第005話 図書館の記録
翌日、ユイは王都の公共図書館へ向かった。
石造りの厳かな建物だ。前世でも何度か訪れたが、いつも急いでいて、じっくり調べることはなかった。
今度は違う。時間をかけて、必要な情報を探す。
重い扉を押し開けて中に入る。広い閲覧室には、本棚が壁一面に並んでいた。天井は高く、窓から差し込む光が静かに床を照らしている。
数人の学生や研究者が、机に向かって本を読んでいた。静寂が保たれている。
ユイは受付へ向かった。そこには、白髪の老人が座っていた。
「いらっしゃい。何かお探しかね?」
「倒せぬ存在に関する文献を探しています」
老人の目が、わずかに細められた。
「倒せぬ存在、か。珍しいものに興味を持つね」
「はい。調べたいことがあって」
「そうか。では、奥の書庫に案内しよう」
老人は立ち上がり、杖をついて歩き始める。ユイはその後についていった。
閲覧室を抜け、狭い廊下を進む。奥へ進むほど、本の匂いが濃くなっていく。
やがて、古びた扉の前で老人は立ち止まった。
「ここだ。古文書が保管されている」
扉を開けると、小さな書庫が現れた。棚には古い本が並び、埃が薄く積もっている。
「自由に見ていきなさい。ただし、閲覧制限がかかっている資料もある。それは触れないように」
「分かりました」
老人は部屋を出ていく。ユイは一人、書庫に残された。
棚を見回す。本の背表紙には、古い文字で題名が書かれていた。
「世界の歴史」「魔法理論概論」「古代種族の記録」。
ユイは棚を一つずつ確認していく。倒せぬ存在に関する記述がある本を探す。
しばらくして、一冊の本が目に留まった。
「理外の存在についての考察」
ユイはその本を手に取った。表紙は擦り切れ、紙は黄ばんでいる。
ページをめくる。文字は古い書体で書かれており、読みづらい。だが、内容は理解できる。
「理外の存在とは、世界の法則から外れた者を指す。彼らは時代と因果に結びつき、特定の条件が揃わなければ顕現しない」
前世でも読んだことのある内容だ。だが、次のページに進むと、見たことのない記述があった。
「彼らを討ち果たすことは、世界の流れを一つ変える行為に等しい。それゆえ、多くの国家は討伐ではなく、封印と観測を選ぶ」
封印と観測。
前世でも聞いたことのある言葉だ。だが、具体的な方法については、誰も教えてくれなかった。
ユイはさらにページをめくる。だが、次のページには赤い印が押されていた。
「閲覧制限」
ユイは眉をひそめる。肝心な部分が、読めないようになっている。
他の本も確認した。だが、倒せぬ存在について詳しく書かれた本は、どれも途中で閲覧制限がかかっていた。
誰かが、意図的に情報を隠している。
ユイは本を棚に戻し、書庫を出た。受付に戻ると、老人がユイを待っていた。
「見つかったかね?」
「いくつか見つけましたが、閲覧制限がかかっていました」
「そうだろうな。倒せぬ存在に関する情報は、厳重に管理されている」
「なぜですか?」
老人は少し考えてから、答えた。
「知識は力だ。だが、力は使い方を誤れば災厄になる。倒せぬ存在についての情報は、特にそうだ」
「では、どうすれば閲覧できますか?」
「まずは、観測者に認められることだ」
観測者。またその言葉だ。
ユイは老人を見つめた。
「観測者とは、何ですか?」
老人はユイの目を見た。その視線には、何かを測るような色があった。
「観測者とは、世界の歪みを監視する者たちだ。倒せぬ存在の出現を記録し、封印の状態を確認する。彼らに認められた者だけが、制限された情報にアクセスできる」
「どうすれば、認められますか?」
「それは、私には分からない。だが、君が本当に必要とするなら、向こうから接触してくるだろう」
老人はそう言って、椅子に座り直した。
「もう一つ、忠告しておこう。倒せぬ存在について調べる者は、必ず理由がある。だが、その理由が正しいかどうかは、自分で判断しなければならない」
「分かりました。ありがとうございます」
ユイは図書館を出た。外はもう昼過ぎだった。空には雲が流れ、風が少し冷たい。
観測者。封印。閲覧制限。
前世では知らなかった情報が、少しずつ明らかになってきている。
だが、まだ足りない。もっと深く知る必要がある。
ユイは街を歩きながら、次の行動を考えた。
観測者に認められるには、何が必要なのか。向こうから接触してくる、と老人は言った。
それなら、待つしかないのか。
いや、違う。
前世で自分は、倒せぬ存在を一体討ち果たした。その記録は、どこかに残っているはずだ。
もしかしたら、その記録を持つ者が、観測者なのかもしれない。
ユイは足を止めた。考えがまとまってきた。
まずは、冒険者としての実績を積む。ランクを上げ、名を知られるようになる。そうすれば、自然と情報が集まってくる。
焦る必要はない。一つずつ、確実に。
ユイは宿へ戻る道を歩き始めた。通りには人が行き交い、店先には商品が並んでいる。
前世では見過ごしていた日常が、今はすべて意味を持って見える。
宿に着き、部屋に入る。ユイは机に向かい、今日のことを頭の中で整理した。
図書館で得た情報。観測者という存在。閲覧制限された文献。
すべてが、倒せぬ存在の謎に繋がっている。
ユイは窓の外を見た。夕暮れが近づき、空が茜色に染まり始めている。
まだ始まったばかりだ。これから、もっと多くのことを知る必要がある。
だが、今日は一歩前進した。
ユイは小さく笑って、椅子に座り直した。
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