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ep.21 冬の気配

街が赤く染まり、人通りが少なくなってきた頃。

俺は裏口へと向かうため中庭を通っていた。

母の愛でる花たちが、少し肌寒くなってきた風を一身に浴びている。


いい場所だ。


そう思っていた矢先。

丁寧に整えられた生垣の向こうから、僅かな水音と共に嫌な話題が耳に入った。


「…ですから、セラフィス様ったら花街にお通いになられているみたいなんです」


「えぇ!?セラフィス様ってだって、先日成人されたばかりでしょう!?」


生垣から覗くと、水瓶を両手に抱えたメイドが2人。

井戸の前で話に花を咲かせていた。

どの世界も女性の会議が行われるのは井戸端と相場が決まっているのだろう。


「子どもの成長なんて早いもんですよ。

あぁ…どこの誰とも分からぬ売女に身を捧げるくらいなら、私に手を出してくださればいいのに…」


「メイドに手を出したらお家問題になるでしょう?

さすがのセラフィス様もその辺は弁えているんじゃない?

仮にもあんた、男爵家出身の貴族でしょ?」


これは、貴族社会の闇である。

地位の低い貴族や有力な商人は年頃の娘を花嫁修業と称して依り親貴族の家に派遣するのだ。

彼女たちは合法的に潜入できる諜報員兼ハニートラップである。とライアスに教わった。


「んもぅ、この際カエルム様でもいいから既成事実さえ作れれば安泰なのに…」


「そういえばカエルム様で思い出したんだけど、最近妙な噂があってねぇ…」


「え?なになに気になるんだけど…!」


「それが、最近カエルム様の貞操を狙ってるって女が…」


「あなたたち。

いつまで水汲みをやっているのですか?

夕食を食べたくないと言うのであれば止めはしませんが」


もうひとつ別の女性の声が聞こえたかと思うと、彼女達は慌てて水瓶を持って奥へ戻っていってしまった。

噂の続きが気になるところだったが、どうやら他のメイドに怒られてしまったらしい。

どうせミリアとの関係だとかに尾ひれが付いて回っているのだろう。

あまり気にしてもしょうがないため、自分も帰路に就くことにした。




ライアスの店の前に着く頃には、既に辺りは暗くなっていた。

静寂と夜露の涼しさが、2年前のあの時を思い出させる。


「俺、立派にあなたを継承するから…」


「なぁにが継承するだぁ!?

こんな時間になるなら連絡のひとつも寄越せっつうんだよ!!!

その辺の常識から叩き込み治した方が良いかぁ!?えぇ!?」


気がつくと先程まで閉じていた店の扉は開いており、鬼の形相をしたライアスが怒鳴り声を上げて捲し立てていた。

よく見ると少し顔が赤い。

そして、ほのかに酒の香りがした。


「ライアスさん。すみません。

父上との会話が思いのほか長くなりすぎてしまったようで…。

お酒飲まれてたんですか?」


「俺ァおめぇのことなんざどうでもいいがよ!

どっかで野垂れ死んでると寝覚めがわりぃんだよ!!!」


「ライアスさん。カエルムくんがなかなか帰ってこないってずーっと心配してお酒呑み続けてたんだよぉ〜

相手するの疲れたぁ…」


ライアスの大きな体の後ろから、ミリアがひょっこりと顔を出した。

精一杯顔をだらけさせ疲れたアピールをする彼女だったが、どことなく満更でも無さそうだった。


「…ここも、俺の新しい家族だよな」


「ん?なんて言ったの?」


「んや、少しだけ感傷に浸ってたんだよ。

この2年間。色々あったなって」


「ふぅん?よく分かんないけど、良い事?」


俺は笑ってミリアの頭をポンポンと撫でると、ライアスの背を押して店の中に入った。


「…ただいま」




ミリアから話があると言われた俺は、ライアスをミリアに任せて店の奥にあるリビングに先に入った。

元々は孤児院が完成するまで俺たちが間借りさせてもらっている部屋の隣にある会議室だが、使いやすいようにと色々物を増やした結果、いつの間にか団欒するリビングとなっている。


ふかふかとしたソファにドサリと座り込むと、ふぅと白い息を吐く。

少し冷え込んできた風が、この世界で何度目かの冬が来ていることを実感させる。


この世界にも四季はあった。

ただ、夏は乾いた長い日差し。

冬は早く沈む夕暮れ。

昔感じていた四季と少しだけ違い、そのせいで感覚が狂うことがある。

今日、時間が過ぎ去るのが早く感じたのは、きっと冬が近づいているからに違いない。

――そう、自分に言い訳をしてみた。


ぼんやりとそんなことを考えていると、ほんの少し軋むような音を立てて扉が開く。

ミリアがゆっくりと入室すると、俺の隣に座った。


「ライアスさん。どう?」


「もう部屋に入った瞬間ぐっすり。多分、カエルムくんが帰ってきて安心したんだろうね〜」


「そっか。心配かけさせちゃったね」


「私も心配してたんだよ?

カエルムくんがまたどこかで死にたい病になってないかなって」


ミリアは俺が情緒不安定になることを"死にたい病"と呼ぶようになっていた。


「最近は言ってないだろ!?」


「カエルムくん最近は生き生きとしてるもんね〜」


太陽のように明るい笑顔で笑う彼女に、胸の高鳴りを感じた。

父上が余計なことを言うから意識してしまうではないか!

彼女から活力を貰うことはあっても、相手はまだ6歳児だぞ!?

恋愛対象なんかになるわけ…


「ん?どうしたの?」


俺は話題を逸らすように言った。


「…あ、そういえば、なにか話があるって…言ってなかったか?」


「あ、ごめんごめん。

今日、リベリアたちと会ってきたんだけど、カエルムくんに話がしたいんだって〜」


そうか、あの3人か。

まさかこんなにも早く結論を出してくれるとは思わなかったな。

その答えが良い方向でも、悪い方向でも。覚悟が必要なのは俺も同じだ。


「ミリア」


「ん?」


「明日、頑張ろうな」


「うん!」


俺たちは新たな決意を胸に眠った。




――その夜は、決意とは裏腹にひどく冷え込んだ。

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