第013話 深まる謎
王都への道を、二人は黙々と歩いた。
ユイの体は痛みを訴えていた。肩、腰、足。魔物に叩きつけられた衝撃が残っている。カイルも同じだろう。鎧は凹み、歩き方がぎこちない。だが、二人とも弱音は吐かなかった。
街道に出ると、日が傾き始めていた。
「ユイさん」
カイルが口を開いた。
「あの魔物、何だったんでしょうか」
「分かりません」
ユイは正直に答えた。
「少なくとも、私は見たことがありません」
「そうですか……」
カイルは俯いた。
「でも、あの洞窟の魔法陣。あれは何か関係があるんでしょうか」
「おそらく」
ユイは歩きながら考えた。魔法陣、呪いの痕、赤く濁った目。全てが繋がっている。誰かが、意図的に魔物を操っている。だが、誰が。そして、なぜ。
「カイルさん、あの魔法陣の文字、見たことありますか?」
「いえ、初めてです。でも、とても古い感じがしました」
「ええ。私も同じです」
ユイは記憶を辿った。前世で見た様々な文字。古代文字、魔術文字、種族固有の文字。だが、あの文字はどれにも該当しない。未知の文字だ。
「ギルドに戻ったら、詳しく報告しましょう」
「はい」
カイルは頷いた。
二人は再び黙って歩く。周囲には畑が広がり、農夫たちが働いている。平和な光景だ。だが、北の森では異常が起きている。このまま放置すれば、被害は拡大する。
ユイは拳を握り締めた。力が足りない。知識はあっても、18歳の体では限界がある。どうすればいい。
その時、前方から馬車が近づいてきた。御者が手を振っている。
「おい、そこの二人!」
ユイとカイルは立ち止まった。馬車が止まる。御者は中年の男性で、心配そうな顔をしていた。
「大丈夫か? 怪我をしてるじゃないか」
「はい、少し魔物と戦ったので」
カイルが答える。御者は眉をひそめた。
「北の森か?」
「ええ」
「そうか。最近、あの森はおかしいからな。乗っていけ。王都まで送ってやる」
「ありがとうございます」
ユイとカイルは馬車に乗り込んだ。荷台には荷物が積まれている。馬車が動き出す。揺れるが、歩くよりは楽だ。
御者が話しかけてきた。
「お前たち、冒険者か?」
「はい」
「若いのに大変だな。でも、無理はするなよ」
「気をつけます」
カイルが答える。御者は少し笑った。
「俺も若い頃、冒険者だったんだ。だから分かる。無理をすると、後悔する」
ユイは御者の背中を見た。その言葉が、胸に刺さる。前世の自分は、無理をして仲間を失った。今度は、同じ過ちを繰り返さない。
馬車は街道を進み、やがて王都の門が見えてきた。
「着いたぞ」
馬車が止まる。ユイとカイルは降りた。
「ありがとうございました」
「気をつけろよ」
御者は手を振り、馬車を走らせていった。
二人は門を抜け、王都に入る。夕暮れの街は、人で賑わっていた。
ギルドへ向かうと、受付嬢が驚いた顔をした。
「お二人とも、どうしたんですか!」
「北の森で魔物と遭遇しました。報告があります」
受付嬢はすぐに立ち上がった。
「分かりました。少々お待ちください」
奥へ消え、しばらくして一人の男性が現れた。厳しい顔つき。黒い髪、鋭い目。重装鎧を身につけている。
ヴィクトル・ハウス。前世でも会ったことのある、ギルド上層部の人物だ。
「君たちが、北の森に行ったのか」
低く、重い声。
「はい」
「詳しく聞かせてもらおう。こちらへ」
個室に案内され、向かい合って座る。
「何があった」
ユイは落ち着いて話した。赤く濁った目のウルフ、黒い痣、洞窟の魔法陣、未知の魔物。順を追って説明する。
ヴィクトルは黙って聞いていた。話が終わると、深く息を吐く。
「呪いか」
「おそらく」
「魔法陣はどんな形だった」
「複雑な文様で、古い文字が刻まれていました。ただ、読めませんでした」
ヴィクトルは少し考えた。
「その魔物の特徴をもう一度聞かせろ」
黒い鱗、四足歩行、角、赤い目。
ヴィクトルの表情が険しくなる。
「まずいな」
「何か、心当たりがあるんですか?」
「似たような報告が、過去にあった。だが、それは数十年前の話だ」
ヴィクトルは窓の外を見た。
「北の森は、当面立入禁止とする。上に報告し、正式な調査隊を編成する」
「私たちも協力できますか?」
ユイの問いに、ヴィクトルは首を振った。
「これ以上は危険だ。だが……調査が進めば、協力を頼むかもしれない」
ヴィクトルはユイを見た。
「君の報告は正確だった。観察力がある」
「ありがとうございます」
「今日は休め。治療院で傷を診てもらえ」
二人は部屋を出た。ホールでは、すでに視線が集まっている。噂は広がっているようだった。
外に出て、治療院へ向かう。
リリアが扉を開け、二人を見るなり眉をひそめた。
「随分とやられたわね。中へ」
治癒魔法の温かい光が体を包み、痛みが引いていく。
「これで大丈夫。でも、今日は無理しないで」
「ありがとうございます」
簡単に事情を話すと、リリアは静かに頷いた。
「やっぱり、始まってるのね」
「始まってる?」
「ええ。師が言ってた。世界の流れが、動き始めてるって」
リリアはユイを見た。
「あなたが戻ってきたから」
ユイの心臓が跳ねた。
「詳しい話は、また今度。今日は休んで」
治療院を出ると、街はすっかり夜だった。
「じゃあ、また明日」
「お疲れ様でした」
別れ、ユイは宿へ戻る。
部屋で一人、今日の出来事を思い返す。未知の魔物、魔法陣、呪い。前世にはなかったもの。
世界は、確実に変わり始めている。
ユイは窓の外、北の方角を見つめた。
次は、どうする。
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