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第六話 毒を吐く水色の悪魔

 この世界に迷いこんで早7日。寝ても覚めても変わらぬ日々に、ここは夢だなどという楽観的思考はなくなっていた。

 グランは手続きのほうは任せろと言った。

 その間に俺がやれることは無いらしい。街を出なければ自由にしてもいいと許しも貰った。

 だが、俺が聖痕スティグマを持っていることをバレることは何としても避けなければならない。

 手続きを完了するまでにバレればそのまま捕らえられて人間兵器ルート直行らしい。

 4日目に不味いことがあったが……うまく対処出来たはずだから問題はないだろう。


 今日で異世界滞在8日目。今日も穏やかな日々を過ごせますように。




「んんっ……!」


 窓から挿し込む眩しい日差しを浴びながら伸びをする。

 洗面台と机とベッドだけが置かれている6畳ほどの部屋。酒場と共に経営しているスォーネ亭の宿だ。グランの金で泊まっている。借金という物をしたのは生まれて初めてだった。グランは投資だと言ってくれていたが。

 ベッドから下りて身支度を整える。身につけるのはこの世界に来た時と同じ格好。

 あれだけこびりついていた血色は綺麗に消えている。確か……浄化の魔法と言っていた気がする。まさか自分がそんなファンタジーな代物に触れられるとは思ってもいなかった。


「こんにちは、アルビナさん」

「あら、おはようリン。今日も散策かい?」

「はい。この街は活気があって見ていて飽きません」

「あっはっは! そうかいそうかい。そんじゃ、気をつけて行ってきな」


 スォーネ亭を出ると雲一つ無い空が出迎える。

 街は既に活気づいていた。立ち並ぶ露店から店主が商品の売り込みをしている。だが、それらの商品には偏りがあった。剣や杖、鎧や盾など武器防具の類が圧倒的に多いのだ。他にあるのは装飾品や薬のような物を売る店のみ。

 それもそのはず。この街で最も多い職業というのが軍人と傭兵だからだ。

 その背景には、グルニケ帝国の特色が色濃く出ているとも言える。


 その特色とは――極度の戦争国家としての色。


 東側に『境界の森』という森林地帯を持つグルニケ帝国は、北のウデア国、西のセルヴァ国へと絶えず戦争を仕掛けている。かつては南のラーティア国とも戦争をしていたのだが、現在は停戦中らしい。

 国土と資源に恵まれなかったグルニケ帝国は戦争をビジネスとすることで繁栄してきていた。

 血を垂れ流しながら戦争をという餌を喰らい生きる獣。それがグルニケ帝国の現状だ。

 ちなみに冒険者の数も多い。なぜなら『境界の森』では強力かつ珍しい魔物が頻繁に出没するからだ。どうやら森のさらに東から流れ込んでいるらしいが……その向こう側に何があるかは分からなかった。




 興味深い露店の品を眺めながら歩いていると、前方から怒鳴り声が聞こえてくる。

 と言ってもこの街で諍いは日常茶飯事だったりする。かくいう俺も何度か巻き込まれた。

 近づいていくと野次馬の壁が立ちはだかる。

 身長176センチの俺だったが、それを更に越える壁のせいでつま先立ちでしか覗き見ることが出来ない。くっ……何を食えばこんなに背が高くなるんだ。肉か?

 良く見えないので場所を変えようとすると、目の前にいた冒険者風の男が俺に気付く。そして周りの奴らに何事かを言うと、野次馬の輪がモーゼのように割れる。

 紳士……と言ってもいいのだろうか。

 何故かこちらを怯えたように見てるのは何かの間違いだろうか。


「なにしてくれとるんじゃ、あぁ!?」

「侘びくらいいれんかい!」

「………………」


 最前列なので何も遮るものがなくよく見えた。

 うん、見間違いだろうか。戦士風の大柄の男と細身の男2人が水色の髪で小柄の可愛らしい少女に向けて怒鳴っている。大人気ない。

 流石に見過ごせず足に力を込めた瞬間――少女が口を開いた。


「ぶつかってきたのはそちらです。先程の事なのにもう忘れたんですか? 鳥頭にもほどがありますね。貴方のような無能は一度死んで出直して来たほうが幾分かマシですよ」


 思わず足を止めてしまった。少女の口からはスラスラと罵倒の言葉が流れ出る。

 いかん。この子すっごい毒舌家だ。不味いと思った瞬間には既に彼らは動作に入っていた。


「ぁんだと、このクソガキ――っ!!」


 細身の男は腰に佩いている剣を抜こうと手をかけるが、大柄の男は筋骨隆々な右腕を振りかぶっている。力の入り具合から見ても女の子に向けるような拳ではない。


「チッ!!」


 舌打ち一つ、石畳を蹴って前へと跳ぶ。一瞬で少女と男達の間に入った俺は男のテレフォンパンチを左手ではじく。大柄の男の表情が驚愕に染まるよりも早く次の動作へ移行。胸部へと右掌を押し当て、同時に右足で軸足を払う。バランスを崩した男を石畳へ叩きつけるように押し潰した。気絶コースまっしぐら。

 石畳に若干ヒビが入るが、概ねイメージ通りの力が出せた。


「ガキを相手に何やってんだよ、オッサン」


 言いながら、剣を抜く動作の途中で固まった男に向き直る。表情を引き攣らせた男は逆上して襲いかかってくると予想していたが、実際は違った。


「黒髪に黒い瞳……それに男みたいな口調……てめぇ、『剛力のリン』か!?」


 ……はい? 何を仰ってるんでしょうか?

