表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小悪魔令嬢の陥落~正体不明の第二王子に身も心も奪われ、裏切り者たちを奈落へ突き落とす~  作者: 猫野 にくきゅう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

第2話 有頂天からの転落

 夜会の会場は、今日も私、ルチアのために輝いていた。

 シャンデリアの煌めきも、楽団が奏でるワルツも、すべては私の引き立て役にすぎない。


「ルチア様、今宵も月より美しい……」

「僕と一曲、踊っていただけませんか?」


 群がる男たちを、私は扇子の隙間から流し目で品定めする。


(あーあ、どいつもこいつも私のことをさり気なくエッチな目で見ちゃって。隠しているつもりなんでしょうけど、丸わかりなのよね。これだから男は――まっ、夜のおかずにするくらいは許してあげるわ)


「ふふ、ごめんなさい。少し風に当たりたい気分なの」


 そう言って小首をかしげれば、男たちは残念そうに、けれど恍惚とした表情で道を開ける。


 簡単すぎるわ。

 この国は私の箱庭で、男たちは私の魅力に抗えない哀れな下僕。

 そう信じて疑わなかった。


 その時だった。


「ルチア嬢……少し、よろしいですか」


 声をかけてきたのは、私が最近「攻略」したばかりのベリル子爵だった。


 彼の目はどこか充血し、呼吸が少し荒い。

 けれど私は、それを「私への抑えきれない情熱」だと解釈した。


(あら、もう限界かしら? きっとまた、高価なプレゼントを用意しているのね。……まあ、昼間のサファイアのお礼くらいは聞いてあげてもいいわ。あわよくば、跪いて愛の告白でもしてくれるかしら?)


 私は余裕たっぷりの笑みを浮かべ、彼の手を取った。


「ええ、いいわよ。静かなところでお話ししましょう?」


 ベリルに連れられ、人気のない庭園の奥、鬱蒼と茂る植え込みの影へと足を踏み入れる。


 ダンスホールの光が届かない、湿った土の匂いが立ち込める場所。

 そこで突然、腕を強く引かれた。


「きゃっ!?」


 世界が反転した。

 背中に走る鈍い痛み。私は冷たく濡れた地面に押し倒されていた。


(な、何を……!? 私のドレスが汚れたら、貴方の家が潰れるくらいの賠償金を請求するわよ!?)


「な、何をなさいますの!? 私のドレスが……」


「黙れ!!」


 耳元で怒鳴られ、私は思考が凍りついた。


 ベリルの顔が目の前にある。昼間の、あの気弱で頬を染めていた彼ではない。

 瞳孔が開いたその目は、獲物を狙う獣のように濁っていた。酒と、脂汗の不快な臭いが鼻をつく。


「お前……俺を笑っていただろう」


「え……?」


「あの時、俺が必死に口説いている間、お前の目は俺を見ていなかった! 俺を値踏みして、心の中で嘲笑っていたんだ!」


(……! 何言ってるのよ、コイツ? でも大丈夫、男なんて単純なんだから。これまでの経験上、か弱く縋ればすぐに毒気を抜かれるはずだわ)


 私は震える手で彼の上着の袖を掴み、涙をいっぱいに溜めた瞳で見上げた。

 必死の『上目遣い・改』。


「こ、怖い……ベリル様、痛いですぅ……。そんな怖い顔しないで、優しくして……?」


「ふざけるなッ!!!」


 バチンッ!


 乾いた音が響き、頬に熱い痺れが走った。


 えっ、殴られた? 

 ――私が?


 理解が追いつかない。頬の痛みより、私の「武器」が全く通用しなかった事実が、背筋を氷のように冷たくした。


「そ、そんな……いや……!」


 ベリルの荒い手が、私のドレスの胸元にかかる。

 布が裂ける音。剥き出しの肌に触れる夜風と、彼の熱く湿った指の感触。

 初めて感じる、「男」という生き物の圧倒的な暴力と、生々しい肉の質量。


(嘘……本には、もっとロマンチックな駆け引きの後に……って書いてあったのに。やだ、この人、本気なの? 本当に私を汚すつもりなの……!?)


