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憧れの騎士様が私(の本)を推している件について

掲載日:2026/06/28

よろしくお願いしますm(__)m


 街路樹の間から差し込む木漏れ日にふと目を細める、小柄な少年。

 少年は、格子模様のキャスケットを目深に被り直す。

 簡素な白いシャツに短めの動きやすい薄茶色のズボン。

 傍目からすれば、どこにでもいそうな平凡な少年である。少年は、燦燦さんさんと輝く太陽の下、急ぎ足で駆ける。道中、あまりの暑さに耐えかねた少年は、頬を伝う汗を片手で拭う。少年は、大きな鞄を抱えなおすと再び顔を上げる。

「この世界にも、かき氷があったらいいのになぁ……」

 無情にも容赦なく照らしてくる日差しに肩を落とす少年。

 生憎、今日は年に一度の酷暑。普段は使用しない日陰の道へと歩を進める。

 人通りのない近道という名の裏道をゆったりと歩く少年。

「これって今流行りの異世界転生だよなぁ……。まぁ、モブ役だと思うけどさ」

 思っていることを素直に呟く彼の声は、誰にも届かない。


 

 王都の中心地ーーとは、対極の位置にある南地区の一角にて。

 定刻通りに訪れた赤毛の少年に顔を綻ばせる老人。

「やあ、レイン。今日も沢山本を持ってきてくれたのかい?」

「ベン、もちろんさ!特に今回のは自信作だ」

 鞄の中の大半を占めていた真新しい本。手際よく素早くテーブルの上に平積みにすると、

「これはオマケさ」

 少年・レインは、更に肩掛け鞄から一冊の本を丁寧に取り出して、ベンに手渡す。

「いつもありがとう。助かるよ」

「それはこっちの台詞さ!ベンの店に本を置いてから、少しずつだけど読者がついてくれたからね。今後もよろしくー」

 丸眼鏡の老店主は、夕焼け空に照らされる少年に穏やかに手を振る。

「紅茶でも出そうと思ったけど、間に合わなかったわねぇ」

「少年の好奇心は、止まることを知らないからな」

 店の奥からベンの奥さんが、紅茶を淹れたカップを2つお盆に乗せて持ってくる。

 この店は、老夫婦で切り盛りしている。南地区でも不人気な立地に存在する、常連客しか殆ど来ない店だ。そのせいもあり、少年・レインの存在は二人にとって希望だった。

 三年前のことを、ベン達は思い出す。

 一見すれば質素に見えるが、生地や質感は上等そうな服を着飾った少年。

 貴族の坊ちゃんか?

「いらっしゃい、用はなんだい?坊ちゃん。生憎、御貴族様に売れるような高価な本はないものでねぇ」

 邪険に対応して、早々に帰宅してもらおうかとベンは仕掛ける。

「失礼を承知でお願いに来ました。僕の書いた本を……おいてくれませんか?」

 控えめながら、真剣味を帯びた赤い瞳で見つめられた時、ベンは根負けしたのだ。

 この子には、敵わないな……と。熱量の籠った眼差しに完敗したベンは、少年が書いたという本を試しに読むことにした。題名は、サファイア冒険記。著者は、レイン。

 物語は男の子の主人公・サファイアが成長していく姿を少しずつ書かれている印象だ。少年が、仲間と共に成長してドラゴンと対峙する場面は、息をのむほどだ。久しぶりに、本を読むのが楽しいと感じた。よく見れば、挿絵も所々散りばめられている。配慮が行き届いているとはこのことか。恐ろしいのは、少年の文才か?読んでいる間、時間を忘れていたのだ。長年、本は山程見てきたが、こんなことは初めてだ。気づけば、外は日暮れ間近。まるで、少年・サファイアの冒険を追体験しているように思えるほどに。



「よしっ、早く帰りますか」

 大荷物から解放された少年の足取りは軽快だ。 

 少年は、来た道をひたすらに駆ける。

「日没までには、間に合わないと。アンの説教は長いからなー」



 西地区の片隅。立派とは程遠いが、簡素な造りのお屋敷。

 辺り一面、生い茂った木々や、川、動物の鳴き声もする始末。自然豊かなことに比べると、屋敷にはしっかりと手が行き届いていることが見て取れる。敷地内は、雑草一つも生えていない。代わりに咲いているのは、青い薔薇と白い薔薇と黒い薔薇。その他にも赤い薔薇も片隅に咲き誇っている。アンバランスな配色の花たちだが、住人が気に入っているのも事実。

