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ep.3 兄達と嫉妬

それからさらに月日は流れ、俺は五歳の誕生日を迎えた。

その日、屋敷では久しぶりに“家族全員で食卓を囲む”という名目の昼食が用意された。

――兄たちも含めて。



――――――――――



胸の奥が重くなる。

初めて顔を合わせる二人の兄。

どんな人たちなのか、想像もつかない。

イゾルデ母上は、そんな俺の不安を知ってか知らずか、

「大丈夫よぉ〜」と微笑んで手を引いた。


永遠のように長い廊下を進み、巨大な扉の前に立つ。

母上がそれを勢いよく押し開けると、

金の装飾が施された大広間が目に飛び込んできた。

豪華絢爛――そう形容するのが一番近い。


「じゃーん!この子がカエルムくんです!!!」


明るい声が響く。

その声に反して、部屋の空気は張り詰めていた。


最奥の席には父――エドリック。

両脇の長いテーブルには、二人の少年。

白髪の長兄が、無言のままこちらを見た。

冷たい視線。

まるで、そこにあるものが“弟”ではなく、“異物”であるかのように。


もう一人、金髪の少年は口の端を上げた。

笑っているのか、嗤っているのか、判断がつかない。

――これが、兄たち。


母上の軽率な紹介に、父は頭を抱えていた。

どうやら人払いがされているらしく、使用人の姿は一人もいない。

それだけに、空気が重く感じられた。


「こいつが俺の弟ォ?」


金髪の少年――セラフィスが、嘲るように言った。


「口が悪いぞ、セラフィス!」


父の叱責。


「……カエルム。こちらに来て、自己紹介しなさい」


視線を上げると、母が頷いた。

その笑顔に背を押されるように、俺は一歩踏み出す。


「カエルム・フォン・ラシエルです。よろしくお願いします」


言い終えると、父は満足げに頷き、母は嬉しそうに手を叩いた。

けれど、兄たちは違った。

白髪の兄――ルシエルは眉をひそめ、

セラフィスは舌打ちした。


「さ、お前たちも自己紹介をしなさい」


父の言葉に、二人は渋々立ち上がる。


「ルシエル・フォン・ラシエル。次期当主だ。身の程を知れ」


「セラフィスだ。わざわざ家名なんて名乗る必要はねぇだろ?2人して何やってんだ。バカなのか?」


父が再び頭を抱える。

母はそれでも拍手をして、「二人とも上手〜」と笑った。

父の気苦労が耐えないであろうことが、この一瞬でよくわかった。


食事が始まった。

フォークの音とナイフの擦れる音だけが、やけに大きく響く。

その沈黙の中で、俺はふと気づいた。

――ああ、嫉妬、か。

父も母も、ずっと俺の側にいた。

兄たちは、その間、きっとずっとこの光景を見ていたのだ。


胸が少し痛む。

彼らの年齢を考えれば、当然の感情だ。

俺は前世で「人の心が見えない大人」を嫌というほど見てきた。

だから、今度は違う形にしたかった。


「母上。食事のあと、兄上たちと遊んでもいいですか?」


「まぁ……偉いわねぇ。仲良くできるといいわ〜」


母の声は柔らかかったが、その目はわずかに揺れた。

その不安を、俺は見逃さなかった。


「私は午後から勉強があるので辞退します」


ルシエルがキッパリと言う。

しかしその後、すぐさま父が口を挟む。


「何を言っている。少しくらい付き合ってやれ。教師には私から伝えておく」


「父さん――!」


「父上と呼びなさいといつも言っているだろう。カエルムを見習いなさい」


睨みつけるルシエルの視線が痛い。

俺は苦笑いを浮かべた。

完全にとばっちりだ。


「俺は別に構わねぇよ〜。暇だしな!」


セラフィスが笑う。

けれどその目は、試すように細められていた。


――まあいい。

どんな形でも、話せるなら、それでいい。



――――――――――



食事を終え、俺たちは庭へ向かった。

中央の階段に差しかかったところで、ルシエルが立ち止まる。


「……何のつもりだ」


ルシエルの低い声。


「何のつもりって……兄上たちと仲良くなりたいなと思って」


「僕はお前と馴れ合うつもりはない!僕は次期当主として――」


「じゃあ、俺もやーめた。子どもの相手とかダルいしな」


セラフィスの声が軽く響く。


――終わる。

そう思った。

この家族の形は、たぶんもう二度と繋がらない。

それでも、俺は一歩踏み出した。


「まぁほら、そんなこと言わないでさ!」


その瞬間。

ルシエルの表情が歪んだ。


「僕に触るな!!!」


鋭い音。

弾かれた手が、宙を切る。

足場を失った感覚。

次の瞬間、視界が反転した。


――あ。


思考よりも早く、記憶が蘇る。

屋上の夜風。星の光。

あのときと、同じ感覚だった。


息が、できない。

世界が、音を立てて遠ざかっていく。


母の悲鳴。父の足音。

兄たちの顔が青ざめていく。


ああ、またか。

また俺は、“生きる”ことを失敗したんだな。


――そして、暗闇。


……だが、終わりは来なかった。


静寂のあと、遠くで光が滲んだ。

まぶたが重く開く。

視界の中に、父の顔があった。

父は、歯を食いしばっていた。

まるで、こぼれ落ちそうな何かを我慢しているかのように。


俺は、何事もなかったかのように息をしていた。

胸の奥で、神の声が蘇る。


「私はあなたの死を許さない」




冷たい息が、肺に入った。

あの時と同じ痛みが、胸を満たした。

それでも、息は止まらない。

俺は、生きている。

生かされている。

空気が冷たくて、なのに熱かった。

世界がまた、動き出してしまった。


罰はまだ、続いている。

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