第四話 邂逅と聖痕
今回は銀髪イケメン騎士の視点です。
グルニケ帝国軍第二騎士団銀鷲隊隊長グラン・ジュスティ
1人足りない。討伐した山賊の数を数えると、聞いていた情報の人数に足りないことが分かった。
その1人を除いた他の山賊5人は既に亡骸となっている。
逃げられたか? 行方を聞こうにも山賊達は全員切り伏せてしまった。狂乱状態で襲いかかってきたためやむを得なかった。
日中にも関わらず薄暗い森の中は不気味なほど静かだ。
「ブライズとアッシュは後片付けを。俺はリーゼと共に残りの一人の行方を追う」
「「はっ!」」
待機していた部下に指示を出す。同時に、踵を返した俺の耳に聴きなれた声が届く。風の精霊を使って離れた場所でも会話出来る魔法だ。
《隊長、残りの1人を見つけました》
「早いな。流石は『疾風のリーゼ』というとこか?」
《残念ながら冗談に応えれる状況では無さそうです。急ぎ、こちらに来て下さい。あとはブライズとアッシュに帰還の命令を……二人にはまだ荷が重い状況になりそうです》
「……分かった、今すぐに行く。――ブライズ、アッシュ! どうやら緊急事態のようだ。王城まで帰還して待機していろ!」
まだ着任して日も浅い部下2人は戸惑いながらも帰還していく。それを見届けて、リーゼの居る場所まで駆けた。
「リーゼ、何があった!?」
「隊長、こちらを御覧ください」
リーゼの元にはすぐに辿り着いた。余り離れた場所では無かったようだ。
肩まである蒼色の髪。翠緑の瞳には険しい色が宿っている。
彼女の足元に転がるのは既に事切れた山賊。しかし、これは……
「惨いな……」
「はい、私が発見した時には既にこの状態でした」
小さな広場のようにぽっかりと開いた空間に足を踏み入れる。その途端、濃密な血肉の臭いに若干のめまいを覚えた。まるで血が気化してこの一体を汚染しているようにさえ思える。
亡骸は無惨にも胴を中心に泣き別れの状態になっていた。間違っても鋭い刃で両断されたような傷ではない。まるで、途轍もない力を加えられて千切れたような……。
「……ノスフェラ、か?」
人間の出来そこないのような外見の魔物ノスフェラ。焼け爛れたような皮膚を持ち、魔物の中でも最高クラスの怪力を誇る。だが――
「しかし現時刻は陽の一刻。ノスフェラが活動を始めるのは月の零刻からが主です」
「その通りだな……しかし、それに順ずる何かが居ることは確実だ」
「はい。山賊狩りが化物狩りになりましたね。……いかがします?」
「討ち取るぞ。こんな王都の近くで化物を野放しにすることは許されない」
「了解しました」
言うが早いか。リーゼは瞑想し始める。風の精霊とシンクロして周囲の気配を探っているのだ。精霊魔術の才能を持つ彼女は何処に出しても恥ずかしくない自慢の副隊長だ。
「――あちらの小川のほうに何かが居ます。精霊が怯えて近づこうとしないほどの何かが」
「よし、行くぞ」
剣を抜いて警戒しながら歩を進めていく。リーゼはつかず離れずの位置でついて来る。
それにしても……精霊を怯えさせるほどの魔物だと? 結界術者は何をやっているんだ。みすみす侵入を許すなど信じられん。
小川の近くまで来る。ここまで来ると木々の間から光が挿し込み、時間相応の風景に様変わりする。
小川のせせらぎに紛れ、パシャパシャと水音が響いてくる。まさか魔物が水浴びでもしているのか? そんな冗談を考えつつリーゼを待機させ音を立てずに忍び寄る。
かくして茂みの向こうに見た光景に、俺は目を見張った。
それは、一枚の絵画だった。
木々の間から溢れ落ちる光。まるでそれを掴もうとしているかのように、彼女は天へと右手を掲げていた。腰元まで真っ直ぐに伸びる髪は、まるで世界を眠りに誘う宵闇。汚れを知らぬ白い肌、しかしその色は不健康さを一切感じさせない。
体中に電撃が走る感覚を味わった。だが、それが序の口だったことを後で理解した。
……む?
だが俺は生まれて初めて見る女性の柔肌(上半身のみ)のせいで、その右腕にある物を見落としていた。
その白い肌を縛り付けるように、その真紅の痕はあった。
それの名は――聖痕。絶対的な力の証。選ばれし者の象徴。
皮膚が粟立った。過去にいくつかの聖痕を見たことがあったが、それらと比べることすらおこがましい。究極の美――そう感じた。
呆ける俺は後方から迫る気配に気付くことが出来なかった。
《隊長、何がいましたか》
音もなく背後に寄っていたリーゼが風魔法で俺の耳だけに声を届けた。
彼女の聖痕に見惚れていた俺はそれに驚き、ついに音を立ててしまった。
彼女がゆっくりと振り向く。顕となったその相貌に心臓を鷲掴みにされた。
我らが国、グルニケ帝国や周辺諸国では見られない顔立ち。何処か人形めいたその造形は、スラリとした体も相まってクールな印象を与える。あ、胸は殆ど無いな。
――いかん。自分の顔が真っ赤なのが分かる。何か、何か言わねば!
彼女は殆ど無いとは言え顕となっている胸を隠そうともせずにこちらを見つめる。
吸い込まれそうなほどの魅力を醸し出す漆黒の瞳。
しばらく見つめ合っていると、彼女は呆れたような表情で笑いながら口を開いた。
「……いつまで見てんだよ」
凛とした声に糾弾の色は見られず、それが余計に俺の罪悪感をかきたてた。
「――っ! す、すまない!」
今日、この瞬間の事を俺は一生忘れないだろう。
俺は彼との出会いによって運命が変わった。そう言っても過言では無いのだから。
陽の一刻→PM1:00
月の零刻→AM0:00
と脳内変換して読んでいただければ幸いです。