 レインは、意を決して扉のドアを数回、ノックした。

 屋敷の中央玄関がゆっくりと開けられる。

「ただいま~」

「おかえりなさいませ、アリッサお嬢様」

 すぐさま返事と一礼が返ってくる。

「いつもありがとう、アン」

 少年は深く被っていた帽子を外す。キャスケット帽を外した少年の髪は、赤い薔薇のように美しくーー腰下まである髪は、彼が少年だとはうそぶけない状態だ。

 由緒正しき家系・メイベル子爵家というのは表の顔。実際は、両親の仲が良すぎて旅行に行ったきり、帰ってこないーー置いて行かれた長女のアリッサ・メイベルというのが真実だ。唯一感謝すべき点は、長年の気心知れるメイドーーアンを残して行ってくれたこと。

「お嬢様、夕飯が冷めてしまいますよ」

「アン、先にシャワー浴びてくるね。今日も隣地区の古書店で私の本を並べさせてもらえたんだ」

「それはなによりです」

 アンは、アリッサお嬢様から出かける前より軽くなった鞄を預かる。

 バスルームへと向かうお嬢様の後ろ姿を見届けると、食卓に足早に戻ることに。



「まあ、なんて素敵なお料理なの!」

 湯浴みを終えて、簡易的なワンピースに衣装替えして戻ってきたお嬢様。

 開口一番、お嬢様は特別メニューの料理に目を宝石のように輝かせる。

「お嬢様、お忘れですか……今日は、貴女のお誕生日ではありませんか」

「アン……!」

「十八歳のお誕生日、おめでとうございます」

 アリッサはマナーを守りつつも、一つ一つの料理に舌鼓を打つ。

 チキンのハーブソテーは檸檬の酸味も効いていて食べやすい。お肉がメイン料理なのにさっぱりと食べられるなんて、幸せ!コーンポタージュのつぶつぶ食感も堪らない、正しく絶品だわ。

 フレッシュ野菜のサラダの盛り合わせは、アリッサの大好きな粉チーズも振りかけられている。

 夢中でテーブルの上の食事を頬張るアリッサに、安堵するアン。

 普段、冷静沈着なアンがサプライズで豪勢な料理を作ってくれていることがとても嬉しくて。感極まって号泣しながら、アンに抱き着くアリッサ。

 アリッサお嬢様の背中を優しく抱きしめ返すと、お嬢様は安心したように深い眠りについてしまいました。

「きっと今日も疲れたんでしょうね。ゆっくり休んでくださいね」

 アンは、お嬢様を私室のベッドまで運ぶ。ベッドですうすうと寝息を立て始めたお嬢様は、年相応の可愛らしい少女の顔をしておられました。


 

 翌日。熟睡をしたアリッサは目を覚ますと、ベッドの上で軽く背伸びをする。

 窓からは明るい日差しが差し込んでいる。

 私室の本棚から一冊のノートを取り出す。そして、読み始めた。

 それは、以前ーーアリッサが自身の為に書き記した情報であり記憶でもある。



 この世界について知っていることが少なすぎること。

 日本語で書き記された文字を指でなぞり、読み進める。

 私は、今日記憶を取り戻した。前世では、仕事に追われ趣味もロクに全うできないまま死んだ。

 不慮の事故だった。暴走した車が、運悪く私目掛けて走ってきてーーそれからは、あまり覚えてない。覚えていないとは言ったけど、「大丈夫ですか?」と周辺の交通人に声かけられた時。朦朧とする意識の中、できれば今度はスローライフが送りたいなあ……と、内心思ったことを微かに覚えている。

 どうやら、私は異世界転生していたらしい。日本ーーとは似ても似つかない、西洋風な国に。

 不思議なことに、前世での日本人・鈴村すずむら 有紗ありさの名前までおぼえている。さらに謎なのが、思い出したのが転生後ーーではなく、アリッサの両親が邸を出てしばらく後。メイドのアンから見せていただいた一枚の記事と、彼の存在だった。


アリッサは、過去を思い出し浸っていた。

 ファンタジー。異世界。転生者……。魔法。王子。騎士。

 聞こえはいいが、現状に頭を抱える少女。

「この世界、娯楽が少なすぎる……」

 スマホもないのはもちろんの事、ゲームも漫画もない。二人取り残された屋敷。退屈でどうにかなりそうだった。前世で志半ばで諦めた夢。自分で書いた本を世に出すこと。思い立ったが吉日!

