第020話 繰り返す日々
翌朝、ユイは全身の痛みで目を覚ました。
筋肉痛だ。腕、足、背中。どこもかしこも痛い。ベッドから起き上がるだけでも一苦労だった。前世でも訓練の後はこうだったが、今の肉体は若い。回復は早いはずでも、それでも痛みははっきりと残っている。
顔を洗い、装備を整える。
今日も訓練がある。休むという選択肢はなかった。
宿を出て、ギルドの訓練場へ向かう。
訓練場に着くと、リオンとエリナがすでに待っていた。
リオンは無表情のまま腕を組み、エリナはいつものように柔らかく微笑む。
「おはよう。体、大丈夫?」
「はい」
嘘ではない。動けないほどではない。
リオンが短く言った。
「走り込みから始める」
ユイは頷いた。昨日と同じだ。
トラックを十周。走り始めると、足の重さがすぐに伝わってくる。筋肉痛が響く。それでも、昨日よりはわずかに楽だった。
五周目で息が上がる。それでも止まらず、走り続ける。前世なら意識することもなかった距離だ。だが今は、体がはっきりと悲鳴を上げている。
十周を終える頃には、息が荒くなっていた。
リオンが小さく頷く。
「昨日よりは速い。続けろ」
次は短剣の素振りだ。
木製のダミーに向かって刃を振る。
ユイは構えた。前世の記憶が動きを導く。だが、やはり体が追いつかない。それでも、昨日より刃は速く動いていた。
「悪くない。だが、まだ足りない」
ユイは頷いた。
その通りだ。
午前中の訓練が終わり、短い休憩時間が与えられた。
訓練場の端に腰を下ろし、水を飲みながら呼吸を整える。
その時、訓練場の入口に人影が現れた。
カイルだ。
銀のプレートアーマーを身につけ、新しい盾を手にしている。
「ユイさん」
手を振るカイルに、ユイは立ち上がった。
「訓練、頑張ってますね」
「カイルさんも訓練ですか?」
「ええ。別の場所ですけど」
カイルが笑う。ユイも小さく笑った。
どちらも余裕はない。
「北の森の魔物、強かったですね」
その言葉に、ユイは静かに頷いた。
「ええ。だから訓練が必要です」
「そうですね。次は、もっとうまくやりましょう」
カイルが拳を握る。
前世では助けられなかった。だが、今度は違う。
カイルは別の訓練場へ向かっていった。
ユイは再び腰を下ろす。休憩時間は、あっという間に終わる。
午後は、エリナの指導が始まった。
魔力制御の訓練だ。
「今日は、呼吸と魔力の関係を教えるわ」
ユイは真剣に耳を傾ける。
「意識だけじゃダメ。呼吸と一体化させて」
エリナが実演する。
息を吸い、魔力を集める。息を吐き、魔力を放つ。光の球が滑らかに動いた。
「やってみて」
ユイは真似る。
息を吸う。魔力を感じるが、うまく集まらない。息を吐く。光の球がわずかに揺れただけだった。
エリナが首を横に振る。
「呼吸が浅いわ。もっと深く。腹の底から吸って」
ユイはもう一度試す。
深く息を吸い込む。体の中心に魔力が集まる感覚があった。息を吐く。光の球が、はっきりと動く。
「いい感じよ。続けて」
息を吸い、吐く。
魔力を集め、放つ。
十回、二十回。
繰り返すごとに、光の球の動きが少しずつ安定していく。
三十回目。
光の球が、円を描いた。
エリナが小さく拍手した。
「できたわ。呼吸と魔力が合ってきてる」
ユイは胸の奥で、わずかに安堵した。
前世の感覚が、少しずつ体に馴染んでいく。
訓練が終わる頃には、日が傾き始めていた。
全身が重い。だが、昨日よりは確実に前に進んでいる。
「明日も来い」
リオンの言葉に、ユイは頷いた。
訓練場を後にし、ユイはリリアの治療院へ向かう。
筋肉痛を和らげるためだ。
扉を開けると、リリアが顔を上げた。
「いらっしゃい」
「筋肉痛の治療をお願いします」
「分かったわ」
治癒魔法の温かな光が体を包む。
痛みが、ゆっくりと引いていく。
「これで大丈夫」
「ありがとうございます」
リリアはユイを見つめた。
「無理してない?」
「大丈夫です」
少し心配そうに眉を寄せた後、リリアは溜息をついた。
「毎日来てるわね。かなり厳しい訓練なんでしょう」
「はい。でも、必要なことです」
リリアは立ち上がり、窓の外を見た。
「あなた、何かを急いでいるように見える」
ユイは答えなかった。
「世界の流れが、動き始めてる。それを感じるわ」
「どういう意味ですか?」
「分からない。でも、あなたが戻ってきたことと、無関係じゃない気がする」
その言葉が胸に刺さる。
ユイは視線を逸らした。
リリアは小さく笑う。
「深くは聞かない。でも、無理だけはしないで」
「はい」
治療院を出ると、外は夕闇に染まり始めていた。
宿へ戻ろうとした、その時。
治療院の前に、人影が立っていた。
ナオミだ。
白銀のローブを纏い、金髪を夜風になびかせている。
「少し、話がある」
柔らかな声。だが、その奥に真剣さが滲んでいた。
ユイは小さく頷いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、
ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると、とても励みになります。




