第012話 異常な魔物
影が、光の中に姿を現した。
全身が黒い鱗に覆われている。四足歩行で、体高は人の倍以上。頭部は獣のようだが、角が生えている。そして、目は深紅に光っていた。
ユイは即座に判断した。
勝てない。
だが、カイルはすでに前に出ていた。
「下がってください!」
カイルが叫び、盾を構える。魔物が唸り声を上げた。低く、重い声。洞窟全体が震える。
ユイは短剣を構えた。だが、手が震える。この魔物は、前世でも見たことがない。名前も、弱点も、何も分からない。
魔物がカイルに向かって突進した。カイルが盾で受け止める。衝撃。
カイルの体が大きく後ろに吹き飛ばされた。地面を転がり、壁にぶつかる。
「カイルさん!」
ユイが叫ぶ。カイルは呻きながら立ち上がろうとする。魔物は止まらない。再び、カイルに向かって走る。
ユイは飛び出した。魔物の横腹に短剣を叩き込む。刃が鱗に当たり、弾かれた。硬い。
ユイの手が痺れる。短剣が手から滑り落ちそうになる。魔物がユイに視線を向けた。赤い目が、こちらを見つめる。
ユイは後ろに跳んだ。だが、魔物の前足が迫ってくる。
避けきれない。
ユイは腕で顔を庇った。衝撃。体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。痛みが走る。肺の空気が抜ける。視界が揺れる。
立ち上がろうとするが、体が動かない。魔物が近づいてくる。足音が、大きくなる。
カイルの声が聞こえた。
「ユイさん!」
カイルが剣を振り上げ、魔物に斬りかかる。剣が魔物の背中に当たった。だが、やはり弾かれる。
魔物が振り返り、カイルを睨んだ。カイルが盾を構える。魔物の前足が振り下ろされる。盾で受け止めたが、衝撃に耐えきれず、膝をついた。盾に亀裂が入る。
「くそ!」
カイルが歯を食いしばる。
ユイは必死で立ち上がった。短剣を拾い、魔物に向かって走る。だが、頭の中は冷静だった。
この魔物には、物理攻撃が通じない。鱗が硬すぎる。
ならば、どうする。
ユイは魔物の動きを観察した。足の運び、体の傾き、視線の向き。前世の経験で、動きの癖を読み取る。
魔物が再びカイルに向かった。
「カイルさん、右に避けて!」
カイルは迷わず右に転がった。魔物の前足が、カイルのいた場所を叩く。地面が砕ける。
その隙に、ユイは魔物の背後に回り込んだ。後ろ足の関節を狙う。短剣を振り下ろす。
刃が、関節の隙間に入った。
魔物が悲鳴を上げた。初めて、ダメージが通った。
だが、それだけだ。
魔物は振り返り、ユイを睨んだ。怒りに満ちた目。
ユイは後ろに下がる。だが、魔物の尻尾が迫ってくる。
避けられない。
ユイは腕で防いだ。衝撃。体が吹き飛ばされ、壁にぶつかった。痛みが全身を走る。視界が暗くなる。意識が遠のきそうになる。
だが、ユイは歯を食いしばった。
ここで倒れるわけにはいかない。
カイルが魔物に向かって走っている。剣を振るうが、やはり弾かれる。魔物が前足で払った。
カイルが吹き飛ばされ、地面に倒れる。盾が砕け、破片が飛び散った。
ユイは立ち上がろうとした。だが、体が言うことを聞かない。足が震える。息が苦しい。18歳の体では、限界だ。
魔物が、ゆっくりとユイに近づいてくる。まるで、獲物を楽しんでいるかのように。
ユイは短剣を握り締めた。だが、手に力が入らない。
魔物が目の前に立った。赤い目が、ユイを見下ろしている。
その時、カイルの声が聞こえた。
「ユイさん!」
カイルが立ち上がり、剣を投げた。剣が魔物の顔に当たる。魔物が顔を逸らした。
その隙に、ユイは横に転がった。魔物の前足が、ユイのいた場所を叩く。
ユイは立ち上がり、カイルの元へ走った。
「カイルさん、逃げましょう!」
「でも!」
「このままでは、二人とも死にます!」
ユイは真っ直ぐカイルを見た。カイルは一瞬迷ったが、頷いた。
「分かりました!」
二人は洞窟の出口へ向かって走る。背後から、魔物の咆哮が響いた。足音が追ってくる。
必死に走る。息が上がる。足が痛い。
止まるわけにはいかない。
カイルがユイの手を引いた。
「こっちです!」
二人は洞窟を抜け、森へ飛び出した。背後から、魔物が追ってくる。木々の間を抜け、必死で走る。
ユイの肺が悲鳴を上げる。視界が揺れる。
それでも、走り続けた。
やがて、魔物の足音が遠のいた。追ってこない。
ユイとカイルは、森の外れまで走り続けた。そして、その場に倒れ込んだ。息が荒い。
ユイは空を見上げた。青い空が広がっている。
生きている。
カイルが呻いた。
「すみません……俺が無茶を……」
ユイは首を横に振った。
「いえ。私も無理をしました」
二人は黙って空を見上げた。
しばらくして、ユイは立ち上がった。体中が痛む。だが、致命傷はない。
カイルも立ち上がる。鎧は傷だらけで、盾は失われていた。
「帰りましょう。ギルドに報告しないと」
「はい」
二人は森を後にした。
ユイは一度だけ、振り返る。北の森の奥を見つめた。
あの魔物は、何だったのか。なぜ、前世にはいなかったのか。
疑問が頭の中で渦巻く。
だが、今は答えが出ない。
ユイは前を向き、歩き出した。
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