「アン、この世界にイケメンはいるかしら?」

「なんでしょう、イケメンって」

「かっこいい男性って意味ね。優しくて女性から人気があったりすると尚良し」

「いますよ。まずですね……我が国・シュトレイン王国には、三つの騎士団が存在します。一つが、黒薔薇騎士団、国の王族警護が主な仕事です。二つ目が、白薔薇騎士団、貴族で主に構成されており、とっても見た目が良いのです。三つ目が、青薔薇騎士団です。青薔薇騎士団は、血筋云々というより実力至上主義だと聞いております」

「なるほどねぇ~……でも、話を聞くだけでは想像が膨らまないわ。困ったわね」

「……お嬢様?」

「こうなったら、現地で調査するしかないっか」

 楽観的なアリッサの行動は迅速かつスピーディーだった。

 一回してみたかったんだよね、コスプレ。

 屋敷からそう遠くない場所の洋服屋で男子服フルセットを見繕う。それと同時に、長く伸びてきた髪も隠せるようにと、帽子を買うことも忘れない。靴も歩きやすそうな、安価な素材のものを購入。

 店主からは怪しまれたが、一緒に来てくれたアンが「年の近い弟君のために選んでいるのですよ~」と、気を利かせてくれたので万事解決した。※もちろん、弟は存在しない。


 そして、ついに作戦決行日。元々のアリッサは、あまり外出するのが好きでなかった記憶がある。

 彼等の情報や記憶すら持っていないーー屋敷の中で一人寂しく生活する少女。たしかに、それはスローライフよ。でも、それはそれ。せっかく異世界に来たんだもの。外の景色も楽しまなくちゃね!

 今日は、騎士団達が街を巡回する日。運が良いとはこのことか。

「でも、具体的にどこに行けば会えるんだろう……」

「そこの男、止まれーーっ!」

 アリッサの呟きは、後方から突如聞こえた声にかき消される。

 勢いよく衝突する二人。衝撃に耐えきれず、地面に尻餅をつくアリッサ。

「いてて……」

「……っ!」


「失礼。お怪我はありませんか?少年」

 黒味がかった艶のある髪。澄んだ碧色の瞳。目鼻立ちもスッと通っていて美しい。

 なにより声が良い!心地よい低音だ。

 

 日本人離れした美しい騎士に覗き込まれて、思わず言葉を失ってしまうほどに。

 差し出された手にそっと自分の手を重ねるアリッサ。

 見目麗しい騎士様は、優しく手を引きそのままアリッサを立ち上がらせる。

「実は、盗人が現れたので追っていた最中なのです。先ほどは、急ぎのあまりぶつかってしまい申し訳なかった。よければ、ランチでも御馳走させてください。この辺りに行きつけの店がありまして」

「……騎士様は、青薔薇騎士団の方ですか?」

「申し遅れました。第三騎士団団長のサフィア・マクレインと申します。君も騎士に興味があるのかな?」

 流暢に喋る騎士様の腕章には、青色の薔薇模様が精密に刺繍されている。こんなに簡単に会えるものなのか?と内心、疑問に思いつつも、知り合った相手が第三騎士団の頂点トップで卒倒しそうになる。

「……」

 静かに頷くアリッサ。

「それじゃあ、いこうか」

 サフィアさんの手は、思ったよりも大きくて温かいーーと、アリッサ【※少年Ver】は、現実逃避していた。

 はぐれないようにと、片手を繋いでゆっくりと歩き出すサフィア。

 道行くすれ違う人たちの視線が痛いですというのが、本音だ。

「あら、可愛らしい男の子とかっこいい騎士様ね~」

「微笑ましいわー」

「兄弟かしら」

 遠巻きに見ていたマダム達は、口々に仲睦まじい光景に称賛しているのだが、アリッサは知る由もない。

 


