第1話 世界は私のためにある
「まあ、ルチア様! そのネックレス、とっても素敵ですわ!」
「本当! まるでルチア様の瞳の色をそのまま映したようなサファイアね」
王都にある我が子爵邸の庭園。
咲き誇る薔薇の香りに包まれたティータイムで、ご令嬢たちの甲高い賞賛の声が響く。
私は紅茶のカップをソーサーにことりと置くと、わざとらしく首をかしげて見せた。
ふわり、とプラチナブロンドの巻き髪が計算通りの弧を描いて揺れる。
「ふふ、ありがとう。でも困ってしまいますわ。ベリル卿ったら、『この宝石は君のために採掘されたに違いない』なんて仰って、どうしても受け取ってほしいと引かなくて……」
困り眉を作り、長い睫毛を伏せる。
鏡の前で何度も練習した、完璧な角度。今の私は、控えめで愛らしい、庇護欲をそそる深窓の令嬢そのもの。
(……なーんて言えば、男なんてイチコロなのよね。もう、笑いが止まらないわ! ほんっと、単純で馬鹿な生き物!)
心の中で私は、高笑いしながらシャンパンを開けていた。
今日身につけている淡いピンクのドレスは、私の白い肌を一番引き立てる特注品。胸元や袖口にあしらわれたレースは最高級品だし、スカートの膨らみ具合もミリ単位で調整させている。
この世界に可愛い女の子はたくさんいるかもしれないけれど、「一番」は間違いなく私、ルチア・ベルローズだ。
「まあ、ベリル卿がそこまで……!」
「さすがルチア様だわ。殿方たちが放っておかないもの」
友人たちの羨望の眼差しが心地いい。
当然よ。私は可愛いし、家柄もそこそこ良い。何より「自分がどう振る舞えば一番高く売れるか」を熟知している。
(男なんて財布を持った家来に過ぎないのよ。ちょっと上目遣いで見つめて、袖を掴んで『すごいですぅ』って言っておけば、勝手に貢いでくれるんだもの。錬金術より効率がいいわ!)
これまでの人生、私の思い通りにならなかったことなんて一度もない。
欲しい物はねだらなくても手に入るし、歩いているだけで道は開ける。
世界は私のために回っているのだ。
「あ、ルチア様。あちらにいらっしゃるのは……」
友人の一人が視線を向けた先、庭園の入り口から一人の青年貴族が入ってくるのが見えた。
あれは確か、隣の領地の男爵家の三男。名前なんて覚えていないけれど、ちょうどいい退屈しのぎだわ。
私は立ち上がり、彼の方へと歩み寄る。
「ごきげんよう」
「っ!? あ、あぁ、ごきげんよう、ルチア嬢……!」
突然話しかけられた彼は、顔を真っ赤にして挙動不審になっている。
私は一歩踏み出し、彼との距離を少しだけ詰めた。パーソナルスペースをほんの少し侵略するのが、相手の脳をバグらせるコツだ。
そして、必殺の角度――。
顎を少し引き、瞳を潤ませて下から覗き込む『上目遣い・改』。
――と、私が密かに名付けた独自の攻略テクニックだ。鏡の前で三時間は練習して完成させたのだから、外すはずがない。
「今日のお召し物、とても素敵ですね。……あの、もしよろしければ、この後の薔薇の鑑賞会、エスコートしていただけないかしら?」
仕上げに、彼の上着の袖口を、指先でちょこんと摘む。
「……っ!! も、もちろんですとも!! 喜んで!!」
彼は裏返った声で叫ぶと、これ以上ないほど背筋を伸ばして敬礼のようなお辞儀をした。
(はい、落ちた。所要時間、わずか三秒。ちょろすぎてあくびが出るわね)
内心で鼻を鳴らしつつ、表面上は花が咲いたような笑顔を向ける。
「嬉しい! ふふ、楽しみにしておりますわね」
彼が去った後、友人たちが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「すごいわルチア様! あの堅物で有名な彼が、あんなにデレデレになるなんて!」
「さすがですわ……。あ、そういえばルチア様、今夜の夜会には第一王子殿下もいらっしゃるそうですわよ。最近、なんだか地味な男爵令嬢が殿下の周りをうろついているなんて噂もありますけれど……」
「あら、そんなの放っておけばいいわ。殿下の隣にふさわしいのが誰か、教え直してあげればいいだけですもの」
セドリック王太子の名前が出た瞬間、私は余裕の笑みを浮かべた。
顔はまあ、「そこそこ」だけれど、国で一番の権力者になる予定の男だ。
次期国王。
そして、私の婚約者でもある。
(あの顔はイマイチな王子様。結婚相手としてはちょっと不満なのだけど――まあ、それでもこの国を継ぐ跡取りなのだし、私の『飾り』としては及第点だわ)
セドリックは確かに地位は最高。私が将来、国一番の貴婦人として君臨するための「トロフィー」としては申し分ない。
愛だの恋だの、そんな不確かなものはどうでもいい。
私が一番輝ける場所に連れて行ってくれるなら、相手は誰でもいい。
どうせ彼も、私の可愛さにひれ伏しているその他大勢の一人に過ぎないのだから。
私は取り巻きの令嬢を引き連れて席に戻った。
男だけではない――彼女達だって私の後ろをついて歩く駒だ。
「今夜の夜会も、ルチア様が主役間違いなしですわね」
「ええ、もちろん」
私はティーカップに残った紅茶を飲み干した。
最高級の茶葉の香りが鼻腔をくすぐる。
今夜の夜会も、いつも通り私の独壇場になるはず。
新しいドレスを着て、可愛らしく微笑むだけで、男たちは次々と私に傅く。王子だって、私の機嫌を取るのに必死になるだろう。
(私の可愛さが通用しない男なんて、この世に存在するはずがないんだから!)
私は自信満々に空を見上げた。
どこまでも青く澄み渡る空は、私の未来を祝福しているようにしか見えなかった。
まさかこの数時間後、その自信が粉々に打ち砕かれることになろうとは、この時の私は知る由もなかったのである。




