第019話 訓練の始まり
朝日が王都ティリアスの街路を照らしていた。
ユイは宿を出て、ギルドへ向かう。通りでは商人たちが店を開き始め、朝の空気は澄んでいる。
昨夜、ヴィクトルから訓練の指示を受けた。
明日の朝、ギルドの訓練場に来い――その言葉が、まだ耳に残っている。
ユイは装備を整え、短剣を腰に下げた。
洞窟での戦いが、まだ体に残っている。知識はあっても、動けなかった現実。
ギルドに着くと、建物の裏手に訓練場があった。
広い屋外スペースで、走り込み用のトラックと模擬戦エリアが設けられている。すでに数人の冒険者が朝の鍛錬をしていた。
訓練場の端に、二人の人影が見える。
リオンとエリナだ。
ユイが近づくと、リオンが顔を上げた。黒髪で、無駄のない筋肉質な体つき。立ち姿だけで、剣士だと分かる。
「来たか」
短い言葉。
エリナが微笑んだ。赤い髪の魔法使いで、軽装のローブに杖を携えている。
「おはよう。今日から一緒に訓練するのね」
ユイは頷いた。
「よろしくお願いします」
リオンは訓練場の中央を指差した。
「基礎体力測定から始める」
ユイは従った。
最初は走り込みだ。訓練場のトラックを十周。
走り始めた瞬間、ユイは自覚する。
前世なら、何でもなかった距離だ。だが今の肉体では、五周目で息が上がる。足が重い。
歯を食いしばり、走り続ける。
十周を終えた頃には、足が震えていた。
リオンは腕を組んで見ている。
「悪くない。だが、体ができていない」
次は筋力測定。
木製のダミーに向かい、短剣を振る。
ユイは構えた。前世の記憶が体を動かそうとする。だが、刃が届く前に腕が止まる。速度が足りない。
リオンが首を横に振った。
「頭では分かっているのに、体が動いていない」
ユイは唇を噛んだ。
その通りだった。理解している。だが、実行できない。
エリナが杖を掲げる。
「次は魔力制御のテストよ」
ユイの前に、小さな光の球が浮かんだ。
「この光を、自分の魔力で動かしてみて」
ユイは集中する。
魔力は感じられる。前世でも何度もやった訓練だ。だが、意識と肉体が噛み合わない。光の球は揺れるだけで、思うように動かない。
エリナが小さく溜息をついた。
「魔力制御も不安定ね。意識と肉体がバラバラだわ」
ユイは拳を握り締めた。
分かっている。分かっているのに、できない。
その時、訓練場の入口からヴィクトルが現れた。
黒赤の重装を纏い、腕を組んで立っている。
「続けろ」
短い一言。
ユイは頷いた。
反射神経のテストが始まる。
リオンが木の棒を投げる。ユイは避けようとするが、反応が遅れる。棒が肩をかすめた。
次々と投げられる棒。
軌道は読める。だが、体が追いつかない。何本かは避けられたが、多くが当たった。
テストが終わる頃、ユイは息を切らしていた。
全身が痛い。訓練初日から、失敗続きだ。
ヴィクトルが記録を取っている。
その視線を、ユイは感じていた。観察され、評価されている。
リオンが言った。
「反射神経は悪くない。だが、筋力も持久力も足りない」
エリナが杖を肩に乗せる。
「魔力の量はあるわ。でも制御できていない。意識が先走りすぎているのね」
ユイは地面を見つめた。
前世なら、もっとできた。だが、今の肉体では、これが現実だ。
リオンが訓練場の端を指差す。
「走り込みを、もう五周追加しろ」
ユイは思わず顔を上げた。
「五周ですか」
「体ができていない状態で技術だけ教えても意味がない。まずは基礎からだ」
ユイは頷き、再び走り始めた。
足が重い。息が上がる。それでも、止まるわけにはいかない。
一周、二周、三周。
前世の自分を思い出す。あの頃は、こんな訓練など朝飯前だった。だが今は違う。
四周目で、足がもつれた。
地面に手をつく。
エリナが駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
ユイは立ち上がり、最後の一周を走り切った。
訓練場の端で立ち止まり、膝に手をつく。
息が荒く、汗が地面に落ちる。
リオンが近づいてきた。
「今日はここまでだ」
ユイが顔を上げる。
「明日も来い。毎日続ければ、体は変わる」
ユイは頷いた。
前世でも、何年もかけて鍛えた。今度も同じだ。積み重ねるしかない。
エリナが水を差し出してくれた。
「初日だから仕方ないわ。体を慣らしていきましょう」
ユイは水を飲む。
言葉は優しいが、現実は厳しい。
ヴィクトルが近づいてきた。
「君の動きを見た。経験はある。だが、体が追いついていない」
「はい」
「訓練は毎日続ける。討伐隊の出発まで時間はある。その間に、少しでも差を埋めろ」
「分かりました」
ヴィクトルはそう言い、訓練場を後にした。
ユイは立ち上がる。
足は震えているが、歩けないほどではない。
リオンが言った。
「訓練は朝だ。遅れるな」
「はい」
エリナが微笑んだ。
「頑張りましょうね」
ユイは訓練場を出た。
太陽はすでに高く昇っている。体は疲れているが、心はわずかに軽くなっていた。
今度は、一人じゃない。
リオンもエリナも、共に鍛えてくれる。
前世では孤独だった。
だが、今は違う。
宿へ戻る途中、ユイは拳を握り締めた。
次は、もっと動けるようになる。今日できなかったことを、明日はできるようにする。
前世では見なかった敵。
それなら、前世とは違う自分になればいい。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、
ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると、とても励みになります。




