一話「少女が歩む壊れた世界」
ざり、と地面が音を立てる。
フードを深く被った少女がコートの中から小さな袋を取り出した。中には色とりどりの種類のクッキーが入っている。
その中から適当に一つ取り出し、肩に乗っているくまのぬいぐるみに差し出した。
「『おう!さんきゅーな!でも俺様チョコチップのやつが良かったんだけど』」
「文句を言わないでください」
くまのぬいぐるみは大人しくクッキーを頬張り始めた。
少女は森の中を再び進む。手入れされていない、自然に生成された森だ。
こう人の手が施されていない自然が増える度、真実を実感する。
「『お!もうすぐ森を抜けるぜ!』」
くまのぬいぐるみが指す方を向く。明るい陽の光が少女達を導いているように感じる。
自然と少女の足が早くなるにつれて、鼓動も早くなっていく──ような気がする。やがて、小走りから本当に走り出した。
「『おい!あんま走るなよ!俺様、落ちちまうぜ?』」
くまのぬいぐるみの訴えに少女は耳を傾けない。
だって森の終わりは目と鼻の先にある。
もしかしたら、もしかしたら……!
光が少女達を包み込んだ。眩しくなり目を瞑る。足は止まらず、むしろ早くなった。
フードが風によってとれ、少女の目には──
崩れた建物の隙間から、柔らかな草花が顔を出し、風に揺れるたびに小さな光を反射する。瓦礫に覆われた通りには、静かに水が流れ、割れた石畳に鏡のように空と雲を映す。
遠くの塔は半ば崩れながらも、夕日に照らされて金色に輝き、まるで失われた時代をそっと暗示しているかのようだ。
鳥の声も人の気配もない世界で、自然は静かに荒廃を包み込んでいた。
「『おー、ここも随分荒れてんなぁ』」
「そうね……」
少女は一歩踏み出す。
「とても、綺麗な景色ですこと……!」
そう言いつつも少女の顔には不快の文字が刻まれていた。
少女は荒廃した町へと下っていった。
町は倒壊した建物に苔が生え、ツタが伸び、侵食されていく。
「『今日はここで一休みするのか?』」
「そうですよ、食料も調達したいですし」
三年前、突如として世界はゆっくりと崩壊し始めた。初めの頃はまだ対策のしようがあると考えられていた。
しかし、“それ”の侵食は時間が経つ程スピードを増していき、現在までの三年間で“それ”は世界の殆どを侵食した。
現在、生き残った人類に共通しているものはただ一つ。
『魔術師であること』
なぜ、魔術師だけが生き残ったのか。それは、きっと──
「『おい、見ろよ!あれ、食料品店じゃねぇか?』」
くまが指差す先に、一軒の廃れた店が建っていた。看板はほぼ取れかけ、ペンキは色褪せ、ドアに至っては外れてしまっているが。
「保存食ならあるかもしれませんね。入ってみましょう」
食料品店の中は荒れ果てていた。ショーケースは割れ、腐り果てた生鮮食品が棚から崩れ落ちている。
少女は一つのショーケースに近付き、中身を確認する。ショーケースの中にあるはずの商品は、型崩れしたもの以外無くなっていた。
「『まるでこの町に誰かが居たみたいだな』」
「いえ、まだいるのでしょう」
「『……なるほどな』」
少女達は食料品店を出て、町の外れまで来た。
少女は一番外側に近い木造の家に手を当てる。
少しザラザラとしているがしっとりとした温かみのある触感。
「これがいいですね」
少女はその家に杖を向け、小声で呪文を唱えた。
「中級風魔法」
杖の先から放たれた突風が家屋を突き破った。木屑が風に乗って舞い、少女の長い髪が靡く。
木造の家は手入れされないまま放置されていたのか、簡単に崩れてしまった。
少女は手前に落ちた木片を手に取り、質感を確かめる。よく乾いていて、柔らかめ。これならよく燃えそうだ。