「やめて! 誰か、誰かぁーーッ!!」


 なりふり構わず、喉が裂けそうなほど叫んだ。

 その時、眩しい光が私達を照らし出した。


「そこまでだ!!」


 カッ、カッ、カッ、とわざとらしい足音が近づいてくる。


 逆光の中に立っていたのは、私の婚約者――

 セドリックだった。


 そしてその腕には、地味で目立たない男爵令嬢、クロエがしがみついている。


(あ、セドリック……! 相変わらず平凡な顔だけど、助けに来てくれたのね!?)


「セドリック様! 助けて! この男が乱暴を……!」


 私は泥だらけの手を伸ばし、婚約者に救いを求めた。

 当然、彼は私を助け起こし、ベリルを処罰してくれるはずだ。だって彼は、私の「所有物」の中でも最高位の権力者なのだから。


 しかし、セドリックは私を見下ろし――

 芝居がかった動作で大袈裟に嘆いてみせた。


「あぁ……! なんて嘆かわしい! まさか我が婚約者が、夜会の裏で男を連れ込み、情事に耽っていたとは!」


「は……?」


(……情事? どこをどう見たら、この惨状が「楽しんでいる」ように見えるわけ? この王子、頭の悪さがついに限界突破したの?)


「ち、違います! 私は無理やり……!」


「嘘よ、ルチア様」


 セドリックの腕の中で、クロエがさめざめと泣き真似を始めた。

 その口元だけが、私を見てニヤリと歪んでいる。


「私、見ちゃったんです。ルチア様がベリル様に『あっちで二人きりになりましょう』って、色目を使って誘っているところを……。セドリック様という素晴らしい婚約者がいらっしゃるのに、なんてはしたない……」


「ああ、なんということだ。このボクの純真な心を傷つけるとは。ルチア、お前は――なんてふしだらな女なんだ!」


 セドリックは自分の世界に酔いしれていた。

 「裏切られた悲劇の王子」という役に没頭し、私の惨状など目に入っていない。その凡庸な顔立ちが、今はとてつもなく醜悪に見えた。


 ベリルが慌てて私から離れ、跪く。


「で、殿下! 私は誘惑されたのです! 彼女があまりにしつこく誘うもので、つい魔が差して……!」


「嘘よ! ベリル、あなた何を……!」


「黙れ、汚らわしい!」


 セドリックが私を睨みつける。その目にあるのは、愛でも心配でもなく、ただの軽蔑と、自分より下の存在を見る優越感だった。


「ルチア・ベルローズ。王家の顔に泥を塗った罪は重い。婚約を破棄した上で国外追放だ!! ……と、言いたいところだが、僕は慈悲深い。それは勘弁してやる」


 彼はニタリと笑った。


「お前のような不潔な女でも、僕の所有物であることに変わりはないからな。……連れて行け! 頭が冷えるまで、『北の塔』で反省させるがいい!」


「え……嫌、嫌よ! セドリック様、お願い、聞いて!!」


 衛兵たちが私の腕を乱暴に掴み、引きずり起こす。

 泥と枯れ草にまみれたドレス。裸足の足が砂利で傷つく。


(離して! 私はルチアよ! 世界で一番可愛い私が、なんでこんな目に……!)


 泣き叫ぶ私の声は、夜会の音楽にかき消されていく。

 視界の端で、セドリックとクロエが寄り添い、そしてベリルまでもが安堵の表情で私を見送っているのが見えた。


 誰も、私を見ていない。

 誰も、私を助けない。


 用意されていたのは、窓のない黒塗りの馬車だった。

 まるでゴミのように中へ放り込まれる。


「――おままごとは終わりだ、お嬢ちゃん」


 御者の冷たい声とともに、扉が閉ざされた。

 闇の中で、私は初めて知った。

 世界は私のためにあるのではない。私はただ、今まで運が良かっただけの、無力な獲物だったのだと。


(嘘よ……私の、私の完璧な人生が……こんなの、認めないんだから……っ!)


 馬車が揺れるたび、惨めな涙が頬を伝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