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ep.7 夜明け前の決裂

夜明け前の空は、まだ夜の名残を引きずっていた。

青と灰の境目が曖昧な、そんな色。

窓辺に差し込む光を見ながら、俺は息を吐いた。


昨日、母の腕の中で聞いた言葉「おかえり」。

それは、ずっと欲しかった言葉だった。

けれど同時に、その言葉の外側で、

誰かが確実に傷ついていることも、分かっていた。


――ルシエル兄さん。


あの人は、きっと今日も俺を見ない。

でも、それでいい。もう逃げないと決めた。

逃げずに話す。たとえ壊れても。



――――――――



朝食の席には、家族全員が揃っていた。

エドリック父上、イゾルデ母上、そして兄たち

――ルシエルとセラフィス。

白いテーブルクロスの上に、湯気の立つスープ。

それだけなのに、場の空気は冷たい。


「さて……カエルム」


父が静かに口を開いた。


「昨日の、お前の話をもう一度聞かせてほしい」


逃げる選択肢はなかった。

俺は椅子に座ったまま、父と母を真っ直ぐに見た。


「俺は……この世界で二度目の人生を生きています」


刹那、空気が凍った。

スープの湯気がゆっくりと消えていく。


最初に声を上げたのは、ルシエルだった。


「――冗談だろう」


ナイフを置く音が鋭く響いた。

彼の瞳が俺を射抜く。冷たいというより、怯えた色だった。


「この期に及んで、まだそんな寝言を……!」


「寝言じゃない。俺は前の世界の記憶を持っている」


俺は前世の記憶を語り始めた。

前世にも家族がいたこと。

学校という場所に通っていたこと。

そして――愛を知らぬまま自殺したこと。

その事がきっかけで神様に「決して死ぬ事のない体」で転生させられた事。


エドリックは目を瞑り、奥歯を噛み締めながら聞いていた。

イゾルデは涙を浮かべ、それでも尚真っ直ぐとカエルムを見つめていた。

セラフィスは食事を続けながら、しかし、しっかりと耳はこちらに向いていた。


ルシエルは――言葉を絞り出すたびに、顔が歪んだ。



言葉が途切れる。

窓の外では、日が登りきっていた。

けれど、食卓の空気だけは、あの夜のままだった。


ルシエルは立ち上がり、椅子が床を擦る音がした。

唇が震え、次の瞬間、テーブルを拳で叩いた。


「……化け物が!!!」


イゾルデが息を呑み、エドリックが静かに制止の声をかけようとする。

だが、ルシエルは止まらなかった。


「俺はずっと、お前のことを弟だと思おうとしてたんだぞ……!

あの日、お前が血だらけで落ちて、俺は……死んだと思ったんだ!

何事もなく立ち上がったお前を見て、怖くて、泣いて、それでも――“弟だから”って思おうとしたんだ!」


震える声。涙をこらえているのが分かる。

怒りではなく、痛みがそこにあった。


「それなのに……何だよ、それ。前の人生? 不死?

ふざけるな! そんな得体の知れない奴が

――弟のわけ、ないだろ!!!」


その言葉は刃だった。

けれど、ルシエル自身もその刃で自分を切りつけていた。


「……兄上」


口を開きかけた俺に、ルシエルが睨みつける。


「喋るな!!」


涙が一筋、頬を伝った。

本人も気づいていない。

それが、余計に痛かった。


「もう……俺の前に現れるな。

次期当主として、お前の存在は認めない。

……それと同時に、兄としても――だ」


最後の言葉を吐き出すと、ルシエルは唇を噛んだ。

声にならない嗚咽が、喉の奥で潰れた。

そして次の瞬間、踵を返して去っていった。


扉が閉まる音が、やけに遠くで響いた。



――――――――――



静まり返る食卓。

母が泣きそうな顔で俺を見ていた。

けれど、今度は手を伸ばさなかった。

触れたら壊れてしまう何かを、全員が感じ取っていた。


「……兄ちゃんは、あんな奴だよ」


セラフィスがパンをちぎりながらぼそっと言った。


「いっつも大人ぶって、でも一番ガキ。泣き虫だし、面倒くさい」


その声には、苛立ちと、それを誤魔化す優しさが混ざっていた。


「でもまぁ、俺だって気味は悪ぃよ。

前世とか言われて信じろって方が無理だし」


「……そうだな」


「けどさ。とうちゃんとかあちゃんがあれだけ顔色変えなかったのは、

たぶん、兄ちゃんの暴走止めるのに必死だったからだと思うぜ。

お前が思ってるほど、嫌われてねぇんじゃね?」


「セラフィス……」


「別に庇ってるわけじゃねぇよ。

俺は俺でムカついてんだ。“特別”っぽく見えるお前に」


「…そうだな」


俺は自傷めいた笑みをこぼした。


「…それとな、お前、そうやって笑って誤魔化す癖があるだろ。そういう顔、ムカつくんだよ」


セラフィスはスプーンを置き、少し目を逸らした。


「……“死ねない”なら、死ぬなよ。

兄ちゃんに殴られても、俺に悪態つかれても、

勝手に消えるな。……そしたら、余計ムカつく」


悪態に見せかけた、精一杯の優しさだった。


俺は笑って頷いた。


「ありがとう。……絶対、死なないよ」


「……チッ。ガキのくせにムカつく返ししやがって」


それでも、セラフィスの口元はわずかに緩んでいた。



――――――――――



食事が終わると、母が静かに言った。


「少し……外の空気を吸っていらっしゃい。頭を冷やすのも、大事なことよ」


たぶん、それは“行ってきなさい”という意味だ。

屋敷を出るための、やさしい言い訳。


俺は頷き、扉を開けた。

朝の光がまぶしい。

冷たい風が肌を刺す。


――スラムへ行こう。

ミリアと、アマリアが待っている。

あの温もりの中で、少しだけ息をしたい。


歩き出す足の裏に、昨日の言葉がまだ残っていた。


「逃げた先で出会えたなら、それは罰じゃなくて救い」


アマリアの声。

そして、ルシエルの叫び。


俺はどちらも忘れない。

どちらも、俺の“生”の中にある。


だから――もう逃げない。

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