第9話 謎めいたNPCは多すぎる
白衣の人物の口調は気軽だったが、漂う圧迫感はさきほどより一段と凝縮されていた。
モーフェイは思わず唾を飲み込み、配達ボックスの背負いベルトを肩から外した。
蓋を開けると、原型1号はすでに暗金色を脱し、今は翠緑色のゼリーが時折、紫紅色の光をちらつかせている状態だった。
「この中に入ってます」モーフェイはその弾力のある腹を指差した。「ただ、先に言っておきますが、こいつは気が荒いので、無理やりやろうとすると……」
「気にしなくていい」
白衣の人物が一歩前へ出る。フードの下から覗く蒼白な指が、虚空にひと筋の弧を描いた。すると原型1号の身体が、かすかに震えた。
「唧……」
星流紫心晶が見えない手に支えられるように、ゆっくりとその身体から浮かび上がってきた。表面には薄い光膜をまとい、やがて空中に静止した。
一連の流れはあまりにも滑らかで、モーフェイは呆然と見守るほかなかった。
この世界に来てから、精質を抽出する術も、暴力的に分離する切断術も見てきた。だがこれほど軽々と、何もない空間から物を取り出す光景は初めてだった。
白衣の人物がもう一方の手を差し伸べると、紫心晶はその掌へ吸い込まれるように落ちた。光膜が消えた瞬間、晶石の表面で荒れ狂っていた脈動が、スイッチを切るように静まり返った。
「質量が想定より少し軽い……まあ許容範囲だな」白衣の人物は紫心晶を袍の下へ仕舞いながら、独り言のように続けた。「黒鉄のあの野蛮な連中にしては、面白い容器を見つけたものだ……途中で爆発もさせず、むしろ搾り取られたみたいだな」
モーフェイは心の中で猛烈に突っ込んだ。*いや、爆散しかけたのは俺なんですが!なんで功績が全部黒鉄のものになってるんだ!*
「それで」白衣の人物はすぐには立ち去らず、フードの下から視線をモーフェイのボロボロの作業着に滑らせた。「ゴミへの造詣もさることながら、お前が学院に紛れ込んだ方法のほうが気になる。何らかの認知干渉手段を使ったか?」
「あ、そのことですか?」
モーフェイは頭を掻きながら、襟元から'そうと言えばそういう証明書'を取り出し、少しぎこちなく差し出した。
「効果は粗削りですが、この認知干渉の手法は……なんといいますか、我が家の秘伝です」
白衣の人物がその証明書を受け取り、裏返した。
風灯の幽かな緑の光に照らされ、ピンクのクレヨンで描かれた怒り顔の猫が、遠慮なく姿を現した。
フードの下で、呼吸がひと拍止まった。
「……これが秘伝?」白衣の人物の声音に、初めてはっきりした揺らぎが混じった。「クレヨンの猫一枚?」
「本当に効いたんです!門番の二人とも騙せましたよ!」モーフェイは慌てて己の傑作を弁護した。
白衣の人物はその証明書を返さず、袍の中へ仕舞い込んだ。
「面白い、もらっておこう。引き換えに……」
懐から掌大の金属銘板を取り出し、無造作にモーフェイへ放り投げた。
受け取ると、ずしりと重かった。表面には歯車に囲まれた鍵の紋章が刻まれ、裏には──「廃料処理区・立入許可」と記されていた。
「学院の裏山にある廃料処理場だ」白衣の人物は淡々と言った。「今夜お前が見せた……ゴミへの独自の見識からすれば、これはお前にこそ役立つだろう」
モーフェイは金属板を見つめながら、これが褒め言葉なのか皮肉なのか判断しかねた。
だが、王立錬金術学院の廃料処理場──捨てられた実験の残材や高品質素材の残滓を想像しただけで、思わず唾を飲み込んだ。
今の俺にはシステムがある。混沌錬成でも自前の錬成でシステムに素材を与えるにしても、大量の材料が要る。この許可証はまさに干天の慈雨だ!
礼を言おうとしたとき、白衣の人物の視線が原型1号へと止まった。
紫心晶を取り出されたあと、原型1号の全身は張り詰めていた弦が切れたように輪郭が少し崩れ、それからゆっくりと元の丸みを取り戻した。
翠緑色の半透明の質感が再び浮かび上がり、さきほどの落ち着かない紫紅色の閃光は消え、表面にたまにぽつりと小さな気泡が浮かぶだけになった。薄紫の余光が、まるで最後の残滓を排出するかのように、かすかに漂っている。
ぼんやりとした様子で配達ボックスの底に丸まり、触手を一本だけへなへなと縁に垂らして、害のない緑色のゼリー玉そのものだった。
「こいつは……」
白衣の人物は言いかけて止まった。一瞬、風灯の光が一段と深みを増したように見えた。
「面白い」
白衣の人物が向き直り、薄い羊皮紙を指先で弾いた。それは弧を描いて、配達ボックスの蓋の内側の隙間へ、ぴたりと収まった。
「荷物は受け取った。取引完了だ」
言い終えるより早く、白い影は夜の闇に溶け込み、回廊の奥へと消えた。
モーフェイは白衣の人物が完全に立ち去ったことを確認してから、空気の抜けた風船のようにへたり込み、冷たい石畳の上に腰を落とした。
「ヤバい……異世界の配達ってこんなにスリリングなのか?単を届けに来て、命まで届けそうになったぞ……」
白衣の人物が消えた方向を見つめながら、不満そうにぼやいた。
「"面白い"ってどういう意味だよ。どこが面白いんだ?普通に話せないのか?なんでどこへ行っても謎めいたNPCばかりなんだ?」
原型1号はボックスの中でごろりと転がり、夢うつつの「唧」で彼の愚痴に応えた。
「……もういい、帰る!」
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深夜の通りは静まり返り、遠くからは蒸気管が圧を逃がすシューという音が時折聞こえてくる。
原型1号はいつの間にか配達ボックスの中で深く眠り込んでおり、モーフェイは鉛を詰め込んだような両脚を引きずりながら、機械的に下層区へ向かっていた。
あの「地獄爆走号」が懐かしかった。ブレーキがないのは置いておいても、あれは確かに速かった。
激動のこの一日を経て、今の俺の頭にあるのはただ一つ──一刻も早く家に帰って倒れ込むこと。借金のことは明日に任せろ!
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どれほど時間が経ったか、バーニーに蹴破られた後に板で適当に打ち付けられた工房の扉が視界に入ったとき、モーフェイはその場に膝をついてドアに口づけしたい衝動を、なんとか堪えた。
ドアを押し開けようとしたその瞬間、扉の隙間から光が漏れていることに気づき、全身の神経が一気に張り詰めた。
*老師が帰ってきた?いや、それはないはず。じゃあ、誰が……?*




