第010話 準備
翌朝、ユイは早くに目を覚ました。
窓の外はまだ薄暗い。だが、準備は万全だ。
ベッドから起き上がり、装備を確認する。黒銀の軽装鎧、短剣二振り、回復薬、地図。全て揃っている。
ユイは鎧を身につけた。体に馴染む感覚。前世でも同じような装備を使っていた。だが、体は18歳だ。軽い。動きやすい。それでも、前世の38歳の時ほどの力はない。
ユイは短剣を腰に差し、鞄を背負った。それから、宿を出る。外はまだ静かだった。通りには人影が少なく、朝霧が漂っている。ギルドへ向かう道を歩く。足音だけが、石畳に響く。
ギルドの前に着くと、すでにカイルが待っていた。
「おはようございます!」
カイルは元気に手を振る。ユイは小さく笑った。
「おはようございます。早いですね」
「はい、楽しみで眠れなくて」
カイルは少し照れたように笑う。ユイは彼の装備を確認した。銀のプレートアーマー、大剣、盾。標準的な前衛の装備だ。
「準備はいいですか?」
「バッチリです!」
カイルは拳を握って見せる。ユイは頷いた。
「では、行きましょう」
二人は並んで歩き始める。街を抜け、北へ向かう街道に出る。朝日が昇り始め、霧が薄くなっていく。周囲の景色が見えてくる。畑が広がり、遠くに森の木々が見える。
カイルが話しかけてきた。
「ユイさん、北の森って行ったことあります?」
「少しだけ」
ユイは曖昧に答える。前世では何度も行った。だが、それは言えない。
「俺は初めてなんです。ちょっと緊張してます」
「無理はしないでくださいね」
ユイは静かに言った。カイルは少し驚いたように、ユイを見る。
「ユイさん、新人なのに落ち着いてますね」
「そうですか?」
「はい。俺なんて、初めての依頼の時は手が震えてました」
カイルは笑う。ユイは何も言わなかった。前世の失敗を思い出していた。初めての大きな依頼で、仲間を失った。自分の判断ミスだった。それから、何度も同じ過ちを繰り返した。
今度は違う。今度こそ、正しく導く。
二人は黙って歩き続けた。街道を進み、森が近づいてくる。空気が変わった。重い。魔力の濃度が高い。
カイルも気づいたようだ。
「なんか、空気が重いですね」
「ええ。魔力が濃いんです」
「魔力?」
「森には魔力が集まりやすい。それが魔物を引き寄せる」
ユイは説明した。カイルは真面目に聞いている。
「だから、森に入る時は警戒が必要です」
「分かりました」
カイルは剣の柄に手をかけた。ユイも短剣を確認する。
森の入口が見えてきた。巨木が立ち並び、薄暗い。二人は立ち止まった。カイルが深く息を吸い込む。
「行きましょう」
ユイが先に歩き出した。カイルがその後に続く。
森に入ると、周囲の音が変わった。鳥の声、風の音、木々の揺れる音。だが、それだけではない。何かが、こちらを見ている。
ユイは立ち止まり、周囲を警戒した。カイルも剣を構える。
「何かいますか?」
「分かりません。でも、気配がします」
ユイは短剣を抜いた。静かに森の奥を見つめる。しばらく待ったが、何も現れなかった。
「先に進みましょう。でも、警戒は怠らないでください」
「はい」
二人は慎重に進む。木々の間を抜け、森の奥へと向かう。地面には草が生い茂り、足元が見えにくい。
ユイは地図を確認した。森の中心に向かっている。前世の記憶では、森の中心に魔物が集まりやすかった。おそらく、今回もそこに何かがある。
カイルが尋ねた。
「ユイさん、どこに向かってるんですか?」
「森の中心です。魔物が集まりやすい場所です」
「なるほど。でも、大丈夫ですか?」
ユイは真っ直ぐカイルを見た。
「無理だと思ったら、すぐに引き返します」
「……」
「カイルさん、約束してください。私が撤退と言ったら、必ず従ってください」
カイルは少し驚いたが、すぐに頷いた。
「分かりました。約束します」
「ありがとうございます」
ユイは再び前を向いた。
森は静かだ。だが、その静けさが不気味だった。
しばらく進むと、開けた場所に出た。木々が途切れ、空が見える。そして、地面には何かの痕跡があった。
爪痕だ。
ユイはしゃがみ込み、痕跡を確認する。大きい。そして、新しい。
「これ、何の痕ですか?」
カイルが覗き込む。ユイは立ち上がった。
「魔物です。おそらく、ウルフ系の」
「ウルフ?」
「ええ。でも、普通のウルフより大きい」
ユイは周囲を見回した。他にも痕跡がある。複数の個体がいる。
「カイルさん、準備してください。近くにいます」
カイルは剣を構え、盾を前に出した。ユイも短剣を握り締める。
風が吹いた。木の葉が揺れる。
その時、茂みが揺れた。
ユイは即座に身構える。カイルも緊張している。
茂みから、何かが飛び出してきた。
ウルフだ。
だが、その目は赤く濁っていた。
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