さく息を吐くと、なんでもないような表情で言う。


「……興が覚めました。私はこれで失礼しますね」

「う、ぁ、あぁ。気をつけてな?」

「何に気をつけろと言うんですか? ――それでは」


 俺は背を向けた水色が雑踏に紛れ見えなくなるまで、ただ呆けたまま見送っていた。


***************************************************


「基礎的な体力、特にパワーには特筆すべきもの有りですね」


 水色の少女はまるで誰かと会話するかのように独りごちる。


「……? いえ、コントロールのほうは問題無さそうでした。偶然とはいえ、間に入り込まれた時にはヒヤリとしました――あの場が屠殺場になるかと」


 その口調は報告をしているようにも思えた。


「あぁ、そういえばあの子『視えて』いるようでしたよ。――手加減無しだったのですけど」


 相手がいる。――少なくとも、少女には明確な相手が存在している。


「……そうですか。グランは本当に優秀ですね。では、今夜にでも決行するとしましょう。手はずのほうはよろしくお願いしますね」


 しばらくの間を置いて少女はぷっ、と吹き出した。

 普段は無表情な少女にしては珍しい反応だった。

 それほど何かが面白かったのか。それとも的外れな事を聞いて失笑をこぼしたのか。


「はぁ、本当にそう思ったのですか? 問題は有りません。有能ならば連れて行くだけ。ただし、無能なら――――殺しますけど」


 その瞳は人殺しの目。

 その瞳は狂気の目。

 その瞳は愛国者の目。


 セリア・フォンセットは孤独に嗤う。

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