 男がそう叫ぶと野次馬がとみに騒がしくなる。


――ほう……やはり、あれが噂の……

――うっはー! マジ美人じゃん。で、何したんあの子?

――ロートン傭兵団を1人で潰したらしいぞ。その剛力でちぎっては投げ、ちぎっては投げ……

――あぁ、ガラは悪いけど腕っ節は強いあの……

――何人いたっけ。10人くらい?

――20人くらいはいたはずだ


 ……なんだか思い出してきた。そういえば、ここに来て4日目にそんな感じの連中に絡まれたんだった。女だと間違えて声をかけてきたのは……本当は良くないがいいとして、俺のことを娼婦だと思っていたのは流石に頭にきた。加えて、連れ込んで無理やり……な雰囲気になったので抵抗したんだった。全員片付くことには力のコントロールを掴んでいたが、最初のほうは割りと危なかった気もする。結果的には全員気絶で終わったはずだが……。

 もしかして聖人だということがバレたんじゃと内心ビクビクしていたが、そういった話題は上っていないようだ。まだ安心。


「あー……一応、やる?」

「め、滅相もない! リンさんの連れとは知らず……す、すいませんでしたー!!」


 や、連れじゃないだけどね。

 脱兎の如く駆けていく男を皮切りに野次馬も解散していく。

 よし……俺も行くか。


「じゃあ、俺はこれで」


 少女のほうに脇目も振らず歩き出す。

 こういった場合、素直に感謝されるのはまず無いと言ってもいいだろう。なにせあの毒舌だ。振り返って話かけたが最後、様々なネタでチクチクやられるのは目に見えている。どうせ「助けてもらわなくても~」とか「余計なことを~」だとか言われるに違いない。

 歩く……歩く……歩く…………。


 そびえ立つ城に近くなったほどで我慢できずに俺は振り返った。

 俺が振り返ると同時に足を止めたのは先程の毒舌少女だ。肌の色は雪のように白く一般的に綺麗というより可愛いという部類に入る造形の顔。まるで澄み切った空のような水色をした髪にそれと同じ色の瞳。身長は……150センチあるか無いかだな。髪型がツインテールのせいか、余計に子供っぽく見える。体全体をすっぽりと覆う水色のローブに身を包んでいるその様は魔法使いのように見える。

 水色ずくめの毒舌少女は無表情のまま俺を見上げる。黙っていれば可愛いだろう。本当に、黙っていれば。


「……なんで着いて来るんだよ?」

「いきなり話しかけないでください、この偽善者」


 偽善者……リアルに言われたのは初めてだ。意外と傷つく。

 少し黙ってみるが少女は歩き出す気配がない……会話を続けることが出来るのだろうか。


「いや話しかけるだろ。なんで俺の後ろをぴったりとついて歩く」

「さぁ? 歩く方向と歩調が合ってしまっただけじゃないですか。少し敏感すぎますね。それともあれですか皆が貴女を見ているとでも思ってるんですか、この自信過剰供給機」


 痛い。心が痛い。何この子、俺に精神ダメージを負わせて楽しんでるの?

 Sか? Sなのか!? 悪いな、相容れないよ。俺もSだし。


「うぐ……もういい。行けよ、ほら。あっちに行くんだろ」

「いえ、まだ貴女に言いたいことがあります」


 やっぱり着いて来てたんじゃねぇか!!


「んだよ……」

「私はガキじゃありません」

「そんなことかよ!!」

「私は既に成人しています。ガキじゃありません」


 え、こんなちびっ子が成人!? ……成人の年齢はいくつなんだ。


「今、失礼な事を考えましたね」

「い、いえいえ。滅相も御座いません!」

「謝罪してください」

「ご、ごめんなさい……」

「許してあげます」


 くっ……落ち着け。落ち着けよ俺。例え毒舌ちゃんでも見た目は可愛らしい少女だ。手を上げるなんて言語道断――


「というか、何ですか貴女の口調。まるで男じゃないですか。もっと相応の言葉遣いをしたらどうなんですか?」


 まだ続くのかよ!? いい加減うぜぇな!!

 完全にロックオンされてやがる……。どうしよう。


「……うるせぇよクソガキ。これでもな、性別には合った口調なんだよ」

「へぇ、そんな見た目で男ですか。ならもっと髪型や身のこなしを変えたらどうですか。今の貴方は喋らなければただの女にしか見えませんよ」


 な、殴りてぇ! ごめん、戦士風のお二人。お前らの気持ちはよくわかる!!

 だが抑えなければいけない。特に俺は怒りに任せて力を振るうなんて今後やると不味いし。


「悪かったな、努力しても変えられねぇんだよ!! ガキの頃から仕込まれたせいで染み付いちゃってんの!!」

「子供のころから……? ふむ、まさかその容姿は女として育てられたからだとでも?」

「そうですが何か!?」

「筋金入りの変態ですね」

「チ、チックショオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 堪え切れない俺の思いは、咆哮という形をとって雲ひとつ無い空へと溶けた。

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