少女が破壊した家の木片を回収していると、後方に人の気配を感じた。瓦礫を踏む音、服の擦れる音、息遣いから三、四人だと推測できる。
「初級火魔法」
後方にいる誰かが呪文を唱えた。
炎の熱が空気越しに伝わってくる。
少女は目を閉じ、振り向きもせず、静かに囁いた。
「防御魔法」
少女が展開した防御魔法に吸い込まれるように、火の玉の魔法は打ち消された。
少女が立ち上がろうとすると、不意に肩を掴まれた。
「ヒュー。防御持ちなんだ」
若い女の声が少女の耳元で囁いた。
足音を立てずに近付くのが得意なのか。それとも、隠密魔法に長けているのか。
(……気付かなかった)
少女は女の手を振り払い、一目見る。
鮮やかな桃色の髪、光り輝くアメジストの瞳。いかにも軽薄そうな女だ。
「あぁ、ごめんねぇ。でもしょうがないでしょ、防御魔法は攻撃以外は貫通しちゃうんだから、さ!」
女はペロリと舌を出し、両手を合わせて謝る。謝りつつもどこかわざとらしい言い方だ。
「こんにちは、お嬢さん。アタシはメルト。この町を拠点として仲間と一緒に旅をしてるの」
「ごきげんよう、メルト様。私は……ホロウ、と申します」
ホロウはスカートの裾を摘み、軽くお辞儀をする。
「へぇ、その挨拶の仕方、お姫様みたいね!。ところで、本題なんだけど……」
メルトの目線がホロウの鞄にずれる。おそらく彼女は食料や物資を要求したいのだ。なら、この町の物資は粗方絞り取ったと考えた方がいい。
「その家、ホロウちゃんが壊したんだよね?」
メルトが指差す先には、先程ホロウが破壊したばかりの家屋があった。しかし、それは既に木片と化していて、家であったとは判別できない。
おそらく、彼女達は一部始終みていたのだろう。
「えぇ、そうです」
「困るんだけどぉ、そーいうの!ここはアタシ達の拠点だからさぁ!ホロウちゃん、わかるよねぇ!」
(そう来ましたか……)
ホロウは腰を深く折り曲げ、できるだけ申し訳なさそうに言った。
「それはそれは……大変申し訳ございませんでした。メルト様方が居たとは露知らず……」
「そぉなんだぁ!でもさ、こっちは壊されちゃってるからさぁ……どう落とし前つけてくれんの?」
「落とし前、ですか。すみません、何をすれば良いのでしょうか」
ホロウが更に声を震わせ、頭を下げた。
メルトはホロウの弱々しい態度に調子に乗ったのか、若干声が弾んでいる。
「わかんないかなぁ……食料だよ、食料!今、食料がちょー貴重なのわかるでしょ?それと─」
メルトは一気にホロウに近付き、下から顔を覗き込んだ。
ゆっくりとホロウの顔を見定めるように見つめ、にっこりと優しく笑いかけた。
「ホロウちゃん、私に雇われてよ」
メルトの飴を煮詰めた甘ったるい声が、ホロウを誘惑せんとばかりに取り囲む。
ホロウはただ黙って話を聞いた。
くまも不満があるのかいつもより重く、肩に腕がくいこんでいる。
「暫くの間でいいよ〜?ちゃんと三食昼寝付き、でもこっちの言うことはちゃんと聞いてね。ホロウちゃんはいい子だから、ちゃんとできるよね?」
「業務内容を確認させて頂いても宜しいですか?」
「あ?」
ホロウの質問に、メルトは眉間に皺を寄せたが応じた。誘惑をするための甘ったるい声からワントーンぐらい下がり、苛立ちを隠せていない。
「業務内容ねー。基本的にはアタシたちの護衛だよ。アタシたちの中に防御持ちがいないんだ。防御結界を張ってもらうことになるから、それじゃ、よろしくね」
メルトがホロウの肩に触れようとする。しかし、その手は空に触れるだけで、何にも当たらなかった。
「待ってください」
「何」
「私はまだ了承していません」




