第009話 北の森の噂
冒険者ギルドは、朝から賑わっていた。
ユイは掲示板の前に立ち、張り紙を眺めている。街道警備、荷物護衛、採取依頼。前世でも見慣れた内容が並んでいる。だが、一つだけ気になる張り紙があった。
「北の森で魔物の異常行動を確認。調査依頼」
ユイの手が止まる。北の森。前世の記憶を探る。あの森に異変が起きたのは、確か数ヶ月後のはずだった。それなのに、もう報告が上がっている。違和感が胸に広がる。
「おい、聞いたか?」
背後から声が聞こえた。ユイは振り返らず、耳を澄ませる。
「北の森だろ? 最近、戻ってこない奴が増えてるらしいぜ」
「マジかよ。何があるんだ?」
「知らねえよ。ただ、ギルドも詳しいこと言わないんだ」
若い冒険者たちの会話だ。
ユイはその場を離れ、受付カウンターへ向かった。列に並び、順番を待つ。やがて、受付嬢が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「北の森の依頼について、詳しく教えてもらえますか?」
受付嬢の表情が少し曇った。
「あの依頼ですか。実は、詳細はまだ公開されていないんです」
「なぜですか?」
「ギルドの上層部が調査中で。ただ、魔物の数が増えているのは確かです」
受付嬢は声を落とした。
「最近、あの森に入った冒険者の何人かが帰ってきていません」
ユイの胸が冷える。帰ってこない。前世では、こんな事態は起きなかった。
「どれくらいですか?」
「ここ一週間で、三人です」
受付嬢は書類を確認する。
「皆、Eランクの新人でした。単独で森に入ったようです」
ユイは黙って頷いた。それから、受付を離れる。
ギルドのホールを歩きながら、ユイは考えた。前世との違いが、また一つ増えた。北の森の異変は、本来はもっと後のはずだった。何かが、世界の流れを変えている。自分が過去に戻ったことが原因なのか。それとも、前世で見落としていた何かがあるのか。
「ユイさん!」
声がした。振り返ると、カイルが手を振っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。今日も依頼ですか?」
「いえ、情報を集めていました」
カイルはユイの隣に並んだ。
「北の森のことですか?」
ユイは少し驚いて、カイルを見た。
「どうして?」
「俺も気になってたんです。最近、あの森の噂をよく聞くんで」
カイルは真面目な顔をしている。
「実は、俺の知り合いも森に入って、戻ってきてないんです」
ユイの表情が引き締まる。
「いつですか?」
「三日前です。Eランクの冒険者で、魔物退治の依頼を受けて森に入ったきり」
カイルは拳を握り締めた。
「ギルドに捜索を頼んだんですけど、まだ見つかってません」
ユイは黙って聞いていた。カイルは続ける。
「だから、俺も森に行こうと思ってるんです。一人で行くのは危ないって言われてるんで、誰か一緒に行ってくれる人を探してて」
カイルはユイを見た。
「ユイさん、一緒に行ってくれませんか?」
ユイは少し考えた。前世の知識では、北の森の異変はまだ先のはずだ。だが、現実はもう動いている。このまま放置すれば、被害は拡大する。だが、18歳の体で未知の事態に挑むのは危険だ。それでも――
ユイは頷いた。
「分かりました。一緒に行きましょう」
カイルの顔が明るくなった。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ただし、無理はしません。状況を見て、すぐに撤退することもあります」
「はい、分かってます」
カイルは真剣に頷く。ユイは少し安心した。
「では、明日の朝、ギルドの前で待ち合わせましょう」
「了解です!」
カイルは嬉しそうに手を振って去っていく。ユイはその背中を見送った。
それから、再び掲示板の方へ戻る。北の森の張り紙を見つめる。前世では見なかった事態。だが、ここで引くわけにはいかない。
今度こそ、途中で諦めない。今度こそ、正しく導く。
ユイは張り紙から目を離し、ギルドを出た。外は昼過ぎで、太陽が高く昇っている。
宿へ戻る途中、ユイは明日の準備を考えた。装備の確認、回復薬の購入、地図の入手。やることは多い。それから、北の森についての情報も集めなければならない。
ユイは市場へ向かった。薬屋で回復薬を買い、武器屋で短剣の手入れ用品を揃える。それから、地図屋へ立ち寄った。
「北の森の地図をください」
店主は古い地図を取り出した。
「最近、あの森に行く人が増えてるね。何かあるのかい?」
「調査です」
「そうかい。気をつけな。最近、あの森は様子がおかしいって話だ」
ユイは地図を受け取り、代金を払った。
宿に戻り、部屋で地図を広げる。北の森は、王都から北へ半日ほどの距離にある。森の規模は大きくないが、内部は入り組んでいる。前世でも、何度か訪れたことがある。だが、この時期の森は平穏だったはずだ。
何が変わったのか。
ユイは地図を畳み、窓の外を見た。北の方角を見つめる。空は晴れているが、なぜか暗く感じる。気のせいだろうか。
ユイは深く息を吸い込んだ。それから、明日の準備を続ける。装備を確認し、短剣を研ぐ。回復薬を鞄に詰め、地図をポケットに入れる。
全てが終わった頃には、もう夕方だった。
ユイはベッドに座り、今日のことを振り返った。北の森の異変。前世との違い。カイルとの約束。全てが、新しい流れを生み出している。
ユイは窓の外を見た。夜が近づき、街灯が灯り始めている。明日、何が待っているのか。分からない。だが、恐れることはない。
ユイは小さく笑って、ベッドに横になった。
明日も、長い一日になる。
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