【サフィア視点】

 少年の手は、驚くほどに白かった。

 自分の幼少期を思い出しても、もう少し食べ盛りで活発だった印象がある。

 目の前に広げられたハンバーグセットを前に、丁寧に少しずつナイフで切り分けて口に入れる少年。

 一口サイズにしてから、きちんと咀嚼して味わって食べていることからも教養が行き届いていることが窺える。

「サフィアさんは、この辺をよく警備しているのですか?」

 姿勢も背筋が良いし、物怖じせず不快感なく聞いてくる態度は大人顔負けだ。

「基本的には、そうなっている。君も騎士に憧れているのか?」

「いいえ、騎士にはなれません。憧れではありますけど、自分には夢がありますので」

「そうか……」

 楽しそうに語る少年。静かに相槌を打つ。

「もしかして、あまいケーキ好きだったりします?」

「……」

「とても美味しそうに食べていたので。勘違いだったらすみません」

「実は、甘党なんだ」

 ランチコースも終盤。

 給仕の係が運んできたチョコレートケーキを黙々と食べていたところ……少年に自分の好きな食べ物を言い当てられて言葉に詰まる。


「先ほどは、ありがとうございました。お店の料理、とっても美味しかったです」

 満面の笑顔でお礼を言われて悪い気はしない。

「それはよかった。またいつか会おう」

 洋食店の前で別れの挨拶を述べる。

 赤毛の少年は、元気に走り去っていった。


【アリッサ視点】

「アン、青薔薇騎士団の団長について聞きたいのだけど……」

「そういうことでしたら、こちらの記事がお勧めですよ」

 屋敷へ帰宅後、メイドのアンに今日あった出来事を簡略化して伝える。

 アンは嫌な顔一つせず聞いてくれるばかりか、新しい情報を私にくれた。

「この方で間違いないわ」

 手渡された記事には、青薔薇騎士団長お手柄!と大きく見出しとして書かれている。

 住宅街近くに出没した魔獣を一人で殲滅したこと。気配りができる好青年な騎士であることや、プロフィール情報など多岐に渡り書かれている。

「サフィア・マクレイン様は、老若男女問わず人気ですからね」

 この方は、とても凄い方なのね。普段無表情が定着しているアンが思わず微笑むくらいには。

 ファンタジー小説が昔から好きだった私は、密かに決心する。私も頑張ろう……と!この日から私の暮らしは、三度の飯より——執筆活動と情報収集になる。



 サフィア・マクレイン。

 第三騎士団、青薔薇騎士団団長。齢、22歳という若さにて団長職に大抜擢。以後、三年間、国の為、民の為、労力を惜しまない姿から国民たちからの支持も厚い。街の巡回や魔獣討伐にも積極的に参加している。絵にかいたような、努力家。まるで、物語の中の主役ヒーローみたいね。


「(前世)ファンタジー小説好きだった私、小説を書いてみたが全く売れない件について……」

「お嬢様、落ち込まれるのはまだ早いです。きっとお嬢様の本を気に入ってくれる方がいるはずです。私は、好きですよ。孤高の剣士・グレイ」

「アン、いつもありがとう。でも、もう少し具体的な物語を書きたいわ」

 少年・グレイが孤高の剣士と呼ばれるようになるまでの物語……を、自分なりに書き上げてみたものの。売れたのはたったの2冊である。屋敷の自室にて項垂れる私を、励ますメイドのアン。この光景も最早、日常と化している。

「それならば……身近な人物のことを想像イメージして書かれてみてはいかがでしょうか?」

「なるほど!たしかにそれなら書けるかもしれないわ」

「例えば……サフィア団長様とかいかがでしょう?」

「そうね、その手が……って、さすがにそれは不味いのでは……」

 アンのナイスアイデアに頷きかけて、慌てふためく私。

「問題ありません」

 ニコニコと朗らかな笑顔を保ったまま、私を見守るアン。

 結局、この笑顔には敵わない。

 普段見せないクールなアンの笑顔に敗北した私・アリッサは、その日からサフィア物語を書くことに決定する。後のタイトルをーーサファイア冒険記という。



【メイドのアン視点】

 実は私には、歳の近い兄がおります。

 兄とは最近、あまり接点がなかったのですがーー、私の仕えているお嬢様・アリッサ様と最近交流があるらしく。陰日向に見守っている日常です。兄は、昔から困っている人が放っとけず、思わず自ら手助けするような優しい性格をされてました。特に剣術の才能に長けていた兄は、騎士学校へと進学。そこでメキメキと才能を開花させていきーー、現在・青薔薇騎士団の団長という大任を務めているのです。

 何の因果か……ある日、街へ男装して遊びに出かけたお嬢様と出会ったのが兄とは。お嬢様は、きっと知らないのでしょう。そして、私がこっそりと購入したお嬢様の本をーー兄に貸し出ししているとは夢にも思わないのでしょうね。私は、お嬢様の幸せを心より願っております。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「サファイア冒険記……」

 題名からして子供向けの本か?

