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ep.5 ミリアとアマリア

俺はミリアに連れられてスラムの街を歩いていた。

傷がないとわかった後、服をどうにかしないといけないと言い始めたミリアに半ば無理やり連れてこられている。


壊れかけの壁には無数の落書き。

黄ばんでボロボロになった布を腐った材木などで器用に固定して、かろうじて雨風を凌げる程度の住居を作っているようだ。

夜とはうってかわり、昼間になればスラムも多少人通りがある。

老若男女が行き交う中、ミリアは一人一人に声をかけていく。

だが、俺に視線が向くと、皆一様にそそくさと距離をとった。


「ミリア。お前は俺を見てもなんとも思わないのか?」


「え?なんで?カエルムくんが血だらけの豪華な服着てるから?」


「そうだ。普通なら関わりたくないだろ」


「そうかな〜?私、困ってそうなら声掛けちゃうかな?」


俺には理解が及ばなかった。

普通、血だらけの服を着た子どもなんて避けるだろう。

そんな事気にしないとばかりに声をかけてくるミリアはスラムという街に似つかわしくないほど異質だった。


「そういえば、どこに向かっているんだ?」


「私の家!お母さんにお花を持ってくの!」


ふと見てみるとミリアの小さな手には俺の隣に咲いていた野花が握られていた。


「ミリアの母親は花が好きなのか?」


「うん!お母さんは昔、お花の街に住んでたんだって!」


なるほど…。

自然豊かな街の出身だったのか。それなら納得だ。


ミリアはグイグイと来る割に俺の質問にばかり答えて、特に何も聞いてこなかった。

興味が無いのか、それとも子どもなりに気を使っているのか。

どちらにせよ、この関係に少し居心地の良さを感じていた。



――――――――――



ミリアの家は周囲と変わらず、かろうじて住居という体裁を整えている程度のボロボロ具合だった。

目の前に鎮座するその住居は、スラムの生活がいかに辛いものなのかを物語っていた。

前世で言えばテントが近いかもしれない。

まるで別物だが、形だけは似通っている。


「ただいまー!」


空間を仕切っているだけの布を勢いよく開くと、ミリアは屋内へ入っていった。

どうするかと悩んでいると中からミリアが呼ぶ声が聞こえる。

意を決して入ることとした。


「…お邪魔します…?」


日本人らしさがにじみ出る挨拶だが、この場では誰も気にしないだろう。

屋内は廃材を器用に用いた家具が数個並べられており、思っていたよりも生活空間としては悪くない場所のようだ。

そして、部屋の奥には天幕がかけられていた。

おそらく、ミリアとミリアの母親はその先にいるのだろう。

そう考えていた時に天幕の奥から声がかかる。


「ミリアのお友達の方でしょう?

どうぞお入りください。

私は病気であまり動けませんが、同じ場所に居て伝染る類の病気ではありませんので」


どうやら先に入ったミリアが説明してくれているようだ。

友達と言っているあたり、しっかりと説明できているのかは謎だが。

ミリアがどのような説明をしたにせよ、あまり好意を無下にはできない。

俺は天幕の中へと入った。


天幕の中では、やせ細った女性がミリアに介抱されながら座っていた。

あれがミリアの母親なのか。

ミリアの母親らしき人物は、俺を見ると目を丸くして勢いよく頭を下げた。


「申し訳ございません!

なんの言い訳も致しません!

どうか、娘の命だけは助けてください!!!」


………ミリアは一体なんと説明したのだろうか。

いや、ミリア自身も急な母親の態度に右往左往している様子から、ミリアが犯人でないことはわかった。

それなら…あっ…!


「この血は全くの別件でして、お宅の娘さんとは何の関係もありませんよ」


「………」


母親らしき人はただ黙って頭を下げ続けている。

一体何が彼女をそこまでさせているのだろうか。

そこで、やっと俺は俺自身と彼女たちとの違いに気がついた。


「………実はこの衣服は贔屓にしていただいていた商家から譲り受けたものでして

…俺自身は平民ですので頭をあげてください」


母親はゆっくりと頭を上げたあと、安堵した様子でふぅーと息を吐いた。


「…ごめんなさい。早とちりだったわ。

てっきり、お貴族様の御子息に娘が何か粗相をしたのかと…」


「いえ、むしろ娘さんには非常に良くしていただきまして…」


お貴族様の御子息。

その単語にズキリと痛むものを感じたが、表情には出さずに流した。

俺はもう、あの家とは関係ないんだ。


「改めてごめんなさい。取り乱してしまって。

私はアマリアというの。貴方は?」


「俺はカエルム・フォ…」


「カエルムくんは、カエルムくんって言うの!!!」


…正直、ミリアに助けられた。

つい癖で、家名まで名乗ってしまうところだった。

今後は気をつけなければ。


「そう、カエルムくんね。

娘と仲良くしてくれてありがとう。

それで…気になってたんだけど、その血はどうしたの?」


「あ、これは先日街の外で野党に襲われまして

…何とか命からがら逃げ延びた時に付いたのです」


その後、俺は前世で読んだラノベの知識をふんだんに利用してデタラメを並べた。

俺はしがない商人の息子であり、商人見習いとして父親にくっついてこの街に交易のために移動しているところだった。

しかし、道中で野党に襲われ、命からがら街に逃げ延びスラムに流れ着いたところをミリアに拾われた。

こういうことにしておいた。


「そう、それは…辛かったわね。それでお父さんは?」


「父は死…いえ、離れ離れになってしまって行方不明です」


死んだ。と言うのは簡単ではなかった。

たとえ嘘でも、それだけは言いたくなかった。

俺は。たしかに愛されていたから。


しかし、切りどころが悪かったのか、はたまた生還が絶望的であることを悟ってかアマリアは険しい表情を浮かべた。


「…カエルムくん。街の北側に守衛の詰所があるわ。

そこに行って今すぐにお父さんの捜索依頼をしてきなさい」


「いえ、俺はひとりで生きていく事に…」


「そんなの良いわけないじゃない!!!」


アマリアの声は、天幕をビリビリと突き破るのではないかと思う程響いた。

先程の謝罪よりも、遥かに迫力のある声だ。

よく見ると細くボロボロな腕はわなわなと震え、目は大きく見開かれてカエルムをじっと見つめていた。


横にいたミリアは小さな体をギュッと縮め、手を握りしめて目には涙を浮かべている。

俺はその姿を見て、思わず肩を強く張った。

頭の中ではぐるぐると言葉が巡るが、すぐに言葉は出なかった。


緊張感の走る中、最初に言葉を紡いだのはミリアだった。


「…お、お母さん…?」


「…っ!ごめんなさい。

………ミリア。悪いけどこの花瓶に水を汲んで来てくれる?ミリアの持ってきてくれたお花が枯れてしまうわ」


「…う、うん」


ミリアは素直に頷いた。

やはり、気が利くいい子なのだろう。

母に苦労させまいと堪えている様子が見て取れる。


ミリアが天幕から出るのと同時に、アマリアの肩から力がスっと抜けた。

さっきまで聞こえていたはずの外の騒音は、どこか遠くのものに感じる。

静けさの戻った部屋で、アマリアはゆっくりと口を開いた。


「これから話すことは、私の過去、ミリアの過去。聞いてくれる?」


弱々しい体で、しかし力強いその眼光はしっかりとこちらを捉えていた。

そんな姿を見た時

俺は、思った。


――なぜ、こんなにも悲しそうなのだろう。と。

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