ep.23 生活と齟齬
そうして、俺とミリア、孤児たち3人との共同生活が始まった。
――のだが。
「おーい。朝だぞ」
「…るせぇ…まだ寝足りねぇんだよ」
「………」
「…は…ごめん…なさ…今起き…」
「んや、いいよ。ゆっくり寝ててくれ」
…どうにも噛み合わない。
「リベリア様の特性野菜炒めだ!」
「…リベリア?焦げてるし、野菜は切ってないし、
もはやどこから突っ込めばいいか分からない代物なんだが?」
「腹に入れば一緒だろ!
この方が手間がかからないんだよ!
文句言わずに食え!!!」
…生活が違いすぎる。
「何か欲しいものとかないのか?」
「えっと、食料の備蓄は十分かと…」
「そうじゃなくて、君たちが欲しいものだよ」
「…?お部屋もお借りして、お食事も頂いてるのに。
これ以上何かを貰っても困ります」
…壁がある。
同じ屋根の下にいると言うのに、まるで別々の場所で生きているようだった。
このままではどちらかの身が持たない。
そう感じた俺は夕食時にとある提案をした。
「孤児院には風呂があるんだけど、良かったらみんなで一緒に入らないか?」
部屋が静寂に包まれた。
そんなに嫌な提案だったのだろうか?
そう危惧しているとミリアが口を開いた。
「ふろ…って、なに〜?」
言われてみれば知らなくて当然だったと気がついた。
大量の薪と水を使う施設を、スラムの劣悪な環境で過ごしたこの子達が知っているわけがなかった。
「あ、そうか、ごめんごめん。
風呂っていうのは裸になって入る施設だよ。
水浴びは良くするでしょ?そのお水が暖かいのが風呂だ」
「…裸!?!?!?」
最初に反応したのはルクシアだった。
彼女が1番年長だし、抵抗があるのは当然のことだろう。
「もちろんルクシアはミリアと2人だけで入って貰うよ。
さすがに男女は分けないとね」
「え?でも、男女分けるならリベリアちゃんもわたしとルクシアちゃんと一緒に入らなきゃダメじゃない?」
「…は?」
ミリアの言葉を理解するのに数秒を要した。
「なにが「は?」だよ!
どっからどう見ても女だろうが失礼なやつだな!」
俺はリベリアをよく見る。
短く乱雑に切られた髪に、発育の遅れて細い体。
うん。どこからどう見てもやせ細った男の子だった。
……いや、本当に分からなかった。
「リベリア…本当に女の子だったのか?」
「そうだよ!わりぃか!!!」
「……その、なんだ。色々頑張れ。
とりあえず栄養のあるもん食うんだぞ」
「?おう!飯は食える時に食っとかないとな!」
意味はよくわかっていなかったようだが、納得してくれたようでよかった。
「そしたら、俺とアスペルで入るか!
ミリア、ルクシア、リベリアは3人で入ってくれ」
「…あの、私は……ひとりで入りたいのですが…」
ルクシアが声を上げた。
「ルクシアは…その、人見知りだからな!
俺たちと入るのは嫌だと思うぜ」
「…人見知りは意味が違うと思うよ」
「るせぇな!いいんだよ伝われば!」
「2人ともありがとう。
もし、ひとりで入ることが難しければ、お湯とタオルをお借り出来れば部屋で体を拭きますので…」
その声は、どこか硬かった。
俺は直感的に、あまり踏み込まない方が良いだろうと考えた。
「そうか。
ひとりで入っても問題ないから、ぜひ楽しんで欲しい」
「…ありがとうございます」
そうして、先に女子、次に男子、最後は本人の希望でルクシアが入ることとなった。
浴室は設計段階からかなりこだわった。
スラム近郊は排水設備が甘く、大量の水を一気に流してしまうと溢れてしまう。
そこで、排水は全てろ過して一時的に貯めておく設計にした。
これらの水を再利用して畑や洗濯に利用するのだ。
また、モルタルと小石を混ぜて作った床は撥水性と転倒防止に大きく貢献してくれる。
唯一の弱点と言っても良い部分は薪で風呂を沸かしているというところだ。
一度沸かすと沸かし直しにとても苦労するため、極力一気に入らなければならない。
今は、最後に入るからとルクシアが薪の管理をしてくれているのだ。
そんな話を自慢するように語りながら俺はアスペルの体を洗っていたが、アスペルの反応は非常に淡白なもので…
「…ふぅん」
と、心ここに在らずと言った様子だった。
足元を流れた水が、小さな音を立てて外へと消えていく。
ほんの少し重い空気のまま、時間はただ流れ続けた。
そんな時、アスペルがぽつりと口を開いた。
「…ねぇ、カエルムはなんで僕らに関わろうとするの?」
「ん〜?そうだなぁ…
…最初はアマリアさんの意志を引き継ぎたいって想いだったけど、今は単純に仲良くしたいと思ってるよ」
「………それ、迷惑なんだけど」
「……」
手の動きが僅かに止まった。
それ以降、特に会話らしい会話は無いまま2人で風呂から上がることとなった。
風呂は暖かなはずなのに、体は心底冷え込んだ。
数刻後。
夜はとうに底へ沈んでいた。
それでも、俺は寝ることが出来なかった。
アスペルの言葉が脳裏を離れなかったのだ。
「……迷惑、か…」
また、俺は間違えてしまったのだろうか。
いつの日か、今度はアスペルに"化け物"と呼ばれてしまうのだろうか。
不死であることは彼らには伝えていない。
しかし、不死でなかったとしても俺は化け物なのかもしれない。
久しく感じていなかった虚無感。
ここに存在する意味を問うても、答えの出ないこの感覚。
――死にた…
俺は急いで首を振った。
もうそんなこと考えていたら、きっとミリアが悲しんでしまう。
もう"誰かを壊すこと"はしたくはないんだ…。
夜はどうしても思考の海に沈んで気持ちが落ちくぼんでしまう。
気分転換に窓を開けて外の空気でも吸おう。
そう考え窓に手をかけた時、孤児院の庭先から僅かに風を切るような音が聞こえた。
「あれは…リベリア…?」
目を凝らすと、庭でリベリアが何かを振り回しているのが僅かに見えた。
迷惑かもしれない。
もっと拒絶されるかもしれない。
化け物と…呼ばれるかもしれない。
でも、
――今度こそ、歩み寄りたいんだ。
俺は急いで庭へ向かった。
部屋の中には、まだ僅かに暖かな風が吹き込んでいた。