 妹から手渡された一冊の本を何気なく読み始める。昼下がりの休日のことだ。

 少年サファイアの成長、葛藤、強大な敵との戦闘が詳細に書かれておりーー、気付けば、外は星が輝く夜空になっていた。


 それは、とある日の晴れた午後の出来事。

 街外れの古書店に並ぶ、本を真剣な眼差しで読む青年。

「もしかして、それは……」

「物語は、斬新で壮大で面白くもあり、サファイアが甘党という意外な一面もよかったよ」

 本を片手で閉じて、話す好青年。

「ぎゃあああああああ」

 本の題材としたサフィア本人に、自作小説を読まれていたと知ったーー少年姿のアリッサは狼狽する。

「どうしたんだい?そんな奇声をあげて……」

「忘れてください」

「?」

「もう読まないでくださああああい」

 顔を両手で覆い耳まで赤くする、少年・レイン。


「君のことを忘れたことはなかったよ」

 サファイア冒険記に出てきた主人公の名言。

「もっと君のことを教えてほしい」

 それは、過去からの出来事を清算するためーー、

 幼い時、道を違えた友に捧げる言葉。

 



「レインというのは、ペンネームです。本当の名前は、アリッサ・メイベルと申します」

「道理でーー。少年にしては、可愛らしい仕草や洗練された言葉遣いをしていると思ったよ」

 自然豊かな屋敷の客室にて。包み隠さず全てを打ち明けるアリッサ。

 対面する、サフィアの表情や声色は普段と変わらず穏やかで優しさそのものだ。

 だが、逆にそれが恐ろしい。

 その後、何事もなかったかのように交流を続けるアリッサとサフィア。

 作者と読者から、友人に。そしてやがて二人は親友となりーー。




 

「これからも貴女の隣で、彩り豊かな人生をおくりたいと思います。もし、アリッサがそれを許してくれるならーー、この薔薇を受け取ってくれませんか?愛しています」

 見目麗しい推しである騎士様が、跪いて愛を乞う。

「……(どうして私の別名義、最新作の恋愛小説・ヒーローの台詞知っているのかしら?」

 などと、畑違いなことを考えながら、呆然と立ち尽くすドレス姿のアリッサ。

 反射条件で一輪の青薔薇を受け取る。顔が熱い。それと、言葉の意味をゆっくり理解し終える。

 涙で、顔はぐちゃぐちゃで。きっと、自分の顔は林檎のように真っ赤になっていると自覚する、アリッサ。

 視界の端で、傍に控えていたメイドのアンが、静かに涙を流している。

 サフィアは、感動して泣いているアリッサの涙を手で拭う。

 感極まってアリッサを抱き寄せるサフィア。

 

 陰ながらアンは、口パクで『お・め・で・と・う』と、兄・サフィアに伝えていたのだとか。

 そのことをアリッサが知るのは、まだ先のお話ーー。


 シュトレイン王国の西地区の片隅の屋敷には、今日も賑やかな声が聞こえる。

 庭先には、美しく大輪の薔薇たちがバランスよく配置されており、訪れたものは思わず感嘆の息を漏らすのだとか。そのなかでも、一際目を引くのが青い薔薇。

「待って、その薔薇は触ってはダメーー!」

「お散歩はそこまでだ、マリー」

 青薔薇の棘を危うく触るところだった少女を、軽々と抱きかかえる青年。

「ありがとう、サフィア。まったく、この子の冒険心と来たら親顔負けね」

「そうだね。君に似たんだろう、アリッサ」

「そう……かもしれないわねぇ。ふふっ」

 二人揃って微笑みあいながら、一人娘を見つめて幸せをかみしめる。



 後に、シュトレイン王国で一冊のロマンス小説が流行したのだという。

 題名は、『憧れの騎士様が、私の本を推していた件について』。

 前世の記憶を思い出した時、脇役だと思っていた女主人公ヒロイン・アリサ。

 物語を書いているうちに、気付けば夢中になって時を忘れるほど没頭したこと。

 男装して街へ繰り出す勇気ある姿には、読者たちに衝撃を与えたのだとか。

 運命的な出会いをする憧れの騎士サファイアとアリサ。

 読者だった騎士と著者のアリサ。

 当時の感情を彷彿とさせるエピソードの数々に、特に女性ファンが増えたのだという。

 物語のラスト、騎士からのロマンチックな告白を恥じらいながらも承諾する場面に変えたのは、騎士様ほんにんには内緒にしようと、心に固く誓う著者でしたとさ。





 憧れはやがて恋心へ。

 そして最愛の人への想いに、時を経て変わっていった。 


「サフィア、愛しているわ」

 そっと、彼の耳に手を当ててあの日の返事を精一杯伝える。

 彼の顔は、あの日の私の様に朱に染まる。

 

「貴方に出会えてよかった」

 背伸びしてサフィアに抱きつく。

 今度は私から、想いを伝えよう。

 

 

 この先も、ずっと。

 


 



『憧れの騎士様が私(の本)を推している件について』ー完ー

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