第008話 古き予言
翌日の夜、ユイは再び治療院を訪れた。
扉をノックすると、リリアが出迎えた。
「来てくれたのね。中へどうぞ」
ユイは中に入った。治療院の奥には、もう一つ扉がある。リリアはそれを開けた。
「師がお待ちです」
扉の向こうは、小さな書斎だった。本棚が壁一面に並び、机の上には古い文献が積まれている。
そして、机の前には一人のエルフの女性が座っていた。
長い金髪、穏やかな表情。だが、瞳には深い知性が宿っている。
前世でも見たことのある顔だ。
ナオミ・シルヴァ。
前世では、数年後に出会った魔法研究者だ。
「いらっしゃい。私はナオミ・シルヴァ。リリアの師をしている」
ナオミは優しい声で言った。
「ユイ・セイラスです」
「座って。お茶を淹れるわ」
ナオミは立ち上がり、お茶の準備を始めた。リリアは部屋の隅に立っている。
しばらくして、ナオミはお茶をテーブルに置いた。
「リリアから聞いたわ。あなたは、普通の新人冒険者じゃないと」
「そんなことは」
「否定しなくていいわ。私は責めているわけじゃない」
ナオミは微笑んだ。
「ただ、あなたに伝えたいことがある」
ナオミは本棚から一冊の古文書を取り出した。
「これは、古代エルフの予言書。私が長年研究してきたものよ」
ナオミは本を開き、あるページを指差した。
「ここに、こう書かれている」
ナオミは読み上げた。
「二度目を生きる者、理の外より還りし者、世界の歪みを正す者」
ユイの心臓が跳ねる。だが、表情は動かさなかった。
「この予言は、何百年も前から伝わっている。だが、誰もその意味を理解できなかった」
ナオミはユイを見つめた。
「だが、私は気づいた。これは、時を遡った者のことを指しているのではないかと」
ユイは何も言わなかった。ナオミは続けた。
「世界には、倒せぬ存在と呼ばれる超常の怪物がいる。彼らは世界の均衡と深く結びついている」
「知っています」
ユイは静かに答えた。ナオミは少し驚いたように目を見開いた。
「そう。では、あなたも興味があるのね」
「はい」
「なら、もう一つ教えてあげるわ。倒せぬ存在を討ち果たすことは、世界の流れを変える行為に等しい」
ナオミは本のページをめくった。
「そして、世界の流れを変えた者には、代償が伴う」
「代償?」
「そう。流れを変えた者は、世界から拒絶される。存在そのものが、歪みとして認識される」
ナオミはユイを真っ直ぐ見た。
「あなたは、その一人かもしれない」
ユイは黙っていた。ナオミは溜息をついた。
「私は、あなたが誰なのか、何をしたのか、詮索するつもりはない。ただ、忠告しておく」
ナオミは立ち上がり、窓の外を見た。
「世界は、やり直しを嫌う。あなたの存在を知る者が、必ず現れる」
「誰ですか?」
「観測者よ」
観測者。また、その言葉だ。
「観測者とは?」
「世界の歪みを監視する者たち。倒せぬ存在の出現を記録し、封印の状態を確認する」
ナオミは振り返った。
「彼らは、世界の流れを守るために存在する。そして、流れを乱す者を排除する」
ユイの背筋が冷えた。
「つまり、私は狙われている?」
「おそらくね。だが、まだ排除はされていない。彼らは、あなたを観察している」
ナオミは机に戻り、座った。
「だから、注意しなさい。あなたが何をしようとしているのか、私には分からない。だが、世界を変えようとするなら、覚悟が必要よ」
ユイは深く息を吸い込んだ。それから、ナオミを見た。
「もし、私が本当に二度目を生きる者だとしたら、何をすべきですか?」
ナオミは少し考えてから、答えた。
「まずは、力をつけること。そして、信頼できる仲間を集めること。一人では、何も変えられない」
「分かりました」
ユイは立ち上がった。ナオミも立ち上がる。
「もう一つ、伝えておくわ。倒せぬ存在についての情報は、観測者が管理している。もしあなたが本当に知りたいなら、彼らと接触する必要がある」
「どうすれば?」
「それは、私にも分からない。だが、あなたが本当に必要とするなら、向こうから来るでしょう」
ナオミは微笑んだ。
「頑張りなさい、ユイ・セイラス。あなたには、何か特別なものがある。それを信じて」
「ありがとうございます」
ユイは部屋を出た。リリアが扉の前で待っていた。
「どうだった?」
「色々と、考えることが増えました」
「そう。また何かあったら、来てね」
「はい」
ユイは治療院を出た。外は静かで、夜風が冷たい。
ユイは歩きながら、ナオミの言葉を反芻した。
観測者。世界の歪み。やり直しを嫌う世界。
すべてが、繋がり始めている。
だが、まだ分からないことが多い。
ユイは宿へ向かって歩いた。通りは暗く、人通りは少ない。
だが、背後に気配を感じた。
ユイは立ち止まり、振り返った。
誰もいない。
だが、確かに何かがいた。
ユイは短剣の柄に手をかけた。周囲を警戒する。
風が吹き、木の葉が揺れる。
その時、建物の影で何かが動いた。
影だ。
人の形をしているが、輪郭が曖昧だ。
影はユイを見つめていた。そして、次の瞬間、消えた。
ユイは息を呑んだ。
観測者。
彼らは、もう動き始めている。
ユイは走って宿へ戻った。部屋に入り、扉に鍵をかける。
窓を閉め、カーテンを引いた。
ベッドに座り、ユイは深く息を吸い込んだ。
世界は、自分を監視している。
だが、まだ排除はされていない。
つまり、まだ時間はある。
ユイは拳を握り締めた。
今度こそ、途中で諦めない。
今度こそ、正しく導く。
そして、倒せぬ存在の真実に辿り着く。
ユイは窓の外を見た。月が雲に隠れ、夜はさらに暗くなっていく。
だが、恐れることはない。
前世で一度、戦い抜いた。
今度も、必ず。
ユイは小さく笑って、ベッドに横になった。
明日から、本当の戦いが始まる。
第1章終
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